#11-4.一ノ瀬凜子!
突然、ノックも無く会議室のドアが開き。
何かに弾き出される様にトイレに行き戻って来なかった住倉の秘書課の子が姿を現した。
明らかに何かに怯えている。
顔面は蒼白になりガタガタと体を震わせている。
何かを言おうとするが言葉にならない様だった。
「……君は……」
「ゴメンなさい。私がファイルを持ち出しました。こんな大騒ぎになるとは思わなかったんです」
大沢社長が拳を振り上げて彼女の名前を叫ぼうとした瞬間に、彼女が大沢社長の言葉を掻き消す様に言い放ち泣き崩れてしまった。
唖然とした大沢社長は拳を振り上げたままの姿勢で腰を抜かした様に椅子にストンと座り込んで、狐に抓まれた様な顔をして口をポカンと開けていた。
営業部長に『社長!』と呼ばれ活を入れられて大沢社長は直ぐに我を取り戻した。
流石とも言うべきか海千山千の兵だけの事はある。
直ぐに切って返してきた。
「謀ったな、うちの社員がそんな事をする訳が無いだろう。熊谷、貴様か?」
「この件に関しましては私が説明しましょう」
その声を聞いて私の視線は会議室の入り口に釘付けになった。
聞き覚えがあるなんて声じゃない。
でもそれはそこには存在しない筈の人の声だった。
そして……男の人が姿を現した。
私より少しだけ背が高く難しい茶系のスーツを着こなして落ち着いたいぶし金とも言えばいいのかそんな色のネクタイを締め。
髪の毛は綺麗に後ろに流されスーツと同系色のメタルフレームの眼鏡を掛けている。
ちょうど1年前に私の前から姿を消してしまった誰よりも大切なその人は、やつれている感じはしないけど少しだけ痩せた気がする。
会議室を静寂が包み。
一同が息を呑んでいる。
オルガさんの隣に立つ男は私が会いたいと心から望んでいる瑞貴君本人だった。
でも瑞貴君からは営業1課に居た頃のフレンドリーさは微塵も無く、私に気付いているはずなのに見向きもしなかった。
もう瑞貴君の中では終わってしまった事なのかもしれない、そんな不安が過ぎると花ちゃんに肘打ちされ香蓮さんには睨みつけられてしまう。
今は何も出来ないけれど真っ直ぐに向き合いなさいと言われている気がした。
落としそうになった視線を上げて瑞貴君の僅かな変化を見落とさない様に見続けた。
「君は確か藍花商事の営業1課に居た野神君だろう、やはり藍花が」
「まだ、ご自分の身が可愛いですか?」
「しかしだね。君は藍花の社員だったじゃないか、こんな所にノコノコ現れて何をするつもりなんだ?」
「今、僕は『N.O.E.L』の創設者としてここに居るのです。そして全てのセキュリティーのベースを創ったのは僕です。信じられないのなら今すぐにここで証明して見せますが」
「もう回りくどい事は沢山だ。核心だ、核心だけを掻い摘んで話してくれ」
「判りました。実は藍花商事の秘書課のパソコンには『N.O.E.L』が極秘裏に開発した未発表のソフトを潜りこませてあったのです。名目はファイル管理ソフトとして、これは藍花には一切関係なく私の自己責任で行ないました」
瑞貴君の言葉に香蓮さんも花ちゃんもそして私も驚きを隠せなく顔を見合わせてしまった。
確かに瑞貴君に使ってみてと言われた管理ソフトは自分のパソコンで使ってみると、とても使いやすくファイルの検索も楽に出来てとても便利だった。
そんな理由で香蓮さんと花ちゃんに薦めて半ば強引に使ってもらっていた。
あのソフトが極秘裏に開発していた物なんて知らなかった。
「そんなファイルを管理するソフトなんて何処にでもあるだろう」
「そうですね。表面上は『N.O.E.L』が推奨している当社のファイル管理ソフトと同じ物ですから。しかし今までのソフトはファイルを管理するだけのものだった。しかし開発した物はファイル自体に隠しコードを付けてファイルの移動先を知ることが出来るのです」
「それはつまり通し番号のような物でファイルが移動した先のパソコンが判ると?」
「はい、紙にプリントアウトして持ち出して移動させない限りですが。昨今ではプリントアウトすること自体珍しい事で大きな企業の会議などではパソコンを使って会議を進めパソコンで資料を見るなんて事が多くなって来ていますよね」
「まぁ、うちの会社もそうだが」
「では、漏洩したファイルを探した結果を皆様にお見せしましょう。ビショップ」
「サー!」
明らかにオルガさんの時とはエフィの受け答えが全く違う事に驚いた。
直ぐに会議室の証明が落ちスクリーンに藍花商事のネットワークされているパソコンの構図が出てきて秘書課のパソコンだけがピンク色になっている。
「これが藍花商事のパソコン全てのネットワークで色が付いている箇所が問題のファイルがあった場所です」
「おかしいじゃないか? 藍花だって社内で情報は共有しているはずだろう」
大沢社長の疑問はもっともなことだと思う。
ファイルは殆ど移動していないけど…… 直ぐに瑞貴君が補足を加えた。
「これは秘書課以外が例のソフトを使っていないと言う事です。つまり秘書課からファイルが流れれば他の社内のパソコンに同じ様な表示が出ると言う事です」
「それは藍花では秘書課からのファイルの移動は無かったと」
「その通りです。ルーク」
「ヤァ!」
今度はルイスさんが住倉社内のネットワークの構図をスクリーンに投影させている。
住倉社内のネットワークは藍花のものとは違いとても判りづらい構図になっていた。
恐らく藍花と違い繋がっていればいいという感じなのだろう。
そんな所に経営者の考え方の違いが見て取れる。
そして、2箇所に藍花の秘書課と同じ様にピンク色になっている箇所がある。
「そんな馬鹿な」
「これがどう言うことかお解かりですか? 漏洩したファイルと同じ物が住倉商事内のパソコンから見つかりました。今回は怪我の功名か僕が忍ばせたソフトを使用して居た秘書課から持ち出されたファイルだったので直ぐに判明しました」
大沢社長の体から力が抜け肩をガックリと落としている、住倉の秘書課の女の子がファイルを持ち出した事が証明された瞬間だった。
「それではすべての報告書をお2人の経営者にお渡しします。私共は自社の身の潔白を示す為に調査をしました。公開するも内々に処理するも全て貴社にお任せいたします。クィーン」
「イエス!」
瑞貴君いや野神君に言われてオルガさんが代表と大沢社長の前にファイルフォルダーを置くと直ぐに大沢社長はファイルを開いた。
そこには恐らく持ち出した彼女がファイルを確認する為に秘書課の自分のパソコンで開いてから誰に渡したのかが記載されているのだろう。
でもその先は私達には知る由も無かった。
再び頭上でタービン音が聞こえ初めて野神君がヘリコプターでここに現れたのが判ると同時に別れの時が告げられた事が理解できた。
「ナイト、タイムアップです」
「OK!」
ほんの僅かな瞬間だったけれど私の中ではスローモーションの様にゆっくりと見え.
そして見逃さなかった。
野神君は私達のほうも見る事もなく立ち上がり入り口に向かい歩き出す。
その瞬間に見えた表情には今までの精悍さは無く、唇を噛み締める様にした哀しそうな表情がそこにあった。
でも、私は立ち上がる事も出来ず野神君を見送る事しか出来ないで、頭の中が真っ白になってしまい周りの音もフェードアウトしていく。
オルガさんが何かを代表に言っている。
それに応えるかのように代表がこの場を締めくくって皆が退席し始める。
誰かに声を掛けられて気が付くと香蓮さんと花ちゃんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。
「凛子、大丈夫なの?」
「はい、すいません」
「もう、凛子さんは。オルガさんが話しかけているのに何にも反応しないんだから」
「えっ、すいません。オルガさん」
「ノー、謝るのはこちらです。実は住倉側がファイルを持ち出しリークしたのは初期の段階で判明していたのです」
オルガさんの言葉に香蓮さんも花ちゃんも驚いてオルガさんを見上げていた。
私自身も唖然としてオルガさんを見ることしか出来なかった。
「どう言う事なのですか? ミス オルガ。報告を遅らせた真意をお聞かせ願いたい」
「ナイトの調整が付かなかったのです」
「それと何の関係が?」
香蓮さんが毅然とした態度でオルガさんに対して真っ直ぐに向き合っている。
オルガさんはそんな香蓮さんの真摯な態度に折れたようだった。大きく息を付いて話し始めた。
「『N.O.E.L』はUSAに万全に近いセキュリティーを提供しその見返りとして共同で技術開発を行なっています。そしてナイトはそのセキュリティーの基礎を作り上げた人間でキーマンなのです」
「つまり彼1人で世界中を混乱に陥れる事が出来ると?」
「そんな事はさせるつもりはありませんし、ナイトは決してそんな事をしないのは皆さんの方が詳しいのでは。しかし世の中には絶対と言う言葉はありません。現にナイトは命を狙われました」
「もしかしてペンタゴン絡みの飛行機事故ですか?」
「ご存知なのですね。迂闊でした、会社を立ち上げる時にインパクトが欲しいので簡単なプロフィールを紹介したのです。日本人が世界を席巻するだろうセキュリティーを作り上げたと。そしてテロがおきてしまった。そのテロに乗じて一切のプロフィールを抹消して彼の存在自体を消し去りました。そしてそれはナイト自身の願いでもあったのです」
「野神君の願い?」
「ナイトはテロで大勢の人が亡くなった事に非常に心を痛め、それが自分自身の所為で起きたと知るとセキュリティーシステムを全て無効にして自分自身もこの世から姿を消すつもりだったのです」
「そんな……」
瑞貴君が自ら命を絶とうとして居たなんて信じられなかった。
それに私の両親が亡くなったテロがあった時には瑞貴君は未成年だったはずだ。
「でも、既にペンタゴンにはセキュリティーシステムを採用する事を決定していて会社自体も動き始めていた。ナイトはある条件と引き換えに考え直してくれたのです。今後一切ナイトの生活に干渉しない事とナイト自身の生きた証と死んだ証を消し去る事。そうする事でこれ以上の犠牲を出す事とセキュリティーのキーを悪用される事が無いようにしたのです」
「それで野神君には人に言えない事が多かったのね。それを私達は無理に聞きだそうとしてしまった。なんて酷な事を」
香蓮さんとオルガさんのやり取りを聞いていて一つだけ疑問が浮かんだ、オルガさんは何故そこまで詳しい事情を知っているのだろう。
確か『N.O.E.L』の人間としか言っていなかった筈だった。
「あの、お聞きして良いですか? オルガさんはどうしてそんな事をご存知なのですか?」
「そうでしたね。まだお話していませんでしたね。私は『N.O.E.L』の代表です。そしてエフィもルイスも私にとって大切な仲間なのです」
香蓮さんも花ちゃんもオルガさんの顔を凝視して固まっている。
私も同じ様な顔をしているのだろう。
世界でも有数の大IT企業の代表が目の前で微笑みながらこちらを見ているのだ。
物々しい警護もそれならば頷ける。
そして瑞貴君が私にスペアーキーをくれた時に言っていた言葉を思い出した。
『まぁ、友達と言っても3人なんですけどね』
海外に友達が3人いると言っていた。
瑞貴君が『N.O.E.L』の創設者ならば答えは一つだった。
「もしかして『N.O.E.L』って」
「私達の名前の頭文字です。ナイトの場合はファーストネームではないですけれどね。それは彼のファーストネームの発音が難しいからで今はナイトを示すNです」
「でもナイトはKでは」
「チェスではキングと混同しない様にNで表すのです。あなたには私達の出会いも話しておいた方が良いですね。私とルイスはマサチューセッツ工科大学でナイトと出会いました。そしてエフィとはイギリスのケンブリッジ大学で出会い。ナイトとアメリカで再会した時に面白い奴がいるとエフィを紹介され『N.O.E.L』の4人が出会ったのです」
「マサチューセッツにケンブリッジって名門中の名門じゃない。のっちって一体何者なの?」
花ちゃんが驚くのも当然だった、確かに海外の大学に居たとは言っていたけれどそんな凄い大学に居たなんて私でも信じられなかった。
「そんなに驚く事ですか? ナイトは天才的なハッカーで私達の憧れです。それでは話を元に戻しましょう。ナイトは日本で平凡な生活を望みました、しかしペンタゴンはそれを認めようとしなかった何かの保障が欲しかったのです。その為に私達と繋がりを持ち続けることを望みました。そしてその方が私達にも都合が良かった。新しいソフト開発やセキュリティーに問題が発生した場合に早急に対処する為にはナイトが必要不可欠だったのです。ナイトが日本で生活するにあたりあのマンションを我々が提供したのです。それは常に監視される事を意味します、ナイト自身もそれは仕方が無い事だと了承していました」
「そんな監視だなんて」
「酷いですか? ナイトはキーマンだと言った筈ですよ。ナイトは自分自身の立場を一番理解している人間です。もちろん万が一の場合の責任の取り方も。ですがナイトは今回の査問では何一つ弁解しようとしなかったので身柄を解放されるまでに時間が長引いてしまった」
「もう一つだけ聞いても良いですか? 何故そんな世界的に有名な大企業の代表が日本の一企業の情報漏えい問題に係わってきたのですか?」
「全てナイトの指示です。ですが一つだけナイトの指示に逆らいました。本来ならナイトがここに来る予定はありませんでした」
「それじゃ何故……」
「あなたの顔を見て気が変ったのです。ミス イチノセ」
「私の顔って私はあなたとは初対面で」
オルガさんが何を言っているのか良く判らなかった。
ただ涙が溢れそうになるのを堪えるので精一杯だった。
瑞貴君は私の事を庇い続けた為に拘束されていた、そして今回の情報漏えい事件に関してもそうだ。
全て私の為に?
でもそんな事で『N.O.E.L』なんて大企業のトップが動くなんて信じられなかった。
するとオルガさんが私の目の前に2体の可愛らしいぬいぐるみを差し出した。
そのぬいぐるみはリスか何かを擬人化した様な動物の耳を着けたような可愛らしい男の子と女の子のぬいぐるみだった。
「私からのプレゼントです」
「これは?」
「私達の会社のキャラクターのエルダーとジュンです。ご覧になった事は無いのですか? 当社のソフトやホームページの案内役をしてもらっています」
「これが何か?」
「このキャラクターはナイトがデザインしました。まだお解かりになりませんか? お隣のお二方はお解かりの様ですが」
私が驚いて隣を見ると香蓮さんも花ちゃんも呆れきった様な顔をしていた。
香蓮さんにいたっては頭を抱えるような仕草までしている。
「そんな顔をしないで下さい、香蓮さん」
「本当に凛子の鈍さには恐れ入るわ。花、離乳食ぐらいに噛み砕いて凛子に説明してあげなさい」
「離乳食って」
「本当に判らないの? 凛子さん。エルダーってどう言う意味なの?」
「エルダーは英語で年上や年長者?」
「それじゃエルダーに対してジュンと言えばなに?」
「ジュン? ジュニア? 年下ってもしかして」
「先輩、後輩でしょ。先輩に後輩って言えば誰の事なの?」
「私と瑞貴君?」
「そっくりでしょ、そのキャラクターってそのまんまでしょ」
花ちゃんに言われて男の子のぬいぐるみを見ると何処と無く瑞貴君に似ていた。
そして女の子のぬいぐるみを見ようとすると花ちゃんがいきなり女の子のぬいぐるみの長い髪の毛をポニーテールの様にした。
「それって私?」
「良く似ているでしょ。それは会社を創設した当時にナイトが初心者や女性にも判り易くサポートする為に考えていた構想でナイトがデザインして採用されました。その時にモデルは誰かと聞いたらイギリスで出会った女の子だと」
「でも、それだけじゃ私だって」
「そうですね、ナイトも恐らくキャラクターの事は忘れているでしょう『N.O.E.L』から離れて久しいですから。でも私たちにとっては大切な存在なのです、このキャラクター無しでは今の『N.O.E.L』は無いのですから。そして今回、ナイトがアメリカに強制的に召喚された時にナイトが大切にしている一枚の写真を見る機会があったのです」
「それって……」
「その写真を見て驚きと同時に確信したのです。この女の子がイギリスでナイトが出会った女の子でナイトの何よりも大切な人だと」
「それじゃ……」
「『ガイア』がシステムチェックの依頼を受けた時に『N.O.E.L』にも簡単な報告が来た時に驚きました。ナイトが日本で勤めていた会社だったので、そしてチャンスだと思いました、あなたと出会うね」
「瑞貴君の指示と言うのは……」
「それは嘘ではありません。私がチャンスだと思うより先に日本に向うように指示を出していましたから」
瑞貴君がどうしてそんな指示を出したのかオルガさんに聞くと判らないとの事だった。
まるで瑞貴君が住倉との合同プロジェクトの事を知っていたのではないかと言う疑問が頭を過ぎった。
でも、それは不可能に近いことで。
すると会議室の入り口から声が聞こえた。
「俺が野神と連絡を取り合っていたからです」
「一弥?」
「藤堂君、あなた……」
「黙っていてすいません。別に野神から口止めをされていた訳ではないのですが後の事は頼むと言われ。野神自身の口から伝えるべきだと思っていたので」
「それじゃ、藤堂君は野神君が何処にいるのかも知っていたのね」
「携帯でやり取りしていたので詳しい場所までは判りませんが、住倉との合同プロジェクトの話が持ち上がった事を話すと野神は心配していましたから」
「一弥、それはどう言う事なの?」
「住倉の中原は一番食えない男です、秘書課がらみで何度も野神に煮え湯を飲まされている。そして藍花から野神が居なくなり合同プロジェクトの話が持ち上がった。住倉自体も藍花に遅れを取り後手に回っている。それを一発で逆転させる事が出来るとしたらどうしますか?」
「もしかしてそれが今回の?」
「そう、プロジェクトに影響が無い程度に情報を漏洩させる。それも藍花商事の秘書課内部から」
「でもそれはあくまでも藤堂君の仮説じゃないの? 誰が漏らしたか今回の報告では代表と大沢社長にしか知らされていない事よ」
「仮説じゃありません。情報漏えいの件に関しては俺では手に負えないので野神に任せました。でも俺なりに出来る事があるんです」
「一弥! 一体何をしたの?」
花ちゃんが藤堂君に喰って掛かっている。私が瑞貴君を大切に思うように花ちゃんも藤堂君の事をどれだけ大切に思っているのかが良く判る。
「秘書課の事を嗅ぎ回っていた谷野を締め上げました」
「何て事をするの!」
「駄目!」
涙を浮かべながら花ちゃんが藤堂君に手を上げようとして思わず叫んでしまった。
「凛子さん?」
「駄目だよ、花ちゃん。藤堂君は守りたかったんだよ、花ちゃんの事を。花ちゃんの事が大好きだから。藤堂君も無茶しちゃ駄目じゃない花ちゃんが不安になるでしょ」
2人を見ていて今気付いた。
どれだけ瑞貴君に守られ、どんなに深く愛されていたのか。
それなのに私は……瑞貴君を守ってあげるどころか傷付けてばかりいたんだ。
1年前に枯れてしまったと思った涙が溢れ出てくる。
もう手遅れなのに……
「一ノ瀬凛子! いい加減にしなさい。いつまでグズグズしているつもりなの? 侍なら侍らしく覚悟を決めなさい。瑞貴君に失礼でしょ! 彼はあなたの為に人生すら投げ出すつもりでいるのよ。あなたはどうするのはっきりなさい!」
「私は瑞貴君と一緒にいたい。でも」
「でも、なんなの? 何処に居るのか判らない? そんな所に座ったままで探しもしないで諦めるつもりの? 瑞貴君はあなたがマンションを飛び出した時にどうしたかしら」
霙が降りしきる中、大怪我を負ったまま当ても無く探し続けてくれた。
気が付くと香蓮さんに後押しされるように私は会議室を飛び出していた。