eXeCuTaBLe FiLe [NiGHT JoKeR 04]
「……嘘……だろ……」
顔面を蒼白とさせ、乾いた喉につかえたような声でそう問う桂一に、
「こーんなことで嘘を言って何の意味があるんですかー? 嘘をつくなら、何か得になる嘘じゃなきゃあ、わざわざつきませんよー僕は」
からかっているとしか思えない口調で、【NiGHT JoKeR】は両方の人差し指で×を作って見せながら答えた。
「死に方や殺され方の見た目がどういう形だったにしろ、ゲーム内で死んだ人間は、インプットとアウトプットを現実生活とは比べものにならないほどの超高速でおこなっている入出力インターフェイスから突然、情報的に切り離されることによって脳へ致命的な傷害を受けちゃうんです。ちょうど、動かしている最中のコンピューターの電源を急に切ることで起こるファイルシステムの破損と似たような感じですかねー。まあコンピューターなんかの機械類なら対策もいろいろとされてますが、人間のほうはもうまるでダメ。そういうことを想定して出来てませんから全然ダメ。まだ計測中ですから、平均値は今現在の、と断わりが付きますけど、およそ平均で大脳全体の神経回路網が約53パーセント損壊します。といっても普通なら悪くしたって高次脳機能障害ぐらいで済むかもですが、実はここからさらに脳内から引き上げられずに残っちゃったゲーム内での【現実としては不自然なデータ】が神経細胞の損耗を加速させちゃうんで、最終的には良くても失外套症候群(大脳皮質の完全機能喪失による人格完全喪失)か、はたまた、ひどければ不可逆昏睡にまで至っちゃうこともままあるんですよねー」
「だ……けど、そんなとんでもない問題があったら……ゲームの中で死んだらそんな大事になるなんて……メチャクチャだろ……どう考えたって、世間に出せるはずが……」
「でもそれは、あくまでも【eNDLeSS・BaBeL】をプレイした人間全員がそうなったら、の話でしょ?」
理性を保つため、自分を保つため、説明された内容へ異論を唱える桂一へ、ニタリといやらしく笑って【NiGHT JoKeR】は続ける。
「いろいろとひとりで調べ回ってたから、正確ではなくてもある程度の数字は知ってるはずですよねー桂一さん。【eNDLeSS・BaBeL】における事故率。どうせだから実際に設定されている確率を教えてあげますよ。どこのサーバでも一定で1024分の1です。しかも言っておきますが、これは(ゲームのプレイ中にゲーム内で死亡した場合)に限られます。だから言ったような状態になる確率はもっと低い。ゲーム内で死亡するという前提をクリアして、なおかつ1024分の1の乱数に引っかからなければ何事も無く正規の方法でログオフがおこなわれ、現実世界に戻ってこられます。ただ、悪い意味で運の良い人には(わざと)強制シャットダウンがおこなわれ、サーバ内に残された一時ファイルとしてのゴミデータが、自分を生きている人間だと勘違いして時間切れまでのさばるといった寸法なんですよね。バカみたいでしょー? 本物の自分はとっくに現実世界でポンコツになってるってゆーのに、たかが残りカスのプレイヤーデータが自分を人間だと思い込んでる……これ、笑えるでしょー?」
ケタケタと、【NiGHT JoKeR】の不快な笑い声が響く。
震えるように体を前後へ揺らし、戸惑いと怒りに感情を掻き乱された桂一には目もくれず。
ただ。
桂一は桂一で必死に間接的とはいえ、昏睡状態に陥った洋介のことを笑い者にする【NiGHT JoKeR】への憤りを抑え、話していたことを頭の中で整理していた。
もちろん、話されたすべてが実は嘘である可能性も含めて。
というより、嘘であってくれと願いながら考えていた。
少なくとも嘘であったなら、今この時、思考する労力は無駄になるが、言い方を変えれば損害はたかだかそれだけで済む。
むしろ、その程度の徒労で悪夢のような話が嘘になるとしたら、充分にお釣りがくる徒労だろう。
が、現実はそれほど人にやさしくはない。
それどころか、そこまでに聞かされた内容だけですでに悪夢のようだと感じている桂一にとって、この先に待ち受けるさらなる事実は、如何ほどのものと感じられただろうか。
さておき、話を順にまとめてゆこう。
もし意図的な電源断が実際におこなわれていて、それによって受ける障害が言っていた通りのものなら、昏睡している洋介の症状についても整合性が見られる。
ではあるものの、ならば自分たちは何の目的でこんなところへ連れてこられたのか。
そこが余計に分からなくなる。
それにそうなると(殺処分)の意味も不明だ。
自分たちが最初に運び込まれていた場所でも脅しの形でそれをちらつかせ、ゲームへ無理やり参加させられたが、その後にこのモニター室へ来て見せられた(殺処分)の光景を考えると違和感を感じずにはいられない。
たとえば自分や彩香、英也などが【eNDLeSS・BaBeL】に関して調べていることが邪魔だと感じたなら、しかもこれだけの施設を用意して拉致するだけの力があるのなら、何もこんな回りくどいことをせずに闇から闇へと葬り去るぐらい訳無く出来るはずではないのか。
特に、すでにゲームへ参加させられている以上、ここが現実で無い可能性は極めて高い。
となれば、なおのこと何故にさっさと始末してしまわないのか。
モニター越しに見せられたそれのように、ブロックノイズにでも分解してしまえば終わることではないのか。
別に好んで殺してほしいなどと思っているわけではないが、相手の目的がまるで見えないだけに、そういったことも考えてしまう。
加えて。
「……にしても」
浮かんだ疑問を、堪らず桂一は口から漏らした。
「この悪趣味にもほどがある演出のオンパレードは何なんだ? モニター越しでは、いかにもデジタルでございって感じで分解されてたものが、いざ直接ゲームの中へ入ってみれば、一転してグロテスクな演出。いい加減、俺に何をしたいのか、させたいのか、はっきりしてほしいよ」
苛立ちも露わに【NiGHT JoKeR】へ問いかける。
「大体、お前の話を鵜呑みにするとすれば、さっきのサーバ内で仲間にした……たったふたりだけっていうのもまた引っかかるんだけど……それも含めて、あそこにいたのは全部が全部ただのデータでしかないんだろ? お前が(それ)で刺し殺したやつも……」
言いつつ、桂一は【NiGHT JoKeR】の手に持たれたものへと、だるそうに指を差した。
握られた手と共に鮮血で染まり、滴らせる武骨なナイフを。
単に刺し、斬りつけるためだけに作られたのが見ただけでも伝わってくる刃の厚い頑強なナイフを。
すると、【NiGHT JoKeR】は首を斜に傾けると、口元を歪めて笑うや、こびりついた血の飛沫が飛び散るのも構わずにナイフをひらひらとひらめかしながら桂一の言葉へわざと被せ、
「そう、その通り。(殺した)んですよ。比喩なんかじゃありませんよ? まったくの事実、僕は(殺した)んです」
念を押してそう言ったかと思うや、手に握ったナイフを口元へと運ぶと、笑い歪めた唇の間から舌を出し、舐めた。
血に濡れたナイフを、まるで飴のように。
瞬間、桂一は背筋にぞくりとした悪寒と、瞬発的な吐き気とを感じたが、そんなことには一向、構う事無く【NiGHT JoKeR】はナイフの片面へこびりついた血を丁寧に舐めとり、そのまま舌を引き込めると、口の中でそれを味わいながら言葉を継ぐ。
「うん……やっぱり血はいいです……ちょっぴり鉄っぽくて、しょっぱくて、何より、生臭くて……」
楽しげに笑いつつ、言う【NiGHT JoKeR】の姿に、思わず桂一はその場で吐きそうになった。
反射的に口を押えた手には汗が滲み、同じく全身からも嫌な汗が噴き出てくる。
それは端的に言ってしまえば違和感。
あるはずがないと。
現実であるはずがないと。
【NiGHT JoKeR】の言葉を疑うふりをしつつも、自分に都合の良い部分だけを無意識、信じ切っていたことへの違和感。
途端。
「そういうことですよ桂一さん。やっと分かりましたー?」
考えを見透かしたとしか思えない、完璧なタイミングで【NiGHT JoKeR】は桂一に語り掛けてきた。
「要は言い方の問題です。ほんと、単純ですよねー。僕が一度でもあのクズデータたちが生身の人間じゃないなんて言いました? ここが世間一般でおこなわれてる【eNDLeSS・BaBeL】の世界だと一度でも言いました? 怖いですねー思い込みって。ほんと、何を根拠に思い込んじゃうんですかねー」
もはや不快などいうものではない。心底からの恐れを感じさせる狂気に満ちた笑い声を響かせ、【NiGHT JoKeR】はいやらしい仕草で桂一の蒼ざめた顔を覗き込むと、
「……ゲームだったら死なないとか、思ってたら大間違いなんだよ。甘ったれ……」
つぶやきの中に最上級の侮蔑を滲ませ、言う。
と、しばし恐怖で焦点の定まらなくなった桂一の眼を見つめ、数瞬後。
「とはいえ……」
再び口を開いた【NiGHT JoKeR】は。
「そのくらいバカでないと、僕もからかい甲斐が無いから、まあいいんですけどー」
そう言って身を翻してモニターを見遣ると。
「それに何より」
無造作にナイフを投げ捨て、
「今は【DuSK KiNG】をどう上手くぶち殺すか。そっちのほうが遥かに重要ですからねー」
面倒そうな調子で言い、またしても振り返って背後の桂一を見た。
床に手を突き、膝を折って。
声も無く嘔吐している。
そんな桂一を。




