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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
23/75

DaTa FiLe [RooT 07]

桂一、彩香、英也の三者が、まさしく自分たちの生死を賭けた一大攻勢を【DuSK KiNG】側へと挑み始めたその矢先のこと。


【DuSK KiNG】の最上階層、【DuSK FLooR 0001】では彩香と【NooN JaCK】が率いる249人の兵員らが、始めてとなる戦いに直面し、少なからぬ混乱を来たしていた。


兵力だけなら【DuSK KiNG】側が256。【NooN JaCK】側が249。


充分に誤差範囲内。


しかも兵装は【DaWN QueeN】による【BeNeDiCTioN】の効果で明らかに【NooN JaCK】側が有利。


とはいえ。

いざ現実に戦闘が始まると、そうそう事は単純なものではなかった。


まず何より、あまりにも兵たちの練度が低すぎた。


未だ【NooN JaCK】によって刷り込まれた恐怖でそれなりの統制こそ保ててはいたが、さすがに戦闘組織として機能させるには経験が不足しすぎていたのである。


ただ、練度の低さだけを見るなら、【DuSK KiNG】側の兵員も似たり寄ったり。


習熟した兵員を損失したくないと判断した洋介によって、徴兵直後の新兵ばかりが派遣されてきたことに結果として助けられ、敵も味方も同じように混乱状態という、見た目だけで言うなら少しく滑稽ですらある状況下で彩香は悪戦苦闘していた。


「おい、全員とにかく冷静になれ! 騒がずに各自、持っている銃へ弾を込めて敵襲に備えろっ!!」


怒鳴りつけ、何とか落ち着かせようと試みてはみるものの、


「……なこと言われたって……」

「どうやって使うんだよ、この銃……」


適当に銃を弄りつつ、不満や焦燥などが入り混じった愚痴を零しているのがそちこちから聞こえてくるばかり。


そんな兵たちの反応へ苛立ちながら、彩香もまた自分自身の能力不足に立腹していた。


「……くそっ! これでは埒が明かない……いや、それどころか……」


吐き捨てるように言うや。


彩香は半ば捨て鉢になり、何か喚きながら通路を走り込んでくる敵へと向かい、威嚇射撃をする。


乾いた銃声が響き、コンクリートの壁が爆ぜ、着弾点から灰色の煙と埃が噴くと、それを受けて一時的に恐れを思い出した敵兵は再び通路の奥へと退いていった。


「……完全にジリ貧だ……」


そう嘆息して言い終え、冷たいコンクリート製の床へ膝を突いた射撃姿勢を崩さずに敵兵の逃走していった通路の先を睨む。


すでにこんなことを三回。


【BeNeDiCTioN】の効果で付与された銃ではなく、手持ちのリボルバー……S&W M360Jを使い、残弾わずか二発の状態になりながら、この馬鹿らしくも無駄な牽制を続けている。


それもこれも。


「なあ、【NooN JaCK】……その銃の使い方、やはり分からないのか?」

「申し訳ありませんマダム。残念ですが、私は銃器については完全に門外漢なもので……」

「気にしなくていい。詫びる必要があるとすればむしろ私だ。情けないな……まさか警察官ともあろうものが、銃器の扱いに手間取ってこの有様とは……」


我が身の無能を呪うように、彩香は背後で手にした銃を調べているらしき【NooN JaCK】へ振り返らずに答えた。


そう。


すべては付与された銃。

それが原因。


ボルトアクション式の小銃なのだけは見て分かったが、逆にそれ以上は何も分からない。


加えて知らぬ間、銃と共に手にしていた弾は何故か、


紙で出来ている。


最初こそ性質タチの悪い冗談かとさえ思ったが、実際に与えられたのはこれだけ。


見たこともない種類のボルトアクションライフルと、紙製の弾丸。


さすがに自動小銃までは期待していなかったが、せめてオートマチック……でなければリボルバー拳銃くらいはと考えていたところを完璧に裏切られてしまった。


情けないことに、ボルトアクション式だというだけでさえ、彩香はそれほど扱いを知らない。


というより、直に触ったことすらこれが始めてであった。


だからこそ余計に悩ましさは募る。


使い方の分からぬ銃に、兵らが右往左往している間も何ひとつ建設的な対処ができず、敵からの逆侵攻を狭い通路で一時的に抑えているのみ。


時間も、弾丸も、どちらも今は命と並ぶほど貴重なものを同時に浪費して。


かといって、与えられた銃は使い方も分からず、敵兵の一部はたびたび暴走したようにこちらへ向かってくる。


恐らくは彼らも生存猶予期間に余裕が無いのだろう。


そうでなければ、いくらこちらがなかなか攻勢をかけてこないといえ、銃を持っていると知った相手に対して無謀に突っ込んでなど来られない。


こちらも必死だが、あちらも必死というわけだ。

それだけに、銃器を有効活用できないのは痛い。


が、その時。


「しかしまずいですね。これではマダムの銃が弾切れを起こした時点で攻守が逆転してしまいます。いっそ、この銃は鈍器だと割り切って攻撃へ転じますか? 少なくとも素手で戦うよりは遥かによいかと思いますが」

「考えたくも無いが……最悪、そういう展開も覚悟しなければならないかもな。銃器による力の優位を期待していたというのに、かえってそれが不利に働いてしまうとは皮肉に過ぎる……」

「……あー、ごめん。ちょっといいかい?」


急に緊張状態の中で会話する彩香と【NooN JaCK】の間へ、知らぬ声が割り込んできた。


これには当然。

彩香は反射的に振り返ると、声の聞こえた方向へ瞬時に両手で握り締めたリボルバーの銃口を向ける。


瞬間。


「うわぉっ!!」


間抜けな叫び声を上げ、声の主たる男の姿が視界に入った。


これも反射的にか、両手を頭の辺りまで上げ、広げた両手のひらの間にある顔を純粋な驚きによって満たした、声の主の姿が。


どうやら、膝を突いた状態でひっそりと接近してきていたらしい。


ライトグレーのスーツ上下。

ジャケットの中はオリーブ色のシャツ。


タイはしていない。


軽いウェーブのかかった濃い焦げ茶色の髪が耳の下辺りまで伸びているが、髪が巻いているせいで実際よりもかなり短く見える。


体格は中肉中背というには少しばかり肉が足りないといった具合。


どこか愛嬌を感じる太い眉毛の下にはバレルタイプフレームの眼鏡を掛け、さほど大きくもない目を丸く見開いている。


ラフな印象で若く見えるが、おおよそ歳は三十台半ばといったところだろうか。


などと。


短時間のうちに男の見た目からそこまでの情報を分析した彩香へ向かい、またぞろ口を開いた。


恐る恐る。


「えーと……どうも。いや、盗み聞きしてたわけじゃないんだけど、何だか銃の扱いが分からないとかなんとかって聞こえてきたもんでさ……何なら協力しようか? とりあえず、間違ってもその引き金を僕に対して引かないでくれるって条件付きで……」

「いきなり現れたやつに突然そんな申し出をされて、はい分かりましたと即座に了承する馬鹿がいるとでも思ってるのか!?」

「突然って……自分たちで無理やりこんなとこへ連れてきといて、今更いきなり現れたやつ扱いとか、そりゃひどすぎだろ……」

「……自分たちで、連れてきて?」

「ま、あれだけ数がいたら、ひとりひとりの顔なんて覚えてないってかい? それじゃ結局、扱いが悪いってことには変わりないけどさ」


怯えた様子の中にも明らか、不満げな声音を露わに男は聞く。


と。


はたとして彩香はほぼ男の真横に位置している【NooN JaCK】を無言で見つめた。


途端。

【NooN JaCK】は小さく頭を下げてから、彩香の言葉も聞かず察したとばかり答える。


「マダム、お考えの通りです。この男はくだんの加西市サーバで徴兵した者たちの中のひとりでございます」


相変わらず感情というものを欠片も感じさせない【NooN JaCK】のこの回答に合わせ、やはり声も無く納得した彩香を確認するや、今度は男がわざとらしい咳払いを挟み、話を続けた。


足元……いや、屈んでいるので膝元というべきか……に転がった小銃を拾い上げつつ。


「一応、この場合は僕から名乗ったほうがいいんだろうね。僕は二条博和にじょう ひろかず。こう見えても兵庫文化教育大学の准教授だよ。専門は歴史文化学とヨーロッパ文明学。そういった関係で、こういうものにも多少は詳しいんだ」


言って、男……博和は銃を捧げ持ち、彩香へ見せつけるようにしながら話を続ける。


「さて、じゃあどうも急いでるようだし、前置きは無しでさっそくこの銃について話そうか。これ、間違い無くドライゼ銃だよ。良く出来たレプリカだろうけどね」

「……ドライゼ銃?」

「1841年にプロイセンの銃工、フォン・ドライゼが発明した世界初のボルトアクション方式銃の始祖さ。それまでの前装式……銃口から弾を込めるタイプ、火縄銃やらマスケット銃なんかを頭に浮かべてもらえば分かりやすいかな? そういった弾の再装填に手間と時間のかかる方式から一変、後装式……つまり薬室へ直接、弾を込めるっていう方式を始めて実用化した銃だよ」

「ふと聞いた感じだけなら優秀そうだが……はっきり言ってしまえば、結局のところ単なる骨董品だろう?」


何故かこんな状況下にありながら、どこかしら嬉々とした口調で説明してくる博和へと、苛つき、呆れた感情を彩香は言葉へ乗せて当て擦りにぶつける。


だが。

博和は自分へ向かい放られた厭味を、好奇心で満杯になった頭で弾き返すや、落ち着いた態度を崩さずに反論を打ち始めた。


「そういう表面的な要素だけで物の価値を決める姿勢はあんまり感心しないな。僕個人としても、学者としての視点からも、ね。特に今、僕たちが直面している金属製の武器が主流っていう、古代もしくは中世辺りまで先祖返りしたような戦場では、いくら古くても銃器ってものの優位性は揺るがないよ。そりゃ確かに欠点も多い銃であったのは認めるけど、そうしたものはどんな発明品でも最初は必ずあるわけで、大切なのはそこから如何に改良を重ねていったかっていう過程が大事な……」

「悪いが御高説は後にしてくれ。どうも理解しているのか怪しいが、今大事なのは口先の価値や優位性じゃない。その銃をどうやったら使えるか、だ」

「え? あー、ごめん……分かっちゃいるんだけど、いかんせん興味が先立つと周りが見えなくなって……と、使用法だったね。さっきも言ったように、これは現在まで存在しているボルトアクション方式銃の元祖だ。基本的な操作手順は現在のボルトアクション式の銃とほぼ同じだよ。単発で弾を込め、撃ち出す単純な操作さ」

「……こんな、子供の工作みたいな弾を、か?」


さも不機嫌そうに応答すると、彩香は自分の目の高さ辺りへ指でつまんだ紙の弾丸を掲げる。


博和に対する、冷やかな視線と共に。


しかし、彼は人差し指を左右へ小刻みに振ってみせ、やんわりと反論した。


「それこそまさしく偏見てやつだね。そいつは紙製薬莢って言って、正真正銘の立派な実包だよ。今ある金属製薬莢以前に使われていた、弾丸と弾薬を一体化させるってコンセプトを始めて実現した画期的な代物さ。前装式銃の時代にはもう作られていて、いちいち火薬を流し込んでから弾丸を詰めるっていう面倒な作業を省き、携行性にも優れ、手早く確実な弾丸と弾薬の同時再装填を実現した素晴らしい発明だ。けど、ドライゼ銃に使うこの薬莢はさらにもうひと工夫してある」


そこまで話し、次の言葉を待つ彩香の目の前で博和はスラックスのポケットから同じ一発の紙製薬莢を取り出すや、ドライゼ銃のボルトハンドルを回し落としてから後方へと引き、薬室を開くと手馴れた様子でその薬莢を詰め込み、再度ボルトハンドルを前方へ押し出してから回し上げると見事、薬室は密閉状態となった。


「この紙製薬莢は特別製でね。火薬、弾丸と一緒に雷管もセットされてる。現在、一般的になってる金属薬莢とは素材こそ違うけど、構造や内容はほとんど同じものなんだよ。だから弾を込めたら、あとは引き金を引くだけでバネ仕掛けの撃針が紙製薬莢後部を突き破って雷管へとぶつかることで撃発し……」


言い止して、刹那。


通路からばたばたと走る足音へ反応し、身を翻した彩香の目に凄まじい形相をした敵兵が何やら鋭利な金属製の武器を振り上げて通路脇から出たのが映り込んだ次の瞬間、


轟音。


ずしりと腹の奥にまで響いてくる振動を感じたのと時を同じく。


視界に入っていた敵は自らの激しい動きによる慣性に負け、横倒しになりながら地面へ転げ、


滑ってゆく。


一瞬にして貫かれた、己の胸から大量に溢れる鮮血で灰色のコンクリート上へ太い朱線を描くように。


瞬刻。


何事が起きたのかをすぐさま理解した彩香が後ろへと首をひねると、そこには。


敵の迫る音へ自分と同じく反応し、咄嗟に構えた銃を、


撃ち終えた博和の姿があった。


飛び出んばかり目を見開き、呆けたように開いた口から、ゆっくりと下ろす銃身の先端にくゆる硝煙の如く、胡乱うろんな調子で、


「弾が……発射され……る……」


切れ切れに声を発する博和の姿が。


聞くまでも無い。

確認するまでも無い。


まさに咄嗟の、無意識での反応だったのだろう。


恐らくは威嚇のつもり。


ところが現実には、発射された弾丸は灰色の壁ではなく敵兵の胸を貫いた。


そうして。


考えを巡らしている最中も徐々に血の気を失い、あたかも死人のように蒼ざめてゆく博和の顔色へ自身の推測が裏付けられるのを感じていると、


「……僥倖ですねマダム」


急速に今、自分たちの置かれた状況が紛う事無き殺し合いの場であるのを明確に実感し、背筋へ冷たく不快な汗の流れ出した彩香に【NooN JaCK】は、


「多少問題は有りそうですが、優秀な手駒をひとつ得られた。未だ不利な戦況であることに変わりないとはいえ、これは疑い無く幸運でしょう」


淡々とした口調で述べた。


と同時。


いつの間にか手にしていた銃へ重く、甲高い金属音を立てて弾丸を装填するや、


「……来ますよ」


そのつぶやきへと被さるように、地鳴りのような足音。


ひとつやふたつではない。


10や20でもきかない。


それまでの小規模、散発的な攻勢とは明らかに違う、無数の乱雑な足音が通路の奥を抜けて轟いてくる。


彩香たちの陣取る、この場所へ。


「どうやら、こちらより先にあちらが痺れを切らしたようですね。マダム、迎撃のご指示は?」


完全に呆けてしまった博和よりまだ頭が動いているものの、どう見ても到底、指揮統制など出来る状態に無い彩香へ、変わらず【NooN JaCK】は無感情な問いを発する。


答えが返ってくると思っていたかは分からない。


いや。

けだし期待はしていなかったろう。


客観的に、彩香の……瞬く間に現実という恐怖、恐怖という現実で緊縛された姿を見ていたならば。


さりながら。

結果として答えは返ってきた。


わずかに、一言。


「……備えろ」


ささやき声のような、一言。


これを耳にし、転瞬。


「各員、よく聞け! これより敵の一斉攻撃へ備える。銃の操作法についてはそこの男へ教えを乞い、学んだなら速やかに迎撃態勢を取れ! 絶対にこの通路は抜けさせるなよ。近づかれたら最後、殺されるのは奴らではなく貴様らだ! 死にたくなければ殺せっ!!」


【NooN JaCK】は激しい口調で周囲の兵らに命令を飛ばすや、件の敵によって真新しい血で染められた床を踏みしめ、敵の迫る通路へ相対すると、悲鳴にも似た雄叫びを上げて遮二無二、突進してくる群衆へ目掛け、


純粋な。

どこまでも純粋な。


殺意で満たされたその眼光と銃口を、


突き刺すように向けた。


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