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ジャレス 三

「佐百合は逃げたりしない。逃げる場所がないんだ。俺達はあんた達に世話をして貰わないとこっちでは生きていけない。それがわからないのか!」

 ジャレスはしぶしぶ佐百合の縄をほどいた。テーブルに座らせ紙と筆を渡す。佐百合がさらさらと書き始めた。

「で、それからどうなった?」

 俺はジャレスに続きを話させた。

「……翌年、怪物はやってくるだろうかという話になりました。父は母と妹の仇を打つため、軍隊を率いて怪物がやってくるのを待ったのです。夜が更け湖の底に光が見えました。怪物はやってきたのです。私達は戦いました。しかし、怪物を倒せませんでした。多くの兵士が殺されました。過去の記録では、怪物の頭、額の真ん中を射抜くと、怪物は死ぬと言われています。ところが、この怪物はずる賢くて、額を金属で覆っていたのです。怪物は殺戮の限りを尽くしました。『俺は来年もここに来る。その時、女を用意していなかったら、もっと暴れてやるからな』と言って帰って行きました」

 ただ殺す怪物か。人ならではだな。人だけが、快楽の為に同胞を殺せる。

「この世界に男の人が少ないのは、その為? 怪物と戦って男の人が少なくなったの?」

 佐百合が潜水方法を書きながら疑問を口にした。

「恐らく。佐百合、君が『統計的におかしい』と言った時、私はどきっとしました。死んだ兵士の数は把握しているつもりでしたが、統計的におかしい程だとは思っていなかったのです」

 ジャレスの顔が暗い。いつもの生気と自信にあふれた表情はどこにもない。兵士達を無駄に死なせたのだ。最高指揮官として思う所があるのだろう。

「翌年、私達は犠牲者を選びました。隣人を殺した女が選ばれました。この女に怪物の額の金属を取るように言いました。金属さえ取れれば、矢で射抜けるのです。女は必死でした。が、怪物は女が額の金属を外そうとしているのに気が付いたのです。怪物は女に言いました。『俺の言う事をきいたら助けてやる』と。女と怪物の間でどんな話し合いが行われたのか、わかりません。結局、怪物は女を殺しましたから。恐らく女は自分が生き延びる為に、聞かれるままに答えたのでしょう。我々はもっと危険な状態になったのです」

 ジャレスが言葉を切った。俺は黙ってジャレスが続きを話すのを待った。冷静沈着なジャレスだから話せるのだろう。母親と妹を目の前で殺され、何も出来なかった悔しさ。

 こいつもきっと、母親や妹の悪夢をみるんだろうな。助けてくれと泣いてすがる妹や母親の悪夢を。

「翌年、怪物は袋を持ってきました。袋の中からビンを取り出し言ったのです。

『この川は、お前達の首都に通じているそうだな。このビンには猛毒が入っている。これを川に流したらどうなるだろうな。首都に住んでいるお前達の仲間がたくさん死ぬだろうよ。さあ、毒を流されたくなかったら、女を出せ』と」

「猛毒? 猛毒って何の毒かしら?」

「さあ、わかりません。怪物は、牛にビンの中身を数滴飲ませました。飲んだ牛はあっという間に死にました。我が国にも牛一頭を殺す薬はありますが、あのようにすぐに死んだりしません」

「青酸カリじゃないかしら。そんなふうにすぐ死ぬのって。一体どうやって手に入れたのかしら?」

「メッキに使われているんじゃなかったか? 何かの記事で読んだぞ。……で、どうなった?」


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