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書記官カスケル

 翌日、俺達は地図の間で経歴を聞かれた。

 族長の書記官カスケル・チュラノットという男が俺達の聞き取り役だった。カスケルは髪を短く刈り込んだ二十代後半の男で細くつり上がった目をしている。どこか狐を思わせた。

「それでは、倭国ではどういったご職業を?」

 カスケルは前もって準備していたのだろう、質問表を見ながら言った。視線は質問表に落としたままだ。俺達を見ようとしない。人と目を合わせて話さないタイプか?

 佐百合は素直に区役所に務めていると言った。

「そうですね、皆様のお役に立てるとしたら、戸籍業務の効率化でしょうか?」

 佐百合が自信無さそうに言う。そう、それが佐百合だ。劣等感にどっぷりつかって、いつも自信無さそうに俯いている。結構有能なのに人々から軽く扱われ、手柄は上司が横取り、下の物からはミスを押し付けられる。それが佐百合だった。

 書記官カスケルが目をあげた。

「コセキというのはなんですか?」

 カスケルが不思議そうに言う。細い目のまなじりがわずかに下がった。

「え? あの戸籍を知らないんですか?」

「はい」

 佐百合は美しくなった眉を寄せて天井を仰いだ。

「ここでは、人々の管理をどうしているのですか? 例えば誰からどれだけ税金を取るかとか」

「人頭目録を作っています」

「あ、それが、私達の戸籍です」

「ああ、なるほど」

 佐百合の顔が生き生きとして来た。うまく説明出来たのが嬉しいのだろう。

「良さん、あなたはどういったお仕事を?」

「俺は営業」

 結婚詐欺師をしていたとは言えない。

「営業?」

「えーっと、車を売ってたんだ。こう、外国から輸入したきれいな車をよ」

「商人ですね。それで、クルマというのは?」

「こっちには、馬車があるかい?」

「バシャ、ですか?」

「馬車っていうのは、馬に引かせる車だ」

「あ、私、絵を書いて説明します」

 佐百合が馬車の絵を書こうとして言った。

「絵より写真を見せればいいんだわ。あの、私達の荷物あります? その中に車の写真があります」

 召使いが俺と佐百合の荷物を持って来た。佐百合が携帯を見せる。

「これは凄い!」

 書記官カスケルが感嘆の声をあげた。細い目がわずかに大きくなる。

「おい、佐百合、あんまり使うとバッテリーがもたないぞ」

「大丈夫、私、ソーラー発電の充電器、持ってるから」

 俺達はカスケルに写真を見せながら説明した。

 俺は女の子を騙す為にiPhoneにインストールした車のカタログを見せた。こんな事なら百科事典もインストールしておけばよかった。馬車の設計図ぐらいあっただろうと思う。

「おお、なんという美しい乗り物でしょう。想像がつきません。車輪がついた乗り物というと大八車でしょうか」

「え! 大八車があるんだったら、馬車もあるだろう」

「いえ、我々には車を四つにする発想はありませんでした」

「ええええ! そういうもんか? 一体、ここはどの程度の文明レベルなんだ?」

「と申されても」

「そうだな、あんた達に自分達の文明レベルがわかるわけないよな」

 俺達は車輪を四つにして軸で繋いだ絵を描いてみせた。さらに出来上がりの図を別の紙に描く。大八車を作っている木工職人が呼ばれ、俺達はそいつに絵を見せて馬車がどんな物か説明した。職人は難しそうな顔をして絵を見ていたが、何か思いついたのだろう、模型を作ってみると言って部屋を出て行った。典型的な技術畑の人間のようだ。

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