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第7話 遠く離れる者

 「ガルちゃん、本当に済まなかったね。

 後でうちの莫迦娘には良く言って聞かせとくから、勘弁しておくれよ」

 エルミが大失態を演じた翌朝、ソル皇国民の義務である宮城遙拝の後、ガルはエルミの家で朝食をご馳走になっていた。


 もちろん、重度の二日酔いとなったエルミも叩き起こされ、遙拝に引きずり出されていた。

 だが、目の焦点すら合わないエルミはなんとか遙拝を済ませたが、朝食を取ることなど無理だった。遙拝の後、布団に這いずっていくことすらできず、三人で運んでいったのだった。

 ガルはそこで家に戻ろうとしたが、朝食くらい食って行けと言うエルミの父に引き留められていた。


「いえ、おばさん、大丈夫ですから。

 俺の方こそ、風呂に入れてもらうわ、泊めてもらうわ、服はおじさんのを貸してもらうわ、その上朝御飯まで」

 ガルは、さすがに湯上がりで深夜寒風吹き荒ぶ中帰すわけにはいかないと、エルミの両親に昨夜から引き留められいる。



 昨夜の悲劇は、幸か不幸かつまみを頼む金がそれほどなかったため、エルミの胃の内容物はほとんど液体、それも胃液だったおかげで、ガルの服は外套だけ洗濯すればよかった。

 すっかり眠り込んだエルミを母が始末し、その間に父が風呂を焚き直していた。いくら何でも娘が服を汚したまま帰せないと、ガルは半ば強引に外套を引き剥がされ、そのまま湯殿に押し込められてしまった。そこまでしてもらっては無碍に断るわけにもいかず、被害を受けなかったレグルに伝言を託して、その夜はエルミの家で厄介になっていたのだった。


 自宅とは違う味わいの味噌汁をすすりながら、ガルは昨夜のことを思い返していた。

 当然、思い返す内容はエルミの胸の感触であり、どうしても顔が赤くなってしまう。風邪でも引かせたかと心配するエルミの両親に、途轍もない申し訳なさを感じ、ガルは何とも言えない居心地の悪さに苛まれていた。



「ご馳走様でした。

 俺、そろそろ帰ります。

 エルミによろしく伝えて下さい」

 食うだけ食って帰るのは不躾とは思いつつ、エルミが起きてくる前にガルは逃げることにした。エルミに合わせる顔がない。ガルはそう感じていた。


「そうかい、エルミに謝らせたかったんだけどね。

 済まないね、ガルちゃん。

 レグルちゃんにも、そう言っといておくれでないかい」

 前掛けで手を拭きながら、台所から出てきたエルミの母が言った。


「試験前に、怪我でもされなくて良かったよ。

 ああいう娘だ。

 済まないが、少し気を付けてやってくれ」

 困り顔でエルミの父が言った。


「はい、すいませんでした。

 俺たちがもっと気を付けていれば、あんなことにはならなかったと思います」

 確かにエルミを止められなかった、ガルたちの落ち度でもある。


 エルミの父は自分たちに文句を言いたいのだろうと、ガルはそう考えていた。

 いくら幼馴染みであるとはいえ、嫁入り前の娘を前後不覚になるまで飲ませてしまったのだ。たまたま無事連れ帰れたからいいようなものの、傷ものにでもしていたら一生掛けても償いきれない。

 ガルは、後ろめたさも手伝って、素直に頭を下げた。


「そんな済まなそうな顔しなくても大丈夫だ、ガル。

 何かあったら、お前さんが嫁にもらってくれたらいいんだからな。

 お前さんなら、エルミに嫌はないだろう」

 あまりに深刻そうな顔に見えたのか、エルミの父はそう言って大笑いした。

 確信はないが、エルミの恋心に多少気付いていることもあって、ガルをからかってみたのだった。


「おじさん、からかわないで下さいよ。

 俺なんかじゃ、釣り合わないですって

 鍛冶屋と士官様じゃ」

 ガルは軽くかわして、食器を片付けようと立ち上がる。


「そのままにしといておくれ、気を使わなくて大丈夫だよ。

 今度ガルちゃんからも、言ってくれないかね。

 魔法ばかりじゃなく、少し一般教養の方も勉強しろって」

 エルミの母がガルを制止して、手早く食器を片付けながら言った。


 エルミの帝都行きは、家族総出で母を説得し切っていた。

 母は、エルミが初めて見せる真剣な表情に、ついに首を縦に振った。戦争に面と向かって反対できない、この時代の空気に飲まれてしまった部分もある。次兄の前で、その人生を否定するようなことは、さすがに言えなかったのだった。

 ご来光を拝みながら、母はエルミに帝都行きを許すと伝えていた。


 駐在から、エルミの魔法使用許可を取り付けたのは、母だった。

 人が居住する地域での魔法の使用は、書面での申請が必要だ。使用目的、行使する魔法の種類や魔力が発現する空間と時間を書式に従って文書を作り、周囲の居住者や土地所有者の同意書と併せて提出し、許可を得なければならない。

 ご来光の場に居合わせた駐在に、細かく話を聞き、新年際が終わるや否やすべての手続きを済ませていた。


 エルミは喜び勇んで難易度の高い魔法の習得に励んでいたが、一般教養の勉強は苦手だった。

 母はそれが心配でならず、ガルからも発破をかけて欲しいと言ったのだった。恋心を抱く相手の言うことであれば、年頃の少女には親が言うより聞くだろうと思ってのことだ。

 母は、娘の気持ちには、とっくの昔に気付いていた。


「はい、今度会うときには、よく言っておきます。

 それじゃ、ありがとうございました」

 ガルは、そう言ってエルミの家を逃げるように辞去した。




 帰る道すがらも、ガルが思い返すのはエルミの胸の感触のことばかりだ。

 それどころか、背負ったときに感じたエルミの匂いまで、鮮明に思い出している。酒臭い中に仄かに匂った若い女の香りに、ガルはまだ鼓動が速まるのを感じていた。



「ガル。

 ガルってば」

 すっかり葉の落ちた銀杏の巨木の陰から、エルミが声を掛けてきた。


「エルミ?

 どうしてここに?

 寝てたんじゃないのか?」

 どうしてエルミが自分を先回りできたのか、ガルには理解できなかった。


「抜け出してきたの」

 エルミが小さな声で答えた。


「なんで?

 また余計に怒られるような真似を」

 ガルは、今あまりエルミと顔を合わせていたくなかった。

 わざとそっぽを向いて、素っ気なく答える。怒っているわけではなく、どうしようもないほど気恥ずかしかった。


「怒ってない?」

 エルミは、ガルの振る舞いが怒りに因るものと思ったのか、いつもの快活さが影を潜め、なんとかガルの目を覗こうとする。

 だが、やはり気不味いのか、銀杏の巨木に隠れるようにしたままだった。


「いや、怒ってない。

 怒ってないよ、エルミ。

 な、だから、泣くな、エルミらしくない」

 覗き込んできたエルミから目を逸らそうとした瞬間、エルミが泣き出したのを見てガルは慌てた。

 自分の中の邪な考えを見透かされたように感じて、ガルは必要以上に慌ててしまった。必死になってエルミを宥めるが、怒っていないと否定する語気が強くなり、悪循環に陥っていた。


「ごめん、エルミ。

 俺、昨夜、エルミをおぶってるとき、尻触りすぎた。

 勘弁してくれ」

 ガルは、盛大に誤解していた。



 嫁入り前の娘がやらかすには盛大すぎる失態は、まる一日お説教の上に、間違いなく当分の間の外出禁止が言い渡される。

 それが解っていて家を抜け出してくるのは、怒り以外にないとガルは途中から勘違いした。エルミの涙はガルが怒っているというより、自身の怒りに因るものとガルは思い込んでいた。


「へ?

 そうなの?

 全然解らなかったわよ。

 そのことはあとで、じっくりと伺いましょうか、ガル」

 余りに意外な展開にエルミは呆気に取られ、思わず素っ頓狂な声が出た。


「え?」

 しまった、という顔になったガルが何かをいう前に、エルミは改めてガルの顔を覗き込んだ。


「嬉しかったの、ガルも帝都に来るって。

 やっぱり、寂しいもの。

 私、知らない人ばかりの中で、ずっとやってくのは不安なの。

 チェルには悪いけど、ガルが会えなくても、帝都にいてくれるだけで心強いよ。

 二年すればガルが来てくれるって思えば、頑張れるって思ったの。

 それで、夕べは飲み過ぎちゃって。

 ごめんね、いっぱい迷惑掛けちゃって。

 私のお尻をいっぱい触ってたんだから、それでおあいこにして」

 エルミは嬉しそうな笑顔で、一気に言った。

 それだけ言うと後ろを向いたエルミは、もう一度ごめんねと言って駆けだしていった。




 安息日一日を使って、レグルは身の回りの整理をしていた。

 いよいよ明日は、帝都へ旅立つ。エルミの伯父から、快く迎えてもらえることになっていた。先般のクーデター未遂事件は、理想に満ちた少壮将校が皇国を思うあまりの暴走と解釈され、皇民の間では好意的に受け止める者も少なくなかった。特に身内に騎兵軍がいる者は、無意識の保身も手伝ってか否定的な者はほとんどいない。

 そのおかげもあってか、レグルが士官学校を受験するための帝都行きならと、エルミの伯父は全面的に協力してくれると言ってきたのだった。


 昼食の時間を過ぎた頃、幼い妹のリーンがレグルに声を掛けてきた。


「兄ちゃん、お腹空いた。

 ご飯どうするの?」

 この日は安息日にも拘わらず、両親は働きに出ている。


 食材を扱う店は、近隣の取り決めで安息日の営業当番がある。

 この日はたまたまレグルの家が、その当番に当たっていた。そのため、両親はいくらかの昼食費を、ふたりのために置いていっている。


「お姉ちゃんのところに行くぞ」

 レグルは他の選択肢を与えず言った。


 元々両親同士が同世代で仲が良かったこともあり、当番に当たった日にはチェルの宿で食事するのが当たり前になっている。

 観光客など来るはずもない辺鄙な村で、安息日に客が来るなど年に数回もない。食堂も、当然開けていても開店休業だ。だが、レグルをはじめとした近隣の子供たちの面倒を見る者がいないため、チェルの宿は昼食の時間に食堂を開放している。そのせいあってか、レグルとチェルは物心ついた頃から、食堂の角で一緒に遊んでいた。そのまま兄妹のように育ち、思春期を迎えて男女を意識する頃には、当たり前のように付き合い始めていた。

 家で昼食を取っていたガルとは、小学校からの腐れ縁だが、レグルとチェルの縁は腐れ方の年季が違っていた。

 リーンにとっても、チェルは違う家に住んでいる姉という認識だった。


「うん、早く行こうよ」

 リーンもそれに嫌はない。

 どこへ行こうかという問いではなく、いつ行くかという問いだった。


「挨拶、がてら、な」

 私物を詰めた行李を積み上げてから、レグルはリーンの手を曳き、チェルの宿へと向かった。




「いよいよ、明日だね」

 定食のプレートをふたりの前に置きながら、チェルは笑顔で言った。


「ああ、暫く寂しい思いをさせちまうが、勘弁してくれ。

 早くて五年。

 中尉になったら迎えに来る」

 こちらも笑顔で、レグルは答える。

 昼時は過ぎているとはいえ、チェルの宿はそれなりに混雑している。


 普段であれば、昼食時の混雑が終わるや否や、すぐに客を迎える用意が始めなければならない。

 全館を掃除しなおし、それぞれの備品に不具合はないか確かめ、風呂を沸かし、夕食の仕込みが始まる。その合間に賄いをかっ込み、足りない物を買い出しに行く。とてもゆっくりレグルの相手をしている暇はない。しかし、安息日から宿泊するような客はほとんどなく、この日の夜は商用の一組だけでそれほど忙しいわけではない。

 それを分かっているが故に、レグルは最も混雑する昼時を避け、そろそろ一段落する頃を待っていたのだった。


「そんな慌てなくてもいいじゃない。

 リーンなんか、まだ半分も食べてないし」

 苦笑いしつつ、チェルがレグルの前に熱い茶を置きながら言った。


「リーン、ゆっくり食べてろよ。

 リーンに合わせて喰ってたら、お前と話す時間がないじゃないか。

 あとは、俺たちだけだろ、片付けるのは?」

 半分笑ったような、怒ったような口調でレグルが返す。


「うん。

 もうレグルたちだけよ。

 リーン、今日は暇だから、慌てなくていいからね」

 チェルは、慌てたように食べ物を口に詰め込み始めたリーンに優しく言って、リーンの横、つまりレグルの真正面に座った。


「なあ、チェル。

 ガルなんだけどさ」

 そこまで言ってレグルは言葉を飲み込んだ。


 気を付けてくれよ、と言いたかったのだが、どことなくぽーっとしたチェルに意味が解るか不安だった。

 チェルは人の心の機微に鈍いところがあり、ガルの恋心に気付いていない。もちろん、人並みの気遣いはできるし、レグルから見れば他人を思いやる心は却って強いとも思える。他人のことなど考えられず、大切にしている花畑を無神経に踏み荒らすようなことは、絶対にない。

 ガルの人となりに不安があるわけではないが、こと恋愛となれば話は別だ。ガルはレグルにばれてないと思っているのだろうが、チェルの名前が出るたびに目が泳ぎ、四人で合うときにはどことなく苦しげな表情でチェルを見ている。傍から見ていてバレバレの行動だ。かと言って、ガルがチェルに近付くことを禁じる方法もない。余計なことを言ってチェルに嫌な思いもさせたくない。ふたりの間に、気不味い雰囲気を残したくはなかった。

 つい口を出てしまった言葉に、レグルはどう続けようか悩んでしまった。


「ガルがどうかした?」

 レグルの予想通り、チェルの顔にはなんのことやら、と書いてある。


「あ、いや。

 俺たちふたりが出て行ってしまって、焦るといけないな、と思ってな。

 ちょっと気を付けていてやってくれ」

 解るわけないよな、と思いつつレグルは何とか言葉を紡いだ。


 それからは他愛のない話に終始し、リーンが食事を終えたところでレグルは席を立つ。


「じゃ、ご馳走様。

 おじさん、ご馳走様でした。

 ちょっとエルミのところに寄って行くから、今はこれで。

 あとで、また来るよ」

 レグルはリーンの手を曳いて、チェルの宿を出ようとした。


「うん、よろしく言っといて。

 あの様子じゃ、まだ寝てるかもね」

 死体のように担がれて去っていった昨夜の様子を思い出し、チェルは笑いを堪えながら言った。


「親父さんに蹴り起こされてんだろ、いくら何でもさ」

 レグルも笑って答え、エルミの家へと向かっていった。




「こんにちは。

 エルミはいますか?」

 戸口の前でレグルは家の中に声を掛けた。

 家の中からは、エルミを怒鳴りつけ、叱り飛ばす声が響いている。

 やがて戸が引き開けられ、怒りのためか顔を真っ赤にしたエルミの父が出てきた。


「おお、レグルか。

 ちょっと待ってろ。

 リーンも一緒か。

 母さん、お茶と、エールか、レグル?」

 エルミの父が、家の中に声を掛ける。


 エルミの父は、娘ともに帝都へ出る少年を頼りにしていた。チェルとの間柄を知っている故に、娘の結婚相手にとまでは望んでいないが、年の割りにはしっかりした少年は娘にとってどれほど心強い存在になり得るか、父は期待している。


「まだ、片付けが済んでないんです。

 今からエールは、さすがに。

 飲みたいんですけどね」

 エルミの母が運んできた茶を受け取り、レグルは答えた。


「エルミに用かい?

 昨夜は悪かったね、うちの莫迦娘が迷惑掛けて。

 帝都へ行っても、見捨てないでおくれよ」

 上がり框に茶を置いて、エルミの母が申し訳なさそうに言った。


 前後不覚なるまで娘が泥酔するようなことがあれば、その連れに文句のひとつも言うところだ。

 だが、父に似て悪のりしやすい我が娘のやることだ。周囲の制止を振り切って飲み過ぎたことは、想像に難くない。母は、その部分に関しては、諦めきっていた。


「少しは気を付けてやってくれ。

 帝都はここより物騒だからな、レグル。

 もっとも、士官学校ではそんなことしてられないか」

 朝ガルに言ったことと同様に、エルミの父は少しだけ文句を言い、雰囲気が悪くならないように言葉を続けた。


「はい、申し訳ありませんでした。

 帝都でも充分気を付けます。

 エルミは、まだ起きられませんか?」

 暴走を止められなかった後ろめたさも手伝って、レグルは素直に頭を下げた。




「まだ、頭が痛い気がする」

 軽く頭を振りつつエルミが言った。


「そりゃあんだけ怒られて、怒鳴りつけられればな」

 呆れたような、笑いを噛み殺しているような表情でレグルが答えた。


「とにかく感謝するわ。

 ようやく解放されたのよ。

 ガルに謝りに行って帰った後、ずっとだったんだから。

 お昼も抜きよ」

 うんざりと言った表情で、エルミがつぶやく。


「当たり前だ。

 年頃の娘が意識不明になるまで泥酔して、男に背負われて帰ってきたんだぞ。

 本来なら、俺もガルも親父さんに殴り倒されても、文句は言えない状況だぜ。

 その上、今度は朝から行方不明ときたもんだ。

 飛行士官の受験を取り消されなかっただけ、ありがたいと思え」

 さっきとは一転して、心配そうな真剣なレグルの顔があった。


「で、私に用があったんでしょ?

 いいの?

 チェルを放っておいて。

 レグルは、もう明日は帝都に行っちゃうんでしょ?」

 風向きが怪しくなったところで、エルミは話題を強引に変えた。


 レグルの来訪は、昼食抜きでお説教責めに遭っていたエルミを、図らずも救い出してきた。

 だが、その救い主までが説教を始めそうな気配を感じ、エルミは慌てて話を逸らした。もっとも、エルミの不用意な物言いが、レグルにまでひとこと言わずにはいられないという気持ちを煽っていただけだった。


「ああ、それなんだが。

 お前、ガルに黙って行くつもりか?」

 レグルの物言いは、単刀直入だった。


 ひとつ年上の幼馴染みの恋を、応援したい気持ちはもちろんだ。

 しかし、ガルに恋人ができれば、チェルのことも安心だという打算があることを、レグルは否定しない。幼馴染みの恋心を利用する心苦しさはあるが、結果として丸く治まるなら悪いことだとは思わなかった。

 この先も、四人がわだかまりなく付き合っていけるかどうか、エルミ次第だとレグルは考えている。



「な、なんで、レグルがそれをっ!?

 チェルから聞いたの?」

 顔を真っ赤にしてエルミが聞いた。

 ガルに対する恋心は、今のところチェルにしか打ち明けていない。情報の漏洩元は、そこしかないはずだ。


「いや、誰でも知ってる。

 気付いてないのは、ガルだけだ」

 何を今さらという顔で、レグルは言った。


「う、そ……

 誰でも?」

 信じられないという顔のエルミが、やっとのことでレグルに問い返す。


「ああ、誰でも。

 お前、普段の言動には、もうちょっと注意を払えよ。

 今は好いた惚れたで良いけどさ、いずれ士官になって機密に触れるようなことがあれば、敵に宣伝しかねないぜ」

 レグルはばっさり言い捨て、一応注意を促す。


「決心は、したつもりだったのよ。

 帝都行きの理由はそれだし。

 まさか、今はガルが残るとは思ってもいなくて。

 そしたら、決心が鈍ってね。

 だって、振られたら帰ってき難いし、帝都にガルが出てきても会えないんだよ?

 やだよ、そんなの」

 今にも泣き出しそうな顔で、エルミは言った。


「言ってみなきゃ判らないだろ、そんなこと。

 なんで振られることが前提なんだよ?」

 自分には恋人がいる余裕からか、レグルは少々残酷なことを言ってしまった。


「判るわよ。

 ガルの気持ちくらい。

 ガルが、チェルのこと、好きだって、ことくらい」

 自分の気持ちに整理をつけるように、エルミはひとことずつ、確認するように言った。


「気付いてたのか?」

 今度はレグルが言葉を失う。

 ここまでの発言では、エルミを利用しようということだと思われても仕方のないことだ。


「チェル以外、誰でも、ね」

 してやったりという顔で、エルミが言う。


「すまん、エルミ。

 俺、お前の心を踏みにじるようなこと言ってた。

 お前の気持ちを利用しようとしてた」

 思わずレグルは、その場に膝を突いた。

 どう言い繕おうと、百万の言葉を弄しようと、すべては言い訳でしかない。


「いいのよ、レグル。

 私の気持ちがガルに通じれば、丸く治まることだもの、ガルの本心以外はね。

 あなたは悪くないと思うの。

 私の背中を押してくれるのが、たとえあなたのためにでも、私には嬉しいことだもの。

 だから、顔を上げて、レグル」

 がっくりとうなだれるレグルの前に膝を突き、エルミは言葉を紡いだ。


「ありがとう、エルミ。

 やっとそれだけ言うと、レグルは顔を上げた。


「私、決めた。

 やっぱり怖くてガルには告白できない。

 ごめんなさい、せっかく背中を押してもらったのに。

 でも、ガルが帝都に出てきたときに、振り向いちゃうような良い女になってみせる。

 ガルが惚れちゃうような、飛行士官になってみせるわ。

 ありがとう、レグル」

 眦を決して、エルミは宣言した。

 そこには、いつも見せる子供っぽさや、無分別な危うさは一切なかった。


「俺を、許してくれるのか?」

 レグルは、エルミに対する申し訳なさに、打ちひしがれていた。


「許すも何も、怒ってもいないよ、私は。

 あなたがチェルを信じてあげなきゃ、ね。

 心配ないよ、チェルはレグル一筋なんだから。

 ガルにはかわいそうだけど、ね」

 そう言って笑う、エルミの瞳が潤んでいる。


「そうだな。

 俺がチェルを信じなきゃ、誰が信じるんだってことだよな。

 ありがとう、エルミ。

 これで、心おきなく帝都へ行けるよ。

 チェルも、ガルも信じてな」

 いつもの顔に戻ったレグルが言った。


「そうそう。

 それでこそ、レグルよ。

 私は、次の安息日に行くから、そしたら帝都で会いましょう。

 そのときは、どこか美味しいものでも食べに連れて行って。

 それくらいは、チェルも許してくれるでしょ?」

 悪戯っぽく笑って、エルミは返した。


「分かった。

 伯父さんに聞いておくよ。

 安いところだけどな」

 そう言ってレグルも、ようやく笑った。


「ダメ。

 レグルが探しておいて。

 そうすれば、帝都でチェルの宿の味に近いものが食べられるでしょ。

 この村のこと、思い出せるように、ね。

 さぁて、お説教の続き、聞いてくるわ。

 レグルも、早く帰ってリーンとお話してあげて。

 私、兄さんが帝都に行く前、もっと話しておけばよかったって、今でも後悔してるんだから。

 じゃあ、次の安息日の夜、帝都でね」

 エルミは、レグルの返事を待たずに背を向ける。


 背中越しに手を振り遠ざかる姿に、レグルは深々と頭を下げた。

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