第二話 生意気黒猫と魔術師のケンカ
「え、えっと……」
エミことエミリナ=レイズは大きな赤みがかった茶色の
瞳をさらに大きく見開いて固まっていた。
毛艶はかなり綺麗だが、目つきは生意気な黒猫はそんな
彼女を黙って睨みつけている。
「何これ。何であなた猫になってるの」
「貴様が間違えたからだろうが!!」
「ってか何でしゃべってるの!? 私の耳がおかしいの!?」
「貴様には魔術師の血が入っているからな、だから我の言葉が
分かるのだろう。他の奴らではニャーニャー鳴いているように
聞こえるのがオチだがな」
忌々しそうに黒猫が呟く。エミは多少落ち着いてきたらしく、
短い手(前足)で腕組みもどきな態勢を取っている黒猫の前に
かがんだ。
「あなた、本当にさっきの魔術師?」
「だからそう言っておるではないか! 頭が弱いのか貴様!!」
「何よ黒猫の癖に生意気よ!!」
エミに首根っこ掴まれた黒猫こと魔術師がフギャーッと威嚇する
ような声をあげた。黙って見ていた魔術人形エリーザが
とてとてと近づく。
「マスター。セツメイガタリナイトオモイマス」
黒猫はチッと舌打ちした。ムッとなったようにエミが睨む。
「私は……魔王と呼ばれた魔術師だ。元は宮廷魔術師だったがな」
「魔王って……あんたレイヴァーシュ=アロ=レイシェル!?」
エミが青ざめながら叫んだ。『堕ちた宮廷魔術師レイヴァーシュ』の
名はエミの村でも有名だった。
ニヤリと不気味な笑みを向ける黒猫からエミは思わず距離を取る。
「そうだ。我の名はレイヴァーシュ=アロ=レイシェルだ」
「人をかなり殺したっていうのは本当なの?」
「事実だ。人の命など我の前では風前のともしびにすぎん」
エミは黙ってレイヴァーシュの話を聞いていたが、やがて黒猫の
首根っこを掴むと思い切り持ち上げ床に押し付けた。
「な、何をする貴様!!」
「魔王だろうと何だろうと、今のあんたはただの黒猫でしょっ!
思いあがってると痛い目遭わせるよ!?」
「この無礼者が!!」
ぎゃんぎゃんと言い合うレイヴァーシュとエミ。
エリーザはしばらくそれを黙って見ていたが、やがて
力を振り絞り大きな水をたっぷり入れたバケツを持って
くるや、いきなりエミにレイヴァーシュを巻き込む形に
しながら水を浴びせかけ二人の悲鳴が上がった――。
頭を冷やしたエミとレイヴァーシュはシャワーを浴びた後、
今度はケンカにならないように話合う事にした。
また水をかけられてはたまらないからだ。
エミは今レイヴァーシュの亡き妹が生存着ていたらしい、淡い
水色のフリルつきのドレスを借りて着ていた。
ガラスの大皿に盛りつけられたクッキーを一つつまんで
口を放り込む。サクサクした歯ごたえが心地よかった。
「……あのさ」
「……なんだ」
「あんたは何で人を殺したの?」
「お前に言う必要があるか」
「ない、けどさ。これから一緒に過ごすかもしれないんでしょう、
教えてよレイ」
「レイって誰だ」
「あんたのあだ名。レイヴァーシュなんて長いもんレイで充分だよ、
今はただの目つきの悪い黒猫なんだからさ」
レイヴァーシュことレイは黙ってクッキーをがばっと掴み取ると
とがった歯で噛み砕いた。猫の姿になったというのに本当に器用である。
「……裏切った馬鹿がいた、それだけだ」
「あんたにも、事情があったんだね」
レイはそれ以上何も言わなかった。エミは苦笑しながらクッキーをもう一枚
抜きだすとかじった。
「責任は取ってもらうぞ、小娘」
「小娘じゃな――い! エミ! エミリナ!!」
「我がレイでいいのならお前はエミで充分だな、小娘」
「いいわよ、エミで。皆にそう言われてるもん」
「ではエミ、お前には責任を取って我を元に戻すための勉強を
してもらう。魔法学校へ通え」
「魔法学校?」
「魔術を習うための学校だ、安心しろ、我も使い魔としてついて
行ってやる」
「ダンシキンセイデスカラネ……」
エリーザがからっぽになった皿にクッキーを盛りつけながら言う。
チッと舌うちしながらレイはエミから視線をそらした。
すねているらしい。黒猫の姿なので可愛らしく見えた。
「マスターノオデシサマ、オチャヲドウゾ」
エリーザは透き通ったガラスのポットから注いだいい香りのハーブ
入りの紅茶が入ったカップをエミへと差し出した。
「あ、ありがと……」
エミは大丈夫かなと思いつつそれを口へと運ぶ。ふわん、といい香りが
ただよった。とても美味しい優しい味である。
「我にもよこせ!!」
「ハイ、ゴヨウイサセテイタダキマス」
子供のように喚いた黒猫へとエリーザがカップを手渡す。
エミはしばらくなら付き合ってあげてもいいかもしれないと
考えながらもう一度皿に手を伸ばすのだった――。
生意気黒猫~シリーズを
ようやくまた書けました。
次回からエミが魔法学校に
通い出します。キャラももう
ちょっと増えます。