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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
14/75

eXeCuTaBLe FiLe [NooN JaCK 03]

実際、色々に動き始めると、それぞれ異なる管理者と同盟していることの差異が如実に表れてくる。


特に情報収集の段階に入ると顕著だった。


【DaWN QueeN】と同盟している英也はこんな時、常時発動効果である【SoCiaBLe】のおかげで何らのコストも払わずに情報を集められるが、それ以外のプレイヤーはそういうわけにはいかない。


基本命令のひとつ、【諜報】を使わない限り、明け透けになっている【DaWN QueeN】側の情報以外、見ることができないのだから。


しかもこの【諜報】は支払うコストによって閲覧できる情報量が変わる。


コスト1時間なら、他プレイヤーひとりのパラメーターと行動。

コスト3時間なら、全プレイヤーのパラメーターと行動。

コスト5時間まで払ってようやっとこれらに加え、サーバ情報などを見ることができる。


これだけでも、もう充分に大きな不利。


少し考えれば分かるが、【DaWN QueeN】の情報はコスト無しでも見られるし、【NiGHT JoKeR】の情報はコストを払おうが払うまいが見られない。


つまり。

立場的に【NooN JaCK】と同盟している彩香には、コスト1時間でもコスト3時間でも、【DuSK KiNG】と【DaWN QueeN】の情報しか見られないのに変わりが無いにも関わらず、3倍のコストを要求されてしまう。


ただ、問題はそこではない。

さらに次。


この無駄な中間コストのせいで、サーバ情報を見たいというだけで実に5倍のコストが必要となる。


とはいえ、泣き言を言ってもゲームのシステムが変わるわけではない。


そうしたわけで、彩香はサーバ情報を確認するのにコスト5時間を払う際、思わず溜め息を漏らしたものだが。


(三人の中で最も生存猶予期間の少ない二尉に通信コストを払ってもらったうえ、彼がもし、迅速に【BiND oVeR】の実行を勧めてくれていなければ……)


そう考えると、この程度のコストに文句を言っては申し訳がないと気持ちを切り替え、ともかく戦力確保を目的としたサーバの選別をおこなっていった。


そうこうして。

ほどなく彩香は向かう先のサーバを決定する。


兵庫、加西市サーバ。


当初、やはり英也と同じくある程度の勘頼みで宮城の大崎市サーバに目星をつけていたところであったのへ。


「差し出がましいことを申し上げますが……」


と、急に話し掛けてきた【NooN JaCK】の、


「思うに、マダムのために戦う者をお探しになるとすれば、兵庫の加西市サーバ辺りが適当かと……」


という意見を素直に酌み、目標サーバと決めた。


そして今。

加西市サーバ内の【NeuTRaL FLooR】に、彩香と【NooN JaCK】は立っている。


何故だか恐ろしく剣呑な空気の中、自分たちの周りをフロア内でごった返していた人々に取り囲まれて。


それはわずかに数分前のこと。


ふと意識が薄れてすぐに、暗いモニタールームから知らぬ間、この広いコンクリートのフロアへと移動しているのに気づくや。


すぐ隣へ一緒に現れていた【NooN JaCK】の存在を感じたほぼ同時。


その【NooN JaCK】が、


「これより貴様たちの中から兵を募る! 我こそはと思う者は、速やかに名乗り出ろっ!!」


いきなり大上段から呼び掛けたもので、さしもの彩香も慌てたが、そんな彼女の想像よりもなお、事態の悪化は凄まじかった。


モニターで確認した際には多くの人が雑然とフロア内をうろついている状態であったが、今やそんな彼らは【NooN JaCK】の言葉をきっかけに騒然となり、あっという間にふたりを円形に囲い込むと、まるきり混乱した様子で全員が全員、怒鳴り声を上げて彩香と【NooN JaCK】に詰め寄りつつ、口々に似たような疑問をぶつけてくる。


「おい、何様だよその口の利き方はよぉっ!!」

「誰に向かって言ってんだテメェッ!!」

「責任者、どっちだよっ!!」

「絶対、訴えんぞコラッッ!!」

「食い物も飲む物も無しで、こんなとこにいつまで人を閉じ込めとくつもりだ、おいっ!!」

「ここどこだよ! さっさと、こっから出せよっ! ざけんなっつうのっっ!!」


途切れることなく、四方八方から罵声が飛び、止む様子は一切無い。


それなのに。


どうしていいものやらと我がことながら情けなく、ただうろたえるしかない彩香とは対照的に、当の騒ぎを引き起こした【NooN JaCK】は、止めどなく浴びせかけられる怒号も罵声も意に介さず、冷淡な眼をして正面を見据えるばかりであった。


ところが。

そんな状況がどのくらい続いた時だろうか。


ひときわ、ふたりの近く……ほとんど彩香へ接触するかしないかの距離まで迫り、汚い言葉を吐き散らしていた大柄な若い男が、ついに忍耐の限界を迎えたらしく、やにわに右手を伸ばしたかと思うと、彩香の胸倉を掴み上げてさらに声を荒げ、


「聞いてんのかよオラッ! 何とか言えっつってんだ……」


そこまで、言いかけた瞬間。


男の怒声が瞬時にして叫声へ変わった。


見れば寸刻前、彩香の胸倉にあったはずの男の腕が。


【NooN JaCK】の左手によって捩じり上げられている。


いや、捩じり上げるなどという甘いものではない。


男の手首を掴んだ【NooN JaCK】は雑巾でも絞るように、なおも男の腕を捻りながら関節の可動域を無視して高く腕を持ち上げていった。


途端。


「あぃいいぃっっ!!」


間抜けな苦鳴を漏らし、床へ膝を突いた男の肩はとうに外れ、肘は折れ、手首はほとんど一回転させられた形となり、見事なほどの異様を周囲の者たちに見せつける。


転瞬。


「……身の程をわきまえろ、このクズが……」


声そのものは決して大きくはないが、まるで地獄の底からでも響いてきたが如き恐ろしい声音で、【NooN JaCK】は吐き捨てると、ようやく男の手を離し、痛みで床に伏すしかできない、必死に腕を庇い、屈めた男の姿を、言った通り道端のゴミでも見るかのような残酷に過ぎる眼で見下ろす。


およそ人間に対する視線ではない。人としての、心情や感情といったものが、完全に欠落した視線で。


が。


その惨状に、つい今しがたまで不満の声を漏らしていた者たちが転じ、不安げな声でざわめき始めたその時、


「……ん……の野郎ぉおっっ!!」


がなり立てていた周囲も、声を落とし始める中にあってひとりだけ、突如として怒りに任せた男が拳と声とを振り上げ、【NooN JaCK】へ向かい、突進してきたのである。


腕に自信があったのか。

または英雄気取りの正義感か。

それとも単に感情を抑えるだけの理性が欠けていたのか。


無論、そんなものは当人にでも聞かなければ分からないことだが、だとすると謎の残る結末だった。


何せ、もはや答えを聞こうにも聞く相手がいない。


聞くべき相手が、いなくなってしまったから。


そう。


男の行動が勇気であったか、はたまた無謀であったかに関してなら答えられる。


何故なら。


【NooN JaCK】へ挑みかかっていった男は。

【NooN JaCK】へその拳を届かせる前に。


頭……ちょうど下唇から上を斬り飛ばされ。


絶命したのだから。


この時の状況を冷静に、かつ正確に記憶している者は、まともに考えて【NooN JaCK】当人のみだろう。


何といっても、その場の誰もが目を疑う事態だった。


向かってきた男に対し、【NooN JaCK】はいつから帯びていたのかも分からない腰の鞘から、抜き放った幅広の片刃剣で一撃のもと、男の命脈を断った。


いささかの躊躇も無く、当然のように。


顎の上を叩き落された男はしばらく、胴体に残った命の余韻で数歩ほど進むと、すぐに膝を折ってその場へと倒れ込んだ。


口の中へ収めておくための筋肉が弛緩した舌は、信じられぬほど長く垂れ下がり、噴き出すように溢れ出す血液が、倒れた床一面を瞬く間に血溜まりへと変えてゆく。


切断された上顎より上の頭部はどこへ落ちたか知れない。


恐らく【NooN JaCK】の斬撃の強烈さからして、よほど遠くのほうへ飛んでいったのだろうが、考えようによってはそれも幸いだったかもしれない。


グロテスクな代物は、なお血溜まりを広げてゆく胴体だけで充分だ。


事実、この光景にフロア全体が静まり返っている。


あれだけの喧噪が、今となっては嘘かと思うほど、しん、と静まり返っている。


すると。


「これは一罰百戒だ。分かるか?」


彩香にとっては聞き慣れた、抑揚の無い声で【NooN JaCK】は静寂に支配されたフロアに、いつの間にか自分たちを囲んでいたはずの者たちが散り散りになっているのを見遣りながら、


「貴様らには何かを問う権利など無い。あるのは、ふたつのうちひとつの道を選ぶ権利だけだ。我らの駒となり、己の力で生き延びるか、あるいはこの場で死ぬか。早く選べ。お前たちにとっても、我らにとっても、時間は貴重であり、有限なのだ」


威厳すら感じる、落ち着いたその言葉に、その場の誰もが畏怖と憂苦に支配されてゆく。


抗う術の無い、絶対的な束縛と対になった現実を前にして。


ただし。


ひとりだけ。

わずかにひとりだけ。


その場の誰とも比べものにならぬ恐怖を感じていた人間がいた。


睦月彩香。


彼女は。

掛け値無しに、自分は気が狂ったのではないかとさえ思っていた。


間近の床に転がる男の死体を見つめ、流れ出し、自分の足元へまで迫ってきた赤い血の、湿ったコンクリートと鉄、独特の生臭さが入り混じった匂いを感じ、なおさらに。


一体。


どこからが現実なのか。

どこまでが現実なのか。


答えなど出るはずの無い思考を幾度と無く巡らしつつ。


彩香は。


あとどれだけの間、自分は正気を保つことができるのかを考えずにはおられなかった。


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