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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
22/75

DaTa FiLe [RooT 06]

【eNDLeSS・BaBeL】において、他プレイヤーの階層を占領するにはいくつかの条件がある。


ひとつ。

駐留もしくは防衛のために派遣されてきた敵兵力を「全滅」させてから、5分が経過した場合。

ひとつ。

駐留もしくは防衛のために派遣されてきた敵兵力を「壊滅」させてから、1分が経過した場合。

ひとつ。

駐留もしくは防衛のために派遣されてきた敵兵力を「殲滅」させた場合。


ちなみに防衛兵力が割かれていない階層へ侵攻した際については、その階層は「全滅」扱いとなり、5分以内に階層所有側のプレイヤーが防衛行動……主に防衛兵力の派遣をおこなわなければ自動的に占領されてしまう。


ときに。

どうにも似かよった意味合いの単語が並んだため、混乱している諸氏もおられよう。


よって、以下に説明をまとめる。


一般の方々にはどれも同じような意味として聞こえるかもしれないが、これらは明確に異なる意味をもつ。


「全滅」とは、群としての兵力……ここでは一律に部隊と呼ぶことにする……が、戦闘組織として機能できなくなった状態を言う。


通常、軍の部隊はすべての兵員が戦闘要員ではない。

それゆえ、平均的には部隊員のおよそ30%……これが主戦兵員なわけであるが、そうした主兵力をすべて損失した状態を「全滅」という。


決して、ひとり残らず倒れたことを指す語ではない。


普通はこの状態になるまで被害が及んだ場合、予備兵員などを使って防御をおこないつつ、速やかに撤退行動に移ることから、今では言葉とその解釈が肥大化して伝わってしまったのではないかと邪推する次第だ。


次に「壊滅」。

これは主戦兵員に加え、予備兵員までがすべて失われた状態。

兵数で言えばおおむね全体の50%損失がこれに当たる。


最後に「殲滅」。

恐らく、一般に語感として感じられている「全滅」のイメージに該当するのがこれであろう。


兵員の100%損失。


指揮官、衛生兵、通信兵といった非戦闘員も含め、誰ひとり残さず倒れた状態。

それが「殲滅」である。


まともな軍組織か、そうでなくとも正常な思考の人間ならばここまで戦わせることはまず有り得ないが、用語の説明上、蛇足気味とは承知のうえで記載しておこう。


さて。


こうした条件の課された中、【DuSK KiNG】への無謀な四正面作戦に桂一、彩香、英也の三人が取り掛かり始めてしばらく。


暗室の中で巨大なモニターへ刻一刻と変化して映し出される各種情報を見つめながら、攻勢を受ける【DuSK KiNG】の同盟者である少年は、素早く読み取ってゆく画面内の情報を頭で整理してゆく過程で、何やら漠然とした違和感を覚えていた。


どこかがおかしい、という極めて感覚的な認識。

といって、何がおかしいのかまでは分からない。


思い、少年は掴みどころの無い疑問へ顔をしかめ、しきりに首をさする。


すると、そんな少年の様子に気づいてか、【DuSK KiNG】は怪訝な表情で声を掛けた。


「どうしたんだ? そんな厳しい顔をして。まだ何か懸念材料でもあるというのか?」

「いや……まあ、こちらも対策はしたから問題は無いと思うんだけど……うん……」

「……?」


要領を得ない少年の返答に、【DuSK KiNG】はなお、理解に苦しむ表情を強めたが、それ以上の詮索はせずに口を閉じる。


どちらにせよ、あと5分と掛からずに現在の状況はひっくり返ることになる。


無論、有利な……極めて有利な形へと。


それを理解しているだけに、不必要な質問で少年を煩わせることもなかろうと、【DuSK KiNG】は配慮したのだ。


実のところ、四正面作戦を知った段階で少年は微塵の油断も無く、整然と適切な対策を講じていた。


知っての通り、【NiGHT JoKeR】はその固有メリット【HiDDeN】のせいで攻撃と防御以外の行動はアナウンスもされないし、諜報を実行しても一切のパラメーターが表示されない。


つまり所有階層がどこにあるのかも、または他のふたりと同じく破棄したのかさえ分からないのである。


ただ。

経験的な部分で、少年や【DuSK KiNG】には【NiGHT JoKeR】への対策法が身に付いていた。


【NiGHT JoKeR】の、その特異な性質を知っているために。


基本として、【eNDLeSS・BaBeL】の四人の管理者たちは容姿や性格などは大きく違えど、根本となる性質だけは共通している。


(同盟したプレイヤーを勝利・生存させようとする)性質。

ここに関してのみ、四人の管理者は共通、一貫しているのだ。


が、何故か【NiGHT JoKeR】だけは微妙に性質が異なる。


まず協調性の欠落。


この点においては【DuSK KiNG】と似ているが、【NiGHT JoKeR】のそれは少し毛色が違う。


他の管理者、同盟者と決して関わらない【DuSK KiNG】に対し、【NiGHT JoKeR】はそれなりのコミュニケーションを図る。


ただし利己的な理由で。


簡単に言ってしまえば、【NiGHT JoKeR】は他の管理者や同盟者を上手く誘導し、自らと自らの同盟プレイヤーが矢面やおもてへ立たずに済むよう、利用するのである。


【eNDLeSS・BaBeL】における同盟プレイヤーの平均生存時間は、一位の【DuSK KiNG】に次いで【NiGHT JoKeR】が長い。


固有メリットと固有スキルの特徴によるところも大きいものの、異常なまでに他プレイヤーとの戦闘を避ける【NiGHT JoKeR】の行動様式があってこそ、こうした結果が出ていると言っていいだろう。


にも拘らず。


【NiGHT JoKeR】の同盟プレイヤーが辿る末路は悲惨としか言いようが無い。


他者をだまし、あざむき、それで延命こそ出来ても、信用を失い、孤立し、影に隠れてただ漸減してゆく自分の生存猶予期間を絶望の眼差しで見つめながら死んでゆく。


そういった道筋を、常に【NiGHT JoKeR】は自らの同盟プレイヤーに歩ませようとする。


そして実際、過去に【NiGHT JoKeR】と同盟した者はすべてそんな最期を遂げていった。


だからこそ、パターン化した攻略法がある。


これはある種、【NiGHT JoKeR】にだけ……しかも【DuSK KiNG】にしかできない攻略法。


繰り返しになるが、【NiGHT JoKeR】の所有階層は、位置はおろか有無すら知る術が無い。


とはいえ有効な対策だけなら存在する。


すべての管理者は所有・非所有に関係無く、独立した固有階層が設定されている。


【DuSK KiNG】、【NooN JaCK】、【DaWN QueeN】、【NiGHT JoKeR】のそれぞれに各8192階層ずつ。


中立階層……【NeuTRaL FLooR】は自身の固有階層しか占領することは出来ず、もし別管理者の固有階層を占領しようとするには、それは一旦、別プレイヤーの所有階層となっている必要があるといった制限などがあり、なかなかに複雑である。


また、例えば【DuSK KiNG】がすでに自分の固有階層0001を所有した状態で【NooN JaCK】の所有する固有階層0001を占領したりといった場合、【DuSK FLooR 0001】はふたつ存在することになる。


そうなると最大で同じ階層を(正確には異なる固有階層ごとなので、同じという表現は適切でないが)4つ手に入れられるのだが、これにまつわる詳細については、今は関係が無いのでまた後々に述べることとしよう。


ともあれ、話を少年が取った作戦に戻す。


この作戦、一言で言ってしまえば「人海戦術」である。


【NiGHT JoKeR】の固有階層8192に対し、1階層おきに1兵ずつを派遣する、総計4096もの大兵力を用いた作戦。


内容自体は至って単純。


現在、【DuSK KiNG】の階層2つに兵を出していることから考えて、【NiGHT JoKeR】には恐らく余剰兵力は無い。


すなわち、もし【NiGHT JoKeR】側が所有階層を破棄していなかった場合、空か、もしくは空に近い状態の所有階層を一気に落とせる。


初期占有階層である256階層はほとんど一塊で配置される傾向にあるため、こうして絨毯爆撃のように派兵すれば最低でも50階層程度へ侵攻できる。


もちろん、余剰兵力が無いというのは単なる推測ゆえ、もしかしたら兵を駐留させた階層にも当たるかもしれない。


されどそれも計算の内。


駐留する兵がいたとしても、まさかすべての所有階層に配置するほどの余裕は無いはず。


となれば、結局は大多数であろう空の所有階層を占領できることに変わりは無い。


万が一、そこも予想されていて【NiGHT JoKeR】側が最低限の防衛可能な階層以外を破棄していたとしても、ただそれだけのこと。


1兵しか侵攻させていないのだから戦う意味は無いので即、撤退させることになるだろうが、大切なのはこれによって【NiGHT JoKeR】側の所有階層の位置が判明することである。


ならばあとは改めて侵攻用に再編成した兵力を送り込めばよい。


さらに【DaWN QueeN】や【NooN JaCK】と同じく、【NiGHT JoKeR】も所有階層すべてを破棄していたならそれもまたよし。


全所有階層を破棄したのだという情報を何の損失も無く得られるわけで、諜報行動としては最善の結果でしかない。


要するに、一切のリスクを負わず【NiGHT JoKeR】へ。


最も運が良ければ致命傷を与えられ、次に運が良ければ甚大な被害を与えることができ、最悪でも改めて攻撃するための布石を打つことができる。


余談だが、何故この作戦を使って始めに【DaWN QueeN】と【NooN JaCK】を潰さなかったのかについては、攻めきるより前に【BiND oVeR】を実行してくることが目に見えていたのと、初期状態とはいえ、反撃の手立てがどちらも無いわけではないと知っていたことから、無理な力押しはしなかった。


このように、【DuSK KiNG】の同盟者である少年は非常に慎重な性格と行動のため、圧倒的な戦力差も相まって【DuSK KiNG】勢力を要害堅固たらしめている。


最大のリターンを選ぶのではなく、最小のリスクを選ぶ。


それでいて相手を着実に追い詰めてゆくところなどは、敵対した側からすると脅威そのものと言えよう。


と、そんなタイミングで。


『侵攻した階層はすべて【NeuTRaL FLooR】です。異なる管理者の固有階層のため占領できません。』


アナウンスが響く。


「ふむ、これも予想通りではあるか……さて、そうなると後は守りを固めつつ、相手方の攻勢限界点を見定めて主力を投入……」


落ち着いた口調で、少年は次なる一手をつぶやく。


ところが。


そんな少年の言葉を遮るように、


『【NiGHT JoKeR】からの攻撃により、【DuSK FLooR 4095】が占領されました。これよりこの階層は【NiGHT FLooR】となります』

『【NiGHT JoKeR】が所有する【NiGHT FLooR 4095】を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』


再びのアナウンスが轟いた。

しかも、


『【NiGHT JoKeR】からの攻撃により、【DuSK FLooR 4096】が占領されました。これよりこの階層は【NiGHT FLooR】となります』

『【NiGHT JoKeR】が所有する【NiGHT FLooR 4096】を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』


連続して。


少年は一瞬、それへ反応こそしたが、所詮はすでに予想していた事態。


四方から攻撃を受けているのだから、そろそろ2、3階層は落ちておかしくないと考えていたため、特に感じるところも無く冷静にアナウンスを聞いていた。


の、だが。


ふと、少年は違和感に気づく。


何故、先に階層を落としたのが【NiGHT JoKeR】なのか?

何故、兵を分散させていないうえに【BeNeDiCTioN】の効果を受けている【NooN JaCK】や【DaWN QueeN】より先に?


思っているうち、少年の思考は始めに感じていた違和感へ立ち返る。


何かがおかしい。

漠然と感じていた感覚に。


瞬間。


少年はやにわに椅子から身を乗り出すと、そのままモニターへぶつかるような勢いで、映し出された情報を観察した。


今までの沈着な様子を一変させ、大きく丸く見開いた目を画面に釘付け、ささやく。


「……経過してない……」

「ん……?」


普段、見たことの無い少年の姿に、思わず【DuSK KiNG】も疑問の声を漏らす。


「どうした。一体、何が……」


しかし少年は【DuSK KiNG】の言葉を無視し、


「糸田洋介・コスト1時間で【NooN JaCK】に対し、諜報を実行!」


怒鳴るように言うや、新たに現れたモニター内のウィンドウを凝視した。


額へ浮いた冷汗が、自重でこめかみの横を伝い、流れるのも感じぬ風に。


それから数瞬。間を置いた少年。

自らを洋介と名乗った彼は、


また静かにつぶやく。


「……やっぱり、経過してない……そのままだ……【DaWN QueeN】も【NooN JaCK】も、生存猶予期間の表示が固定されてる……」


それを聞き、


傍らにいた【DuSK KiNG】もまた目を剥いて、愕然とした。


刹那の時。

一秒をすら争う戦いの中、奇妙な沈黙が室内を覆う。


月並みな、ひどく月並みな、


嵐の前の静けさとしか言い表せぬ、そんな状況の中で。


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