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家出未満少女

作品タイトル:家出未満少女

作者名:月兎


 ポケットの携帯が振動する。メール? ポケットから出し確認すると画面に表示されているのは現在の時刻。あー、もうこんな時間か。あと十分で閉館になっちゃうし、この読みかけの本は借りていくことにしよう。そうだ、ついでに続きの巻も借りてこう。この巻あと三分の一程度だからすぐに読み終わっちゃいそうだもん。

 カウンターに向かうと、私と同じように閉館前に貸し出し手続きをしようとしているのか、ほかにも何人かが並んでいた。うむむ、ちょっと待つなぁ。

 本も借り終えて図書館から出る。時計を見ると五時ちょっと前。……伯父さんち、戻りたくないなぁ。戻ったってさ、どうせ気まずいだけだし。あー、そうだ。あそこ行こうかな。

 伯父さんちへの道から少しずれてシュバリエへと向かう。こっちに来てすぐ、適当にぶらついていた時に見つけた喫茶店。なんか雰囲気が気に入って通っているんだよね。まだ戻りたくないし、あそこで時間つぶさせてもらおう。そうだ、さっきの本の続き、ついでにシュバリエで読ませてもらおう。


 自転車を停め、店に入る。程よく冷えた店の空気が気持ちいい。まっすぐ奥の方の席へと向かう。

「いらっしゃいませ。…………またこんな時間に。帰らなくてもよろしいので?」

「いーんです。マスター、アメリカン」

 マスターの言葉に口をとがらせる。マスターが心配して言ってくれているっていうのはわかっているけどさ、ついつい反抗的な態度になってしまう。……伯父さんち、戻んなきゃならないのはわかっている。でも、私がいない方が伯父さんたちだって家族団欒できるだろうしさ。邪魔、したくないんだよね。ただでさえ迷惑かけているんだから。

 ……やめだやめ! こんなこと考えていたって暗くなるだけだ。

気を取り直して私はスターがコーヒーを淹れる様子を眺める。なんか、カッコいい。洗練されていて、何ていうか優雅って感じがする。これがプロってやつ?

「どうぞ、お待たせいたしました」

「ありがとうございます、マスター」

 んー、いい香り。……おいしい。ちょっと熱いけど。さて、と。鞄から借りてきた本を取り出してページを探す。ちょうど挿むものもってなかったからページだけ覚えて閉じたんだよね。えっと……、あった。ここだ、ここ。


 扉の開く音で物語に向けていた意識が途切れた。入ってきたのは仲のよさそうな五人組。たぶん、大学生? 高校生って感じじゃないし。たしか大学が近くにあったはずだから、そこの人なんだろう。

いいなぁ。あーして仲いい友達と喫茶店に来たりするの。

 …………あの事故さえなかったら。私だって、ちゆとか美紀とか早苗とかと一緒にいられたのに。それに、お母さんやお父さんとだって……。

 あああもう、やめやめ! こんなこと考えていたって、何も、変わらないんだから。……よし、続き読もう。読書に集中さえすればこんなこと考えなくてもすむんだ。だから、続きを読もう。

ポケットから取り出して携帯を確認する。五時三十八分。まだ時間は大丈夫。

 さーて、読書再開といきますか。開いたままのページに再び意識を向ける。文字を目で追うにつれて、物語が再び頭の中に展開されていく。


 ……なんかちょっと騒がしい?

 ちょっとした騒がしさを感じて本から顔を上げる。集中していたところを邪魔されて少しむっとする。発生源であろう五人組の方に耳を傾けると、どうやら停電らしい。言われてみれば窓の外に見えるコンビニの明かりがついてない。全然気づかなかった。それにしても停電なんて久しぶりだなぁ。どっかの電線でも切れたりとかしたとか? まぁ、そうかからず直るでしょ、きっと。

それよりも続きが気になって仕方ない。本当に今いいとこなんだ。停電なんてすぐに直るだろうし、まだ明るいから電気なくても読めるだろうし……。うん、大丈夫。さて、続き読もうっと。


「そろそろやめないと、目を悪くなされますぞ?」

 かけられた声によって現実に引き戻される。周りを見ると、もう日もほとんど落ちて薄暗くなってきていた。本に目を戻すと、暗くて文字が読みづらくなっていることに今更ながら気付いた。

「集中してて気づきませんでした。あれ? まだ停電は直ってないんですね」

「ええ。復旧についての情報も流れてきませんね」

 ラジオをいじりながらマスターが言う。チャンネルを変えるたびに様々な番組が流れるが、特に停電について言及するような放送はなかった。ってことはこの辺だけの停電? 携帯を取り出してウェブにつなぐ。こういう時、ウェブ利用制限が邪魔だよなぁ。携帯のサイトしか見れないんだもん。

 とりあえず、ニュースサイトにつないでみる。……うーん、これといって情報なし、だなぁ。

「時間はよろしいので?」

 たしかにもう暗くなってきているし、そろそろ伯父さんちに戻んないといけない。

 ……でも、なぁ。

「もう、行かないといけないってのはわかっているんですけどね。わかってはいるんですけど……」

 うう。踏ん切りがつかない。でもずっとここでこうしているわけにもいかないよな。絶対、迷惑だよね。こんな停電とかなっちゃっているときに居座るなんて。

 そんなことを考えていると、携帯が振動する。赤いランプ、着信だ。誰から……って、祐介さん? 何の用だろう。電話かけてくるなんて初めてだよね。とりあえず出ないと。急いで店外に出てボタンを押す。

「もしもし」

『鈴子か? 今どこだ』

「どこって、シュバリエっていう駅の近くの喫茶て」

『あそこか。わかった。そこから動くなよ!』

 喫茶店にいますけどどうかしたんです、と続けようとしたのに途中で遮られてしまった。まぁ、場所はわかったらしいけど。しかも、ここから動くなという謎の指示が出されたっきり、通話は切られてしまった。

 ……どういうこと? まぁ、とりあえず従っておこう。

 電話も終わったことだし店の中に戻る。空調が止まってしまったとはいえ、まだ中の方が快適だ。

「マスター、もう少しいさせてもらってもいいですか? 電話でここから動くなって言われちゃいまして」

「構いませぬぞ。それにしても、ずいぶんと暗くなってきましたな。……少々お待ちあれ」

 そう言ってマスターは店の奥の方へと入っていった。

そういえば、喫茶店の奥って一体どうなっているんだろう。ちょっと気になるかも。まぁ、気になるだけで勝手に入ったりなんてことはさすがにしないけどさ。そういえば前に読んだ本で喫茶店の奥の方とか上の方が居住スペースになっているっていうお店とか出てきたなぁ。

 そんなことを考えているうちに用が済んだらしい。マスターが戻ってきた。その手には年代物っぽいランプが握られている。なんか、アンティークって感じでちょっとかっこい。

「いつ復旧するかわかりませんからな。こういうものも必要でしょうと思いまして」

「わぁ、素敵ですねそれ」

 慣れた手つきでマッチを擦ったマスターがランプに火を入れる。すると薄闇が覆っていた店内にほのかな明かりがともる。さすがに読書ができるだけとは言わないけれど、少し明るくなった。それに、日は落ちたけど外はまだ完全に暗くなったわけでもないからまだこれはで充分なんとかなるだろう。

「いったいなんなんでしょうね、この停電」

 さっきからたまに携帯で情報がないかと検索しているが、まったくと言っていいほど手に入らない。やっぱ邪魔だなぁ、ウェブ利用制限。7ちゃんとかなら何かあるだろうに。……はぁ。

 ほんと、なんだっていうんだろう。全然復旧しないし。もしかして、朝までこのままとかそんなことは言わないよねぇ。

 それにしても祐介さん、いったいなんだったんだろう。そういえば電話、初めてだったなぁ。いや、そもそもあんまり話したりしなかったっけ、私たち。

 うーん、それにしてもいつまでここにいればいいんだろ? さっきの電話から結構経ったけど。こっちから電話してみるべきなのかなぁ。さっきは質問する前に切られちゃったし。いや、でも……。


 迷った末に電話した結果、留守電だった。そのあとも何回かかけてみたけど、留守電。マスターと話をしていたりしていたからそんなに暇な感じはしないけど、いつまで待てばいいんだろう。さすがにそろそろ行かないとマスターにも悪いと思うんだけどなぁ。暗くなってきたし、さすがにそろそろ帰りづらくなるんだけど。

 そうやってマスターと話していると、店の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、祐介さんだった。

でも、なんで?

「鈴子」

「うぇ!? ゆ、祐介さん?」

「迎えに来た。遅くなって悪かった。途中で道路工事があってな」

「迎えにって、わざわざ? 別に、ひとりで帰れますのに」

「ふふっ、そう身構えなくてもいいのですよ。せっかくあなたを心配して迎えに来てくださったのですから。こんな風に停電が起こって、何か危険が起こってはいけないと思ったのではありませんかな」

 優しげに笑うマスターにますます混乱する。だって、数週間前までは顔を合わせることもほとんどなかった、言ってみれば他人のような間柄だったじゃないか。それに今は家に居候して迷惑かけて、空気を悪くして、それなのに……?

「え、心配? 私を? だ、だって数週間前にあったばっかりで……、それでいろいろ迷惑かけてて……え?」

「家族だろうが。義妹(いもうと)心配するのは当たり前の事だろ。ほら、家に帰るぞ」

 ……そっか。私は、帰ってもいいのか。あの人たちは家族で、あそこは私の家でいいのか。

「うん。帰りましょう、祐介さん。……迎えに来てくれて、ありがとうございます」

「行くぞ。マスター、義妹が迷惑をおかけしました」

「いえいえ。お気をつけてお帰りください」

 マスターに軽く頭を下げて祐介さんは店を出て行った。私も慌てて後を追う。店を出る前、祐介さん見たくマスターに頭を下げる。長々と居座っちゃったりして迷惑かけちゃったし。

「マスター、長々とご迷惑おかけしました。えっと、また来ても、いいですか?」

「もちろん。いつでも歓迎しますぞ」

「ありがとうございます! ではまた!」

 外に出ると、店の前で祐介さんが待っていてくれた。早く、帰ろう。

                                《了》



「そういえば祐介さん、電話くれた頃ってまだそんなに暗くなかったと思うんですけど?」

「…………いつも帰る時間から遅かったからなんかあったのかと思ったんだよ。停電もあったしな」

「……明日からは、早く帰るようにします」


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