ジャレス 七
「そうです、わからない筈です」
「だったら、十頭ほど集めてくれ。そして怪物にこう言うんだ。『その牛達は、あなた方の世界から召還した男達です。この世界に来てから、牛に変身しました。その男達は菱友商事の社員だそうですよ』と」
「菱友商事? それは一体なんです?」
「俺達の世界では、大きな商売をしている商人の店に雇われるとたくさん給金が貰えるんだ。菱友商事は俺達の世界では、一、二を争う大きな商人なんだ。この店に務めるのは皆、頭のいい連中ばかりでね。つまり、普通の人からみると菱友商事で働く人は憧れの人達なんだよ。逆に言えば、菱友商事の社員ってだけで、人から妬まれるのさ。怪物みたいな変態野郎がもっとも引裂きたいと思う輩なんだよ。怪物は牛を引裂くのに夢中になるだろうよ。腹話術師がいるともっといいんだけどな。影からこっそり、殺さないでくれと言わせるんだ。そしたら、怪物は喜んで痛めつけるだろうし、引裂くのに夢中になれば、尻尾の先に毒をぶら下げているのを忘れるだろうからな。その間に毒を取り上げるんだ。ところで、その毒は粉末だったか? それとも液体だったか?」
「液体でした」
「だったら溶かさなくていいな。そのまま使える。その毒で、毒矢を作って、怪物に向って放つんだ」
「良ちゃん、それより直接かけた方が早いんじゃない?」
「しかしだな、はずすとまずいぞ。兵士にかかったり、間違って川に流れ込むかもしれない。それより、毒矢で攻撃した方がいいと思う」
「毒矢を作る前に怪物が気が付いて、追いかけてきたらどうするのよ」佐百合が心配そうに言う。
「偽物を用意させましょう。怪物が持ってくる袋ならよく覚えています。白い袋でした」
「いや、だめだ、それは恐らくスーパーのビニール袋だ。こっちの世界にはない。すぐにばれる」
「でも、暗いからわかりにくいんじゃない? たくさん用意すれば、きっとどれを追いかけていいかわからなくて混乱する筈よ」
ジャレスは兵士を集め、作戦を説明した。兵士達はそれぞれ、牛を集める者、袋の用意をする者に別れ散って行った。
「佐百合、あなたは要塞の中で待機していて下さい。危険ですから」
「ジャレス……」
佐百合がジャレスを見上げた。
「あの、お母様と妹さんの事、本当にお気の毒に思うわ。私にも手伝える事はない?」
「ありがとう、佐百合。水の中にいける方法は、もう書き上げましたか?」
「あ! 途中までだったわ。すぐに書いてしまうわね」
急ぎ足で要塞に戻って行く佐百合。背中に金色の髪が揺れている。月の光を受けてキラキラ光る黄金の髪。かつての彼女からは想像も出来ない。見送るジャレスの目に愛しさがあふれている。どれほどこいつが佐百合を愛しているかわかる。そんなに愛しているのに、何故、生け贄にしようなどと思ったのだろう?
「これで、倒せるでしょうか?」
ジャレスが疑問を口にする。
俺は何かひっかかったが、倒せるだろうと答えていた。
「怪物だって俺達と同じ成分で体が出来ている筈だからな。第一、怪物自体が毒の扱いに慎重なんだ。きっと倒せるさ」
俺とジャレスは要塞の門の上、湖を見下ろす外壁の上に立った。要塞の前に次々と牛が繋がれて行く。




