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ジャレス 二

「ジャレス、こっちで掛けられた呪いなら、元に戻せるよな。俺を人間に戻してくれ」

「こちらの世界では無理です。あちらの世界に帰れば、呪いが解けて戻れる筈です。そういう呪いを掛けましたから。第一、こらから生け贄になるのですよ。人間に戻ったからと言ってどうなるのです?」

「それでも、戻りたいんだよ。一体何故、俺達が生け贄にならなくちゃいけないんだ!」

 ジャレスの瞳がますます冷たくなる。

「……、このカナイの村にも神殿がありました。ところが、大きな地滑りが起きて湖の底に沈んでしまったのです。その結果、怪物が湖の底から出てくるようになったのです」

「そいつは以前から湖にいたんじゃないのか? 何故、俺達の世界からきたとわかる?」

「その怪物も人語を話すのです、あなたと同じように」

「なんだって!」

 人語を話す怪物。ということは、知性があるのか! なんてことだ。

「神殿が湖に沈むまでは、このカナイの村では本当に月の三美神を讃える祭りがあったのです。神殿が沈んでも祭りは行われました。その祭りの最中にあれが現れたのです。怪物は祭りに集まった人々を手当たり次第に殺しました。ただ、殺したのです。野の獣なら生きる為に殺します。しかし、怪物は違いました。人々をいたぶって殺したのです。人々が悲鳴を上げるのを楽しんでいました。私達は必死に戦いました。これをご覧なさい」

 ジャレスが、壁にかかった布を取り払った。そこには怪物の大きな絵が掛けられていた。怪物は蝦蛄しゃこのような形をしていた。黒々とした甲殻に覆われ、甲殻の間からは気味の悪い真っ赤な触手が何百と生えていた。頭にも触手が生えていてまるでメドューサのようだった。それでいて、ちゃんと手も生えているのだ。顔もあった。気持ちの悪い触手の真ん中に。

 俺はその顔を見て驚いた。

「私はこの怪物に母と妹を殺されました。あれは私が十七歳の時でした。祭りを楽しんでいた妹は怪物が壊した建物の下敷きになって逃げられずにいました。私は妹を助けに行ったのです。怪物が私に気が付いて触手を伸ばして来ました。私は剣を抜いて妹を守ろうとしました。が、かなう筈がありません。触手に掴まれそうになった時、母が私を突き飛ばしたのです。怪物は母を捕まえると、触手を使ってさっそく母をいたぶり始めました。その間に私は兵士達に安全な場所まで連れて行かれたのです。母の悲鳴、次に妹の悲鳴がいつまでも響いていました。夜明け前、怪物は湖の底へ帰って行きました。

 我々は、母と妹は事故で死んだと発表しました。怪物ではなく、地滑りと山賊の襲撃があったと発表したのです。私の先祖、英雄タカテン・ジャサイダは、通路を封印し二度と怪物は現れないと約束しました。ジャサイダ家の人間として、先祖の約束が破られたとは発表出来なかったのです。約束が破られたとなると、それにつけ込む者が出てくるかもしれません。この秘密はよく守られました。生き残った村人が誰もいなかったからです。我々は怪物が現れた事実を隠し、湖の底の神殿を封印しようとしました。しかし、出来ませんでした。神殿が沈んだ場所が、とても深いのです」

「どうして、私達に相談してくれなかったの! 湖の底に行く方法を教えて上げられたのに!」

 佐百合が叫んだ。

「そんな方法があるのですか?」

 ジャレスが驚いた顔をした。心底驚いている。馬車すら考えつかなかったんだ。ましてや、水の中に潜れる方法があるとは思わないだろう。

「ええ、あるわ。もっと、早くに相談してくれていたら!」

「いや、今からでも遅くない。佐百合、方法を紙に書いておけ。ジャレス、時間がないから今は無理だが、今夜を乗り切れたら、俺達の方法を参考にして通路を封印してくれ。これ以上、犠牲者を出さない為に」

「あなた方は、なんてお人好しなんだ。私はあなた達を殺そうとしているのに、その私に力を貸そうというのか」

「おまえの為じゃない! 俺達に親切にしてくれたカーリセンの人達の為だ! 佐百合の縄をほどいて、紙と筆を用意させろ。早くしろ!」

 ジャレスがためらう。戸惑っているのがわかる。

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