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#7-4.でも、気持ちいいね

墓参りを済ませて屋敷に戻ると相変わらず藤堂はゴロゴロしていて、双葉さんと御手洗さんは縁側でお茶を飲んでいた。

「あちゃ、50年後を見ているみたい」

「もう、そんな事を言うと怒られるよ」

冗談を言うと一ノ瀬さんに怒られた。

「どこにも行かないんですか?」

「花と藤堂君には車で出かければって言ったのよ」

双葉さんの後ろで御手洗さんが必死に両手で×印を作って首を横に振っていた。

「双葉さんはどうするんですか?」

「私はここで良いわよ、どうせ50年後と同じ姿でしょうから」

聞こえていたらしい、どこまで地獄耳なのだろう、とりあえず笑って誤魔化した。

「あ、はははは……しょうがないなぁ、海にでも行きますか? せっかく沖縄の離島に来たのに泳がないなんてもったいないですからね」

「でも、水着しか持って来てないわよ」

「うちは一応、宿ですよ。シュノーケリングのセットからシーカヤックまでご準備しています」

「それじゃ、着替えて集合ね」


30分後、着替えを済ませて三番座に居ると寿美子ネェが顔を出した。

「あぃ、海に行くね。間に合ったさぁ、はい、島じょーり」

寿美子ネェが袋から取り出したのはカラフルな島ゾウリだった。

紫、ピンク、グリーン。それに定番の赤・青・黄色。

「へぇ、最近はカラフルだね。俺が知っているのは定番の3色だけど」

「最近はナイチャーにも人気サーネ。おばさんも儲からせてもらってるサー」

寿美子ネェが一人一人に渡し始めた。

「うわぁ、可愛い。名前が彫ってある」

「私のは亀も彫ってある」

「素敵な、ビーチサンダルですね」

藤堂は相変わらずゴロゴロしていた。

「寿美子ネェは器用だからね」

「ええ、これって寿美子さんが彫っているんですか?」

「あぃ、そうよ。でも、始めは瑞貴ぃに教えて貰ったサー。泊ってくれたお客さんにョ、あげると喜ばれるサーネ」

「ありがとうございます」

「凛子ちゃんの柄は瑞貴ぃとお揃いだからョー」

一ノ瀬さんが赤くなって俯いてしまった。

「俺、道具とって来るから」

そう言ってどつぼに嵌まる前にその場を逃げ出して裏にある納屋に向った。

そしてシュノーケルセットやビーチパラソルを準備して庭に戻る。

「行くよ」

「「「はーい」」」

藤堂の返事が無く、見るとまだ眠っていた。

「藤堂! 行った!」

そう言ってビーチパラソルを藤堂の腹を目掛けて投げた。

「げっふぉ! うぅぅぅぅ……」

「死んだか?」

「死ぬわ! ボケ!」

藤堂がビーチパラソルを振り上げると秘書課の3人が大笑いしている。

「クソ、面白くない!」

「腐るなよ、海に行くから荷物持ちを手伝え」

「仕方が無い」

渋々、藤堂が起き上がりパラソルとシートが入ったバッグを持った。

人数分のシュノーケルセットを持って10分程歩きビーチに向って細い道に入る。

「瑞貴君、重くないの? 手伝うよ」

「じぇんじぇん、お客さんに荷物持たせたらおばぁに叱られるもん」

「でもさぁ」

「宿主は俺だからね」

草むらを抜けるとそこには碧い海と白い砂浜が広がっていた。

「凄い、綺麗……」

「うひゃ! こんな海初めて」

「こんなに綺麗なのに誰も居ないなんて不思議」

三者三様の驚きの声が上がった。ビーチには木陰が無いのでパラソルを立てて飛ばされないように固定する。

「日差しが強いのでちゃんと日焼け止めを塗ってくださいね。あまり焼きたくない人はパラソルの下に居た方が良いかも」

「OK!」

「藤堂、フリスビーしようぜ」

「俺は寝る」

「そんな所で寝ていると『背中に日焼け止め塗ってね』なんて格好の餌食になるぞ」

俺がそう言うと藤堂が慌ててパラソルから飛び出してきた。

双葉さんが悔しそうな顔をしていた。

「野神君って会社に居る時と全然違うのね。まるで子どもみたい」

「ハーフパンツの水着にTシャツだからかなぁ?」

「凛子さん、そうじゃなくてお子様なの」

「でもね、花ちゃん。凄く大人っぽい時があるんだよ。頼れるって言うかいっぱい甘えさせてくれるの」

「それってお惚気?」

「はうぅ……」

ぷしゅーーと音がして凛子は真っ赤になってしまった。

「でもなんだか伸び伸びしているわね。あれが野神君の自然体なんでしょ」

「のっちって一人っ子なのかなぁ」

「あのね、妹さんが居たって美紅ちゃんって言う名前の。でもお母さんと事故で亡くなったって、お墓参りに行った時に教えてくれたの。未だ思い出すと辛いって、そして引き取られたお父さんの家にも妹さんと同い年で一字違いの妹が居るって」

「そ、それって……」

「お父さんも再婚していてって事なのかしら」

「そこまでは聞けなかったです」

「複雑なんだ、のっちの家は」

「うん。何だかね、瑞貴君の過去って辛い思い出ばかりなんだなって。おばさんも言ってた、お婆ちゃんもおばさんも肝苦しいって」

「チムグルしい?」

「うん、心が苦しいって意味だと思う。締め付けられるように」

「これからは凛子が楽しい思い出を作ってあげないとね」

「はい」


藤堂とフリスビーを投げ合う、久しぶりに走り回って喉がカラカラになっていた。

するとナイスタイミングでクラクションの音がした。ビーチの入り口を見ると寿美子ネェがクーラーボックスを持っている。

「瑞貴ぃ、置いておくからよ!」

「うん、ありがとう」

俺が手を振ると寿美子ネェがクーラーボックスを置いた。

「昼はどうするネェ? ソバでも持って来るサーネ」

「お願いね!」

寿美子ネェに返事をすると、藤堂の声がする。

「のっち! 行った!」

振り返ると目の前にフリスビーが飛んできた。

右足を1歩引きながら右手でキャッチして、そのまま体を回転させて投げ返す。

フリスビーは藤堂の遥か頭上を飛んでいく。

「野神! どこに投げているんだ」

腰に手を当てて仁王立ちして叫んでいる藤堂に向って叫んだ。

「フォアーー」

「なんだ、ゴルフのOBじゃあるまいし」

俺が片手を突き上げると同時に藤堂の後頭部にフリスビーが直撃した。

フリスビーは角度を着けて投げるとブーメランみたいに戻ってくる投げ方がある。

「てめぇ! 狙ったな」

「ちゃんと教えただろ!」

藤堂が血相を変えて追いかけてきた。

パラソルでは3人が腹を抱えて笑っていた。


クーラーボックスをパラソルに運んでジュースを取り出す。

「ぷっふぁ~ 染みる。炭酸の逆襲だ!」

「のっちって本当に子どもみたいだね」

「御手洗さん、別に良いじゃん。俺達以外は誰もいないんですよ、畏まる必要も無いし。誰かに気を使う必要も無いんだし」

「そうね、だからあの宿も長期利用者が多いのかも。私達も楽しみましょう。でもラブラブは控えめにね。花」

「うひゃ、言われちゃった。ラブラブなんてしてないのに!」

御手洗さんが我関せずの藤堂をチラッとみて拗ねていた。

「お手て、繋いで。公園を行けぇばぁ♪」

「の、のっち、まさか……」

「新宿御苑だったけなぁ、違うや。あれは国営昭和記念公園だ。会社からも離れているし絶好のデートスポットだもんね」

「あんた、どこまで……」

「楽しかったよね、凛子さん」

「うん、池でボートにも乗ったしね」

「そ、それ以上は駄目!」

御手洗さんが真っ赤な顔をして追いかけてきた。

一ノ瀬さんは訳が判らないのかポカンとしていた。

「凛子、あなたは見なかったの?」

「何をですか?」

「そっか、凛子は野神君しか目に入ってなかったんだ」

「あぅ……」

一ノ瀬さんが真っ赤になった。

「しかし、藤堂君。君はなんでそんななの?」

「双葉さん、自分は暑いところが苦手なんです。海よりも涼しい山が好きなんです」

「それで、別荘を借りようとしていたんだ」

「…………」

藤堂がうな垂れて倒れこんだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、あちっいい」

「逃げ回るな、のっち」

「もう、許してください」

「許さねぇ、どこまで知っているか吐け!」

御手洗さんに首根っこを押さえ込まれた。

「御手洗さんが知らない事も知っていますよ」

「はぁ? 良いから言いなさい!」

「藤堂が高原にある専用露天風呂付きの貸し別荘を予約しようとしていた事」

「へぇ?」

「誰と行こうとしたんですかね? 温泉が好きで山好きな御手洗さん」

御手洗さんの体から力が抜けて座り込んでしまった。

「のっち、それは本当なの?」

「ええ、パンフレット集めて必死だったんで少しアドバイスをしたけど、結局ここに召集されちゃって腐っていますけどね」

「し、知らなかった」

「あいつは、沈着冷静に見えるけど、本当は熱い奴なんです、感情を表に出すのが苦手なんでしょうね」

「私、なんだか自信が無くて」

「ファイトですよ。藤堂はちゃんと見ていますから」

「ありがとう」

「それと、あいつは暑い所が苦手ですからね」

「うん、それは知ってる」


パラソルに戻ると藤堂は横になっていた。双葉さんに何か言われたのだろう。

「野神君、ほったらかしで良いのかしら?」

「何をですか?」

「り・ん・こ」

「放っておいている訳じゃないですよ。目がキラキラとして楽しそうじゃないですか」

「そうね、子犬みたいな顔しているものね。思いっきり尻尾を振って」

「あはは、海で泳いで来まーす」

調子が狂うなぁ、みんなの前で声をかけたりするのが照れ臭くって仕方が無く海に走り出した。

「はぁ、大胆なんだか初心なんだか。凛子、のっちと遊んできなさい」

「はーい!」

一ノ瀬さんの声で俺が振り返ると白いTシャツを脱いで走ってきた。

一ノ瀬さんの水着は黒のビキニで胸元とスカートに白いレースがあしらわれていて大き目のリボンがついていた。

初めてみる水着姿に後ろにひっくり返りそうになる、かなりボリュームのあるバストだった。

思わず海に頭から飛び込んだ。

「ぷはぁ、気持ち良い」

「瑞貴君、待ってよ」

「おいで」

両手を広げるといつもの笑顔で海に飛び込んできた。

「しょっぱい!」

「海の水だからね」

「でも、気持ち良いね」

「でしょ、最高の気分転換だよね」

「うん」

「ねぇ、先輩。近くない?」

『おいで』と言ったものの水着姿での至近距離はギガトン級の破壊力だった。

「うぅ、いつも一緒に寝てるのに」

「いや、ここは海だし。それに……」

「ああっ、後輩君のエッチ!」

一ノ瀬さんが胸を隠した。

「いや、だって気になるでしょ普通。俺だって一応男なんだから」

「もう、馬鹿」

「拗ねた顔も可愛いですよ」

そう言って軽くキスをした。

「な、な、何を馬鹿なんだからぁ!」

「ここまでおいで」

浅瀬をザブザブと逃げ出すと追いかけてきた。

パラソルの方に目をやり御手洗さんにアッカンベーをする。

『ブチッ』と何かが切れた様な音が……

「藤堂君! 泳ぐよ!」

御手洗さんが藤堂の手を無理矢理引っ張りこちらに向ってきた。

「えぃ!」

そんな声がして腰の辺りに軽い衝撃を感じると、一ノ瀬さんが飛びついてきて海に倒された。

「捕まえた。お姉さんをからかってはいけません」

「ふふふ、はい」

「何が可笑しいの?」

「可愛いなって」

「もう、私の方が年上なのに」

するとザブザブと直ぐ横で水の音がした。

「はい、そこ邪魔、どいてどいて」

「御手洗さん……ゴボッ!」

御手洗さんの突き刺すような視線が振り下ろされた瞬間。御手洗さんの足も俺の腹の上に振り下ろされた。

海に沈められて起き上がろうとすると今度は藤堂に踏みつけられた。

「げふぉ、げふぉ。死ぬ……」

「大丈夫?」

「大丈夫よ、のっちは殺しても死なないから」

藤堂を見るとサムズダウンをしていた。

御手洗さんと並んで海に入っていく。

「その先は……急に深くなっていますからね」

俺がゆっくりした口調で言うと御手洗さんの悲鳴が上がった。

「きゃー」

そして藤堂にしっかり抱きついていた。

笑顔でサムズアップする。

「のっち、覚えておきなさい!」

「逃げろ!」

一ノ瀬さんの手を取ってパラソルの方に駆け出した。


昼食は寿美子ネェが運んできてくれた宮南そばだった。一ノ瀬さんに手伝ってもらって皆にそばを配る。

どんぶりに入っている麺を一度出汁に通してから再びどんぶりに出汁を注ぐ。

具は平カマボコと細切りの豚肉に島ネギだった。

「うわぁ、美味しい」

「海でおそばなんて始めてだわ。でも、太目のラーメンみたい」

「瑞貴君、この出汁は?」

料理好きの一ノ瀬さんらしい質問だった。

「基本は豚骨に鰹出汁ですね。家によって割合は様々です豚骨が多めだとアジクーターになって、鰹が多めだとサッパリ味になるんです」

「お家でも作れるかなぁ」

「出来合いの出汁があるんでそれをいくつか混ぜて作ってもそれなりになりますよ」

「うん、でも本格的に作ってみたい」

「それじゃ、寿美子ネェに教えてもらいましょう」

「うん、ありがとう」

相変わらず、暑い所が苦手な藤堂は黙々と食べていた。


少し休憩して皆でシュノーケリングをする事になった。

波うち際で俺が講習しながら実演して少し練習してから海に入る。

「この辺の海は沖まで白い砂浜と点在する珊瑚があります。海の中は似たような感じなので遠くまで行かないで下さいね。助けませんよ」

「うぅ、本当に……」

「っな訳、無いじゃないですか。本気にしない」

「意地悪」

「はい、意地悪です。レッツ! ラ ゴー!」

あまり一ノ瀬さんと馬鹿をやっていると周りの視線が怖いので海の中へ誘う。

泳ぎに自信が無い人にはライフジャケットをつけさせている。

御手洗さんと一ノ瀬さんだけがライフジャケットを着けていた。

「うふふ、クリームソーダの中を泳いでいるみたい」

「いつ来ても綺麗だな」

周りを確認しながら一ノ瀬さんと泳ぐ、御手洗さんは藤堂の腕にしがみ付いたままだった。

双葉さんを見ると優雅に1人で海を楽しんでいた。


しばらく水中散歩を楽しんでいると何かが暴れているような音が水の中でした。

顔を上げると双葉さんが何かに驚いてパニックになっていた。

「藤堂!」

俺が叫ぶと藤堂も気付いて双葉さんに向って泳ぎ出した。

「凛子、これを持ってて」

「ええっ」

「大丈夫だからね」

「うん」

一ノ瀬さんを落ち着かせてマスクとシュノーケルにフィンを預けてクロールで双葉さんに向う。

途中で顔を上げると藤堂と目が合った、簡単に手で指示する。

藤堂が正面からゆっくりと、そして俺は潜水で双葉さんの背後に回った。

前から進んでくる藤堂に気を取られて双葉さんは俺に気付かなかった。

藤堂が手を差し出す、パニックになっている双葉さんが必死に手を伸ばした瞬間を見逃さず双葉さんの首に右腕を巻きつけた。

驚いた双葉さんが暴れる。

「動くな!」

耳元で叫ばれた双葉さんは体が硬直して俺の右手を両手で握り締めた。

双葉さんのマスクをはずすと過呼吸気味に呼吸が乱れている。

「もう大丈夫です。ゆっくり落ち着いて、吐いて、吸って、吐いて、吸って」

耳元で囁きながら落ち着かせると双葉さんの体から力が抜けた。

「何もしないで力を抜いてそのまま。浜に向います」

双葉さんの顎に腕を当てて顔に水がかからない様に後ろ向きで泳ぎ出す。

途中で一ノ瀬さんの方を見ると藤堂に連れられて御手洗さんとビーチに向って泳いでいるのが見えた。

背中に砂浜を感じて双葉さんを見ると体が恐怖で震えていた。仕方なく抱き上げて波打ち際まで運ぶ。

3人は先にビーチに戻って心配そうに見ていて声を掛け様としたので首を横に振って止めさせた。

双葉さんを静かに砂浜の上に座らせる。

「息苦しくないですか? 痛い所は無いですか?」

俺の質問に双葉さんは首を振り続けた。

双葉さんの瞳からは涙が溢れていた。

「少し驚いてパニックになっただけです。もう安心です。ね」

そう言いながら双葉さんの頭を撫でると泣き崩れて抱きついてきた。

不安がる子どもを落ち着かせるようにしっかりと双葉さんの体を抱きしめた。

ヒクッヒクッとしゃくり上げているが落ち着いてきた様子だった。

「あのね、海蛇が……」

「今は何も言わなくて良いですから」

「うん……」

しゃくり上げるのが納まった頃を見計らって藤堂に声をかけた。

「藤堂、頼む」

目でパラソルを見て合図をすると藤堂が双葉さんの腕を取って腰に手を当てて歩き出した。

藤堂の反対側で御手洗さんが双葉さんの体を支えていた。

「はぁ~死ぬかと思った」

力が抜けてビーチに倒れこんだ。

「瑞貴君、大丈夫?」

「駄目みたい」

「えっ」

「嘘です、凛子さんがキスしてくれたら元気になります」

「それだけ冗談が言えれば十分です」

一ノ瀬さんに言われて飛び起きた瞬間、視線が傾きその場に座り込んでしまった。

「瑞貴君?」

一ノ瀬さんの声に藤堂と御手洗さんが振り向くが手で『行け』と合図した。

「はははは……だっせぇ、今頃になって震えてきやがった」

掌を広げると有り得ない位に震えている、そのうち震えが全身に伝わり堪らず自分の体を抱きかかえて俯いた。

「クソッ、止まらねぇ」

不意に頬に手が当てられた。少し顔を上げると一ノ瀬さんが優しくキスをしてきた。

「馬鹿なんだから」

ふっと体から力が抜けて震えが止まり胡坐をかいて自分の体を抱きしめたまま横に倒れた。

「もう、ふざけないの」

そう言って俺の右手を引っ張り上げると一ノ瀬さんの動きが止まった。

見ると俺の右腕を凝視している。

一ノ瀬さんの視線の先にある俺の右腕には双葉さんが掴んだ手の後が痣になりそして爪が食い込んだ痕がくっきりと残っていた。

「火事場の馬鹿力と言うやつですよ」

立ち上がるとまだ膝がガクガク言っていた。

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫です、直ぐに治まりますよ」

なんとか安心させてあげたかったが体は正直だった。

足が動かない、膝に手を着いていると脇に一ノ瀬さんが手を差し込んで俺の腕を自分の肩にまわした。

「すいません」

「もう、なんでそんな事を言うの?」

一ノ瀬さんの肩を借りながら何とかパラソルの近くまでたどり着き横になった。

「野神、平気なのか?」

「なんも、なんも。久しぶりにマジで泳いだから体がびっくらこいただけ。双葉さんは?」

「だいぶ、落ち着いた」

「そんじゃ、一休みして撤収しますか」


蝉の鳴き声と優しい風の音と静かな波の音。

時が止まったように時間が流れていく。

クラクションの音で現実に引き戻された。

ビーチの入り口を見ると寿美子ネェが食器や道具を回収しに来ていた。

御手洗さんが食器ややかんを一ノ瀬さんがシュノーケルのセットを運んでいた。

「お、重い……」

「ほら、貸して」

一ノ瀬さんの手からメッシュバッグを受け取る。

「もう、大丈夫なの」

「平気だよ」

「でも、こんな重い物を持って来たの?」

「一応、男だからね」

メッシュバッグを寿美子ネェに渡す時に腕の傷に気付いて寿美子ネェが俺の顔を見た。

直ぐに笑い返すと何事も無かったかのように話しかけてきた。

「こんばんはBBQで良いね」

「OK! もう直ぐ帰るから」

「あいよ」

寿美子ネェは何かがあっても俺が笑顔で答えれば何も聞いてこなかった。

前に一度だけ理由を聞いた事がある。

「瑞貴ぃが笑顔なら、瑞貴ぃが答えをだした違う? それで良いサーネ」

そんな風に笑いながら言ってくれた。



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