神官長アルゲル
「昨夜は合の夜でしてね。今夜は三つ見えますが」
「わんわん(合とは?)」
「三つの月が重なるのです」
「まあ、それはぜひ、見てみたいです」
「三つの月が重なると月が一つだけになって、より暗い夜になるのです。しかも、夕べは新月でしたから、星明かりだけでした。普段は三つの月に照らされてよく見えない星が一晩中、光輝いて見事でした」
俺はなんとなく引っかかった。何かよくわからない。
「満月の夜は素晴らしい明るさになりますよ。さ、こちらへ」
進み始めるアルゲルの後からは、俺は言った。
「わんわん(あのさ、推測だけどさ、もしかして、あっちとこっちに行き来出来るのは、合の夜だけじゃないのか?)」
神官長アルゲルがぎくりとして振り返った。禿げた頭にうっすらと汗が浮かぶ。
「わんわん(やっぱり! やっぱりすぐに返してくれていたら帰れたんだろう)」
「それは誤解です。確かに合の夜でないと通路は開きませんが、あなた方がこちらに来たのは通路が閉まる直前だったのです」
「わんわん(本当か? 故意に引きとめたんじゃないだろうな?)」
「嘘ではありません。信じて下さい。一年経てば、また通路が開いて帰れますから」
「ぎゃわん、わんわん(一年だと! こんな所に!)」俺は毛を逆立てて怒っていた。
「良ちゃん。やめて。お願い。一年なんて、きっとあっという間よ。それとも、良ちゃん、あの女の人に会いたいの?」
俺はつまった。ここでそれを持ち出されては、困る。
「ねえ、早く帰りたいのはあの女の人の為?」
「わんわん(いや、違う。だけど、来たくて来たわけじゃないし、こんな犬になっちまうし、俺は人に戻りたいんだよ)」
佐百合が俺の前にしゃがみこんだ。紫の瞳が目の前に来る。少し小首をかしげている。
「その格好、かわいいよ。良ちゃんらしいし」
「わんわん(俺らしい? こんなテリアみたいな愛玩犬、俺は嫌なんだよ!)」
「でも優しい良ちゃん、そのものだよ、その格好。ハンサムな顔が見られないのは残念だけど、一年たったら帰れるんだし。この人の言う事、信じてみようよ」
「……、わんわん(わかったよ)」
「お口添え、ありがとうございます、佐百合殿。槍鞍殿、一年経ったら必ずお返ししますから」
アルゲルが頭を下げる。
てめぇのはげ頭なんざ見たくないんだよ、と思ったが仕方ない。
俺はため息をついてアルゲルを許した。ここでジタバタしたって、閉じてしまった通路は開かない。
人間、諦めが肝腎。
と言っても、今の俺は犬なのだが。




