#12-4.嫌?
双葉さん・御手洗さん・藤堂の3人の前で正座させられて……
尋問と言う名の取り調べを受けていて藤堂が口火を切った。
「野神、何処に居たんだ?」
「島だよ、来美島の爺ちゃんの家だ」
そして息巻く御手洗さんが藤堂に続いて。
「のっち、凛子さんには会ったの?」
「会いましたと言うより島まで来ましたから。恐らくオルガ達に連れて来られたんだと思います」
「それで」
「仕事じゃないのですかって言いましたけど」
「ば、馬鹿じゃないの? どんな気持ちで凛子さんが迎えに行ったと思っているの?」
「で、野神君は凛子を仕事の為に連れて帰ってきたんだ」
凍え死んでしまいそうな視線を浴びせている双葉さんが口を開いた。
「まぁ……」
「それで凛子はどうしたの?」
「アパートに帰りましたよ」
「へぇ? のっち。あんたまさか戻って来いって言わなかったの?」
「それじゃ御手洗さんならそう言えば戻って来てくれますか?」
「そ、それは、無理かも」
しばらく静寂が訪れて双葉さんが思案顔で口を開いた。
「それにしても可笑しな話よね。オルガさんはナイトが戻ってくるから出迎えてあげてと言って帰ってしまったし。この豪華な有名ホテルのケータリングの料理は不自然よね。それにオルガさんが凛子のアパートの鍵を管理人さんにって……」
「こうでもしないと戻って来てくれないと思ったんです」
俺の言葉で双葉さんは何かに気付いた様に部屋を見渡していた。
「本当にあなたって子は無茶苦茶ね。御堂財閥の隠し子に『N.O.E.L』の創設者ね」
「あはは、嘘を付いた記憶は無いですけど」
「他に隠し事は無いんでしょうね」
「言った筈ですよ。人には言えない事もあるって、双葉さんにだって人に言えない事が一つくらいあるでしょ」
「わ、私には無いわよ」
動揺なんて今まで見せた事もない双葉さんの瞳が揺れている。
「そうですか。代表と……」
「駄目! な、何でそんな事をあなたが知っているの?」
「僕は猫ですから。にゃ~ん」
思わず俺が口にした言葉を双葉さんが慌てて声を荒げて消し去った。
頭の横に拳を当てて猫のマネをすると双葉さんが俺の肩に両手を当てて押し倒し馬乗りになられてしまう。
「2度と口にしたら只じゃ済まさないわよ。いい事!」
「言いませんよ。でも僕はもう藍花の社員じゃないし」
「もう一度、言って御覧なさい」
「あたたたたた。わかひましら。いいまひん」
双葉さんが俺の頬を両手でつまみ上げた。
「香蓮さん、何があったのですか?」
「野神、お前何をした?」
御手洗さんと藤堂の言葉に双葉さんが気付き頭から湯気が噴出しているんじゃないかと思うくらいに双葉さんが真っ赤になっている。
こんな双葉さんを始めてみた。いつも沈着冷静で凄い人だなと思っていたけど可愛らしい女の子?
失礼、女性なんだなと思ってしまった。
「か、香蓮さん。顔が真っ赤! こんな香蓮さんを始めてみた!」
「野神! 双葉さんに謝れ!」
「一弥のニブチン!」
藤堂だけが勘違いをし、御手洗さんの一言で撃沈してしまった。
「もう。馬鹿!」
リビングに双葉さんの叫び声が響くと同時に双葉さんの携帯が着信を知らせた。
「あら、凛子。あなた何をしているの早くいらっしゃい」
「いらっしゃいってどこにですか!」
「どうしたの。そんなに慌てて、何処ってあなたの家に決まっているじゃない。変よ、凛子。あら? 切れちゃった」
「香蓮さん、凛子さんからですか?」
「ええ、もう直ぐここに来るわよ」
「えっ? どうして?」
「うふふ、もしも花が家に帰って家の中が空っぽになっていたらどうする?」
「そ、それって……」
「そう野神君は凛子が黙って引っ越しした時と同じ事をしたの。だからオルガさんは料理を用意してツリーまで綺麗に飾って帰って行ったのよ。後は凛子の気持ち次第ね」
「そんなの決まってるじゃないですか」
「そうね」
双葉さんと御手洗さんはそう言うけど正直言うと俺はドキドキものだった。
藤堂を見ると呆れた顔をして溜息を付いている。
「馬鹿が」
そう言いながら藤堂はおれの頭を小突いてきた。
しばらくすると玄関のドアが開き凛子さんがリビングに駆け込んできた。
「お帰り、凛子」
「お帰りなさい。凛子さん」
香蓮さんと花ちゃんが笑顔で出迎えている。
凛子さんの顔は不安に押しつぶされそうになり泣き腫らした瞳からは今にも涙が零れそうだった。
俺に出来る事は笑顔で凛子さんを迎え入れる事だけ。
何も言葉は必要ない。
凛子さんに真っ直ぐに向って。
「お・い・で」と口を動かす。
凛子さんの瞳から涙が溢れだし俺に向って走り出し飛び込むように俺の胸に抱きついてきた。
思わず勢いに負け尻餅を付いてしまうけど2度と離さないと誓い凛子さんの体をしっかりと抱きしめる。
俺のお願いに凛子さんはキスで答えてくれた。
凛子さんが少しだけ落ち着きを取り戻すと香蓮さんが声を掛けてきた。
「もう、いい加減にしなさい。いつまで抱き合っているのつもりなの?」
「あはは」
双葉さんに言われ万歳と両手を上げる。
凛子さんは俺にしがみ付いたままだった。
「こら、凛子。いい加減に離れなさい」
「嫌らぁ、離れない!」
「もう、子どもじゃないんだから」
「子ろもで、良いらもん」
双葉さんが凛子さんの襟を掴んで引き離そうとすると子どもの様な口調で言い放ち凛子さんの腕に力が入る。
「もう、良いわ。好きにしなさい。それじゃシャンパンで乾杯しましょう」
「シャンパン? 乾杯?」
思わず凛子さんが顔を上げてテーブルの上を見ている。
テーブルの上には豪華な料理が美味しそうに湯気を立てていて、リビングの窓際には見事としか言いようが無いクリスマスツリーが綺麗に飾られイルミネーションが点滅していた。
「後輩君! どう言う事なの?」
「先輩?」
「ちゃんと説明しなさい!」
「あはは、実は先輩が迎えに来てくれた時点で僕の気持ちは決まっていたんです。でも何を言っても先輩を責めているみたいで何も言えなかったんです。それと戻ってきて欲しいと言っても戻って来ない様な気がしてちょっと強引な手に出ました」
「どんな手を使ったの?」
「僕は先輩のアパートを知らないのでオルガ達に頼んだんです。そうしたら私達だけじゃ無理だから皆の力を借りるわよと言われて」
「それってまさか、空港でしてたメール?」
「はい」
「信じられない。それじゃこのお料理は?」
凛子さんに一枚のクリスマスカードを差し出す。
「To Samurai and Knight.
Happy Christmas!!
From N.O.E.L」
と書かれていてご丁寧にオルガのキスマーク付きだった。
「メリークリスマス!」
双葉さんの乾杯の音頭でパーティーが始まる。
シャンパンの注がれた背の高いフルートグラスを高々と掲げる。
「美味しい」
「うわぁ、初めて飲んだ。こんな美味しいシャンパン」
「まぁまぁかな」
香蓮さんの表現は妥当、御手洗さんの言う事は当たっている。
藤堂は問題外かな。
部屋の中まで芳醇な香りが満ちている。
それなのに凛子さんはグラスに口を付けようとしなかった。
「凛子さん? 飲まないんですか?」
「飲む」
俺がグラスを差し出すと俺の手を掴んだまま口に運ぶ、まるで子どもの様だった。
「美味ちぃ」
「ちぃ? 凛子さん? 幼児退行してますよ」
「うう、らって瑞貴君が戻って来いって言ってくれらいし」
「それじゃ、戻って来て欲しいと言えば素直に戻って来てくれたんですか?」
俺に体を預けたまま駄々っ子のように首を横に振るだけだった。
「凛子はしょうのない子ね」
「今日の所は勘弁してやってください」
「もう、甘すぎるのよ。野神君は」
「まぁ、甘える侍も見てみたいですしね」
「今日だけよ」
双葉さんが呆れきって料理を食べ始めると今度は御手洗さんが絡んできた。
「のっち、このシャンパンはなんて言うの?」
「クリュッグですよ。超有名なシャンパンですよね。双葉さん」
「そうね、普通に出回っているもので2万弱かしら。高いものは10万くらいかな」
「そうなんだ」
「花もちゃんと勉強しなさい。クリュッグはあの有名なドンペリの上を行くシャンパンよ。でもこのボトルは見た事が無いわね」
「あはは、双葉さんでも見た事が無いんですね。まぁ普通は飲もうとは思わないですからね」
「はぁ、のっちは何を言ってるの? シャンパンは飲む為にあるんでしょ」
「そうですけど、これはブラン ド ノワールですから」
「ブラン ド ノワールって野神君まさか」
「クロ・ダンボネですよ」
「信じられない、そんなシャンパンが飲めるなんてあり得ないわ」
流石に双葉さんも変な日本語になってしまっている。
まぁ仕方が無い事なのかもしれない。御手洗さんと藤堂の頭の上には?マークが出ていた。
「のっち、それって凄いの?」
「僕に言わせてもらえばこのシャンパンをまぁまぁかなと表現する藤堂の方が凄いと思いますよ。だってこれ一本で50万以上ですから」
「ブッ!」
「うわぁ、3万が吹き飛んだ」
「もう、1万が鼻に入ったじゃない」
御手洗さんが飲みかけていたシャンパンを吹き出して鼻を押えている。
藤堂に至ってはブルブルとグラスを持つ手が震えていた。
「藤堂。震えてるぞ」
「あ、当たり前だろ!」
「それじゃ、この料理も」
「多分、一流ホテルのケータリングじゃないですかね。オルガには無駄遣いするなときつく言っておきますけどね」
「いただきまーす」
どんな料理も冷めてしまっては勿体無いので皆で頂く事にする。
こんなに賑やかで楽しいクリスマスは初めてかもしれない。
気の置けない仲間が居て愛しい人が側に居てくれる。
「瑞貴君、お腹が空いた」
「はいはい、あ~ん」
「あ~ん。美味ちぃ!」
今夜はトコトン凛子さんに付き合うしかなさそうだった。
料理をフォークで凛子さんの口元に差し出すと美味しそうに食べている。
「あのさぁ、のっち。見ている方が恥ずかしいんだけど」
「御手洗さんも藤堂に甘えてみたらどうですか?」
「あはは、無理。私が甘えている姿なんか想像付くの?」
「あはは、怖いかも。で、藤堂。どうなの?」
「くぉらぁ。聞くな! しばく!」
言うが早いか手の方が先に飛んできて頭を思いっきり叩かれてしまった。
酔っている所為かリミッターが外れていてかなり痛かった。
「うう、マジで痛い」
「当たり前でしょ。何で一弥に聞くかな」
「花ちゃん、瑞貴君を叩いちゃ駄目!」
凛子さんが頭を撫でてくれる。
「うわぁ、お子様凛子さんに叱られちゃった。一弥、私も」
「いや、無理だから」
「ひ、酷い一弥が……」
まるでコメディを目の前で見ている様だった。
平々凡々とはかけ離れてしまったけれどこれはこれで良いかなと思う。
そんな事を凛子さんの温もりを感じながら考えていた。
一頻り飲んで騒いで美味しい料理を食べて。
今は凛子さんと2人きりでまったりと過ごしている。
大方の料理は食べ尽くし残った物は双葉さんと御手洗さんがそれぞれ持って帰った。
簡単に片付けを済ませて風呂に入りリビングでクリスマスツリーを眺めながら残ったシャンパンを飲んでいた。
「瑞貴君」
「何ですか?」
「瑞貴君って凄いんだね。だって世界を守るセキュリティーを創ったんだよ」
「実はそんな大層なものじゃないんです」
「えっ?」
「こんな話をすると凛子さんが気にするからしたくないんですけど話さない訳にはいかないですよね。実は自分自身を守る為だったんです」
「自分自身を?」
「はい。僕の母と妹が死んでしまい親父だと名乗る人に引き取られ、親父だと言う人の奥さんと上手くいかなかったのは知っていますよね」
「うん」
「美希は直ぐに懐いてきたんですけど受け入れられずに距離を置いていたんです。当然と言えば当然かもしれないけど僕の母親は世間的には愛人ですから、本妻としては嫌で堪らなかったんだと思います。それである日、家に帰ったらアルバムから何から母と妹の思い出を全て燃やされていたんです」
「そんな、酷過ぎる」
「まぁ、父親は僕が欲しいと言う物は買い与えてくれましたからパソコンなども持っていました。だから多少はパソコンの中に残っていたんですけどそれすら処分されてしまって。それからですねネットやパソコンのセキュリティーに嵌り込んだのは。自分自身の思い出を守る為にネットを駆使して必死で作り上げたんです」
「どうして海外に?」
「全てが嫌で逃げ出したかったんです。僕が海外の大学に行きたいと言ったら大喜びしていましたよ。父親もその奥さんも。利用できる物は全て利用してやろうとそんな人間だったんです」
「それでオルガさん達と出会ったの?」
「そうですね、出会ったというか付き纏われていつの間にか巻き込まれていました」
「瑞貴君、もう一つだけ聞いても良い?」
「良いですよ。もう凛子さんに隠し事は嫌ですから」
「あのテロがあった後に瑞貴君が死のうとしたって……」
「そんな事まで聞いたんですか? はぁ~ 本当です。だってそうじゃないですか? 僕の責任で大勢の人が亡くなったんですよ。その中には」
「も、もしかしてその時は知っていたの? オルガさんは私とイギリスで出会ってから私の事を探していたって」
凛子さんに本当の事を言うべきは考えてしまう。
でも言わない選択肢は残っていなかった。
「知っていましたよ。何となくですけどね」
「それじゃ、藍花に来たのは……」
「本人か確認して本人なら謝罪するつもりでした。でも入社しても本人だとはわからなかったのも本当です」
「そうなんだ」
直ぐ隣に居る筈なのに凄く遠くに感じる。
凛子さんは押し黙り、それ以上は何も言ってくれない。
「嘘を付いているでしょ」
「俺がですか?」
「そう。嘘じゃないかもしれないけど何かを隠してる。もう一度だけ聞くね、どうして私を探していたの?」
「どちらも俺の本心だからです。謝りたいと言う気持ちも気になっていたと言う気持ちも。会えるとも思っていませんでしたし。ましてや恋人同士になれるなんて」
「なんて何?」
「気付いたら好きになっていたんです。それでも何処かに凛子さんの両親の事があって。でも、凛子さんは俺の心を解かしてくれたんです。それと同時に」
「同時に?」
「失う怖さを思い出したんです。だから」
「だから何が何でも守りたくなってしまった。それは私も一緒だよ。失ってみて初めて気付いたの、どれだけ瑞貴君の存在が大きいのか。だから2度と離したくないし離す気は無いけどね。でもこれだけは約束して欲しいのもう無理はしないでくれる?」
「凛子さんがそう言うのなら」
「何だか頼りないなぁ」
「そうですか? 人を好きになるってそう言うことじゃないんですか? 相手の気持ちや心は見えないものなのだから」
「そうだね」
お酒の所為か潤んだ瞳で俺の目を見ている。
毛布に包まっているけれどパジャマだけで寄り添っている。
凛子さんが体の向きを変えて抱きつくようにしてきた。
柔らかい凛子さんの体が……
「凛子さん?」
「後輩君に私の気持ちを教えてあげる」
「ふぇ? 凛子さん、もしかして酔ってます?」
「少しだけね。でも正気だよ」
「正気って……にゃぁ? あ、あの」
「なぁに?」
「う、うう、凛子さん。大胆すぎます、あ、にゃ!」
「嫌?」
「嫌な訳ないじゃないですか、でもね」
「…………」
「みぎゃぁぁぁぁっぁぁっぁぁ~」