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怪物 二

 怪物が思わずのけぞる。その隙に逃げる兵士。

 ビンがあたった。ビンの中身が飛び散る。怪物がくしゃみを連発した。

「おい、あの中には何が入っていたんだ?」

「胡椒です」

 怪物がくしゃみを繰り返す。滑稽だ。大きな図体をしていても肺呼吸は変わらんらしい。

 え? 肺呼吸? 神殿は湖の底深く沈んだんじゃないのか? 肺呼吸でいける深さなのか?

 一体、あの怪物の体はどうなっているんだ?

「ジャレス様、毒です!」

 ジャレスの元に怪物から取り上げた袋が届いた。ジャレスがビンを取り出しフタをあける。顔に布を巻いた兵士が周りを囲んだ。矢を取り出す者、慎重に毒が塗る者。皆、素早く、慎重に自分の仕事をこなしていく。毒矢には赤い矢羽根がつけられ、他の矢と区別されていた。見ている間に、百本ほどの毒矢が出来上がった。

 一方で、兵士達は、怪物に胡椒が効くとわかった途端、盛んに胡椒を投げつけ始めた。胡椒が目に入ったのだろう、怪物が闇雲に暴れ始める。

 あ、しまった。

「ジャレス、急げ! 怪物が湖に逃げ込もうとしているぞ!」

「大丈夫です、逃がしません!」

 毒矢を持った兵士達が配置についた。

 ジャレスが要塞の上に立ち、号令する。

「放て!」

 毒矢はまっすぐ怪物に向った。

 触手にあたる。緑色に変わる触手。怪物が苦悶の表情を浮かべた。次々に毒矢が触手に突き刺さる。痛んだ触手をちぎる怪物。体に毒が回っているのか動きが鈍い。とうとう、甲羅の中に体をちぢめてしまった。兵士達が矢を射るが、鎧のような殻に阻まれ歯が立たない。

 くそっ、どうしたらいいんだ。

「おまえら、サブちゃんをいじめるな!」

 突然、妙に甲高い声があたりに響いた。

 皆、振り返った。

 怪物の向う、湖岸に近い岩の上に佐百合がいる。

 おかしい。佐百合は要塞の中にいた筈だ。一体、何時の間に。

 佐百合の首に何か巻き付いている。ヘビだ。大きな錦ヘビだ。いや、尻尾が二股に別れている。二股尻尾の錦ヘビだ。

「サブちゃんに何かしたら、この女を殺すよ」

「やめろ!」

 ジャレスが叫ぶ。

「この女、おまえの恋人なんだってな。おいらいつも厨房に忍び込んで、スイクを食べるんだ。兵士達が話していたよ。ジャレス様は恋人を生け贄にするつもりだろうかってね。自分の恋人を生け贄にするなんて、見上げた根性だね。サブちゃん、この女、連れて帰ろうよ」

「おまえは誰だ?」

 ジャレスが大声で言った。

「おいらはヘータ。サブちゃんの友達さ」

「おまえも倭国から来たのか?」

「ああ、そうだよ。ずっと昔から来てたんだ。ここのスイクって、うまいよね。おいらは昔からあんた達の祭りに来てたんだ。いろいろ知ってるよ。怪物は額を射抜かないと死なないとかさ」

 やっぱり! 怪物が頭に金属を巻いていると聞いた時から変だなと思っていたんだ。誰が額を守るよう教えたんだろうと。それがあのヘビ野郎だったんだ。

「嘘だ、封印がしてあった筈だ」

 ジャレスが口惜しそうに言い返す。

「よくわかんないけど、来れたんだよ。昔はもっとちっさいヘビだったんだ。湖に沈んでから大きくなれた。封印に穴があいてたんだじゃない?」

 ジャレスが、ヘビ野郎を睨みつける。

 後一歩で怪物を殺せたかもしれないのだ。ジャレスの悔しさが伝わってくる。

「ヘータ、よくやったぞ。おい、ジャレス、この女、こいつも俺達の国から召還したのか? 生け贄にする為に?」

「そうだ。その女も倭国の女だ」

「それなのに愛しちまったわけだ。これだけの美人だもんな、惚れてしまう気持ちもわかるぜ。こいつ、連れていくぜ。いたぶり甲斐があるだろうよ。けけ! 可愛がってやるからな」

 怪物が甲羅から頭を出した。兵士達が一斉に、毒矢を怪物に向ける。俺は怪物に飛びかかってやろうと身構えた。

「動くな、動くとこの女を絞め殺すよ」

 ヘビ野郎がいいやがる。

 剣を片手に飛び出そうとしていたジャレスが、ギリギリと歯がみした。

 が、ゆっくりと息を吐き出した。

「その女を連れて、さっさと行きなさい。ついでに、その牛も連れて行ったらどうです?」

「男に興味はない。十分殺したしな。今回はこの女だけで引き上げてやるが、来年は覚えてろよ!」

「ねえ、君、きれいだなあ。連れて帰ってやるよ。俺達の世界へ。さ、歩いて」

 しかし、佐百合は動こうとしない。

「いやよ。私、元の世界では醜い体だったのよ。どんな男も見向きもしないような。デブでチビで鼻が低くて、とにかく、大ブスだったのよ。それでも、いいのね? ここなら美女でいられる。でも、向うに帰ったら二目と見られないブスに変身するけど、いいのね?!」

「ああ、いいとも。俺は女ならどんな女でもいいんだ。ブス大歓迎!」

 ゲタゲタと高笑いする蝦蛄野郎。ヘビ野郎も一緒に笑ってやがる。が、ヘビ野郎が唐突に笑うのをやめた。二股の尻尾を佐百合の体により深く巻き付ける。

 くっそぉ、俺の佐百合を汚い尻尾で撫で回すな!

 ヘビ野郎の目が細くなった。

「君、言う事きかないとこうだよ」

 ヘビ野郎が佐百合をギリギリと締め付ける。

「い、いやぁ!」

「痛いのがいやなら、歩くんだよ」

 くそぉ! なんて奴だ。卑劣ひきょう卑劣ひれつなくそ野郎め!

 佐百合がしぶしぶ歩き出した。怪物が触手を伸ばして、佐百合をなで回す。

「俺、ここでやっちまいたい」

「だめだよ、サブちゃん。ここで殺したら、あいつら、毒矢で俺達を殺すよ」

「ああ、そうだな」

 怪物はのそのそと湖へと逃げて行く。

 側近の誰かが言った。

「ジャレス様、佐百合様をこのまま、お返しして良いのですか? ここで我らの手で殺した方が怪物達のなぶり物になるよりましではないかと。人質がいなくなれば、彼らに毒矢を放てます」

 俺は青くなった。

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