佐百合
次の日、佐百合にこの話をしたら、話の途中から泣き出した。震える声で言う。
「そうよね、人助けなら仕方ないわよね。良ちゃん、やっぱり、私達別れましょう。私、いくらこの世界の為だからって、良ちゃんが他の女の人と愛し合ってるなんて耐えきれない」
「別に別れなくたっていいじゃないか、倭国から来たのは俺達だけなんだしさ。ここは協力しないとな。それに発情したら元に戻るんだぜ。なあ、佐百合、久しぶりにやろうぜ」
「いやよ! その気になったら元の姿に戻るんでしょ。私も元の姿に戻るんでしょ。いやよ、私、元の姿に戻るの」
「いや、それはわからんぞ。俺は犬から人に戻ったが、元の俺の姿かどうかは確認しなかったんだ。薄暗かったし。人に戻ったから、元の俺の姿かなって思ってな」
俺は咄嗟に嘘をついた。娼館の鏡で自分の姿を確認している。だけどもし、佐百合に元の姿に戻ると言ったら、佐百合は決して誰とも寝ようとはしないだろう。あのみじめな姿には二度と、決して戻りたくないだろうからな。
だけど、俺は佐百合と寝たかった。それに俺が元に戻ったからと言って、佐百合も元に戻るとは限らない。
「そうなんだ。じゃあ、今度誰かさんに乗っかる時は鏡のある部屋でするのね。そしたら確かめられるんじゃない」
「その誰かさんって、佐百合ちゃんの事かな?」
佐百合がきっとなって俺を睨みつけた。
「違うわ!」
「なあ、怒るなよ佐百合。いいじゃないか、俺達恋人同士なんだから」
俺はカウチに座っている佐百合の胸を鼻先でつついた。
佐百合が腕を胸に回した。
「やめて、いつもなんだから。いつもなし崩しに仲直りしようとするんだから。駄目! 私、今度こそ、良ちゃんと別れる。別れるんだから」
「じゃあ、最後に一回くらい」
俺は佐百合の腕をペロっとなめた。人間の男なら、抱き締めて熱いキスでその気にさせるんだが、犬だからな。なめてその気にさせるしかない。
と自虐思考に陥った瞬間。
「あいた!」
佐百合が俺の頭を思いっきりはたいていた。椅子からころがり落ちる。
「何すんだよー」
「良ちゃんのバカ! ちっとも私の気持ちをわかってくれない。もう、知らない!」
佐百合が怒って走って行く。
佐百合から邪険にされると、妙に胸が痛い。
昔は太って醜くて、いつも自分を卑下していて、しかしだ。それでも、人の心に寄り添ってくれる優しい女でよ。
姿形が変わってしまって、中身は同じ筈なのに、どうして見知らぬ女に見えてしまうのだろう。
よく知っている、それでいて、見知らぬ女、佐百合。
本気で惚れちまったかな。




