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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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DaTa FiLe [RooT 01]

事前に三人のうち一番、生存猶予期間が多いということで次の通信は桂一がおこなうと決まっていたのだが、そんな桂一からの通信を受けた彩香と英也は、モニターに映し出された桂一の姿に一瞬、驚かされてしまった。


うっすらと全体が汗に濡れた顔は憔悴しきり、まるで死人のように血の気は失せ、蒼白い肌を晒している。


「……すいません。少し……時間を喰ってしまって……」


それでもなお、なんとか細く弱々しい声を発して応対できただけ大したものだと思いつつも、彩香と英也は揃ってこの桂一の様子の原因を推察していた。


真実を聞かされたのだろう。

自分たちと同じく。


無論、彩香も英也も話は聞いた。

ショックも当然、受けた。


だが。


受けた衝撃の程度は、誰が考えても三人のうちで桂一が最も大きいとも察せた。


どう繕おうと、桂一は所詮ただの高校生。彩香や英也などとは、生きてきた年数も踏み越えてきた場数も違う。


自然、そうした経験の差は精神的な耐久力の差となって出るものだ。


それでもなお、顔色を失い、虚ろな目を泳がせ、今にも苦鳴のひとつも漏らしそうな状態にありながら、通信をしてきたことはむしろ褒められるほどである。


『いや、無理はない。ともかく通信してきてくれただけで安心したよ。ありがとう』


言って、英也は細かなことへは触れずに桂一をねぎらった。


そう。

充分に褒められたことだ。


特に、これから先のことを考えれば。


不安要素は多分にあるが、そんなことは関係無く、今回の作戦において桂一……と、【NiGHT JoKeR】は紛れもなく肝なのだから。


自覚しているだけに、英也も気を遣ったのだと言える。

といって、話し合いを進めなければならないのに変わりは無い。


思い、つい同情から重たくなる口を開くと、英也は桂一へ、


『で……そんな状態のところを悪いんだが、これから実行予定の作戦について詳細を詰めていきたいんだが……』


腫れ物にでも触るようにそう問うた。


途端。


「あー、すみませんけど話、代わりますよ?」


急に横から【NiGHT JoKeR】が割り込んできたかと思うや、モニター全体へその奇妙な格好を映し込んできた。


直接カメラを覗き込んでいるのか、画面全体を覆うように人を小馬鹿にした姿を露わにして。


「ご覧の通り、僕んとこの桂一さんはもうギリギリもいいところですんで、僭越ながらここからは同盟者である僕が代理を務めさせてもらいます。まさか異存なんて無いですよね」


半ば強制的。

こちらが桂一の衰弱具合を理解しているのを分かった上で、異議を挟ませない一方的な語り口。


さしものこの態度には英也はもちろん、聞き役に徹していた彩香もあからさまな嫌悪感を示す。


さらにその背後で、成り行きを見守る【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】をも含めて。


ところが当の【NiGHT JoKeR】はそうした空気を気にもせず、苦い表情で言葉を止めた英也を見つめ、人に不快感しか与えない笑いを浮かべ、勝手に話を進行し始めた。


相変わらずの、大袈裟な身振り手振りを交えつつ。


「さてさてー、では本題の前にそれぞれの現状を確認しておきましょうかねー。この通信を開くまでに桂一さんがおこなったのは【諜報】コスト5。サーバ情報ひとつ見るのにコスト5時間は痛いなー……って、愚痴はさておき、加えて徴兵にかかったコストも5時間。これに通信コスト1時間と、行き先のサーバでプレイヤーデータひとつを破壊したので1時間のプラス。そしてこれまでの時間経過を含めて現在、桂一さんの生存猶予期間は残り57時間となってます。ちなみに徴兵したプレイヤーデータは2。少なく感じられるかと思いますが、これも理由あってのことですからご心配無く。そんで、皆さんはー?」


緊張感も無く聞く【NiGHT JoKeR】へ、少なからず怒りを覚えながらも英也は、


『……小官の残り生存猶予期間は、ちょうど30時間だよ。それと先に言われていた通り、徴兵は200人以上という指示に従って、ひとまず212人は確保した。本当は限度いっぱい、247人を徴兵したんだが、その……(持たなかった)のが思った以上に多くて、結果的に……ね』


皆まで言わずと、その意味の知れる不快な答えを述べつつ、これ以上は無いほど痛々しい苦笑を浮かべる。のに合わせて彩香も、


『私は……38時間だ。徴兵は【NooN JaCK】のおかげでスムーズに進んだから、7階層を失って上限が減っている現在の最大値、249人を雇い入れられた。まあ、個々の質までは保証しかねるが、ともかく数を揃えろという話だったからな』


回答した。


それを聞き、【NiGHT JoKeR】は少しばかり考え込むと、すぐに言葉を継ぎ、


「ふむ。てことはー……英也さん、前回の通信時点では残り28時間だったことから計算するに、徴兵で5時間。時間経過分で2時間。【諜報】は【DaWN QueeN】と同盟してるから必要ないとしても、本来なら残りは21時間のはず。つーまーり? 初手から九人も壊しましたか……対して、彩香さんは49時間から【諜報】コスト5と徴兵でやはりコスト5。時間経過と合わせて37時間になるはずが38時間。僕もおんなじだったんで別にどうこう言えたこっちゃないんですけど、たったひとつきりですか? 壊したの。いやはや、やっぱり警察機構の人と軍人さんとじゃあ、こうも差が出るもんなんですねー」


言ったのへ、思わず頭に血が上った彩香は怒声を上げそうになった。


のだが。

今にも喉から口へと溢れ出そうになった喝破を、横に陣取っていた【NooN JaCK】の右手のひらが制するように自分の目の前へ向けられているのを見、間一髪でそれを飲み込む。


自身も、憤懣遣ふんまんやる方無いのを押し殺し、血でも滲みそうなほど唇を噛み締めた、そんな【NooN JaCK】を見て。


少し冷静になれば分かること。

今は互いに揉めている場合ではない。


気に入る、気に入らないはこの際、後回しにして手を組むよりほかはない。


思って、彩香はどうにか落ち着きを取り戻すと、なお続く【NiGHT JoKeR】の不愉快な話へ付き合う覚悟を決めた。


恐らくは自分たちと同等かそれ以上、怒りを胸に秘めてモニターへ向かっているであろう英也のことをおもんぱかって。


『……それで、いい加減に話を本筋へ戻してくれないか? 悪いが、こっちも横道に逸れて話し込めるほど、時間の余裕が無いんでね。いくら生存猶予期間が30時間あっても、【BiND oVeR】の効果はあと9時間しか無い。またぞろ【DuSK KiNG】とかいうのが攻勢をかけてきたら瞬時に終わりだ。こうも逼迫してる状況下じゃ、9時間なんて長いようで、あっという間に過ぎちまうからな』


聞えよがしに不機嫌に言い放った英也の言葉が効いたのか。もしくは【NiGHT JoKeR】なりにタイミングを計っていたのか。


いずれにせよ、英也のその一声を境にようやく【NiGHT JoKeR】は多少、改まった調子へ変わり、今回おこなうべき作戦に関して詳細を語り出した。


「ですね……至極ごもっとも。じゃ、真面目に話を進めますけど……英也さん、軍人さんとしての立場からご意見を聞きたいんですけど」

『小官は自衛官だよ。軍人じゃない。どうもその辺り、ご婦人にも誤解されてる感が強いが……』

「細かいことはいいんですよ。立ち位置は似たようなものでしょ? なら聞ける意見も近似値でしょうから」

『ま、聞くだけ聞こう。お好みの答えが返せるかは分からんけどね』

「そうこなくちゃ。では、率直に聞きますけど……」


そこまで言い、少しく間を空けると、やおら【NiGHT JoKeR】は、


「……単純に、彼我戦力差が約18倍ある相手と、戦って勝てると思います?」


珍しくも静かな声で、真剣な表情で、そう問う。


瞬間。

思わず英也は声が詰まってしまい、答えるどころではなかった。


しかし。


【NiGHT JoKeR】は最初から回答など期待していなかったといった風で、そのまま言葉を続ける。


「歴史的にはありますよね、確かに。【DuSK KiNG】の戦力は最大値の8192。こちらは英也さんの212と、彩香さんの249。それと僕が特別に雇った2。合計しても463。考えたら絶望的ではありますけど、有名な九頭竜川の戦いなんかでは30万の一向一揆衆に対して1万1千の朝倉家が勝利していますし、史実として存在するならできないこともないでしょう。けど、それは様々な条件が綿密に重なって始めて可能になることです。はっきり言って、弱音を吐く気はありませんがこのゲームのシステム上では、これだけの戦力差をひっくり返すのはまず不可能としか言えません。どれだけ楽観的に考えても、ね」


この、無責任とも取れる発言に、さすがの英也もここまで我慢していた分もあって思わず感情を露わにしそうになる。


無意識、利き手の拳を握りしめ、今まさに喉を突いて罵声が飛び出そうとなる。


が、転瞬。


ニタリと笑い、【NiGHT JoKeR】が再び言葉を継いだ。


「ですがね」


からかっているのか、本気なのか、判別しかねる態度で。


「この際、戦略レベルの勝利は無視していいんですよ。さらに言っちゃえば、戦術的勝利すら無視してもいい。だって、今の問題は」


コロコロと転がるような声音を響かせ、


「どうやって【DuSK KiNG】に負けないか。と、どうやって【DuSK KiNG】から戦う気を奪うか。それだけなんですから」


ゆっくりと言い終え、また【NiGHT JoKeR】は口角を上げ、気味の悪い笑いをその顔へ浮かべた。


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