#12-2.タンディガ タンディ
しばらくすると見覚えのある空港にジェット機が着陸した。
そこは夏休みを利用して瑞貴君や藤堂君それに秘書課のメンバーとやってきた宮南島の空港だった。
ここに瑞貴君が居るとしたらあの場所しかなかった。
空港に降り立ちロビーで戸惑っていると聞き覚えのある元気な呼び声が聞こえた。
「あぃ! 凛子ちゃん。やっぱり来たね。おかしいと思ったさー。瑞樹ぃがよ、独りで来るからよ。あぃあぃ、この外人さん達も瑞貴ぃの友達ねぇ?」
「寿美子ネェ。ご無沙汰しています」
寿美子ネェは自分が彫った島ゾーリをお土産屋さんに持ってきた所らしかった。
私が寿美子ネェと話しているとオルガさん達が無いも言わずに立ち去ろうとしている。
「皆さん、本当にありがとう御座いました」
「リンコ、あとはお願いね」
「はい、あの私からもお願いがあるのですけど」
「何かしら?」
「これからも友達としていてくれますか?」
「シュアー! これからも宜しくね。リンコ」
「はい!」
今の私には頭を下げてお礼を言う事しか出来ない。
オルガさんに抱き付かれてしまって驚いたけどそれよりも嬉しかった。
エフィとルイスとは握手を交わしオルガさんは『チャオ!』と片手を上げて空港を後にした。
空港の外に出ると日が落ちて暗くなっていた。
寿美子ネェの軽トラで来美島に向う道すがら掻い摘んで今までの事情を話すと笑顔でいてくれた。
今日はもう遅いからと寿美子ネェネェの家で泊らせてもらえる事になり、寿美子ネェの家に着くと平良おばぁが大喜びして出迎えてくれた。
翌日の早朝、私は寿美子ネェの軽トラで瑞貴君のお爺さんの屋敷に向っていた。
もう少ししてからと思っていたのに寿美子ネェに早い方が良いさぁと強引に連れ出されてしまった。
屋敷についても瑞貴君は居なかった。
直ぐに近くの砂浜に向う。
そこは瑞貴君がここに来ている時は必ず稽古をしている砂浜だった。
砂浜に行くと海に浸かりながら稽古をしている瑞貴君の姿が見える。
その表情にはあの夏の様な清々しさは無く、何かを振り払うように一心不乱に鬼気迫る様な稽古をしている。
いくら南の島とは言えこの時期には北風が吹いて晴れていても肌寒い事を初めて知り。
そんな北風が吹く肌寒い日に海に入り稽古をしている瑞貴君の気持ちを考えると胸が締め付けられ動く事が出来なかった。
「あぃ、凛子ちゃん。あんたがしっかりしないでどうするの? 瑞貴ぃはあんたを守ってくれる、それならあんたは瑞貴ぃを包み込んであげんと。さぁ!」
寿美子ネェが差し出したバスタオルを受け取ると背中を力任せに叩かれてしまった。
不安に揺れる心を押し殺しながら真っ直ぐに瑞貴君に向って歩き出した。
砂浜を海に向かい歩き出す風がとても冷たく感じる。
瑞貴君は水しぶきを上げて波に蹴りを繰り出している。
その水しぶきが風に乗り頬に飛んできた。
「冷たい」
思わず発してしまった声に瑞貴君が反応した。
体の力を抜いて大きく溜息をつくのが私の耳にも届いた。
「一ノ瀬さん、こんな所で何をしているのですか? 今日は平日で仕事じゃないのですか?」
瑞貴君の『一ノ瀬さん』と言う言葉に私は何も言えなくなり唇をギュッと噛み締めた。
海から上がり瑞貴君が私に向って歩いてくる。
「の、野神君に謝りたくて。本当にゴメンなさい」
「はぁ~行きますよ」
言いたい事は沢山あるのに言葉にならない。
瑞貴君が私の持っているタオルを無造作にとって濡れた頭を拭きながら私の横をすり抜けて歩いて行ってしまう。
胸が押し潰されそうになるけどここで泣くわけにはいかず、瑞貴君の後ろを付いていくしか出来ないでいる。
瑞貴君の体からは湯気が上がっていた。
夏に泊った瑞貴君の管理している宿に着くと寿美子ネェが朝食の準備をしてくれていた。
「瑞貴ぃ、そんな顔をしないよぉ。せっかく凛子さんが迎えに来てくれたんでしょ」
「うん」
「今まで一度も瑞貴ぃに言った事はないけど今回は言わせて貰うさぁ。 瑞貴ぃ! ネェネェはそんな瑞貴ぃは好かんさーね。家は人が居なければ駄目になる。人は独りで居たら駄目になるんだよ。判るね? 何の為に瑞貴ぃはそんな辛そうな顔してるの? 凛子さんにあんな顔をさせてよ。はぁ」
「寿美子ネェ、タンディガタンディ」
「そ、瑞貴ぃには何か考えがあるんだね。ゴメンねぇ。とー ふぁいみーる」
寿美子ネェも私と瑞貴君の事を心配してくれている。
それが嬉しくもあり胸を更に締め付ける。
せっかく作ってくれた朝ごはんなのに喉を通らない。
それは瑞貴君も似たようなものだったみたい。
それでも寿美子ネェは笑顔で居てくれる。朝食を済ませ手持ち無沙汰から部屋の掃除なんかしてみる。
どれだけこの家が皆に大事にされてきたのかが良く判った。
到る所が綺麗に修復されているし、私が掃除する事が無いくらいに綺麗に掃除されている。
瑞貴君は寿美子ネェにこの宿を閉めようかと相談したらしい。
それでも予約が入っているのでもう少し考えるように伝えたと教えてくれた。
私達がこの家のように修復する事が出来るのならもう一度瑞貴君と来たいと思ってしまった。
「一ノ瀬さん。そろそろ行きましょう」
「は、はい」
着替えを済ませた瑞樹君は小さなカバンを持っている、私を東京に連れて帰るつもりなのだろうか?
今日は平日で皆は仕事をしているのだから。
瑞貴君に連れられて空港に行きカウンターでチケットをと思っていたら午前中の便は団体客で殆ど空席が無く午後一便の飛行機しか取れなかった。
瑞貴君が椅子に座ったので仕方なく横に腰掛けた。
今は9時過ぎだから出発まで2時間以上の時間がある。
それに午後の便で戻っても退社の時間を過ぎてしまうだろう。
「野神君、今から戻っても」
「それじゃ、どうするんですか? 先延ばしにして双葉さんや御手洗さんに迷惑を掛けるつもりですか?」
「ゴメンなさい」
瑞貴君に何を言われても謝る事しか出来そうに無い。
それに椅子に座ってから瑞樹君は携帯でどこかとメールのやり取りをしているみたいで。
この場に居るのが居た堪れずに空港の中をブラブラとしている。
皆と来た時には全ての物が輝いて見えたのに今は色褪せて見える。
そして携帯を会社に置いたままにしてきたのに気付いた。
仕方が無いか、慌てて飛び出してきたのだし部屋の鍵とお財布だけはスーツに入って居たのだから良しとしよう。