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#13.ひそ、ひそ、ばなし

プロジェクトの情報漏えい問題は住倉で処理する事になり詳細については判らなかった。

それでも問題に絡んでいた王子様こと中原さんは最果ての営業所に所長と言う肩書きのみで飛ばされてしまったらしい。

住倉自体も新体制になり藍花商事の傘下に入った様な位置づけになってしまった。

ごたごたはあったけれど今までどおり秘書課の3人は毎日忙しく動き回っていた。

瑞貴君が私を守ってくれるように私も瑞貴君の為なら何でもしてあげたい。

そんな瑞貴君は私の所為じゃないからねと言ってくれるけど、これだけは私でもどうする事も出来なかった。


今日は代表と来週の会合の下見も兼ねて昼食を取るために車でレストランに向っていた。

「一ノ瀬君、何か心配事でもあるのかな?」

「いえ、別に」

「それなら良いんだが、こんな事を私が言うのも変なのだが社内に笑顔が足らないというか楽しそうじゃないんだ。流石にマスコットが抜けた穴は大きいのかな」

「マスコットって1課の野神君の事ですか?」

「実は野神君はね、私が独断で入社させたんだ」

「そうだったんですか」

代表の言葉でオルガさんの藍花商事に救世主が居たという言葉が浮かんでは消える。

驚かなかったと言えば嘘になる今でも代表の投げ込んだ爆弾で心臓がどきどきしている。

それでも今は勤務中でまして代表が直ぐ近くにいる、取り乱す訳にはいかず何とか冷静さを取り繕った。

瑞貴君自身も自分が職場放棄をして行方をくらましたのだから懲戒解雇になっても仕方がないと言っていた。

私から代表に進言する事も出来ないし出来る訳も無かった。

「一ノ瀬君にとっても彼の存在は大きな穴なのかな? 最近は笑ってくれる様になったが溜息を量産しているね」

「代表に気を使わせてしまい申し訳御座いません」

「そんな事を言っているんじゃないんだよ。小鳥遊(たかなし)、社に戻ってくれ」

「代表? 何を」

小鳥遊さんは代表専属の運転手だった。

小鳥遊さんが小さく頷き車をUターンさせて、来た道を戻りはじめた。

「あの、代表。今後の予定が」

「昼食はキャンセルだ。会合までに下見が出来れば良い、開いている時間を当ててくれ」

「は、はい」

私が何かをしてしまったのだろうか?

代表が予定をキャンセルする事は今まで一度も無く驚きと共に代表が次に何をしたいのか考えるので精一杯だった。

「君達には話した事が無いのだが、実は私の人生を変えてしまった男がいるんだよ。私は子どもの頃からコンピューターやインターネットに興味があってね、将来はそんな仕事をしたいと思っていた。でも、私の親はそうではなかった行く行くは会社を継いで欲しいと思っていたんだ。そんな時にネットである男のプロフィールを見て衝撃を受けたよ、私より遥かに若く私と同じ日本人が世界を席巻するセキュリティーソフトを開発しただなんて信じられなかった。理由も判らず直ぐにプロフィールが削除されてしまい男の事もその後一切判らなくなってしまった。それでも私には十分だったんだ」

「あの、それって……」

「それからかな、私が『N.O.E.L』信者になり会社の経営者として歩き始めたのは。人事の方から履歴書を見せられた時には驚いたよ。直接面接してみて確信したんだ、あの男だと」

「それじゃ、代表は野神君が『N.O.E.L』の創設者だと知っていたのですか?」

「何故、彼が『N.O.E.L』の事に一切触れず履歴書に何も記載しないのかは判らなかったけどね」

「彼の命を狙った飛行機テロがあり多くの人が犠牲になって、2度と悲劇が起きないようにと彼の願いで彼の生死さえ抹消されてしまったんです」

「もしかしてそのテロで一ノ瀬君の両親も?」

「あっ、はい」

思わず喋ってしまって平静を装ってしまった。

秘書としては失格かもしれない。

流石に戸惑ってしまう。

代表と世間話的な話はするけれどプライベートな事を話す事があまり無いからだった。

「私もまだまだと言う事かな?」

「代表? 何を?」

「僕はね、会社を作りたいのではなくカンパニーを作りたいんだよ。カンパニーの語源を知っているかな? カンパニーはね、ラテン語の一緒にと言う『com』とパンと言う『panin』が合わさった言葉で一緒にパンを食べる仲間と言う意味なんだよ」

急に代表が自身の事を『僕』と言い出して驚いてしまったけど、代表に言われて判ったような気がする。

憧れや畏敬の念を覗けば『N.O.E.L』の4人は世界的な大企業の代表なのにとてもフレンドリーだ。

会社のトップがフレンドリーならそのカンパニーの従業員も然りなのだろう。

代表が業務さえしっかりしていれば他が緩いもとい自由なのはその所為なのだと気付いた。

そしてその自由さやフレンドリーな関係は野神君の同僚に多く見られ、その中心にはいつも野神君が居た事を再認識した。

もしかして代表は……

「判ってくれたかな。僕はこれから学歴なんかに拘りたくないんだよ、旧態依然とした体制を打破して行きたいんだ」

「もしかして代表は私と野神君の事を?」

「香蓮から聞いているよ」

「か、香蓮って」

「君の想像通りだが心得てくれるよね」

「は、はい」

突然の事で驚いてしまった。

でもそのお陰で私は自由にさせて貰っていたのかもしれない。

散々、野神君の事で急に休んだりしても何も言われなかったしお咎めもなかったのはその為なのだろう。

「一ノ瀬君。一つだけ良いかな? もし野神君がアメリカに戻ると言ったらどうする気かね?」

「…………」

代表の問いに即答できずに言葉に詰まってしまう。

私は2度と瑞貴君の側を離れるつもりはないし、そう覚悟をしたばかりだ。

でも代表に即答するが出来なかった。

藍花商事の秘書課である事に誇りを持ちこの仕事が大好きだから。

答えに困っていると代表が答えを求めずに話をし始めた。

「これからの時代は君達の様な若い世代が世界を牽引していくパワーそのものなんだと私は信じているしそうでないといけないと思うんだ。だからこそ一ノ瀬君達にはこれからも頑張ってもらいたいんだよ」

「そうですね。出来るだけ力添えが出来れば言いのですが」

「その為には必要不可欠なんだよ」

「あの、話の筋が」

「これは少し早いが私からのクリスマスプレゼントだ。いつまでも君の溜息に付き合うのはゴメンだからね」

「申し訳御座いま……代表?」

代表が私に手渡した物は社内通達の書類だった。

『本日をもって休職中の野神瑞貴を営業一課に復職とする』

それは瑞貴君が藍花に戻っていると言う証で……

「だ、代表! こ、これって」

「必要不可欠なんだよ。僕が目指すカンパニーを作るには野神君も君も。それに野神君の情報を掴む力は敵に回したくないからね」

「それでも休職なんて……」

「あり得ないかな? 言ったはずだよ、僕が独断で入社させたと。それに役員を納得させるだけの物を彼は持っている。今までだって表には出てこないが彼が齎した情報で藍花は急激に成長できたのだしね」

代表が言っていることは事実なのだろうイタリアのブランドとのコラボが上手くいき大きなプロジェクトが持ち上がり成功しようとしている。

瑞貴君がしている事は目に見えないことで会社と言うのは数字でしか評価されない。

特に営業の瑞貴君の成績は中の下で……

「まだ、信じられないって顔をしているね。確かに彼の営業成績は芳しくない。それは野神君が自らを隠すためにそうしているんだと僕は思うけど違うかな」

「それはそうかもしれませんがこんな特例は」

「前例が無い? ならば作れば良いじゃないか。言った筈だよ旧態依然を打破したいと。同じやり方をしていては何も発展しない物だよ」

代表に言われてもピンとこない瑞樹君は今朝もスーツ姿で職探しに出ていき、私には何も言わなかったし会社に戻るなんて思えないから。


社に到着すると私は車を飛び出し駈け出した。

代表は優しい目で私を見送ってくれているのだろう。

周りの来客や従業員は何事かと不思議そうに玄関ホールに走り込んでくる私を見ている。

エレベーターが遅く感じ、とてももどかしい。

3階に到着してドアが開くと営業フロアーに活気と笑顔が戻ってきている。

そして……

一課と二課の間の通路に見知った顔があった。

藤堂君に花ちゃんに花蓮さんに囲まれて瑞樹君が楽しそうにお喋りしているのが見える。

何故だか嬉しさより怒りが込み上げてきた。

「野神瑞樹! 復職した報告が無いのだけど」

「あはは、一ノ瀬さん?」

「『あはは』じゃないでしょ」

私の勢いに瑞樹君がタジタジになっている。

「言ったら大騒ぎするでしょ」

「それで私には嘘までついて黙っていたと?」

「嘘は付いてませんよ。『いってきます』ってマンションを出た筈ですけど」

確かに瑞樹君は職を探しに行くとは一言も言っていない。

それに冷静になって考えれば瑞樹君はここで仕事をする必要が無い。

『N.O.E.L』の仕事は在宅で十分でそれなりの対価は貰っている筈なのだから。

それでも復職して嬉しそうなのは……私の為だったりするのだろうか。

「凜子。代表はどうしたの? 下見の予定じゃなかったのかしら」

「その代表がキャンセルを指示して帰社する様にと」

「あなたが溜息ばかりだからでしょ」

花蓮さんに言われて何も言えなくなってしまう。

代表と花蓮さんがタッグを組んだら誰も敵わないだろう。

「仕方がないよね。花蓮さんはだもんね」

「ま、まさか。それって……」

「ここにもニブチンが1人。一弥、トップシークレットだからね」

「え? あっ……」

藤堂君が花ちゃんに言われて撃沈してしまった。

瑞樹君は花蓮さんと代表の事すら知っていたに違いない。

彼の情報収集能力は計り知れないのだから。

でも、瑞樹君だって普通の人と変わりなく突発的な事には動揺もする。

「ありがとう。全部私の為なんだよね」

「僕の為でもありますけどね。側に居たいしいつも見守っていたいですから」

「なら……」

「なら? まさか、それこそ大騒ぎですよ」

瑞樹君から見る見る落ち着きがなくなっていく。

多分それは藍花商事に今までにない激震が走る事だから

「大好き!」

大声でそう宣言して瑞樹君に抱き着いてキスをした。

花蓮さんや花ちゃんは呆れた顔をして。

藤堂君は頭を抱えている。

瑞樹君は私の耳元で。

「僕も大好きです」

ひそ、ひそ、ばなしを囁いてくれた。


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