部室の前の私
年明け、木曜六限の授業後、私は部室の前でドアをつかんだまま、佇んでいた。
一月は試験期間に入るため、十二月で部活の活動は終わっていた。部活がないため本来なら試験が終わるまで部室に来る必要はない。
男子なんかは部室に住んでるんじゃないかというくらい入り浸ってたりする人もいるけど、女子部員の少ないうちのサークルではあまり女子は部室に入り浸っていない。せいぜい部活があるときと授業がなくて時間が空いたときに誰かがいるくらいだ。
実際私は週二回の部活があるときとミーティングくらいしか部室には来ない。この木曜六限後を除いて。
大学の時間割りは選べるので基本的にみんな遅い時間の授業を取りたがらない。理系なんかは実験がある代わりにほとんどの授業は四限までにカリキュラムが組まれているし、文系も必修科目はほとんど五限までに組まれていて、六限の授業は希望者のみの授業が多い。
私はどうしても受けたい授業が木曜の六限にあったので、学科の友達は誰も取らなかった科目を一人で受けている。
サークルでも六限を取ってる人はほとんどいないのか、取っていても部活がない日にわざわざ遅い時間になんか部室に寄らないでさっさと帰ってるのか、この時間帯に部室には誰もいない。
ほとんど部室に寄らない私がなぜ誰もいない部室の前に、しかもこんな遅い時間にいるのかと言うと…
部室に置いてある三大週刊少年漫画雑誌を読むためだ。
部室には毎週誰かしらが漫画雑誌を買ってきて、放置している。部室に置いてあるのでいつでも誰でも自由に読んではいいのだけれど、サークルのみんなにオタクだと隠している私はみんなの前で読む勇気はない。
別に漫画雑誌を読んでいるくらいでオタクだと言われることはないというのはわかっている。今どきオタクじゃない人でも漫画雑誌くらい読む。ただみんなの前で読んで自分がぼろを出さない自信がないだけだ。
オタクじゃない人に自分のオタク知識をひけらかすほど、節度がないわけではないと思っている。仮にも隠れオタクで数年過ごしている。バレないように必死に空気は読んでいるつもりだ。
ただ好きな作品を語るとなると別だ。オタクならわかると思うけど、好きなものを語るときは箍が外れる。相手が自分と同じものを好きだとわかったら余計だ。ドン引かれるくらい延々としゃべれる自信がある。
それがオタクの友達ならいい。みんな似たり寄ったりだ。ただサークルのみんなは違う。男子はオタクもいるけど男と女のオタクは根本的に違うと思ってるし、女子は私が見る限りオタクはいない。同類はなんとなくわかる。
なのでうっかりみんなの前で漫画雑誌を読んで話しかけられて感想なんか言っちゃったりしたら余分なことまでベラベラしゃべりかねないのでみんなの前では読まないと決めた。
けれど漫画は読みたい。オタクとしてこの三冊はチェックしないわけにはいかない。これだけ言うなら自分で買えばいいじゃないって声も聞こえてきそうだけど、一人暮らし金欠大学生でしかもお金のかかるオタクの私に毎週三冊買うのは懐的にも家のスペース的にもきつい。
自由に読んでもいいのなら読むしかないじゃない!
でもやっぱりオタクだってバレたくないから部室に誰もいない時間を選んで読みに来てるのだけど。
で年明け最初の木曜の授業後、いつもどおりこうして部室にやってきた。
普段なら誰もいない。
だけど今は試験前だ。補講などでいつもとは少し時間割りが違うこともある。誰かがいる可能性がいつもより高い。
そして年末のイベント以来会っていない砂子がもうサークルのみんなに私がオタクだっていうことを言っているかもしれない。
ヤツは私よりも部室に居座っている。
そう想像するといつもは気軽に開けて入れる部室のドアが開けた瞬間に私の知らない異世界に繋がっているように思えて開けられない。
そんなに怖いなら雑誌読まないで帰れよって思うんだけど、部室に雑誌がたまらないように来週にはもう今週号が捨てられるので読むなら今週中しかない。
明日は金曜日だし、休みの前だと男子が部室で遅くまで麻雀してることが多い。試験前でもやつらならきっとやるに違いない。土曜も日曜も休みなのでできるなら学校まで来たくない。
というわけでやはり雑誌を読むのは今しかない。
コンビニで立ち読みするという手もあるができれば立ち読みはしたくない。あれはやっぱり商品だしお店に申し訳ない。一作品読むだけならまだしも全作品読むのならいっそ買うわと思っている。
だがやはり財布的な問題があるので却下だ。
うんやはり部室で読むしかない。
うだうだ考えていてもしょうがない開けないことには中は確かめられない。
そう誰もいない可能性の方が高い。
うちのサークルはこんな時間まで学校にいるほど真面目なやつらではない。
そうそうきっと誰もいない。いないいない。
うんきっといない。
先週大好きな作品がいいとこで終わったんだ。早く続きを読もう。
大体私はこの時間が好きなんだ。誰にも邪魔されず、好きな漫画を好きなだけ読める週に一度の楽しみ。
うん早く読みたい。
そして私は思いきってドアを開けた。
待ってて私のサ○デー!
オープン・ザ・ドア!
「あれ?コミさんだ」
「こんばんはー」
……………………………クローズ・ザ・ドア。
思わずドアを閉めた。