Intermezzo
微かな光に刺激されて目を開けると薄暗くも青い空が見えた。雲一つない空だ。空気はひんやりと冷たく、どこか心地よい。
体を起こし、未だ光りに慣れない目を巡らせると一面の深緑。陽光が木々と木々の間に次々と影を作っていく。
「……朝 」
呟いて首を二、三回捻って立ち上がると、シーツ代わりに敷いていた外套を羽織り、隣に置かれた真新しいトランクを手にする。
朝一番の風が長い髪をさらさらと撫でていく。
それを肌で感じつつ、ゆっくりと歩き出す。
歩き出す足は一定のリズムを刻みながら草花を踏み分け、道なき道を進んでいく。
聞こえるのは朝を知らせるように鳴いている鳥の声だけ。他には何も無い。訪れた者には寂しささえ誘うような静かな場所だが、それでも少女にとってはそれこそが好ましい。 賑やかな場所には慣れていない。なにせ半世紀近く人が訪れない辺境、いや秘境にいたのだから無理もない。だからこのような場所はどこか懐かしい。
思えば、半世紀近くあの少女の元にいた。
それは自身について知るには十分であったし、本来なら知り得ない世界を理解するのにも十分な時間だった。おかげで色々なことを知ったし、使い方もわかった。
けれど長い時間は心に空いた穴までは癒やしてはくれなかった。何かが無秩序に欠けてしまった喪失感。以前は覚えていたが、今は何を失ったかさえ、わからない。
でもそれは別段気にするべきことではない。目的は漠然とだが、はっきりとしている。だから目的さえ――――人間に戻りたいという願いさえ成就すれば自ずと思い出すのだろう。
今はただ目的達成のために集めなくてはいけない。
……あの忌々しいモノを。
自己のあり方のように淡々と、けれど確かな歩をもって、年老いた少女は今日も歩き続ける。
まるで回帰しているようなその繰り返しを。