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廃色名無しと灰の姫

作品名:廃色名無しと灰の姫

作者:糖類

 プツリ。そんな小さな音を立てて目の前の画面は真っ暗になった。俺が電源を落としたわけではなく、勝手に電源が切れてしまったのだ。

「……おいおい、冗談だろ……」

 薄暗い部屋で思わず小さく呟く、が勿論返事は返ってこない、

「冗談ではないですよ」

 はずだった。

「……は?」

 響いた声は俺の声。さっき聞こえたのは、棒読みではあるが可愛らしい電子音声。記憶を頼りに声の聞こえたほうを向く。

 PCの横に置かれた本の下からぼんやりとした光が漏れている。本をどかした下から出てきたのは、充電する為にPCに繫いでた端末。そしてその画面上に映し出されていたのは――

「こんばんは、『ああああ』さん」

 さっきまでやっていたオンラインゲーム――HDBと呼ばれている――のキャラクターだった。

「……え、いやいや、え?」

 画面の中から手を振っている、モノトーンの服に身を包んだ、灰色の髪の女の子、『ノウン』という名の案内役のキャラクターだ。見た目の可愛さとおっとりとした口調で男女ともに愛されている……と、友達が言ってたような。実際、俺もこのキャラクターのことは嫌いじゃない……が、待ち受けに設定した記憶は無い。

「ウィルスか……?」

 もし本当にウィルスだったら厄介だ、と端末を手に取り操作をしようとした時。

「ウィルスではありません」

「え」

 またしても声が響いた。……というか、さっきから会話になってないか? 音声を認識して会話を成立させるウィルス?

「……聞こえてる、のか?」

「はい、『ああああ』さん」

 柔らかい笑顔と共に音声が返ってくる。電子的だが、人間らしくない声が逆にマッチしていて、このキャラクターが喋っていると思わされてしまう。

「ところで、ここはどこですか。普段のエリアと違うのですが」

 ノウンが小さく首を傾げながら聞いてくる。本人もどうしてこうなったのかを認識していないのか……。

「あー……場所、は俺の持ってる端末の中、だと思うけど……」

「HDBの中とは、違うのですか?」

「一応俺が持ってる個人の端末の中で……」

 聞かれたことに素直に答えてしまう。あまりにも突飛すぎる状況についていけない。

「……で、なんで俺の端末の中に……?」

 ひとしきり俺の持ってる情報を伝えた後、今度は俺の番だと質問をぶつけてみる。

「私にも、わかりません」

 画面の中でノウンが首を傾げる。つられて俺も同じように首を傾げてしまう……って、なんで俺は順応してるんだ……っ!

「あ、HDBの方はどうなってるんだ……?」

 ノウンが本当に俺の端末に移動したとしたら、HDBの方からは消えてることになる。単純にノウンをモデルにしたウィルスなら駆除すればいいだけの話だが、万が一、ということがあるかもしれない。

「PC……あー……停電」

 PCに手を伸ばした時点で停電してることを思い出した。他に頼りになりそうなものはないか、と思考を巡らせる。

「もしかして、あいつに聞けば……」

 俺の頭の中に、オカルト好きな友人が浮かぶ。確か最近ネット系の都市伝説にはまってたような……。直ぐに携帯電話を取り出して友人に電話をかける。

『もしもし?』

「あ、お前、都市伝説とかオカルト好きだよな?」

 相手の声を聞くと同時に質問を切り出す。

『ん、勿論好きだけど……どうした、突然』

「人格を持ったウィルスとかそういう噂って聞いたことないか?」

『僕は聞いたことないけど……え、何? 面白そうな話?』

 相手の声に楽しそうな色が混ざる。興味を持ってくれたのは良いが、俺の気持ちとしては複雑だ。

「面白いかはわかんねえけど……明日暇か? 暇ならシュバリエで会いたいんだが……」

『了解。じゃあ明日な』

 了承の返事を聞いて電話を切る。で、問題は端末の方だ。

「もしかして、私に何かするのですか」

「……いや、今はとりあえず何もしない」

 既に慣きったように会話をしている俺自身も、随分ファンタジーな思考に侵されてるみたいだ。

「明日、友達に見てもらうから」

「そうですか。では、それまでお待ちしています」

 耳慣れない音声だというのに、何となく落ち着いてしまう響きがあるのは何故だろう。軽く欠伸を漏らす。

「お疲れですか? そろそろログアウト……あっ」

 うっかり、といった表情でノウンが口元を押さえる。言った言葉とそのしぐさに、つい俺も笑いをもらしてしまった。

「ログアウト、もうしてるぞ」

「知っています……お疲れなら、おやすみください」

 軽くむくれる表情の人間らしさに、思わずプログラムであることを忘れそうになる。

「ああ、休ませてもらうよ」

 非現実的な存在に慣れてしまったのも、もしかしたら『あの会社なら仕方ない』という考えが根本にあるのかもしれない。とはいえ、突飛なことが起こって相当疲れてたみたいだ、眠気が酷い。倒れるようにベッドに入る。

「おやすみなさい、『ああああ』さん。また明日」


***


 眠りから覚めたら昨日の出来事は夢だった……なんて展開もあるわけがなく。端末を覗くと、

「おはようございます、『ああああ』さん」

「おはよ……お前、何やってるんだ」

 昨日と変わらずノウンが声をかけてくる。が、画面の中のノウンは猫と戯れていた。

「データの中にあったこの猫さんが、もふもふしていたのでつい」

「データに干渉できるのか」

 端末にはあまりデータを入れてなかったはず。入ってるのはたまに見かける猫を撮ってみたり、空を撮ってみたり……まあ、特に意味のないデータばかりだから別に気にしないが。

「はい、そうみたいです。ところで、時間は大丈夫なのですか」

手元の時計を見てみると、予想以上に寝てしまったらしい、急いで身支度を整え家を出ようとする。と、妹が声をかけてきた。

「あ、兄さん。出かけるの?」

「ああ、ちょっとシュバリエに」

「ふぅん……あ、確かシュバリエの近くで道路工事してたから、気をつけてね」

 了解、とだけ返事をして玄関を出た。しっかり者の妹を持って嬉しい反面、兄としては寂しさも感じる。

「妹さん、優しいですね」

 ノウンが声をかけてくる。怪しまれないように、できるだけ静かにしてほしいが、妹を褒められるのは悪い気がしない。

「そう思うだろ。そうなんだよ」

 少しにやついてたかもしれない、誰かに見られてないだろうなと周りを見回す。幸い、誰もいなかったみたいだ。

「……人が周りにいるときはあんまり喋らないでくれよ」

「はい、わかりました。静かにしています」

 端末をしまい込み、シュバリエに向かう。あいつはもう来てるだろうか。まあ待たせたからと言ってどうこう言う奴じゃないが、少しだけ早足になる。……簡単に解決すればいいんだがな。


***


「あっ、来た来た。こっちだよ、あーたん」

「……でかい声で呼ぶな、キョウゴク」

 友人が手を振りながら俺を呼ぶ。ゲーム上の妙なあだ名で俺を呼ぶのはあいつくらいしかいない。俺も同じようにゲームの名前で呼び返す。大股気味に席に着き、とりあえずコーヒーを一杯頼んだ。

「別に大声ってわけでもないけどねー……で、問題のウィルスって?」

 楽しそうな口調でキョウゴクが切り出してくる。俺はしまっていた端末を取り出して、相手に見せる。

「お……? これ、ノウンちゃんじゃないか。……そういえば、HDB、緊急メンテナンス入ってたような……理由は昨日の停電の影響ってことになってたけど」

「このノウンが本物、ってことか? ……いや、まさかな」

 画面の中でノウンが手招きをする。これ以上近づく、というのも難しいので耳を傾ける。

「だから、私はHDBからここに来たのです」

「……どう思う?」

 向き直って聞く。キョウゴクは、手にしていたコーヒーカップを静かに置き、口を開いた。

「こう流暢に話されちゃうとね……まあ、あえて言うなら、あの会社なら仕方ない、としか言えないかな……」

「解決策、とか思いつかないか……?」

 俺が聞くと、少し考え込んだ様子を見せた後、口を開く。

「ああ……心当たりが一人。オカルト関連で知り合ったんだけど、科学とオカルトの融合を目指してる人だから何か良い意見が聞けるかもしれない」

 そういうとキョウゴクは携帯を取り出し、シュバリエから出て行った。と、入れ替わるように注文したコーヒーをマスターが持ってくる。ありがとうございます、とお礼を言ってコーヒーを受け取る。マスターの淹れるコーヒーは流石プロというか、物凄く美味い。香りを楽しみ……ってもコーヒーに詳しいわけじゃないが、ゆっくりとキョウゴクを待つ。……そして俺がコーヒーを楽しみ始めて数分、喫茶店の扉が開き、キョウゴクが戻ってきた。

「お待たせ、エリーさんに連絡付いたから、ちょっと会ってくるね」

「エリーさん……ってのがその心当たりか。ところで、この端末は持っていかなくていいのか?」

 実物を持っていったほうが話が早いんじゃないか、と聞いてみる。

「……データとして回収される可能性があるからね……とりあえずはあーたんが持っててよ。どうしても必要だったら呼ぶからさ」

 へらりと人好きのする顔を見せながらキョウゴクが席を立つ。……まあこの端末ごと持ってかれても困るしな……、と見送った。残ったコーヒーを飲みながらこのあとの予定を考える。家に帰っても特にやることはないし、どこかに出かけようか。ふと思いついて端末の画面を叩く。

「ノウン、どこか行きたい所あるか?」

「え……私、ですか……? 私には、ここに何があるのかよく分からないのですが」

 少し困ったような表情を見せるノウン。考えてみたら当たり前か、と思って席を立つ。そして伝票を手にした直後、あることに気が付いた。

「……あ、あいつ……っ」

 金払わず出ていきやがった。


***


「さて、と……」

 女の子が行く店ってどんなんだ? と、携帯を開く。繋いだ先は7ちゃんねるという掲示板。H市のページを見れば一つくらいヒットするだろう。実際に数件ヒットした。さっきまで俺たちが居たシュバリエも女子中高生に人気らしい。そして一件、気になる店を見つけた。女子高生に人気の雑貨屋らしい。場所は……まあ少し遠いがどうせ一日中暇だ。

「ノウン、お前は何色が好きなんだ?」

「え……私、いつも灰色なので……何色が好き、とか、よくわからない、です」

 驚いたような表情をノウンが見せた。

「……俺のこと、怖いか?」

 普通の女の子への対応すらわからないっつうのに機械に対してなんてもっとわからない。

「いえ、普段は、こんな質問されないので……。HDBの案内役としてシステムの質問はされても、私自身への質問はありません。……私への質問をされると、どうしていいのか迷うというだけです」

「……まあ、確かにそうか。そうやって質問できるようなシステムは無かったもんな」

 話しかけてもシステムメッセージでヘルプを出されるくらいで、こうやって会話できるようにはなってなかったはずだ。

「でも、こうやって人と話すのは、楽しい、です。HDBに居るときには、あまり出来なかった経験なので……」

 軽くはにかみながらノウンが言う。こういう表情を見ると、愛されているというのも頷ける。

「ふぅん……じゃあ、色々話してみるか」

「いいのですか? 周りから、変にみられるのでは」

「耳に当ててれば通話してるようにしか見えないだろ」

 まあ、表情は見えなくなるけど、と付け足して端末を耳に当てる。これならそこまで違和感ないだろう。

「はい、ありがとうございます!」

「……あんまでかい声出すなって」

 耳に近くなった分、声がよく届く。高めの声は、少しばかり耳に痛い。

「あ、すみません……」

「いや、気を付けてくれればいい」

 わかりやすく落ち込んだ声を出されると、どうにも罪悪感が付きまとう。

「はい、気を付けます」

 その声を聞きながらのんびりと歩く。……こんな珍しい体験はもう無いだろう。それに、すぐにノウンから離れることになるんだ。なら、楽しまなけりゃ損だな、と。

「じゃあ、何の話をしようか」

 俺自身、口が上手いわけじゃないが、だからといって会話が楽しめないわけじゃない。話しかけ、その返事を聞き、またそれに返事を返す。ただそれだけのことを繰り返しながら、目的地の『時間屋』

を目指す。


***


 うろうろと少し迷いながら時間屋にたどり着く。7ちゃんねるでも言われていたが、どうにもややこしい立地だ。それでも人気があるらしい、ってのは凄いことだ。中に入ってみると、外から見たときより少し狭く感じる。物が多いことも、その原因かもしれない。少し店内を回り、色々と物色する。アクセサリー、文房具、ぬいぐるみ……女子が好きそうな物ばっかりだ。流石、女子中高生に人気の店。と、感心してる場合でもなく、俺はまた店内をうろつく。女子……といってもプログラムだが、プレゼントをすることなんてほぼ初体験だ。

「あの、何かお探しなのですか?」

 俺があまりにも不審だったのか、店員らしき女の子が話しかけてきた。……俺が選ぶよりは、女の子に任せたほうが賢明か。

「ちょっと、プレゼントを探していて……女の子に贈るなら、何がいいですかね……?」

 率直に質問をしてみると、店員はお勧めの物を紹介してくれた。アクセサリー、ぬいぐるみ、と、色々なものが並ぶ。その中でも一つ、特に俺の目を引いた物があった。

「あの、これ、ください」


***


 店を出て、適当に休憩できる場所に移動する。

「何を買ったんですか?」

「ん、ああ……ちょっと待ってろ」

 端末を弄り、さっき買ったものにカメラを向ける。シャッター音が鳴り、端末に写真が保存される。

「ほら、今撮ったから見てみろ」

「はい……えっ」

 さっき買ってきた物を見て、ノウンが驚いた表情を見せる。

「やるよ。データには干渉できるんだろ?」

「大丈夫だと思いますが……良いんですか?」

「俺がプレゼントしたんだから聞かなくてもいいだろ……まあ、つけなくても別にいいけど……」

 自己満足で買っただけだしな、と小さく呟く。

「いえ、つけます! つけたいです!」

 そう言うとノウンはわたわたと動きながら、買ってきた物を付けようとしている。背を向けられてしまったので表情はわからない。

「あの……どうでしょうか」

 俺が買ってきたのは、桃色の花のついた髪飾り。ノウンの灰色の髪に似合うんじゃないか、と何となく感覚で選んだが、正解だったみたいだ。あくまで俺の感覚だが、可愛いと思う。

「可愛いと、俺は思う」

「あ、ありがとうございます!」

 照れたような笑顔で言うノウンは可愛い、物凄く可愛い。……俺もファンになっちまったのかもしれない。にこにこと笑いながらノウンは髪飾りを揺らしたりして遊んでいる。そう気に入ってもらえると、俺自身も嬉しくなる。

「とりあえず、今日は家に帰るか」

 まだ暗くなる時間でもないが、外で独り言を言っているように見られるのも少し問題がある気がする。と、歩き始めたところで携帯が鳴った。画面にはキョウゴクの名前が表示されていた。手早く操作をして電話に出る。

「何か情報あったか?」

『第一声がそれ……まあ、色々と聞けたよ、色々と』

「おっ、それで、何か良い方法は?」

 わざわざノウンから離れたいわけじゃない。が、俺がノウンを持ってるせいでHDBが動かないのは責任が重い。

『いや、単純な話で、ノウンちゃんをHDB送り返してあげれば良いんじゃないかな』

「……そんな単純な方法で良いのか……?」

『まあ、物は試しって言うしね。試してみたらどうかな?』

 物は試し、失敗したらまた次を試せば良い、と確かに納得できる。

「分かった。帰ったら試してみる」

『あ、そうだ、ノウンちゃんと話させてよ。僕ほとんど話してないしさ』

「ん? まあ良いが……ノウン、こいつが話しをしたいって言ってる」

 端末と携帯を近づけ、俺も声が聞けるように耳を傾ける。

『こんにちは、ノウンちゃん』

「はい、こんにちは。あの、私のために色々してくれたみたいで、、ありがとうございます!」

『はは、別に良いって。僕がやりたくてやったことだしね。それに、ノウンちゃんと少しでも話せただけで僕は満足だよ』

 このタラシが、と口に出しそうになる。こいつ自身は無意識でやってるからタチが悪い。

「あ、ありがとうございます。私も、貴方に会えたことに感謝します。えっと……」

『一応、『キョウゴク』って名前のアカウントでHDBやってるんだ。戻った後に会ったら、またよろしくね』

「はい、『キョウゴク』さん!」

「話は終わったか?」

 会話を遮り、端末と携帯を離して携帯を耳にあてた。別に俺が会話に入ってないことが寂しかったからではない。

『うん、終わったよ。……それにしても、僕が会ったときよりもノウンちゃん成長してないかい? 何となく人間らしさが増したように感じるんだけど……』

「……まあ、確かにな」

 薄々感じてはいた。最初に見たときより、人間くさくなっている。話し方、とか表情しぐさ、とか。……最初は棒読みに聞こえた音声も、少しずつ自然になっているように思える。

『……もしかして、それが目的だったのかもね。他人のところにノウンちゃんが送られたのって』

「そんな、SFみたいな話……」

『あの会社ならやりそうじゃない?』

 否定できない。

「……そうだったとしても、何で俺のところなんだ」

『名前が『ああああ』だからじゃないの? 名簿の頭に載ってたとかさ』

 携帯の向こうからけらけらと笑い声が聞こえる。

「……切っていいか」

『酷いなぁ、あーたん……まあ、用件は伝えたから良いけどね。ノウンちゃんによろしく』

 わかった、と一言伝え、電話を切る。

「『キョウゴク』さん、良い人ですね。私のために話を聞いてきてくれたんですよね」

 ノウンがにこにことした表情で話しかけてくる。

「まあな。……ああ、あいつが、ノウンによろしくって言ってたから、伝えておくな」

 話をしながら家までの道を歩く。俺が家に帰ったらノウンもHDBに戻ってしまうかもしれないと思うと、遠いはずの道のりが、短いように感じる。


***


 ……家に着いてしまった。すっかり電気も回復した部屋でPCを付ける。見慣れた画面、スピーカーから起動音が流れる。

「これからHDBと繫ぐ。もしHDBに行けそうだったら、行って良いからな」

 端末とPCを繫ぎ、HDBのページを開く。キョウゴクが言ってたように、緊急メンテナンスという文字が表示されている。

「……どうだ?」

「あ、はい、何となく、道が見える気がします!」

 その言葉にほっとしたような、少し寂しいような、不思議な感情になる。ノウンが戻れば、HDBは再開されてHDBのほうで会えるだろう。だが、そのノウンが、今俺と会っているノウンと同じとは限らない。

「そうか……じゃあ、HDBでまた、な」

「はい! あの、会えて、嬉しかったです。それに、お話できたのも、この髪飾りを貰えたのも! 私、忘れませんから。また、HDBで会いましょう。えっと……あーたん」

 突然の『あーたん』発言に、つい噴き出してしまった。

「っ……あーたんって……まさか、ノウンから言われるとは思わなかった……」

「え、あ、すみません! 『キョウゴク』さんが呼んでいたので、私も呼んでみたくて……」

「いや、謝らなくても良い。少し、予想外だっただけだからな」

 慌てるようなしぐさを見せながら謝ってくるノウン。HDBで見てたときとは、かなり印象が変わってきた。

「ほら、行かなくて良いのか」

「え、あ、行ってきます。髪飾り、大事にしますね。これからもよろしくお願いします」

 にこりと笑ってそう言ったノウンが、端末の画面から消える。残ったのは、元通りのアイコンが並ぶ画面だけだ。PCの画面を更新してみるが、緊急メンテナンスという文字は変わらない。

「……流石に、そんな早くは回復しないか」

 PCを閉じてベッドに横になる。長く歩いたせいか、酷く疲れた。まだ明るい時間だが、眠気に身を任せて目を閉じる。ノウンの声が聞こえた気がした。


***


 妹が俺を呼ぶ声で目を覚ます。時計を見ると、もう夕飯の時間になっていた。部屋から出て食卓へ向かう。食卓ではもう妹が準備を済ませ、食事を始めていた。俺も同じように食卓に着く。

「今日、私も買い物に行ったんだけどね、昨日工事してたはずの場所に、何も無かったの」

「……そういえば、俺も見かけなかったな。シュバリエの近くでやってたんだろ?」

 すっかり忘れてたが、シュバリエの近くで工事をしてたことは妹から聞いた。だが、そんな様子は全く見当たらなかった。

「昨日のうちに終わらせたとかじゃないのか」

「そんなに早く終わるかなぁ? まあ、私達が気にすることじゃないけどね」

 そこでこの話題は終わり、別の話題に移る。いつもと変わらない食卓。さっきまでの非日常が夢だったようだ、と思いながら食事を続けた。


***


 食事を終えて部屋に戻る。ふとベッドの上を見ると、投げっぱなしだった携帯に着信通知が出ていた。折り返し連絡を入れる。

「何のようだったんだ?」

『あ、あーたん、HDB復活してるの見た?』

「え、もう戻ったのか?」

 慌ててPCの電源を入れる。PCが立ち上がるまでの時間がもどかしい。

『うん、ちゃんとノウンちゃんも居たよ。なんか色々と話題になってるね』

「話題……?」

『メンテナンスの間に、NPCキャラクターのアップデートが行われた、とか何とか色々と噂が、ね』

 アップデート、ということは俺のところに居たノウンは、やっぱり別の何かだったのか、と少し寂しくなる。

「……そうか。なら、さっきのアレは、HDBと関係ないんだな」

『え? いやいや、多分関係大有りだよ?』

「どういうことだ……?」

 もし本当に、俺が一緒に居たのがHDBのノウンなら、メンテナンス時間中はずっと俺といたことになる。アップデートする時間は、ほとんど無かったはずだ。

『そのアップデート内容が、ノウンちゃん含むNPCキャラクターの受け答えが人間らしくなった、って。これって、あーたんの影響じゃないかな?』

「俺の影響、か? ……というか、もしかしてノウンだけじゃなかったのか……」

 NPC全体が『アップデート』の作業をされていたとしたら、俺以外も、同じような状況が起こってた、と考えるのが一番納得いく気がする。

『知らない間に、あの会社に協力させられてたんじゃないの?』

「……そうかもな」

 あくまで想像に過ぎないが、事実だったとしたらとんでもないことをする会社だ。が、『あの会社なら仕方ない』で済ませてしまえるのも、あの会社の持ち味なんだと思う。

『そういえばあーたん、ノウンちゃんに何か……いや、自分で見たほうが早いか』

 くすくすと笑い声が聞こえる。こうやって含みを持たせた言い方をするのは、こいつの癖だ。

「自分で見たほうが、って……」

『早くノウンちゃんに会いに行ってあげなよ。じゃあね』

「あっ、おい」

 俺が何かを言う前に電話を切られる。すっかり電話に気を取られてたが、PCはとっくに立ち上がっていた。HDBのページにアクセスすると、言ってた通りメンテナンスは終わっていて、いつもと同じ画面が表示されていた。素早くパスワードを入れてログインし、ノウンが居る案内所へ向かう。メンテナンスが終わってから時間が経っていないせいか、沢山のアバターで溢れかえっていた。戦士風の男や魔術師風の女性、獣人の少女や跳ね回ってる丸い……猫? あんなアバター選べたのか……と、感心している場合ではなく、ノウンを探す。エリア自体は広いわけじゃないが、人が多いせいで見づらくなっている。うろうろとエリア内を移動していると、突然チャットウィンドウが開いた。目を向けてみると――

【ノウン:こんばんは、あーたん】

 画面の中では、灰色の髪に桃色の花飾りをつけたノウンが微笑んでいた。


                              【了】


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