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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
20/75

DaTa FiLe [RooT 04]

「しかし……」


モニターに映し出される敵の攻勢を見つめつつ、【DuSK KiNG】はつぶやきのように漏らす。


「この【NiGHT JoKeR】の攻勢は何だ? もし手勢がフルだと仮定しても、それでもわずかに256。1階層に対して派兵できる限界兵数が256であることを考えれば、数だけでも我々と対等な勝負を挑もうというなら分からなくもないが、ただでさえ少ない兵力を2階層へ分散するとはどういう考えだ。数の上での対等さえ、やつらはまだ徴兵して間も無いのは明白。兵の練度も、用兵する現場指揮官もまるで不足しているだろうに、それをなお分割運用するとは……これが何らかの妙手だというのか?」


訝しい顔をし、同じくモニターを椅子から覗く少年へ否定的に尋ねるのを聞いて、少年もまた答えた。


「さてね。それが分かれば苦労は無いさ。というより、分かるようならそんなもの妙手じゃないよ」


形勢からして【NooN JaCK】、【DaWN QueeN】、【NiGHT JoKeR】の三勢力が取れる作戦は限られる。


具体的な内容は明らかでなくとも、まず悪手は問題外。

一度でもそのようなしくじりをすれば、ただでさえほぼ確定している死期が極端に近くなる。


次に好手。これも状況のせいで許されない。

少しばかりの良策を用いたところで、死期がわずかに伸びるだけのこと。


では彼らが取れる、取るべき手段は何か?


これはもう妙手しかない。


並みでは想像も予測もつかないような手。


それ以外ここから……この絶望的に過ぎる状況から生き延びる術は無いのだ。


「それはそうではある……が、にしてもそうした考えを差し引いても、これはまともに見たら悪手以外の何物でもないぞ。兵力の分散然り、派兵先の階層然り。最下層か最上層を攻めるのならまだ理解もするが、中央階層など攻めても、もし占領できたとしても上下から挟撃されるリスクを相手は分かっているのか? 劣る兵力を顧みず、兵を分散したうえに二正面作戦とは……私には皆目見当がつかんな」

「けど、それはまともに見たらの話だろ? まあ、おたくの意見ももっともではあるし、向こうの手が読めない以上は不用意な動きをすると足元をすくわれかねない。ひとまずは正攻法でいくとしよう」

「手堅く賢明だ。無論、異存は無い」

「じゃあ、とりあえず【NiGHT JoKeR】の攻めてきてる2階層については防衛兵力をこう。それぞれ最大値の256ずつ。ただし、相手の手の内が読めないから習熟した兵員や指揮官は保留して、新兵だけで。経験を積んだ兵は容易に得られない。まかり間違って練度の高い手駒を失ったりしたら目も当てられないからね」

「それもまた正論だな。では、【DuSK FLooR 4095】と【DuSK FLooR 4096】には日の浅い新兵を向かわせるとしよう。勝とうが負けようが生き残りは経験を得て手元に戻る。どう転んでも得しかしないというわけか。あとは恐らく空になっている【NiGHT JoKeR】の階層へも兵を送り、【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】は動きを見せたら対応する……といった感じで問題無かろう」

「同盟者が優秀だと楽が出来ていいね。ただ、そう思う通りに行くかどうかはちょいと疑問だけど……」


そうして手短なやり取りが済み、少年が蛇足気味と思いつつも【DuSK KiNG】へ懐疑の声を漏らしたその時のこと。


うっすらと開いていた少年の眼が一転、大きく見開かれる。


突然、室内へ響き渡った音声と、それが語る内容と同様のものが映し出されたモニターによって。


『【DaWN QueeN】が所有する247の階層を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』

「……!」


声にすらならない吃驚の声を【DuSK KiNG】は上げる。


が、間髪入れず。


『【NooN JaCK】が所有する249の階層を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』


伝えられたメッセージを聞き、思わず【DuSK KiNG】は飛びつくようにして少年の肩越しにモニターを覗き込んだ。


あまりに理解不能な相手の行動。


それをモニター上でもはっきりと確認するや、今度はささやきほどの小さな声ながら、己の思いを吐露する。


「……信じられん……気でも触れたのか? 連中は……ただでさえ少ない兵力の確保が、これで完全に不可能になったことを理解しているのか……?」

「ああ……こればかりは俺もおたくの意見に九分九厘まで賛成だ。目的は分からなくも無いから、全面的にではないけどね」

「……目的? こんな馬鹿げた自殺行為に、何の目的があるというんだ?」

「目的というか、利点かな……確かにおたくの言う通り、これでやつらはもう兵力補充が不可能になった。けど、所有階層すべてを破棄するなんて、何がしかの利点が無けりゃいくらなんでもしないだろ?」

「ふむ……」

「つまりさ、やつらは兵力の補充こそ出来なくなったが、現状兵力は消耗するまで留保される。補充ができなくなっただけのことで、兵力が失われたわけじゃないんだよ」

「だがそれでも自殺行為であることに変わりはあるまい? 手駒の質も量も劣っているうえに、補充すらも放棄するとは……」

「だからそれに見合う……やつらは見合うと考えた利点があるってことさ」


答えるや、少年はモニターへ釘づけていた視線を【DuSK KiNG】に移すと、さらに語り出す。


「いいかい? 連中が所有している全階層を手放したということは、もうこちらからの攻撃を受けなくて済むってことでもあるんだよ。すなわち、所有階層を奪われて生存猶予期間を減らされる危険は考慮しなくてよくなったってこと。実はこれ、相当なアドバンテージだぜ? 相手からの攻撃を受ける心配が無いから、防衛を考えずに攻撃だけに集中できる。思うに、【NooN JaCK】の固有スキル【SeaL】の代替だろうね。しかもこれには時間制限も実行コストも無い。あとはもう2、3ほどのからめ手を相手が用意しているとすれば、あるいは……」


言いかけた時。


またもや暗い室内へスピーカーからの音声が響く。


その矢継ぎ早の連絡と内容に、【DuSK KiNG】をも驚愕させて。


『【NooN JaCK】より【MuLTiPLY(増殖)】が実行されました。今後6時間、すべてのプレイヤーはこの効果を受けます』

『【DaWN QueeN】より【BeNeDiCTioN(祝福)】が実行されました。今後2時間、【DaWN QueeN】および、指定プレイヤーとされた【NooN JaCK】はこの効果を受けます』

『【NooN JaCK】からの攻撃により、【DuSK FLooR 0001】が侵略されています。ただちに防衛行動をおこなってください』

『【DaWN QueeN】からの攻撃により、【DuSK FLooR 8192】が侵略されています。ただちに防衛行動をおこなってください』


これへ思わず、


「何事だ、これはっ!!」


叫び、【DuSK KiNG】は壁を叩いた。


突として始まったこの猛攻に対する混乱を露わに。


だが。


「なるほど……すごいな。これは想定してた中でもかなりすごい……」


興奮と緊張の入り混じった、しかしあくまで理性的な声音で少年は独りごちる。


「普通の神経なら延命に割くはずの生存猶予期間を背水の陣……いや、そんな甘いもんじゃないか。乾坤一擲の大攻勢に使ってくるなんて……」

「……どういうことだ! 連中は本当に正気か!? ただでさえ残り少ないはずの生存猶予期間をこんな……」

「言ったろ【DuSK KiNG】。正気で出来るような手なら、やつらにはどう足掻いても生き延びる道は無い。捨てるくらいの覚悟でなけりゃ駄目なのさ。命をね」

「……」


さしもの、この状況と少年の返答には【DuSK KiNG】も言葉を失った。


固有スキル【SoCiaBLe】のせいで、ガラスのように明け透けな【DaWN QueeN】のプレイヤーステータスによると、残り生存猶予期間は30。


にもかかわらず、ここへ来て高コストの固有スキル実行。


もちろん、そうしなければ彼らに勝ち目が無いのは分かっているが、自分の寿命を残り数時間にまで削る行為を、果たしてまともな精神状態の人間が出来るものなのか。


現実的感覚に根差した【DuSK KiNG】の思考は、どうあってもこの時点で思考が停止してしまう。


とはいえ、

そのようなことを悠長に考えている暇も、もはや【DuSK KiNG】たちには残されていなかった。


少年の曰く、妙手。それが実際に実行された今となっては。


まず発動された固有スキルである。


【MuLTiPLY(増殖)】


【NooN JaCK】との同盟プレイヤーが持つ固有スキル。

発動後6時間に限り、敵階層占領時に得られる生存猶予期間を放棄する変わり、敵から奪う生存猶予期間を倍にしてゆく。

通常なら1階層で10時間、2階層で20時間、3階層で30時間となるところを、1階層で10時間、2階層で20時間、3階層では40時間、4階層では80時間とする。

しかもこの条件は自分を含めたすべてのプレイヤーに適用されるため、例えば5階層を連続で占領して160時間の生存猶予期間を奪った相手に1階層でも取られれば、それだけで320時間の生存猶予期間を失ってしまう。

そのような状態がすべてのプレイヤー間で6時間も続く。

もはやハイリスク・ハイリターンという表現では収まらない、極めて危険なうえに使いどころの難しいスキルである。


使用コスト・無し。


【BeNeDiCTioN(祝福)】


【DaWN QueeN】との同盟プレイヤーが持つ固有スキル。

発動後2時間に限り、自分自身に加えて指定したプレイヤーひとりの保有する兵力すべての武器を銃火器に変更する。

兵員の通常武装は素手かナイフ、槍や剣といったものがデフォルトのため、このスキルを発動した場合の戦力差は圧倒的となる。

また、もし運良く相手の銃などを奪えたとしても、スキル発動プレイヤーと指定プレイヤーの兵員以外にはプロテクトが掛かっており、発砲などは不可能。


使用コスト・24時間。


特に残りの生存猶予期間が30しか無い【DaWN QueeN】側プレイヤーは、これで残り生存猶予期間はわずかに6時間。


加えて【NooN JaCK】が【MuLTiPLY】を実行してしまった以上、もしこちらの階層を占領できても彼らに生存猶予期間の増加は無い。


守りの一切を捨てた絶対攻勢。


それゆえに、もう彼らは【DuSK KiNG】たちにとって(死に体の弱小勢力)ではなくなった。


紛う事無き(脅威の存在)へと変質したのである。


「にしても、まずいね……考慮はしていたけど【BeNeDiCTioN】を実行されたのはきつい……練度は同程度でも武器が近接武器と銃火器じゃあ、こっちの兵員はただの射的の的だよ。しかも気づいてみればどうだい? この状況。【NiGHT JoKeR】の二正面作戦に疑問を抱いていたこっちが今や」


依然、黙したままの【DuSK KiNG】のほうを向き、少年は、


「四正面作戦(四面楚歌)だ」


言って笑った。


あたかも危機を楽しむように。


口元へ浮かべた微笑みとは裏腹な、恐ろしく好戦的な輝きを放つ双眸を曝して。


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