異世界 一
俺は男達を見上げた。
青い服を着た、つるっぱげの男達が訝しそうな顔をしてこちらを見ている。
え? 見上げた? 変だな? う、臭い! めちゃ、臭いぞ! 顔の前に何か見える。俺は手で触ろうとして、驚いた。手が、手が、なんだこれは! 毛むくじゃらだ。顔に触ったら、鼻が伸びている。犬? 犬だ、犬の前足だ。
「わううううう(うわあ)」
声が犬の泣き声だ。
「わうわうわう(ぎゃあ、なんだ、これは、これは夢だ。きっと夢だ)」
ぐるぐる、ぐるぐる、あたりがまわる。
「この犬、人語を」
誰かが何か言った。ぐるぐる、ぐるぐる、真っ暗。
俺は気絶した。
もう一度目が覚めた時、つるっぱげの男が言った。
「君、私の言葉がわかりますか?」
「わうわう(わかる)」
「だったら、落ち着いて私の話を聞いて下さい」
落ち着け? 落ち着けだと! この状況でどうやって落ち着けっていうんだい。
「わんわんわん(ここはどこだ! 貴様ら何者だ!)」
「とにかく、ゆっくり息をすって、落ち着きなさい」
「わんわんわんわんわん(どうして俺は犬になった? 貴様らがしたのか? 元にもどせ!)」
男の一人が俺に水をざばっとかけた。つ、冷たい!
「……」
つるっぱげで青い衣を着た男が言う。
「黙って下さい。いいですね。状況を説明しますから。君、ふいてあげて」
この男、金色の首飾りをしている。偉いさんのようだ。側にいた女が俺を乾いた布でふいてくれた。
「女一人に男四名です」別の誰かが言っている。
女だと? 佐百合? 佐百合は!
俺はあたりを見回した。女が倒れている。見知らぬ女だ。
「ワンワンワン(佐百合は? 佐百合はどこだ)」
「その女は佐百合というのですか?」
「ワンワン(この女じゃない。太った女がいただろう)」
「いいえ、あなたと一緒に来たのはその人ですよ。こちらに来て美女に変身したのです」
俺は佐百合の側に駆け寄った。
佐百合が! 佐百合がきれいになってる。嘘だろう! これが佐百合だって?
「あなたはもうわかっていると思いますが、犬になりました。大丈夫ですよ。言葉は通じますからね」
「わんわんわんわん(何が大丈夫なんだ! 何が! チンピラは? 三人のチンピラはどうした?)」
「彼らはそこにいます」
つるっぱげの手の向きへ、俺は振り返った。
ロバが三頭いる。何がなんだかわからないのか、ぼーっとつったっている。
「ロバは言葉を失いました。変身はそれぞれですから」
「わんわん(あんた達は誰だ? ここはどこだ)」
俺は大急ぎであたりを見回した。石造りの広い部屋だ。
「ここは我々が祀る最高神エグ・パグ・ネイヤエルの神殿。私はここの神官長です。名をアルゲルといいます。あなた、お名前は?」
「わんわん(俺は、槍鞍良)」
「ようこそ、我々の世界に。私達はあなた方を歓迎します」
「わんわん(我々の世界? どんな世界なんだよ? もしかして、俺達はあんた達の召還の儀式かなんかでこっちに来たのか?)」
「それは後で説明します。今は大人しくしていて下さい」
神官達は、チンピラロバ達に手綱をかけた。
佐百合の側に神官がひざまづいた。何か嗅がせている。佐百合が気が付いた。
「あ、あなた、誰? ここは?」
佐百合が驚いた声を上げた。あわてて上体を起す。声まできれいになってる。
「良ちゃん! 良ちゃんは?」
「落ち着いて下さい。あなたはこちらの世界に来たのです」
「こちらの世界? 良ちゃんは? さっきのチンピラに掴まったの?」
「リョウちゃんは大丈夫ですよ。少なくとも、怪我はしてません」
「わんわんわん(大丈夫だと! 犬になったのを怪我してないっていうのは変じゃないか! 変身っていうのは一大事なんだぞ!)」
「良ちゃん! 良ちゃんどこ?」
「良ちゃんは犬になりました」
「え? 犬? 犬ってどういう事です! 良ちゃん! 良ちゃんはどこです?」
「わんわんわん(佐百合!)」
俺は佐百合の胸に飛び込んだ。