ギーの子供 二
俺とサララは駆け出した。バルコニーの柵を飛び越え、海岸へ続く小道を駆け下りる。
騒ぎは浜で起きていた。
「ギーだ。死んでるのか?」
誰かが叫んでいる。
「生きてるぞー」
浜に集まった男達がどよめく。
俺とサララは人々の間を通り抜けた。開けた砂浜にギーが横たわっている。
俺はそのギーを見て驚いた!
アシアンが剣で下あごを刺したあのギーの子供だ。アシアンの剣が刺さったままだ。剣のせいで、何もたべられなかったのだろう、この間よりずっと痩せている。体の色も灰色だ。鮮やかなブルーグリーンだったのに。
集まった人々が、ギーを殺せと騒いでいる。ギーがうっすらと目を開けた。俺はその目を見た瞬間、叫んでいた。
「やめろ! 可哀想じゃないか! 助けてやれ! モガモガ」
サララが俺の鼻先を掴んで口をふさぐ。いてて、もっと優しくしてくれ。ちっこいテリアなんだからよ。
「シッ! いけません。あなたが人だというのは極秘です」
俺は仕方なく首を縦に振った。サララがようやく手を緩めてくれた。
「だったら、君から言ってやってくれ」俺はひそひそと言った。
「しかし、ギーは漁場を荒らします。普通は追い払いますが、このギーは弱っているので殺すしかないのです。生かしておいたら、親が来るかもしれません」
「それでも助けてやってくれないか。あの剣はアシアンの剣なんだ。あの子がこんなになったのは俺達のせいなんだ。頼む。助けてやってくれ。怪我が直ってから、追い払えばいいじゃないか」
「……あなたがそれほど言うなら、わかりました。やってみましょう」
サララが漁師達に向って大声をだした。
「やめろ。そのギーを殺すな」
あたりがシンとした。集まった男達の中から一人、前に出た。
「あんた誰だ?」
「私は兵士だ。族長様を守る近衛第三兵団に属している。今、この上の六海荘に駐留しているのだが、以前からギーの体を調べたいと書記官殿から言われていたのだ」
「しかし、ギーは生かしておいても碌な事にならんのだ」
「わかっている。だが、そこを曲げて頼めないか?」
「ギーの体を調べてどうするんだ」
「ギーはケレンの匂いを嫌う。だが、体を調べればもっと欠点がわかるかもしれない。これまでは、経験からギーと戦って来た。しかし、ギーの体を調べれば、もっと効果的な戦い方があるかもしれない。だから調べたいのだ」
男達は顔を見合わせた。
「あんたの言う事には一理ある。だけど、一応、村長にかけあってもらわねえと。俺達じゃ、なんともいえねぇ」
男達の間からざわざわと賛成とも反対ともつかない声があがる。
「そういう事なら、おまかせしましょう」
突然、しわがれた声が響いた。
「ギーのおかげで、毎年、何人も犠牲が出ます。ギーが出る海域には近づかないようにしていますし、常に、ケレンの実を用意しています。しかし、ケレンの実とて、万能ではない。調べていただけるなら、ワシら漁師にとってこれほど嬉しい事はない。ぜひ、お願いしましょう」
村長達が帰って行く。サララは男達の一人に書記官カスケルを呼びに行かせた。




