eXeCuTaBLe FiLe [DaWN QueeN 02]
「タイムラグ?」
突然、【DaWN QueeN】からもたらされた話に、英也は片眉を上げて不思議そうな顔をした。
「そうです。麻宮さんが【BiND oVeR】を実行した際、わずかですけど反応に遅れが生じておりましたの。ただ、極めてわずか……ですけど」
通信を終え、落ち着いたと思ったところへ唐突にこんな話題を振られたために。
「で、そのタイムラグが生じた原因というのは?」
「コンピューター側の問題としては単純に処理の遅延でしょうね。けど、中尉は言わずともお分かりでしょうが、大事なのはもっと本質的な問題です。何故、コンピューターが命令実行に際してその処理に余計な時間を掛けることになったか。そこが大切なんですわ」
「だが、その肝心の原因は分からないのでしょう? それでは一体、何をどう気にかけてよいやらも分かりませんよご婦人」
「だとしても、通常なら有り得ないことが起きた事実には注意を払うべきです。特に相手が【NiGHT JoKeR】となれば、なおさらに」
「……うーん……」
明け透けに【NiGHT JoKeR】への不信と嫌悪を露わに答える【DaWN QueeN】へ、英也もどう受け答えしたものかと悩み、返答に窮する。
確かに、【NiGHT JoKeR】の【HiDDeN】は厄介だ。
どんな手立てを尽くそうとも、何らの情報も見られないという絶対的な秘匿能力は警戒するに充分、値する。
かといって現状、【DuSK KiNG】ほどの脅威であるかと言われれば、疑問としか言えない。
信用度が低い相手と、対話すら成り立たない相手を比べた場合、どちらに重きを置くかは考えるまでも無いだろう。
そうでなくとも話の内容からして、信用ができないのはあくまで管理者の【NiGHT JoKeR】であって、桂一を疑う理由とはならない。
【SoCiaBLe】でモニターした限り、【DuSK KiNG】は単一で兵力8192なのに対し、こちらは現状、三人合わせて0。
文字通り、桁違いの戦力差。
そんな絶望的状況下で、一応の共闘体制を取っている相手に不審を抱いても、ただいたずらに自分たちの首を絞めることにしかならない。
どちらにしろ今、進めている作戦が成功しなければ死。
三人のうち誰かが裏切れば、これもまた死。
結局のところ、選択肢の無い状況で無駄な思考を働かせても無意味だということ。
どうあろうと、最後はそういう答えに行きつく。
「まあ、ご婦人の忠告は考慮に入れさせていただきますよ。それより、今は何より兵力確保が先決でしょう。12時間なんていっても、油断してるとあっという間に過ぎてしまいますから」
「それもそうですわね……で、中尉はどこのサーバから当たるおつもり?」
「悩むところですな。国内と海外を含めて65サーバ……さて、しらみつぶしでも構わないんですが、時間を考えると非効率的な方法は避けたいですし……」
「優秀な兵士は欲しい。されど選りすぐっている暇までは無い。本当、悩ましいとしか言いようがありませんわ……」
「本当に、ですね……」
答えつつ、英也は浮かぬ顔で左手の数字に目を落とした。
28。
【BiND oVeR】の効果が切れるまでの時間をマイナスすれば、残りたったの11時間。
のんびりする気分には到底なれない数字である。
しかもここからさらに徴兵コストとして5時間の減算が確定しているのだから、とても余裕などあるはずがない。
そんな折。
「……そういえば、ご婦人。せわしなくて聞きそびれてたんですが、ひとつ質問をよろしいですか?」
ふと思い、英也は顔を上げると【DaWN QueeN】を見つめながら話し出す。
「始めにここへ来たとき、モニターで見せられた……いや、ストレートに言いましょう。あの(処刑風景)は、どういった意図で、そしてどういった状況のものを見せられたのかを知りたいんですが、ご存じで?」
「ああ……」
すると、【DaWN QueeN】は嘆息のような声を上げつつ、これ見よがしの惰気を表情へ出して回答した。
「あれは言ってしまえば、中尉のような正規プレイヤーの方に対する趣味の悪い出迎えの余興といったようなものです。状況も掴めず、情報も無い状態の新規プレイヤーへ、断片的で悪意に満ちたミスリードを誘う、最低最悪の三文芝居ですわ。ただし、実際に殺処分自体はおこなわれているようですけれど。確証はありませんが、私なりの経験則として」
「……はあ……まあ、予想はしてましたけどね。しかし改めてそうだと聞くと、やはり胸が悪くなりますな……」
「というより、そうさせるために見せているんでしょう。管理者の私が申し上げるのも変な話ですが、この【eNDLeSS・BaBeL】は随所に悪趣味な仕掛けがなされていますから。ですので中尉には覚悟をという意味で、この先もどうぞ心の折れぬよう、勇気を奮い続けてくださることを望みます」
「……努力いたしますよ」
即答も、明確な答えも返せなかったが、英也は最低限の返答をし、青々と綺麗に剃り上げられたもみあげの辺りを指で掻きつつ、モニターへと向かう。
これから始まるであろう憂鬱な作業を思って嘆息する代わり、【DaWN QueeN】へさらなる質問をしながら。
「それとご婦人。重ねて確認しますが徴兵コストは5時間、それ以上の減算は無いというのは確かなんですか?」
「もちろんです。徴兵命令の実行には5時間のコスト。これは固定ですから何人のプレイヤーを雇おうとも、雇わなかろうとも、5時間以上のコストはかかりませんわ。ただし、ひとつのサーバーにつき、という条件はつきますけれどね」
「でしたら結構です。といって正直、私の残り時間を考えればコスト5時間でも充分すぎるほどの激痛なんですが……」
「とはいえ、行動しなければどちらにしても死ぬだけのことです。中尉も武人ならば『死中に活を求むべし』の故事はご存じのはず。それに何も徴兵命令はコストが掛かるだけではありません。上手くすれば、生存猶予期間に余裕を作ることも可能なのですよ?」
「そこは先ほどお聞きしましたから、改めて教えていただかなくとも分かってます。が、どちらも楽しいことではないのに違いは無い。まったく……楽しくない……」
モニターを見つめたまま、英也は【DaWN QueeN】へ暗愁とした感情だけで返し答えると、ウィンドウ内に整列したリストの中から、徴兵命令を実行するサーバの吟味を続ける。
と。
どうやら目星をつけ、英也は如何にも気が乗らないといった調子の声で。
「待たせて申し訳ありませんでした、ご婦人。決めましたよ」
「ようやくお決めになりましたか。それで、どこのサーバですの?」
「東京の豊洲サーバから当たってみようと思います。現在、収容可能プレイヤー数の上限いっぱいになっているのが魅力ですし、何より、ぱっと見の印象でしかありませんけど、この辺りのサーバには【DaWN QueeN】……ご婦人と同盟しても良いと考えるプレイヤーが他所より多そうな気がしましてね。公明正大な殴り合いを望むプレイヤーは、傾向的に【DuSK KiNG】かご婦人の、どちらかを選ぶはずだと。まあ、どこまでいっても勘でしかありませんが」
「よろしいかと思いますよ? 人間、最後は直感に頼る場面が大半です。そして自分の直感を信じられるかも、一瞬が生死を分ける戦いの場においては重要なことですし。それにまだ時間はあります。もし中尉の勘が逸れていたとしても無駄にはなりませんわ。中尉に相応の覚悟さえあれば、ですけど」
言ったのへ、底意を隠さず答える【DaWN QueeN】の言葉に、英也は表情を厳しくするや、深呼吸でもするように深く息を吸うと、
「……果たして小官に、(あれ)と同じ真似が出来るのか……(あの映像)のように、使えないと判断したプレイヤーを、自らの延命のために実質、殺すようなことが本当に出来るのか……」
まるで自分自身にでも言い聞かせるように、そうささやき、一転。
「さて……行きましょうか、ご婦人。願わくば、このサーバ内にいる【STRaY DiVeR】たちが賢明であり、懸命であることを願って……」
飄々と、明るい調子で【DaWN QueeN】へ話しつつ、おどけた笑顔で振り返った英也は彼女の瞳を見つめた。
すると。
「心をお決めになられたようね中尉。それでこそ私の同盟者ですわ。けど、その【STRaY DiVeR】という呼び方は多少、不適切に感じます」
自分を見つめたままでいる英也の肩へ、そっと手を置きながら【DaWN QueeN】は話す。
「自分で参加することを決断しておいて、それを反故にし、目的も無く残された生存猶予期間を食い潰す……そんな人間が生きているのかと言われたら、申し訳ありませんけど私は違うと言いますわ。それはもう生きる意味を忘れた死人。生には執着するくせに、自分から何の行動も起こさない、動く死体。そう……癪ではありますが以前、【NiGHT JoKeR】がその【STRaY DiVeR】とかいう呼び名を嘲って呼んだ名。それのほうが、よほど彼らにはふさわしいですわね」
短い沈黙。
継がれる言葉を待つ英也。
言葉を止める【DaWN QueeN】。
そうして。
一拍を置き、答える。
「……さまよえる死者、【STRaY DeaD】と……」
途端。
「【DaWN QueeN】・同盟者、長内英也の承認を得て徴兵命令を実行する。指定サーバ名・豊洲サーバ」
淀みなく【DaWN QueeN】が言い終えると刹那、英也は暗転してゆく視界と意識の中、
(それにしても、徴兵ねえ……ますますもって、きな臭くなる一方だな……)
うっすら浮かぶ思考の波を溶かしつつ、深く暗い淵の底へと落ちていった。




