シーザー 六
カスケルが用意してくれた俺とサララの家はシーザーランドの敷地内にあった。エンテ池のすぐ側だ。真夏の夜、池側の窓を開けると涼しい風が吹き抜けた。
俺はサララと夜のお務めを始めた。相変わらず、サララは色気がない。さっさと着物を脱いで寝台に横になる。もうちょっと、男心をそそるような素振りがほしいのだが、彼女にそういう物を期待してはいけないのだろう。
俺はいつものように彼女の胸に飛びついた。肉球の裏にあたるふかふかした胸。何度さわっても気持ちいい。
ポーンといつものように人間に戻る。と!
耳元でギャーッという雄叫びが聞こえた。ザーッと浴びせられる水。
「なんだ? なんだ? なんだ? 何が、どうして、どうなった?」
右往左往しているうちに、ちっこいテリアに戻って走り回る俺。
「リョウ! リョウ! リョウ ガ ニンゲン ニ ナッタ!」
シーザーが暴れている。
「ワンワン(シーザー、落ち着け!)」
「リョウ ガ ニンゲン ニ ナッタ!」
「リョウ ガ ニンゲン ニ ナッタ!」
「ワンワン(やめろ! 俺の正体を大声でばらすんじゃない)」
と言った途端に、シーザーが何を言っているかわかるのは俺だけだと思い出した。
人が聞いても、ギャーッという鳴き声にしか聞こえないんだった。
「ワンワン(落ち着け! シーザー、落ち着くんだ)」
俺のワンワンという声が漸くシーザーの耳に届いたのだろう、シーザーが静かになった。
「リョウ、ニンゲン?」
「ワンワン(ああ、そうだ。俺は異世界から来た人間だ。こっちの世界に来て、犬になったんだ)」
俺は体をプルプルと振るわせて、体から水を跳ね飛ばす。サララが渇いた布で体をふいてくれた。
「リョウ! リョウ! リョウ ハ ニンゲン? ソレトモ イヌ?」
「ワンワン(今は犬)」
「ドウシテ ニンゲン ニ ナルノ?」
「ワンワン(俺にもわからん)」
「シーザー モ ニンゲン ニ ナリタイ」
「ワンワン(それは無理)」
「シーザー モ ニンゲン ニ ナル」
「ワンワン(シーザー、君には人間より大きな体があるじゃないか)」
「シーザー ニンゲン ニ ナッテ サララ ト デート シタイ」
「ワンワン(は?)」
「シーザー、サララ、スキ」
俺は唖然とした。頬を染めた首長竜なんて、初めて見たぞ!
モジモジと首を振って、水に飛び込むシーザー。照れ隠しなのか、しばらく、水面に上がってこなかった。
「シーザーは何を驚いていたのですか?」
サララが俺に訊く。言える訳ない。シーザーがあんたに惚れて人間になりたいって言ってるなんてよ。
「何、大した事じゃない。シーザーもお年頃ってことさ」
俺はサララをごまかし、シーザーをなだめて、その夜は眠りについた。
シーザーの気持ちを知ってから俺は、出来るだけシーザーをサララと二人にしてやった。いや、正確には、一人と一匹だが。
シーザーは健気に蓮の花を摘んでサララに渡す。だがサララは、元々、そういうロマンチックなタイプではない。むしろ、シーザーの背に乗り波をかきわけて進む方を面白がった。
シーザーはサララが喜ぶならと、せっせとサララを背に乗せて運ぶ。
なんだかな、いじらしいシーザーを見ていると、海に戻って仲間達の中からガールフレンドを見つけた方がいいんじゃないかと思えてきた。
夏も終わりに近づいた或る日、ジャレスが俺達に言った。
「北の山に、父の弟が村長をしている村があります。毎年、月見の祭りをするのです。月の三美神を讃えた祭りなのですが、ぜひ、あなた方を招待したい。一緒に行きましょう」
こうして、俺達はジャレスと供に、その村、カナイの村に行く事になった。




