#11-2.超クール!
暑い季節がやってくると住倉とのプロジェクトも形になりつつあった。
そんな時期に藍花商事のコンピューターセキュリティーを万全に期す為に大手の日本代理店だと言う『ガイアシステムサポート』という会社から1人の男がやってきた。
イギリス生まれの男性という事だけで社内では一時話題騒然となったけど、実際はフレンドリーで軽そうな感じがする紳士とはかけ離れたエフィと言う赤毛の男性だった。
社内ではTシャツにジーパンとスニーカー姿でブラブラしているだけで仕事をしているようには見えず。
彼専用の部屋に篭っている時以外は女子従業員に誰彼構わず声を掛けていた。
不思議な事にその事に関して代表が何も言わない事で、従業員は不可解に思っていても代表が認めているのならば仕方が無いと思っているようだった。
「ミス イチノセ。食事にでも行きませんか?」
「エフィ、私は済ませたばかりです。それに御自分の仕事は大丈夫なのですか?」
「問題ないです。この会社は『N.O.E.L』を使っているじゃないですか」
「それをチェックするのがあなたの仕事でしょ」
「していますよ、ちゃんと。僕が何もしていないという事が安全だと言う証拠です」
「私は仕事があるので」
「超クール! ミス サムライね」
住倉から藍花に来ている谷野君の話では住倉にも同じ『ガイア』からアメリカ人のスタッフが来ているとの事だった。
そして住倉でもその男を問題視する動きがあると教えてくれた。
そのアメリカ人はルイスと言い体格が良く大きな男の人らしい。
常にダーク系のスーツに身を包み堅物を絵に描いたような人物でセキュリティーの事に関しても一切報告があがってこないので、上層部が直接掛け合うと自分のボスから連絡があるの一点張りで融通が利かず困っているとの事だった。
もしかして『ガイア』はろくでもない会社なのかもしれない。
住倉とはお互いの情報を共有しているので同じ『ガイア』を使いセキュリティーをチェックする必要があるのだろう。
それでも派遣されてきたスタッフの人間性は疑ってしまう。
香蓮さんが使える物を総動員して『ガイアシステムサポート』を調べ上げた。
それでもコンピューターセキュリティーを掲げているだけあってIT関連企業の中でも群を抜いて気持ち悪いほど完璧に近い会社だと言う事しか判らなかった。
涼しい風が都会にも吹き始め、もう直ぐ瑞貴君が私の前から姿を消してから1年が訪れようとしていた。
私は必要最小限の荷物だけを瑞貴君のマンションから持ち出し会社からは少し遠くなってしまったけれどアパートで1人暮らしを始めていた。
1人暮らしなんて変な言い方かもしれないけれど、このアパートに引っ越すまでは毎晩の様に香蓮さんか花ちゃんが泊りに来てくれた。
引っ越しを考えたのも2人にこれ以上迷惑を掛けるのが嫌だったからで、それでも荷物はかなり増えてしまい生活が出来るだけの物しか運び出さなかった。
増えた荷物は瑞貴君と一緒に買った物が殆どで運び出す事が出来なかったのが本当かもしれない。
秘書として情報収集は欠かせない事で出勤前に経済新聞から主要な新聞記事には目を通し朝一番のニュースを見ることも欠かさなかった。
そしてその朝も……
テレビのスイッチを入れて自分の目や耳を疑ってしまった。
『藍花商事と住倉商事の合同プロジェクトの情報一部漏洩か? 来春のプロジェクト開催遅延も』
慌てて未だ目を通していない新聞を握り締めてアパートを飛び出して会社に向った。
会社に着き従業員通用門に向うと取材陣が大挙して詰め掛けている。
出勤する従業員の表情は強張り1人として口を開く者は居ない。
秘書課へと急ぐ。
社内では電話が鳴り響き対応に追われている。
従業員は右往左往して上へ下への大騒ぎになり混沌としていた。
秘書課に行くと既に香蓮さんが動き回っていて直ぐに花ちゃんも出勤して来た。
「私が代表に付くから凛子と花はフォローしなさい」
「「はい」」
漏れた情報がプロジェクトの触りの部分である一部が漏れただけでプロジェクト自体には直接影響が無く、しばらくすると目の回るような速さで情報が行き交う世間では既に過去の事になろうとしている。
それでも会社としては重大な事で起きてはならない事が起きてしまった。
もしこれが最機密の情報ならば藍花商事はこの世から消えていただろう。
そして情報漏えいの矛先がセキュリティーをチェックしていた『ガイアシステムサポート』に向いたのは必然だったのかもしれない。
こんな事が起きないようにするのが『ガイア』の最優先事項なのだから。
社内でもエフィの姿は殆ど見かけなくなり部屋に篭りっきりの様で、住倉のルイスは石像の様に仏頂面になり相変わらず一言も口を聞かずある意味においてエフィと同様なものだった。
『ガイア』の本部から藍花商事へ1通の書面が届いたのはそれから直ぐの事だった。
何故だか秘書課の3人が代表の執務室に集められていた。
「今回の騒ぎでは迅速に対応してもらって君達には本当に感謝している」
「あの、代表。何故、私たち3人が集められたのですか? お礼を言う為と言う雰囲気ではなさそうですが」
香蓮さんが代表にそう告げると、デスクに座っていた代表の表情が険しくなり溜息を付きながら重い口を開いた。
「まだ、調査段階でこんな事を言うのは時期尚早なのだが、私は社の者が情報を漏洩したなど考えたくもないし疑う事もしたくない。だが『ガイア』の出した見解はそうではなかった」
「それは私達従業員の誰かがと言う事ですか?」
「そこまでは未だ判っていない。ただ漏洩した場所の報告が届いた」
「何処なのですか?」
すると私達の目の前に代表が一枚の書面を差し出した。
それは『ガイア』から送られてきた報告書だった。
文面には調査中と書かれていたが報告書を見て全身からあらゆる物が引いていくのが判り立っているのが精一杯だった。
「そんな」
「あり得ないでしょ」
「秘書課から……」
花ちゃんの言葉通りあり得ない話だった。
秘書課の3人が漏洩するはずも無く藍花の秘書課と連携を取っている住倉の秘書課の人とは良い関係で疑う余地は無かった。
「君達を疑っている訳では無いんだ。しかし報告書は秘書課のパソコンから情報が持ち出された疑いがあるとしている。どう言う理由でそこまで判るのかは私にも判らない。しかし、こんな結果が出てしまった。社内でもこの事を知っているのは私と君達だけだ、くれぐれも周りに気取れない様にして欲しい」
「判りました。今後の事は調査待ちと言う事で宜しいのでしょうか?」
「そうだね。近々に住倉とガイアを含めて報告と処置を決める事になるだろう」
「失礼しました」
深々と代表に頭を下げて執務室を後にする。
藍花の代表故の対処なのだろう、他の会社なら会議に掛けられて直ぐに処罰されるだろう。
それをしないのは代表が私達を信頼してくれている証なのだろう事が良く判る。
それでも秘書課から情報が漏れた事は事実で隠し様の無い事だった。