戦い 五
「私は元刑事の新山といいます」
新山刑事がジャレスに頭を下げた。
巨大な白い猿が身を縮めて礼をする。なんとなく滑稽だ。
「刑事? 刑事というのは?」ジャレスが不思議そうに聞く。
「悪い奴を捕まえる専門の人間の事ですよ。我々の国には警察という法を犯した人間を捕まえる機関があるのです」
「えーっと、元刑事だったら逮捕出来ないんじゃない?」と俺。
「ああ、そうか。先月退職になったばかりでな。昔のくせはなかなか抜けない。ははは」
猿になった新山刑事が豪快に笑う。
「新山刑事。あなたは自分が変身しておかしいと思わなかったのですか?」
俺は新山刑事の態度が腑に落ちなかった。
自分がいきなり巨大猿に変身したら、普通はパニックになるだろう。
「実はな、ヘビに化けた衿杉平太は、メモ魔でな。こっちに来た様子を詳細に書いていたんだ。最初は薬かなんかの妄想だと思ったんだが、それにしては具体的なんだ。こいつらを追いかけてこっちの世界に来た時、すぐにメモが実際にあった事だってわかったんだよ」
新山刑事は俺を地面に降ろした。ジャレスに向き合う。
「こいつらを今から連れて帰ります。何かロープのような物はないですか?」
「それよりいい考えがあります」
ジャレスは一飛びで怪物の胸に飛び乗った。毒矢で怪物の額を貫く。
あっというまだった。
ビクビクと痙攣して果てる怪物。ぐしゅぐしゅと怪物の体が溶けて行く。腐臭の果てに怪物は人の姿に戻った。
「な、何をするのです。やっと事件が解明できる所だったのに! 殺してしまっては何もならない」
「私はこの怪物に、母と姉を殺された。ただ殺されたのではない。さんざんなぶりものにされて殺されたのです。怪物が去った後、二人の遺体は人の形をしていませんでした。それを集めて、私達は葬儀を行ったのです。その時、私は必ず仇を取ると死んだ二人に約束したのです」
人の形をしていない遺体。どんな気持ちだっただろう。一瞬、俺の頭の中に最後に見た父さんや母さん、姉さんの姿が浮かび上がった。俺は大急ぎで頭の中の映像を消去した。そうしなければ、凶暴な感情の波に飲み込まれそうだった。
俺は新山刑事の話に意識を集中した。
「気持ちはわかるが、こいつに家族を殺されたのはあなただけではない。ここにいる、槍鞍君もそうです。他にもこいつが殺したんじゃないかと思われる犠牲者がいます。こいつがどれほど殺したのか、聞き出さなければならなかったのに、死んでしまっては真相が究明出来ないではありませんか」
「倭国の事情など知った事ではないのです。我々には我々のやり方がある」
「……、わかりました。では遺体を持って帰りましょう。それと、向うへ帰ったら、こちらへつながる入り口は塞いでしまいます。約束します。もう誰も決してこちらに来させません」
「ありがとうございます。我々もあなた方の世界との入り口を塞ぎましょう」
ジャレスは、佐百合が書いた水中にもぐる方法を参考に、湖の底の神殿を封印するという。
「シーザーに手伝って貰えばいい」
俺はシーザーに、ケガが直ったら神殿を封印するのを手伝うように言った。
ヘビに変身した衿杉平太は、小さな檻にいれられて連れて来られた。気絶したままだ。
「こいつ、生きてるよな。何故、間鍛冶は死んだと思ったんだろう?」
「間鍛冶作蔵は殺人犯だった。自分が人を殺すように、あなた達も殺したと思ったんだろう」
それから、新山刑事はどうやって間鍛冶作蔵を見つけたのか、話してくれた。




