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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
21/75

DaTa FiLe [RooT 05]

再び時は遡り、桂一、彩香、英也による三者会議の場。


モニター越しに繋がれた、か細い糸のような関係だけで成り立つ危うい作戦交渉。


『……つまり、こういうことか? 麻宮君。君は【DuSK KiNG】の中央階層……4095と4096へ侵攻するから、睦月君は最上層、私には最下層へと侵攻しろと。しかも今、持っているすべての階層を手放して』

「そうです」

『悪いが、それだけではとても乗れる案ではないね。兵力の劣る側がその少ない兵力をさらに分散させるのは愚の骨頂だ。それも補給手段を捨てたうえでときてる。いくらなんでも君だってそれがどれだけ馬鹿げた話かくらいは分かってるはずだろ?』

「もちろん、百も承知です」

『なら何故だ!?』


冷静な態度を崩さずにいた英也の語気がわずか、荒くなる。


むしろ自然な反応と言えた。


これだけ明確な情報の無い状況に置かれ、しかも問答無用とばかりに刻一刻、迫る自らの寿命。


如何に経験を積んでいようと、如何に場数を踏んでいようと、最終的には人間もまた動物なのである。


太古から身に沁みついた生存本能を前にしては理性など、紙切れよりも脆い。


とはいえ、まったくものの役に立たないというわけではない。


感情に任せて発した自分の声で逆に理性を取り戻し、英也はふと我に返って短く呼吸を整えると、慙愧の滲む表情を浮かべ、胸苦しそうに言葉を継いだ。


『……すまん。今のは大人げなかった』

「気にしてません。こんな状況ですから」

『そう言ってもらえると、有難い……』

「では、仰ってた疑問について話します。ちょっと長くなりますが、長内さんも睦月さんも聞いてください」


そう言い、桂一はモニターへ映るふたりへ視線を送るや、双方が頷く姿を確認して語り出す。


「長内さんが俺の話をおかしく思うのは当然です。現実ではこんな作戦、百人が百人、愚策だと言うでしょう。けど、それはあくまで単なる現実だったらの話。ここが現実だろうと何だろうと、【eNDLeSS・BaBeL】であることに変わりが無いなら自然、現実とは違うルールが存在するんです」

『……ルール?』


如何にも不可解といった面持ちで問う彩香へ、そのまま桂一は続けた。


「たとえばスポーツなんかと一緒ですよ。サッカーでは手を使っちゃいけないとか、バスケットボールではスリーポイントエリアからのシュートが成功すると通常は二点のところ、三点が加算されるとか、そういったものです。つまり物理的に『可能』か『不可能』かというだけの現実と違って、【eNDLeSS・BaBeL】もゲームである以上はプラスアルファ……ルールがある。『していいこと』と『しちゃいけないこと』という感じですね」

『ん、いまいち……具体性に欠けるが?』

「ですから、そこをこれから説明しますよ」

『頼む』

「分かりやすい例を挙げると、長内さんが【DuSK KiNG】に攻め込まれた時の状況です。【DaWN QueeN】側の情報はノーコストで閲覧できるから俺も見させてもらいましたが、あの時の敵の動き、少し変には思いませんでしたか?」


言って今度はモニターの先の英也を見つめた桂一へ、英也は片手を広げて顔の横辺りまで上げると、首を傾げて見せる。


何とも分かりやすい、(分からない)というジェスチャーだった。


それを見て取るや、桂一はまた口を開く。


「その時の履歴を見るに【DuSK KiNG】は始め、長内さんの所有階層2153へと侵攻。そこから順に下って2152、2151と占領してから急に転進し、2098、2097、2096……という感じの攻め方をしていましたけど、この攻め方にはきちんとした理由があります」

『理由、とは?』

「実はこれ、侵攻履歴だけでは分かりませんけど恐らく2部隊以上を分けて侵攻させてきてます。何故ならこのゲーム……【eNDLeSS・BaBeL】では、一度派兵したらその部隊は一旦撤収しない限り、1階層ずつ上下にしか移動できないからです。1階層以上、離れた階層を攻めようと思ったら新しい部隊を向かわせるしかない。しかも派兵した部隊は呼び戻すまで増援も補給も受けられません。これがまさしく俺が話してる、このゲームにおけるルールというもののひとつです。ここまではいいですか?」

『ああ、大丈夫。理解できてるよ』

「そうなると、俺たちは補給だの何だのを考える必要は無いと思いませんか? もし戦って消耗したとしても、補給や増援はおこなえないんですから。財布を持っていても、そこへ入れる金が無いのとおんなじです」

『……しかし、それでは戦後の態勢が……』

「そんなものは今、まず勝たなければ単なる空論でしかありませんよ。言い方は悪いですけど、『取らぬ狸の皮算用』そのものでしょう」

『む……』


これには英也も反論する余地が見つからずに口ごもる。


と、桂一はおもむろ。


「ところで、ちょっと整理しますね。現在、俺たちに課せられている条件をもう一度確認しましょう。一言で言ってしまえば、『【DuSK KiNG】からの攻撃を、こちらの態勢が整えられるまで停止させる』です。希望だけで言うなら【DuSK KiNG】を倒せればそれが一番ですけど、まあ【DuSK KiNG】を戦闘不能、または戦意喪失状態にする……というのが目標最低ラインになります。あくまで最低ラインで、ですよ? そしてこの目標が達成できなければ、俺たちは数時間と待たず、確実に死ぬか殺されるか、どちらかの運命を辿る……」


心情をそのまま表すような重々しい口調でひと息に言った。


その言葉の重さへ、


『……改めて言われると……本当に絶望的だな……』


思わず彩香も声を漏らす。


これも心情を有体にした力無い声音で。


しかし。


そんな彩香の嘆息じみた言葉を受け、桂一は反比例して力強く、


「ですが」


声を張ってなお言葉を重ねる。


「繰り返しますが、これはゲームなんです。だから現実では到底無理な作戦でも、成功させる方法がある。おふたりもそれなりに知っていると思いますが、【eNDLeSS・BaBeL】では同盟した相手によって異なる固有メリットと固有スキルが与えられます。始め、睦月さんに頼む流れになってた【SeaL】とかがそれです。最初の時こそ頭が混乱しててよく思い出せずにいましたけど……固有スキルは常時発動する固有メリット……俺の【HiDDeN】や、長内さんの【SoCiaBLe】なんかとは別に、生存猶予期間のコストや発動条件を満たしたりといったことで実行可能な、言ってしまえば反則技みたいなものです。だからリスクは当然ありますが、使い方と使いどころさえ綿密に計算すれば、大袈裟に言ったら不可能も可能に出来るんですよ」


一気に言い切ったかと思うや、おもむろに。


「ただし、越えなきゃいけない関門は多い」


口を動かし続けつつ、自分の背後でおどけた顔をし、にやついていた【NiGHT JoKeR】へと首と視線を向け、


「……おい」


問うた。


「お前、わざと計画に無い作戦の説明しただろ。一時的な延命策とか、ガラにもない作戦なんぞいきなり薦めたりしやがって……腹の底が見え透いてんだよ」

「おや、ひどいですねー。まるで僕が悪意を持ってやったみたいな言い方。どうせなら出来るだけ長く惨めに生きられるようにと親切心で提案したつもりなのに、そういう受け止め方をされるのは実に心外だなー」


体を左右へ揺らし、そう答える【NiGHT JoKeR】のこの態度と言動に少なからず桂一は立腹したが、そんな自身の感情さえも無視して、さらに問いを続ける。


「お前のふざけた価値観なんぞ聞いちゃいない。俺が聞いてるのは、なんで【DuSK KiNG】を倒せる可能性のある作戦を用意したのに、そのことへ言及しなかったのか、だ」

「聞かれなかったから……ってだけですよ? 深い意味なんてありません」

「……なら、改めて聞いてやる。というより、言わせたかったんだろ? 俺の口から……いいさ、言ってやるよ」


そう言うや、桂一はやおら大きく息を吸うと、すぐさまそれを乱暴に吐き出し、【NiGHT JoKeR】を睨みつけて低く、重い声を上げた。


「【DuSK KiNG】と【DuSK KiNG】のところにいる連中を、ぶち殺す方法を話せ」


文字通り、吐き捨てるように出された桂一の言葉。


聞いて途端、【NiGHT JoKeR】はその瞳を禍々しく輝かせ、


「へえ……きちんと言えるんじゃないですか。まあ、僕の好みとしては(ぶち壊す)って表現をしてほしかったんですけど、ひとまず及第点をあげましょうかね……」


台詞とは裏腹に満足げな笑みで口元を歪めながら桂一を楽しそうに眺めると、再び上半身をモニターの前へと滑り込ませる。


「じゃあ、またまた前を失礼しますよー」

『まったく……呆れたな。こんな逼迫した状況でもまだくだらん与太話で時間を潰すとは……』

「ですねー。そこはさすがの僕も今回ばかりは反省してます」

『……どこまで本気なのかは疑わしいがな。特に、これまでの経緯を考えると』

「ま、そう思われて当然でしょう。けど、もうおふざけは終わりです。これだけ切羽詰まっていながら、僕の冗談で潰れてゆく時間の中でも桂一さんは冷静さを失わなかった。本物の覚悟を見せてもらった以上、僕もここからは本気でやらせてもらいます」


すると。

短くやり取りをしていた彩香が渋い顔をしたままに見つめる中、急に【NiGHT JoKeR】は、


「それでは現時刻をもって作戦開始です。全員、一斉に所有階層をすべて破棄した後、【BiND oVeR】を解除し、即座に英也さんは【BeNeDiCTioN】を、対象プレイヤーは彩香さんで実行。彩香さんは【MuLTiPLY】を実行。そのまま【DuSK KiNG】側の最上層と最下層からの侵攻を願います。僕と桂一さんは中央階層へと侵攻しますので」


雰囲気を一変させるや、まるで別人のように決然とした口調となり、ふたりへ指示を飛ばした。


無論、これには英也も彩香も泡を喰って噛みつく。


当たり前のことだろう。


『なっ……ちょ、ちょっと待て! そんなことを急に言われて、はい、そうですかと出来るか!! 大体、【BeNeDiCTioN】なんぞ使ったら使用コストが……ええと……コストが……』

『24時間です。中尉』

『……ありがとう、ご婦人。となると、小官の残り生存猶予期間はたったの6時間だ。いくらなんでも今言われて今出来るほど気軽なものじゃ……』


慌てながらも【DaWN QueeN】の補足に助けられて英也は言葉を継いだ。


ところが【NiGHT JoKeR】は気にも留めず話を続け、


「詳細を説明している時間はありません。そうした話は【DuSK KiNG】を潰してからにしましょう」

『いや、そうはいかない。 それでは私の負担は減るが……確か、【MuLTiPLY】は使用コストが無い代わりに相手の所有階層を占領しても生存猶予期間は得られなくなるんだろう?』

「ええ。その代わり、相手へ与えられるダメージは破格です。【eNDLeSS・BaBeL】における生存猶予期間の上限は所持可能階層数と同じく8192時間です。まともに攻撃したのではまず潰せませんが、【MuLTiPLY】を実行した場合なら奪える生存猶予期間が倍々になってゆきますので、10、20、40、80……はっきり言いましょう。連続で10階層、10階層を占領すれば、奪える生存猶予期間の合計は10230時間。たった10階層奪っただけで確実に【DuSK KiNG】をすり潰せるんですよ」

『それは……分かるが、しかしたとえそれで勝てたとしても、それではこちらの生存猶予期間の残りが……』

「その懸念も無用です」


そこまで話すと。

【NiGHT JoKeR】はやにわに桂一のほうへ振り向き、無言でひとつ頷く。


同時、桂一は肺の中の空気をすべて追い出すように息を吐き、意を決したとばかりに【NiGHT JoKeR】の体で遮られた視界の隙間からモニターを睨み、


「……麻宮桂一・現在所有する生存猶予期間のうち、28時間ずつを【NooN JaCK】の同盟者、および【DaWN QueeN】の同盟者へ譲渡。実行……」


ささやくが如く、言い放った。


刹那。


英也と彩香の左手が光る。


どちらも反射的、そんな我が手を見て。


絶句した。


英也、残り生存猶予期間58時間。

彩香、残り生存猶予期間66時間。


聞かされた桂一の生存猶予期間は57時間。


そこからふたりへ28時間ずつの譲渡。


すなわち、残り……。


『なん……て、馬鹿なことをするんだ君はっっ!!』


瞬間、彩香は肉薄するかのようにモニターへ顔を近づけ、怒鳴り声を上げる。


確かに、三人の中で桂一が最も生存猶予期間は多かった。


譲渡についても分からなくはない。


さりながら。


自分の生存猶予期間をわずか1時間だけ残し、あとすべてを譲渡するなど論外。狂気の沙汰。


彩香の咆哮もむべなるかな、ではあろう。


が。


「これでご満足ですか? おふたりとも」


聞こえよがしに冷然とした声で【NiGHT JoKeR】が割り込む。


「時間が無いだの危険だの、子供じみた不満ならもう吐き切ったでしょう。加えて桂一さんからのプレゼントです。これでもまだ何か言いたいことがおありですか?」


英也の、彩香の、胸に突き刺さる言葉を選び、投げかけ、


「さあ、後はご自由にどうぞ。1時間です。あと1時間以内に作戦を成功させなければ、確実に桂一さんは死にます。一体、何のための四正面作戦だと思っていたんですか? 1時間で10階層を占領しようと考えたら、再編成なんてしている暇など無いんですよ。四方から攻め、四方から落とす。それしか桂一さんが生き延びる道は無い。言っていたでしょ? 桂一さん自身が。多勢にとって時間は味方ですが、小勢にとって時間は敵だと。いい加減で現実を見て動いたらどうですか! 文句でも質問でも、作戦が終わったらいくらでも聞いて、答えてあげますよ。だけど今は違うでしょう!? ただただ無為な考えを続けて時間を浪費し、桂一さんを死なせるか、建設的な行動を起こして桂一さんを助けようとするのか、どちらにせよ、そろそろ目を覚まして動き出したらどうなんですかっ!!」


激しい調子で思うさま語り尽くすと。


しばし……数瞬と満たない間を置き、苦渋に満ちた顔へ揃って汗を滲ませたふたりはそれぞれに。


『……すぐに動く。次回は……私から通信を繋ぐ……』


それだけ言って彩香は通信を切り、


『30……いや、40分以内にはケリをつけて戻る……』


英也もまた、わずかにそう言い残して通信を切った。


そうして。


一時の静寂が薄暗い室内を満たす中、


「……やるか」

「そうしますか」


淡々とした桂一と、【NiGHT JoKeR】の受け答えだけが静かに響く。


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