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セレリン 一

「そろそろ、別の女性も賞味したいのではないかと連れて参りましたのよ」

 ジャイーダが連れて来た女の子は、ジャイーダの召使いなんだそうだ。やはり夫を亡くして、子供が一人いるらしい。だけど、まだまだ若くて、ジャイーダのように割り切れないみたいだった。

 ジャイーダが装わせたのだろう、綺麗にまとめた黒髪に赤い花を指している。ぷっくり膨らんだ下唇が官能的だ。細い体をしているが、出る所は出ている。ジャイーダは俺の好みに合わせて人選してくれたらしい。

 俺と二人きりになった彼女は、すっごく固くなってて、こいつは無理だなと思ったが、取り敢えずお近づきになる所から始めてみた。

「君、名前は?」

「セレリン、セレリン・ムーカ」

「俺、槍鞍良。良って呼んでくれる?」

「りょう?」

「そうそう、で、君はいくつ?」

「二十三です」

「若いなあ、えっと、ジャイーダが君も寡婦だって言ってたけど、そうなの?」

「そうです」

 セレリンと名乗った女の子は俯いて答えた。女の子の心を開こうと思ったら、まず「話を聞く」だな。

「ご主人は?」

「嵐にあって……」

「嵐? ご主人は何をしてたの?」

「漁師です。腕のいい漁師でした。漁に出て、嵐にあったんです」

「大変だったんだね。ご主人とはどこで知り合ったの?」

「主人とは幼馴染みだったんです。同じ村で一緒に育ちました。子供の頃から、夫婦になるんだって、ずっと思ってて。結婚して子供が出来て、凄く喜んでくれてたんです。幸せでした。子供の為にもたくさん稼がないとって言って。嵐が来そうだからやめてって言ったのに。お金持ちの家でお祝い事があって、どうしてもヒラウが必要で、それで、仕方なく漁に出たんです」

「ヒラウっていうのは? 魚?」

 セレリンが涙を拭う。

「ええ、私達はお祝い事があると、ヒラウを食べるんです。ヒラウは金色に光る長い魚で、その魚を丸く盛りつけて太陽に見立てるんです」

「へえー、食べてみたいな。それで、ご主人が亡くなったのはいつ頃?」

「二年前です。こちらのお役目で子供を授かったら、族長様のお屋敷で彼との子供もずっと面倒を見て頂けるってきいて。でも、やっぱり、私」

 彼女が断りそうだったので、俺は慌てて言った。

「まあ、まあ、結論は急がなくていいからさ。ねえ、膝の上に乗ってもいい?」

 俺は尻尾を振ってみた。

「ど、どうぞ」

「君は犬は嫌い?」

「いいえ、ただ、そのう、人間に変身するって聞いてて、どんな方なんだろうって」

「普通の男だよ。ああ、そうだ」

 俺は膝から飛び降りて、荷物の中からiPhoneをくわえて寝台に戻った。電源を入れ、パスワードを入力する。犬の肉球でも入力出来るのが嬉しい。ありがとう、こんな素敵な電話を作ってくれて。今は亡きアップル創始者、スティーブ・ジョブズに俺は異世界から心の中で礼を言っていた。

「これ、俺の写真」

 セレリンに写真を見せる。

「まあ! なんだか、変わった服装ですね。こちらが良さんですか?」

「そうそう」

 俺は、佐百合と鎌倉にドライブした時の写真を見せた。もちろん、俺だけ写っている写真だ。あとで佐百合に渡すといいながら、渡していない。結婚詐欺師だってばれると困るからな。写真は出来るだけ取らせないようにしている。どうしてもっていう時は自分の携帯に取って後で送ると話す。そして送らない。この写真もそう言って取った写真だ。

「どう? 人に戻るとこういう顔なんだけど」

 セレリンが黙った。沈黙は金なり、じゃなくて、否定しないって事は肯定ととっていいかな。軽いスキンシップから始めよう。

「ねえ、耳の後ろかいて」

 セレリンの指が俺の耳の後ろをかく。冷たくて気持ちいい。

 彼女の手を舐めてみた。途端に体が固くなる。

「あ、ごめん」

「いえ……」

 あ、また、暗くなっちゃった。

「ね、他の写真も見る?」

 俺はセレリンが心を開いてくれるのを待とうと思った。

 心が開けば、体も開くだろう。

 俺はセレリンに鎌倉の風景を取った写真を見せ、その夜はおしゃべりをして休んだ。

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