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喪失者  作者: 佐江内
第一章
3/21

喪失 2

 夜になった。

 どれくらい走ったかは荷台を覆っている布のせいでよくわからない。けれどもう辺り一帯は真っ黒なのだ。途中で十分分程度の休憩を二回ほどしか取っていないところからしてかなりの距離を移動したことだろう。

 そのせいか人々はただ荷台に乗って移動するというだけでそれなりの疲労を蓄積させていた。

 けれど無理もないことだ。まともに舗装すらされていない道を何時間と移動したのだから当然といえば当然だと言えた。

 そんな疲労の中、人々は一夜を明かすためトラックから降り、それぞれで天幕を張り、即席の住居を作って、溜まった疲労を消し去るべく、休息をとっていた。


「ほら、一人一杯ずつだぞ」

 配給される食糧を受け取るべく並んでいた少女の元にパンとスープが手渡される。

 お世辞にもこれで腹が膨れるなんてことにはならない慎ましい量ではあったが、この状況で食べられるということにまず感謝だ。

 すぐ後ろへ並んでいた妹――――アリスが受け取ったのを見届けて、近くで燃えている薪の元に移動する。

 この地方には本格的な冬というものは来ないが、それでもやっぱり夜は冷え込む。暖があるというのは実にありがたかった。

 二人して暖の前に隣り合って座る。


「さあ、食べましょう。アリス」

「うん」


 堅いパンと粉末を溶かしただけのスープという質素な食事。けれどそれは彼女たち普段食べていた物とそう大差はない。むしろにスープがある分やや上をゆくぐらいだ。

 軍が用意した非常食を非常食と思わせない表情で食べていく二人。


「星がきれいだね、お姉ちゃん」


 言われて見上げた空には満天の星空。


「うん。やっぱり時々は外で食べるのものね」


 ゆっくりと星空を見上げるなんてことをしたのはいつぶりだろう、と少女は感慨深く視線を動かしきらめく星々を見渡していく。これまで色々と大変だったから星空を見る余裕なんてなかったけどこうも星というのは綺麗だったのか。

 少女にしては意外な発見だった。

 けれど今まで以上に大変になった今知るのもちょっと皮肉かな、と彼女は内心で自嘲気味に笑う。


「あら、あんた達!」


 と、そんな風に星空を見ながらパンを(かじ)っていると聞き慣れた声が不意に聞こえた。

 見るとそこには以前少女が働いていた飲食店の店長夫妻が驚いた表情でこっちを見ていた。

 二人とも早くに親を亡くした幼い少女を気前よく雇ってくれ、色々と親身になってくれたり、気を回してくれたりと少女にとって第二の親にも等しい存在だった。

 しかし日々の治安の悪化や物資の巡りが悪くなり、経営が難しくなって店を閉めることになり、それ以来会ってはいなかったのだが、どうやら少女達と同じで逃げてきたらしい。

 少女も同じように驚いた表情を浮かべると同時に目柱が熱くなっていく。


「おじさん、おばさん……!」

「あ、おじちゃん、おばちゃんだ!」

「あんたたち無事で、良かったわ!」

「おばさんたちも逃げて?」

「ああ、あんなところにいたんじゃ命がいくつあっても足りないからね。あんたたちもだろ」

「はい。さすがにあんな危険な所いたんじゃ、いつ死ぬかわかりませんから」

「だろ~。わたし達も危ないと思ってね~。逃げることにしたんだよ。ね、あんた」

「あそこにいちゃあ、食いっぱぐれるからな。今から行く国で貯めてた金使ってまた店でもやろうと思ってな」


 まるで井戸端会議でもしているような気軽さで話出すおばさんに、がはは、と豪快に笑うおじさん。

 久しぶりだったけど少女に以前店で働いていた時のような温かい感じがしてこんな状況だっていうのに思わず頬が緩んでしまう。


「お、そうだ。向こうに着いて店開いたらウチでまた働かねえか。スペースに余裕があったら住み込みでよ」

「え、でも……」


 思い出したように凄いことを何気なく言うおじさん。それはとても嬉しい提案だったが、それはあくまで住み込みでの、という条件だ。独り身なら問題なかったけど、彼女には幼い妹がいるのだ。労働力にならない妹も一緒というわけにはいかない。


「心配すんな。妹ちゃんも一緒にいいぞ」


 なあ、と妹を抱え、肩に乗せるおじさん。その様子はさながらまるで親子のようだ。


「ええ! なにおじちゃん、なんの話~」

「なあに、おじちゃんたちと一緒に暮らさないかって話だ」


 肩に乗ってキャッキャッはしゃぐとアリス。

 ありがたい話だった。これからどうしようと考えていた少女にとって住む場所と働く場所が同時に見つかるというのは思わぬ天恵だった。

 あっさりと問題が解決したことに思わず拍子抜けする少女だった。

 

 

 吹き抜ける風は寒く。

 周りにはボウ、と浮かぶ数々の灯火。

 空には数多の星々。

 近くでは騒がしい人たちが妹を巻き込んで声を上げている。

 先ほどまでは不安はどこへやら。

 アリスにおじさん、おばさん。

 三人の楽しそうな様子を見ながらどこかホッとして、不安が薄れていく。

 これといった根拠も理由もないけれど、なんとなく大丈夫だろう、と不思議にそう少女は思った。




 次の日の朝は早かった。

 なんでも暗いうちに行動して発見されるリスクを防ぐのだそうだ。

 もっとも反政府軍がここまで追ってくるとは思えない。しかし政府派である避難民たちが、それでも見つかったら当然の如く殺されるのは自明の理。そのリスクを考えるとまあ妥当な判断だろう。


「お姉ちゃんお尻痛い-!」


 今日も荒れた荒野を行くトラックはガタガタと揺れる。

 昨日と同じで外の風景はまったく見えない。

 けれど心持ちは昨日と比べると少しだけ楽になっていた。


「おばちゃんは痛くないけどねぇ」

「そりゃそうだろ。お前とアリスちゃんじゃケツの贅肉が違う」

「あ、あんた!」


 それもそうだ。少女の前には昨日であったおじさんとおばさんが今も楽しそうに妹を会話に巻き込んで近くで騒いでいるのだから。

 まったくと少女は頭を押さえた。

 他の避難民は先行き不安な現状からか会話もまばらだというのに、なんでこの人たちこうも騒がしいのか……いや、正確にはおばさんが騒いでそれに少女たちが巻き込まれているだけなのだが。


「そこまであたしゃ大きくないよ! それに女の尻は小さいよりちょっと大きいくらいがいいんだよ。ほら、今に見てみな。アリスちゃんももう少ししたらちょうどいいくらいになるから」

「ええ! わたし嫌だよ! お尻は小さいほうがいいよ!」


 アリスが心底嫌そうな顔をしてうっすらと目尻に涙を浮かべる。

 それを見ておばさんが困ったようにフォロー入れる。


「あ、でも心配することはないよ。お姉ちゃんのほうが先だからね」

「私を混ぜないでください、私を。それにアリス、心配いらないわよ。お姉ちゃんそんなにお尻は大きくならないからね」

「今から大きくなるんだよ」

「なりません!」


 言って不安になったのか、少女は気づかれないように自分のお尻に手を当てる。

 断固として否定した少女だったが、気になるのは当然だろう。年頃の少女としてはやはり大きいより小さいほうがいい。こういった状況でも多少は自分のスタイルは気になる少女だった。

 少女のが加わったことでさらに喧騒が大きくなり、荷台にさらに賑やかになった声が響く。

 その一団の中にいつの間にか少女が加わっていることに気づくのはトラックが次の休憩場所へと着く頃だった。




 朝に一回。昼に一回の休憩を得て、二日目の夜がやってきた。

 夜空は昨日と同じで、今日も今日とて広がる闇にまばらに光る星があるのみ。まるで風穴を空けられた壁から差す陽光のようだ。

 と、そんなことを思って少女は頭を振った。


「我ながら夢がないわね。もう少し可愛げのあるたとえはできないものかしら」

 納得いかない、と自らの思考を切り替えるべくか、再び夜空を見上げ少女は何か違う物にたとえることはできないかと思案し始める。

 けれどどうにもうまく表現が思いつかない。どうにも自分は語彙力がかなり乏しいようだ、と自らに結論づけたところでちょうどおじさんとおばさん、アリスが配給される食糧を持って少女の元にやってきた。


「お姉ちゃん。ごはん持ってきたよ」


 はい、と差し出される昨日と変わらない堅いパンと粉が溶けきってないスープを受け取るとアリス、おばさん、おじさんという順番で少女の隣に座ってきた。

 こうして見るとまるで家族のようだ、と少女は一人微笑んでみる。

 けれど四人は家族なんかではない。少女とアリスにも本当の親はいたし、おじさんとおばさんにも子供はいた。

 そういた。けれど今はいないのだ。

 少女の聞いた話では反政府派によるテロで死んだとのことだった。なんでも遊びに行くと言って家を出て、過激派の行った爆破テロに巻き込まれたらしい。

 その死んだ息子に年も近かったためだろう。夫妻は当時幼かった少女に必要以上に親身にしてくれ何かと世話を焼いてくれた。

 その点をいえばあながちこの夫婦にとって少女たち姉妹は本当の子供のような存在かもしれない。


「やっぱり堅いわね、このパン」


 思わず、不平を漏らす少女。


「仕方ないわよ。配給用のパンなんだから。ほら、文句言うならあたしが食べるよ」

「あ、嘘です。やっぱり堅いパンはいいよですよねっ、あの顎強くなりそうだし」


 おばさんの一言に少女は半分ほどを一気に頬張った。口の中の水分を吸収されるようでどうにも喉が渇いた。


「冗談だよ。ゆっくり食べな」

「そうだよ、お姉ちゃん。ゆっくり食べないと喉に引っかけるよ」

「……三人とも黙って食わないと引っかけるぞ」


 と、今まで黙々と食べていたおじさんがポツリと呟いた。


「あんたは黙りすぎなんだよっ!」


 バンッとおばさんが笑いながらおじさんの背中を叩いた。


「おっ、ゴホッ、ゴホッ!」


 噎せるおじさん。

 その様子がどこか可笑しかったのか、三人は食事を中断して笑い出した。

 こんな些細なことで笑えることに幸せを感じながら少女は堅いパン(かじ)った。




 三日目の朝も早かった。

 まだ日も上がらぬうちに天幕などの片付けをし、少女たちを乗せた数台のトラックは荒野も終わりに近づいた林道を進む。

 昨日と同じく少女の近くにはおじさんとおばさん、アリスの三人いて、これまた同じく楽しそうに談笑している。いや、談笑しているのは彼女たちだけではない。他の避難民も目的地が近づいて来たからだろうか、表情を明るくして所々で何事かを話している。

 もう母国を去って三日目。目的地となる東方の国にはあと一日もすれば着くだろうという話だった。皆一様に心持ちが明るくなるのも仕方のないことだった。


「ほら、これ見て。昨日の夜、ご飯食べた後に見つけたの」


 自慢げに背中に背負ったリュックから何かを取り出し始めるアリス。

 一体なんだろうと、三人の視線が集まる。

 と、意外も意外。アリスが取り出したのはとてもじゃないが、避難民である少女たちが持てるはずもない高価な物だった。


「ちょっと、それどうしたのよ! アリス」

 思わず声を大きくして叫ぶ少女。だが、無理もない。それもそうだ。出てきたのは紫色をしたクリスタルだったのだから。


「昨日ね、ご飯食べてテントに帰る途中、地面に埋まってたの」

「埋まってたって……で、それをわざわざ掘り出したの?」

「うん!」


 元気よく頷くアリス。


「にして大きいわねえ。それにこれクリスタルだとしたら結構な高値がつくんじゃないのかい」


 言われてみて少女は確かに、と内心頷いた。

 この自分の手の平サイズのクリスタルの大きさは異常だ。あまりにも大きすぎる。それにクリスタルの中央部に黒い色が球体の状態で集まっており、明らかに普通の物とは違っていた。


「これもしかしてかなり高価な物じゃ……」

「ああ。宝石なんてもんにまったく縁はないが、俺もこんな物見たことねえな」


 少女の呟きにおじさんも心底物珍しそうにクリスタルを観察する。


「これ売ればいくらぐらいになりますか?」


 珍しい物を見てしますと価値を知りたくなるのが(さが)なのか。ついつい少女が身も蓋もないことを言ってしまうとアリスが頬を膨らませる。


「駄目だよ。これアリスのだもん。売っちゃ駄目!」

「冗談よ、冗談。売らないから安心しなさい。それはアリスのよ」


 実のところを言うと少しでも金銭に成り得る物なら売って、生活の足しにしたいところだが、さすがに妹の物を、それもこんなにも大事にしている物を売ったりするのはあまりにも酷だろう。

 それにこんな御時世だ。妹を笑顔にさせる物なんて限られているのだから、なるべく手元に残して置いた方がいい。

 今の自分には彼女を笑顔にさせるだけでも手に余るのだから、せめて必要最低限の願いくらいは聞き入れなくては。


「これはアリスの宝物なんだからね。おじちゃんとっちゃ駄目だよ」

「心配すんな、アリスちゃん。おじちゃんはそんなにお金に困っちゃいないから」

「よく言うよ、あんた。向こうに着いて色々と入り用だっていうのに」

「ちょっとおばさん、おばさんがそんなこと言うからアリスが怖がってるじゃないですか」


 おばさんの台詞に危機感を覚えたのか、急いでクリスタルをリュックに直すアリス。

 そんなアリスの仕草が可笑しくて、微笑ましく三人は笑う。

 体感ではもうじき休憩の頃。今日の休憩は目的地が近くになったからだろう、なんでも一時間とるのだそうだ。

 もうじきとることになる休憩を前に、少女は、そういえば、とあることを思い出した。

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