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族長の息子 ジャレス 二

 男が女に求めるのは金か体と決まっている。

 或は愛か?

 愛ね。なんだか笑っちゃうな。愛なんてなあ、あれだ。絵に書いた餅。女の夢。

 ジャレスが佐百合に求めるわけがない。ジャレスのような男は女を愛したりしない。いや、振りは出来るだろうし、自分の子供を生んでくれる相手は大切にするだろう。

 或は、族長の息子として政治的に意味のある結婚は歓迎するだろう。権力を強化する為に、大貴族の後ろ盾を得る為に……。

 俺も佐百合も彼らの助けなしにこの世界で生きていけない。だが、最初から待遇が良過ぎたのも事実だ。倭国の知識がほしいと彼らは言うがそれだけだろうか?

 ま、俺の子種も欲しいのかもしれないけどよ。どうも胡散臭いんだよね。

「あなたが海に行きたいと言っていたと聞きました」

「ええ、ギーの子供が出たと聞いて、危険だというのはわかっているのですが、でも、見たいんです。私達の世界、倭国にはいない生物ですので」

「では、一緒に行きましょう。ギーが見られるかどうかわかりませんが、別荘があるのです」

「え? でも、私だけですか?」

 ジャレスがふっと笑った。

「いえ、皆で一緒に行きましょう」

 そうそう、女を安心させなきゃな。

「あの、良ちゃんも一緒ですか?」

 嬉しいねぇ。ちゃんと俺を覚えててくれる。

「あなたが望むなら」

 佐百合が赤くなっている。佐百合みたいな純情な女を手玉にとるのは簡単だよな。

「佐百合さん」

 書記官のカスケルだ。

「あ、失礼致しました」

 ジャレスがいると思わなかったのだろう、カスケルがヘドモドしている。

「佐百合殿、ではまた」

 ジャレスが行ってしまった。カスケルと佐百合も書類を見ながら行ってしまった。俺はどうしようと思ったが、ジャレスに付いて行く事にした。

 ジャレスは渡り廊下を奥へ奥へと向ったみたいだった。

 ジャレスってのはいい男だよな。族長の息子で、次期族長候補だし、ハンサムだしよ。

 俺だって人だった時はちょっとしたもんだったんだぜ。ただなあ、生まれ持った気品っていうのかなあ、そこは負けるんだよな。

 この国の族長は、俺が観察した感じでは、いわゆる絶対王権のような強い権限はないみたいだ。

 ここにはカーリヤ人しかいない。カーリセンの国だけだ。北の山に盗賊団がいるらしいし、いわゆる普通の犯罪者達もいるのだろう。しかし、他民族との争いはない世界だ。

 羨ましい世界だよな。

 だけど、兵士はいるし、サララの体を見る限り、常に鍛錬を行っている。

 戦争はないけれど、治安は悪いってことか?

 それとも、何か別の脅威があるのだろうか?

 怪物は退治したと言っていたが、それはあくまで俺達の世界から来た怪物だ。

 ギーのようなこの世界特有の怪獣がまだまだいるのかもしれないな。俺達には話さないだけで。それとも話す必要がないほど日常なんだろうか?

「ジャレス様」

 前の方で女の声がした。俺は廊下の曲がり角、石像の後ろから様子を伺った。

「お花をご用意しました」

「ああ、ありがとう」

 侍女がジャレスに花を捧げ持っている。ジャレスが花を取り上げた。

 花なんか持ってどこに行くんだ。

 ジャレスが庭へ降りて行く。俺は奴の姿が見えなくなってから匂いを辿って行った。

 庭に降りて、さらに行くと、丸いこんもりした丘のような物が見えて来た。線香の匂いがする。丘の影にジャレスが跪いているのが見えた。俺はもう一度丘のような物を見上げた。丘にしては小さいし、真ん丸だ。人工的に作られた物みたいだ。もしかして、ここは墓じゃないんだろうか? 墓だとすると、埋葬されているのは誰だろう。ジャレスの身内だろうか? 何か声が聞こえてきた。ジャレスが独り言を言っている。

「母上、ジャラカ、いつまでも仇を討てなくてすまない」

 ジャレスが声を殺して泣いている。あのジャレスが? 感情をほとんど表に出す事がないジャレスが!

 母親と妹を誰に殺されたのだろう? ジャレスや族長なら極刑に出来るだろうに。それなのに、仇を討てなくてすまないと言っている。

 この話は書記官のカスケルあたりに探りをいれてみよう。

 俺はジャレスに気づかれないようそっとその場を離れた。

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