犯人 一
「間鍛冶作蔵は君の家族を殺す前にも、恐らく何人か殺している」
作蔵は俺の実家から車で二時間程の小さな集落の出身だった。
間鍛冶作造は複雑な家庭環境で育った。
作造の祖父、間鍛冶彦左衛門は間鍛冶一族の長として、集落一体に権勢をふるっていた。
彦左衛門の長男、幸一郎には妻と三人の息子がいたが、妻が死んだので幸一郎は新たに妻を娶った。
ところが、彦左衛門がこの新妻に手を出した。その結果、生まれたのが作造だった。
作造が生まれてまもなく、自分の父と妻が関係を持っていたと知った幸一郎は妻と離婚した。
作造は女中の手で育てられていたが、やがて里子に出された。
親の愛情の無い環境で育った作造は虫やカエルといった小さな生き物を殺すのが好きな残忍な少年に成長した。唯一、里子に出された家で一緒に育った衿杉平太には優しかった。少し知恵の遅れた平太もまた作造を慕った。
平太が作造をサブちゃんと呼ぶのは、最初に名前を聞いた時、作造をサブロウと聞き間違えたからだった。
高校を卒業した作造は、町に出てメッキ工場に務めた。
が、長く続かなかった。
作造を雇ったメッキ工場の社長は、作造が工場で捕まえたネズミを喜々として殺す様子に気味が悪くなり不景気を理由に解雇した。
次に務めた工場もいろいろ理由をつけられて、解雇された。唯一続いたのが、ネズミを駆除する会社だった。大量のネズミを効率よく捕まえ殺して行く作造は重宝がられた。
作造の動物を殺したいという欲求はネズミ殺しで満たされていたが、そのうち、ネズミだけでは納まらなくなっていた。
「最初の殺人は親しくなったホステスではないかと思います」
新山刑事はとつとつと語った。作造の周りで行方不明になったホステスが数人いるのだという。
しばらくして、本当の父親である祖父が死んだ。多少の金くらい貰ってもいいと思った間鍛冶作造は家に戻った。
家長となっていた戸籍上の父親は、もめ事を嫌った。昔、家畜が飼われていた林の中の小屋を作造に与え、縁を切った。
「君の家族と作造の接点を探したんだが、わからなかった。作造の務めていたネズミ駆除会社とお姉さんが通っていた高校が同じ駅の近くにあるんだ。作造は君のお母さんと姉さんを町で見かけたんだと思う」
「じゃあ、作造は、なんとなく目をつけた相手を殺したというのですか?」
「ああ、そうだ。大抵はもっと違う理由があるんだがな」
猿になった新山刑事はやりきれない様子でため息をついた。
俺は腹立たしかった。
たまたま見かけた母と姉をつけてきて殺したのか!
母さんと姉さんが何をした!
やり場の無い怒りで頭が爆発しそうだ。
どうして俺がこいつを殺さなかったんだろう。
「ぐるるるる」
「良ちゃん」
佐百合の優しい手が俺を抱き上げる。
「離してくれ。あいつに一発噛みつかないと納まらない」
俺は佐百合の手を振りほどいて、作造の遺体を噛もうとした。
「やめたほうがいい。その体には毒が回っている。噛めば君も毒にやられるでしょう」
ジャレスだ。
くそー! くそ! くそ!
こいつが殺さなかったら、触手の一本も喰いちぎってやれたのに!
「どうして間鍛冶作蔵は捕まらなかったんです? 良ちゃんの証言を元に作った似顔絵があったんでしょう?」
「作造は座敷牢に閉じ込められていたのです。戸籍上の父親の手で」
間鍛冶の家には座敷牢があったのだという。
「じゃあ、父親は息子が犯人だと知っていたのですか?」
「作造の戸籍上の父親、幸一郎は新聞にのった犯人の似顔絵を見て、作造だとわかったんだと思います。家名に傷がつくのを恐れた幸一郎は作造を家に閉じ込めたんだと思います。作造もまた新聞に出た似顔絵を見て、身を隠した方がいいと思ったのでしょう。しばらくは、座敷牢で大人しくしていたようです」




