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岩場

「この岩の下あたりにおいしい貝がたくさんあるんですよ。取って来ますね」

 セレリンが岩場から澄み切った海に飛び込んだ。穏やかな波の下にセレリンの影が見える。

 水がとにかく綺麗で、昔、沖縄に行ったが、あんな感じかな。まるで真水のような海水だ。それでいて真水より重そうな水。こんな姿じゃなかったら、泳ぐのになあ。

「アシアン、おまえも泳ぐか?」

「いえ、私は警護の任務がありますので」

「あ、そう。でも、泳げるんだろ」

「はい、泳ぎは得意です」

「だったら、泳いできていいぞ。気持ち良さそうだ」

「いえ、あなたを一人にする訳には行きませんので」

 そうだった、こいつは任務に忠実だったな。

 穏やかな昼の午後、なんだか時間が止った気分になってくる。

 セレリンが息つぎに上がってきた。俺達に手を振る。

「……そういえば、あの娼婦の所には通っているのか?」

「あの手の女は金がかかるんです。私の給料では、とてもとても」

「だったら、書記官のカスケルにいって、また行こうぜ」

「しかし、あなたが人に変身するのは極秘事項ですので」

「ああ、わかってる。わかってる。じゃあ、踊りを見るだけ。だったら構わないだろう?」

「はあ、私ではなんとも」

 ホント、アシアンて実直な奴だよな。

 まあ、これぐらいの堅物の方が信頼できるけどね。

「逃げて! 早く逃げて!」

 セレリンだ。岩に這い上がろうとしている。何が起った?

「セレリン!」

 俺達は駆け出した。岩の突端に向う。アシアンがセレリンを引っ張り上げた。

「どうした?!」

「ギーよ! ギーが出た!」

 ギー? ギーってなんだ?

 目の前の海面が盛り上がった。ザーッという音と供に巨大な生物が姿を表した。首長竜だ!

 俺達は岩を登った。必死に逃げる。海の匂いが濃くなった。振り返ると、目の前に首長竜の頭があった。

「うわあ!」

 首長竜が巨大な口を開けて迫る。さっと避けた。ガチッと歯と歯がぶつかる音がする。

 アシアンが剣で応戦する。剣が首長竜の首をかすった。怒った竜が歯をガチガチと言わせながら、アシアンを横に薙ぎ払った。倒れるアシアン。竜の口が迫る。俺は首長竜の口から長く出た舌に噛みついた。口の中で舌がぎゅっとなるのがわかる。

 竜がひるんだ。その隙にアシアンが剣を首長竜の下あごに突き刺した。ギャーッという声を上げて首長竜は逃げて行った。

 俺は竜が首を振りまわした衝撃ではねとばされたが、バランスをとって無事岩場に着地した。

 犬の身体能力のおかげで命拾いしたぜ。

 アシアンが肩で息をしながら岩の上に座り込んでいた。俺はアシアンに駆け寄った。

「た、助かった。ここには首長竜がいるのか」

 アシアンは介抱してくれているるセレリンに向ってきつい眼差しを向ける。

「すみません。まさか、ギーが出るなんて。ここは浅い海なのでギーはいない筈なんです。今のは子供のギーでした。皆に知らせなければ」

 セレリンが青ざめた顔でいう。

「とにかく無事で良かった。良、あなたは私の恩人です。あの時、噛みついてくれなかったら、食べられていたでしょう」

 俺は曖昧に笑って(犬の表情はわからんが)パチパチと瞬きした。

「そう言われると照れるなぁ。俺、夢中だっただけ。しかし、竜っていうかギーの舌はまずいわ」

 二人が笑った。俺のギャグ受けたみたい。アシアンがゆっくりと立ち上がる。顔をしかめた。

「どこか怪我したのか?」

「いえ、大した事は」

 アシアンは岩で足を切っていた。セレリンがアシアンの体を支えて、俺達は急いで村に戻った。

「ギーが岩場に出たわ」

 セレリンが大声で叫んだ。

「岩場だと! あの海は浅い。あんな所、ギーが泳げる筈ないじゃないか」

 村人の誰かが言う。

「子供よ。子供のギーだったの」

 村人達はその話を聞いて、あわてて散っていった。

 すぐに太鼓の音が聞こえてきた。漁に出ている者達に、ギーの子供が岩場に出たと伝えているのだという。何かを船に積んで男達が海に出て行くのが見えた。

「ギーは深い海に住んでいるのです。この辺りに出る事は滅多にありません。好奇心の強い子供のギーが浅瀬までやってきたのだと思います。今、船に積んだのはケレンの実を干した物なんです。ギーはケレンの実から出る匂いが大嫌いなんです。あれを海に投げ込めば、ギーは逃げて行ってしまうでしょう」

 セレリンがアシアンの傷の手当をしながら説明してくれた。


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