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ジャレス 五

「俺が七歳の時だ。俺の実家は農業をしていた。遠くに行ってはいけないと言われていたが、その日、俺は年長の子らと一緒に川まで遊びに行ったんだ。いつもより遅く家に帰った。妙に家の中がシンとしていて変だなと思ったんだ。俺は玄関から上がって和室に入って驚いた。辺りが血だらけだったんだ。柱にくくりつけられて死んでいる父さん。裸で血を流している母さんと姉さん。俺は動けなかった。そこに殺人犯が風呂場から出て来たんだ。廊下の向うから俺に言った。

『なんだ。まだ、いたのか』ってね。

 俺は夢中で逃げた。犯人が追いかけてくるのがわかったよ。子供心に警察に行かなければと思った。隣にはばあちゃんが住んでいる。この上ばあちゃんまで殺されてたまるかって思ったよ。俺は家のまわりを熟知していた。大人には通れない抜け道を走り抜け、駐在さんの所に行った。駐在さんは、ちっとも俺の話を聞いてくれなかった。いたづらだと言うんだ。俺の手にべったりとついていた血の匂いを嗅いでやっと家まで来てくれた。駐在さんは犯人がまだ家の中にいるんじゃないかと及び腰で家に入っていったんだ。そして、すぐに転がり出て来た。今でも鮮明に覚えている。駐在さんが震える声で県警に電話してたのを」

「良ちゃん……、良ちゃんがそんな悲惨な経験をしてたなんて、私、ちっとも知らなかった」

 佐百合が目に涙を浮かべている。そうなんだ、佐百合は人の気持ちに寄り添って一緒に泣いてくれる、そういう女なんだ。

「……いい話じゃないからな、俺も話した事はない。実際、その事件の後、俺はPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまったらしい。ばあちゃんのおかげで、普通に話せるようになったが、しばらくは何も話せなかったそうだ」

 あの悪夢が一瞬、記憶の表層に浮かび上がった。昔はぼんやりとしか思い出せなかったが、年と共に鮮明になって行く。血だらけの父、半裸の母、引裂かれていた姉。全裸だった姉が、何故かソックスだけは履いていて、白いソックスが血に染まって真っ赤なのだ。

 血染めのソックスを履いた姉が、俺にすがって「助けて」という夢を俺は何度見ただろう。

 俺は首を振って悪夢を払った。

「とにかくだ。俺は犯人の顔をはっきりと覚えていた。警察は俺の証言を元に似顔絵を作ったんだ。それを持って捜査員達が随分聞き込みをしてくれたし、新聞にも載ったんだが、犯人は掴まらなかった」

 俺は怪物の絵を見上げた。

「まさか、こんな所でお目にかかるとはな」

「ええええ!! じゃあ、この怪物は私達の世界の殺人犯なの?」

「ああ、そうだ。老けているが、絶対忘れられない顔だ。俺の家族を殺した男だ」

 俺は怪物の絵を睨みつけた。

「ジャレス、俺はカーリセンに来て良かったと思っているよ。ここでは、怪物を殺しても殺人にならないからな」

 ジャレスの口元がゆがむ。

「くっくっくっ。あなたのその体で、怪物相手に戦うと」

 ジャレスがこんな皮肉を言う男だったとはな。怪物相手の戦いはこいつの心をあらぬ方向にゆがめたのかもしれない。

「ああ、俺はこんな小さな体だがな、頭があるんだよ」

「頭? 何か策があるのですか?」

「怪物は青酸カリを持って来るんだな」

「ええ、そうです」

「青酸カリは怪物にとっても猛毒の筈だ。向うも慎重に扱っているんじゃないか? 女をいたぶっている間、毒はどうしているんだ?」

「尻尾の先にぶら下げています。こう、尻尾を上に巻き上げて、サソリの尻尾のような形にして、その先に毒のビンが入った袋をぶら下げているんです」

「その袋を奪うんだ」

「一体どうやって?」

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