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第26話 索敵

 二六四一年一二月一〇日。

 長く砂海軍関係者の間で論争の基となっていた問題に、ひとつの決着が着こうとしていた。


 砂海上を全力航行している作戦行動中の戦艦を、航空攻撃のみで撃沈できるか。

 砲術専門家のほとんどは不可能だと考えており、ほとんどの航空関係者は可能だと見ている。

 過去において、航空攻撃で撃沈された戦艦は何例かあったが、いずれも軍港等で停泊中か、投降中という戦闘行動を取っているとはいえない状態だった。今回のハトー奇襲でもオリザニアの戦艦が撃沈されているが、停泊中に起こった不意打ちであり、戦闘行動を取っていたとはいえない。

 ソル機が投じた八〇〇キロ爆弾の威力は戦艦の装甲板を貫けると証明されたが、対空砲火を打ち上げ、全力で回避運動を行う戦艦に、水平爆撃が命中する確率は限りなく低い。

 世界中の砂海軍が持つ急降下爆撃機では八〇〇キロ爆弾の運用は不可能であるとされており、二五〇キロ爆弾では致命傷を与えることが不可能である以上、爆撃で戦艦を撃沈はできないと結論付けられている。


 では、砂雷ではどうか。

 炸薬量は二〇〇キロ程度ではあるが、喫砂線下に大穴を開けることは可能であり、一発では撃沈まで至らなくとも数発の命中で戦艦といえども撃沈できると、これは誰もが認めている。

 水平装甲板に穴が開こうが、それが即侵砂にはつながらないが、喫砂線下に破口が開いていてはいずれは侵砂量に耐えかねて沈没することは明らかだ。

 だか、航空砂雷自体の重量が重く、それを運用する攻撃機の機動は極端に低下する。

 さらに、戦艦単艦で戦闘行動を行うなど考えられず、多数のエスコート艦艇が付き従う中、熾烈な対空砲火を掻い潜り、全力で回避運動を行う戦艦に対し雷撃を成功させる確率は、これも限りなく低いと見られていた。




 ハトー奇襲に全世界が震撼した一二月八日の夕刻、マーレイヤ軍港からバラバの駆逐艦一隻を含む、六隻のサピエント艦隊が出撃していた。

 ハトー攻撃開始に先立つこと七〇分、ソル騎兵軍はシアム王国国境近くのマーレイヤ半島のサピエント植民地に上陸した。この部隊は、一気にマーレイヤ半島を南下し、半島の先端にあるサピエントの西部大東砂海域における最大の根拠地であるマーレイヤ軍港を攻略する予定でいる。サピエント大東砂海艦隊司令長官マスフィ大将は、このソル軍マーレイヤ上陸部隊に対する輸送船団を攻撃するため、艦隊から一部を抽出し、自らも最新鋭戦艦『ラバナスタ』に座乗して出撃していた。


 輸送船団攻撃部隊の旗艦を勤める戦艦『ラバナスタ』は、この年の一月一九日に就役したばかりだった。

 基準排砂量三万六七二七トン、全長二二七.一メートル、全幅三四.三メートルの巨体を、蒸気タービン四基四軸一二万五〇〇〇馬力の機関が最大速二八ノットで砂海上を疾走させる。航続距離は二〇ノットで六三〇〇海里におよび、かつては全世界の海を支配したと言われるサピエントの戦艦に相応しい性能を有している。

 艦の前部にある第一砲塔と、後部の第三砲塔は三五.六センチ四連装砲塔だが、背負い式に配置された第二砲塔は連装砲塔の計十門という変則的な兵装が特徴だ。

 近接戦闘用に一三.三センチ連装両用砲八基と、対空砲火として四〇ミリ八連装ポムポム砲を備え、一五二一名の乗組員がこれらを支えている。


 艦齢が若く乗組員の錬度に多少の不安はあったものの、艦の性能とベテラン艦長の指揮で充分にカバーできるものとマスフィは考えている。

 さらに、新米戦艦一隻が戦場に出るわけでなく、付き従う護衛艦艇や陣形を組む僚艦には、艦齢こそ古いがその代わりよく使い込まれた剣を思わせる歴戦の艦が舳先を揃えている。

 特に巡洋戦艦『ビュエルヴァ』は、艦齢二五年を数える古参艦だが、搭載する主砲は連装三基六門とはいえ『ラバナスタ』より大口径の三八.一センチ砲だ。

 基準排砂量二万七七五〇トン、全長二四二メートル、全幅三一.三メートルの数値は、巡洋戦艦であるがゆえ、排砂量と全幅は『ラバナスタ』におよばないものの、全長では十五メートル近く凌駕する巨体だ。

 重量感溢れる『ラバナスタ』が巨大な戦斧だとすれば、スマートなシルエットを持つ『ビュエルヴァ』は鎧の隙間を刺し貫く鋭利な剣に例えられていた。

 二基二軸、一一万二〇〇〇馬力の機関は、この巨体を最大速二八.三ノットの高速で砂海上を走らせ、一五ノットで九四〇〇海里の長大な航続距離を有し、一〇〇〇名の乗組員がこれを支えている。


「長官、ソルの戦艦は出てくるでしょうか。

 『ラバナスタ』と『ビュエルヴァ』の戦闘力に不安はないのですが、あくまでもそれはカタログ上のことです。

 本官の乗組員は、東南ベロクロン派遣が初陣の新兵が多く、正直なところ、未だ慣熟訓練が完了したとはいえない状況です。

 このような状況でソルの戦艦と撃ち合えば、負けないまでも大きな被害を受けかねません。

 さらに、空母もいない状況で、敵航空部隊の襲撃を受けては、沈まないまでも艦隊決戦時に大きな不利を負う可能性も否定できません」

 動き始めた『ラバナスタ』の艦橋で、艦長リッチ大佐が不安を隠せずにマスフィに話しかけた。

 サピエントの航空機は航続距離が短く、陸上基地からの援護はあまり期待できない。

 艦隊上空の滞空時間が数分のレベルであっては、いてもいなくても同じことだ。艦隊上空の制空権確保のための空母『ナルビナ』は、現在座礁事故の修理中であり、呼び寄せようにも間に合いそうにない。


「艦長、貴官の不安はよく解かる。

 だが、そうも言っていられないのが現状だ。

 ハトーのオリザニア大東砂海艦隊が壊滅した今、我々しかおらんのだよ。

 それに、当艦の乗組員はまだ未熟かもしれないが、貴官の乗組員であるという名誉と自覚がそれを補ってくれるものと、私は信じている。

 この砂海域にいるソル艦隊の戦艦は、情報によればソル最古参の『キュラソ』級の二隻だ。

 我々が撃ち負けるとは思えない。

 いずれにせよ、我々は義務を果たすだけだ」

 小柄な体躯に闘志を漲らせ、マスフィは力強く言った。

 この時期、南方資源地帯に配置されたソルの戦艦は、艦齢も古く主砲も三五.六センチ連装砲塔四基八門の『キュラソ』型戦艦一番艦『キュラソ』と三番艦『ギラドラス』しかいない。戦艦同士の決戦となれば、サピエント艦隊の火力が優っている。

 速力では『キュラソ』型戦艦には一歩及ばず、補助艦艇もソル艦隊が優勢だが、名うての大艦巨砲主義者でもあるマスフィは、自身の勝利を疑ってはいなかった。


 この他にマーレイヤ軍港には軽巡洋艦や駆逐艦が存在したが、いずれも修理中であったり、低速などの理由で部隊への参加を見送られていた。

 この時点で、既にハトーでオリザニア大東砂海艦隊が受けた損害の詳細は、同盟国であるサピエントには伝えられており、そちらからの増援は望めなかった。マスフィは、自分の部隊が単独でソル艦隊に対抗するには力不足であり、かつ空軍の航空支援も期待できないことを知っていた。だが、マーレイヤ半島が侵攻されるという危機を座して見過ごすわけにはいかなかった。

 ゴール植民地にあるソル軍基地からの距離やソルの制式空母に関する情報から、空襲による危険は少ないとマスフィは判断していた。

 もっとも、空襲を受けたところで、戦艦や巡洋戦艦が被害を受けるなど、マスフィは考えもしていない。

 これまで作戦行動中の戦艦が、ただの一隻も航空機によって沈められたことはないという事実と自身の研究から、マスフィは合理的に結論付けていた。



 当然、ソル砂海軍はサピエント艦隊の動向には、神経を尖らせている。

 輸送部隊の進路とマーレイヤ軍港の間には潜砂艦部隊を展開させ、サピエント艦隊の襲来に備えていた。もちろん、砂海軍航空隊も、開戦以降入念な偵察を行っている。

 万が一にも『ラバナスタ』と『ビュエルヴァ』が哨戒網を潜り抜け、輸送船団を襲うような事態になれば、南方資源地帯の制圧は瓦解する。この砂海域に展開するノーブ中将率いる第二艦隊は重巡洋艦主体であり、戦艦は一時的に編入された三五.六センチ主砲八門を搭載した『キュラソ』と『ギラドラス』の二隻しかない。真正面から撃ち合いになった場合、元は巡洋戦艦で装甲の薄い『キュラソ』と『ギラドラス』の二隻では、分厚い装甲を持つ『ラバナスタ』や、三八センチ主砲を搭載する『ビュエルヴァ』に撃ち勝つことは難しいと判断されていた。


 輸送船団の護衛に就くハルミ中将率いる南遣艦隊には、重巡洋艦『チャンドラー』を旗艦とし、第七戦隊の重巡四隻、第三砂雷戦隊の軽巡一隻と駆逐艦銃一〇隻を基幹戦力としていた。この他に第四、第五、第九の三個潜砂戦隊、第一二、第二二の二個基地航空戦隊を配下に収めている。だが、サピエントの戦艦と撃ち合うには砲力の不足は明らかであり、ある程度の犠牲は覚悟の上で、砂雷戦に持ち込むという悲壮な覚悟を固めている。

 もっとも、航空主兵論者のハルミ中将は、基地航空隊にサピエント艦隊撃滅の大きな期待を寄せていた。



 ソル砂海軍は、マーレイヤ軍港付近に潜入させたスパイからの情報で、サピエント艦隊が出撃準備を始めたことまでは掴んでいた。

 だが、八日の午後から軍港の警備が厳しくなり、出撃を察知することができず、『特に敵情に変化はなし』と判断していた。 哨戒任務に就いていた『キュラソ』、『ギラドラス』以下の艦隊は、いつ発生するか判らない砂海戦に備え、燃料補給のためシアム王国に近いゴール植民地の基地へ戻ることになった。同じく輸送船団護衛の任にあったハルミ中将指揮の南遣艦隊も、輸送船団の護衛を終えてゴール植民地の基地へと引き返しつつあった。

 日没後に航空機による哨戒は不可能であり、サピエント艦隊の動向が不明のまま、開戦一日目の夜は不安に過ぎていった。


 翌一二月九日、僅かな補助艦艇を残して蛻の殻となったマーレイヤ軍港の光景に、決死の思いで潜入したスパイは飛び上がらんばかりに驚き、狼狽した。

 緊急信が飛び、第二艦隊、南遣艦隊の司令部は一気に緊迫した空気に包まれる。

 複数の偵察機が飛び立つが、サピエント艦隊の行方は杳として判らなかった。

 当然、砂上打撃部隊も出撃するのだが、どこで網を張るかについて作戦会議は紛糾する。当てずっぽうに出撃したところで、広い砂海上で敵艦隊を捕捉するには相当な幸運が必要だ。万が一、すり抜けられでもしたら目も当てられないことになり、ノーブとハルミが腹を切るくらいでは済まない事態になってしまう。

 結局、上陸部隊の近くに艦隊を展開させるより他はなく、サピエント艦隊の発見は航空偵察と潜砂艦に任せる以外方法はなかった。



 誰もがとろ火で炙られるような焦燥感に包まれていた現地時間の一五時一五分、潜砂艦イ六五がサピエント艦隊を発見し、緊急信を送ってきた。

『 敵『ビュエルヴァ』型戦艦二隻見ユ

 地点『コチサ』、針路三四〇度、速力十四ノット、一五一五(ひとごひとご)


 イ六五は打電後も接触を続ようとするが、速力の違いから一七時二〇分には見失ってしまった。

 敵に発見される危険を冒して砂上航行を続け、一八時二二分頃に再度発見したものの、やはり振り切られてしまう。


「正体不明の魔通を傍受しました。

 内容はおそらく暗号であり、現在のところ不明です」

 通信士官が艦橋に上がり報告する。


「現在この砂海域に我が国や同盟国の部隊が展開しているという情報はない。

 正体不明ではなく、敵と判断すべきだ」

 通信参謀が窘めるように言い、マスフィに向き直る。


「発見されたと考えてよいだろう。

 一度、韜晦すべきと考えるが、諸官の意見はどうかね?」

 通信参謀より先にマスフィは口を開いた。




 ハルミ中将はこの報告を受け、船団は一時避退するよう命じた。

 そして、基地航空部隊にはサピエント艦隊の捜索と攻撃を、そして艦隊にはただちに集結の上、南下するよう命令する。だが、砂嵐に巻き込まれ、サピエント艦隊の捕捉は困難な状況になっていた。


「これではサピエント艦隊を発見するのは難しいでしょう」

 窓から艦首すら見えない砂嵐の中、『チャンドラー』の艦橋で南遣艦隊参謀長が、ハルミ中将に話しかける。

 日没にはまだかなり早い時間ではあったが、砂嵐のせいで艦の周辺は闇のような暗さになっていた。


「仕方あるまい。

 これでは発見したときは衝突だ。

 前世紀の砂海戦になってしまいそうだな。

 あちらさんもそれは望むまい。

 おそらくは、一旦マーレイヤ軍港に戻ろうとしているはずだ。

 逆に考えれば、輸送船団が襲われる危険はない」

 鬼瓦と称される厳つい顔を参謀長に向け、ハルミは答える。

 若い頃に駆逐艦に乗り組んでいた際に事故遭い、顔面を酷く負傷した後遺症で表情が変えられなくなってしまったことで付けられたあだ名だった。

 しかし実際には、サピエント艦隊と南遣艦隊は、晴天の下であれば互いを目視できる距離に近付いていたが、視界不良で両軍とも相手の存在に気付かなかった。


 艦の航行には大量に火の魔鉱石が必要であり、火の魔鉱石からエネルギーを取り出すには大量に魔力を行使する人間が必要だ。

 それに伴って必ず発生する魔力を探知し、その反応から距離や方角を測定する魔探知は、各国でその開発が進められている。

 だが、サピエントやオリザニア、アレマニアといった技術先進国であっても未だ発展途上の技術であり、それほど精度を期待できない魔探知機は、砂嵐のせいでディスプレイを真っ白に染めていた。ソルに至っては、魔探知の使い道など犯罪防止程度にしか見ておらず、大きく場所を喰う魔探知機を積むくらいなら攻撃兵器を積めという注文が用兵者から出されており、どの艦にも魔探知機は積んでいない。


「砂嵐さえなければ、南遣艦隊を率いてサピエントの戦艦に突撃したいと、長官はお考えなのではありませんか?」

 参謀長のからかいに、ハルミは変わらない表情で頷き、同意を示す。

 今でこそ航空主兵論者として知られているハルミだが、根っこの部分は砂雷を専攻した砂海上の武人だ。夜戦、それも寡兵を以て優勢な敵を討つ砂雷戦を前にして、その血が滾らないはずがない。


「まあ、そう煽ってくれるな、参謀長。

 夜戦となればこれを避ける気などないが、もし、この瞬間に砂嵐が晴れ、敵艦隊が目の前にでも現れてみろ。

 あちらが三六センチに三八センチ主砲を持つ戦艦二隻に対し、こちらは二〇センチ砲の重巡五隻に豆鉄砲しか持たない駆逐艦だ。

 確かに砂雷は当たり所によっては一発で戦艦を沈めることもできるだろうが、射点に着く前に、各個撃破されるのが落ちだ。

 魔探知の開発が進めば、こんな状態でも砂雷戦に持ち込めるんだろうがな」

 ハルミは頷きはしたが、戦争や戦闘は個人の趣味で行うわけにはいかない。

 無表情のまま参謀長にそう答えると、気を紛らわせるように話題を変えた。


「あのようなもの、精度が低く、まるで当てになりません。

 光学側的に優る技術はないと、小官は確信します。

 ましてや夜戦ともなれば、我が見張り員の暗視能力は世界随一です。

 我々がオリザニアやサピエントに遅れを取るとは思えません」

 参謀長はそう言って胸を反らす。

 幾度となく繰り返された会話だ。

 航空機の有効性にいち早く気付いたハルミは、将来優秀な魔探知機を装備する方が砂海戦の主導権を握るようになると見込んでいた。


 ソル砂海軍は、長い間列強との保有艦艇比率を低く抑えられていたため、その不利を技量で埋めるべく将兵に過酷な訓練を課してきた。

 訓練の量に制限はないという理屈だ。そして、夜間見張り員に、日中は艦内の暗い部屋に待機し、常時目を暗闇に馴らしていることを求めた。

 その結果、ソルの見張り員は月のない真闇の夜であっても、二万メートルの彼方にある敵艦を発見することができるようになっていた。


「参謀長の考え方は相変わらずだな。

 だが、技術は必ず発展する。

 今は見張りの暗視能力が優っているが、いずれ魔探知機がそれを凌駕する日が来るかも知れんぞ」

 苦笑いを声に含ませつつ、ハルミが返す。

 

「そのときには、さらに猛訓練を重ね、見張りの能力も伸びているはずです。

 あのような不安定極まりない装置を開発するくらいなら、より強力な砲や砲弾、砂雷、爆弾を開発するべきと私は考えます。

 いずれにせよ、魔探知機など、魔力の違法行使者を捕らえるための物でしかありません。

 それが砲戦や砂雷戦に役立つ日が来るなど、私にはどうしても思えないのです」

 参謀長の意見は、この時代においてもっともなことでもあった。


 本来、その位置を変えることなく魔力を探知するための機械が、常に動揺する艦上で正常に作動できるとは思えなかった。

 静置した状態であっても、せいぜい帝都にある主要警察署の管轄一区画をカバーする程度の探知能力では、数万メートルの範囲で行われる砲戦や砂雷戦の役に立つとは思えない。その上、魔探知機の整備は、その複雑な機構もあって、専門の熟練技術者が必要だった。一年や二年の研修で、予備機材が潤沢に供給できない砂海上にある艦艇に搭載された魔探知機を、常時完璧な状態に維持できる技師を育てられるとも思えなかった。さらに、魔探知機の能力がどれほど発達しても、砂平線の範囲までしか行使された魔力は感知できない。火の魔法を上空にでも撃ち上げない限り、艦の航行のため行使される魔力は艦に閉じ込められている。理論上、魔探知機と見張り員の索的範囲の限界は、同距離と考えられていた。

 それであれば、更なる猛訓練で見張り能力の向上を図る方が、未開の技術である魔探知機の開発に時間を割くよりは大きな説得力を持っている。


「そうは言うがな、参謀長。

 哨戒任務にはかなり役立つと私は考える。

 例えば、搭載能力の大きな一型陸攻あたりに魔探知機を積んで、基地周辺や艦隊前方の哨戒に使えば、正確性は欠けようともかなり有効とは思えないかね?」

 ハルミは、自分の意見に従わない参謀長が嫌いではなかった。

 喧嘩をしているのではなく、技術の可能性について意見を戦わせることを、この先見性に富む中将は好んでいた。

 そのために自身の意見に異を唱える者を遠ざけるなど、論戦ができなくなるだけで、自身の楽しみを奪うだけと考えていた。


「そのような日が来るとき、私たちは生きているのでしょうか?

 私には、少年向けの空想小説にしか思えません。

 貴重な機体をそのように物に使うより、一発でも一キロでも多くの爆弾や砂雷を積むべきだと考えます」

 終わりの見えない論争が『チャンドラー』の艦橋で繰り広げられているとき、南遣艦隊とサピエント艦隊は約三万メートルの至近距離ですれ違っていた。




 一方、砂海軍第二二航空戦隊は攻撃準備を整えていた。

 砂嵐が吹き荒れるあいにく悪天候であったものの、司令官は一七時三〇分に陸上攻撃機部隊を発進させる決断を下した。


「長官の御意志は、航空機による戦艦の撃沈である。

 未だ、どこ国もなしえていない快挙を、諸子が実現することを、司令官は確信している」

 魔鉱石障壁に囲まれたオアシスにある航空隊基地中庭で、整列した搭乗員たちに司令官は万感の思いを込めて激励の言葉を贈った。

 正面には、世界初となる快挙を自分たちの手で掴み取ろうと決意した、引き締まった男たちの顔が並んでいる。

 それに混じって数人の若い女性が、眦を決して直立不動の姿勢を保っていた。

 エルミやルックゥ、ファルの同期生で、陸上航空隊に配属された者たちだ。

 彼女たちは、この作戦で功績を挙げ、母艦航空隊に配置転換されることを望んでいた。


 空母への発着艦は、特殊技能といわれるほど難易度が高く、上位者を除いてほとんどの女性飛行士官たちは母艦航空隊に配属するには技量未熟と判定されていた。

 彼女たちには、それが悔しい。

 軍艦には女性士官を配属しないという方針でもあればまだ納得もできたのだろうが、配属を技量で決められたとあっては理屈では判っていても感情が納得しない。ある程度であれば建て増しや新築して基地機能を増強できる陸上基地と違い、建て増しすらできない艦艇に女性用の施設を作ることは、それなりの困難と軋轢が生まれる。それを避けるため、当初は女性飛行士官の艦隊勤務が見送られる可能性もあったのだった。

 だが、ひとりでも多くの優秀なパイロットが欲しい母艦航空隊からの切なる要望で、多くの不便と軋轢を抱えたまま女性飛行士官の艦隊勤務が強行されていた。


 もちろん、陸上航空隊でも優秀なパイロットが欲しいことは同じだ。

 女性飛行士官すべてを母艦航空隊に持っていかれては、弾き出された男性パイロットの士気はがた落ちになる上、基地航空隊はそういった者たちの吹き溜まりとなってしまう。充分な技量を持っていても、士気が低いとあってはそれは戦力になり得ない。母艦勤務を嫌って基地航空隊勤務を望んだ者たちまで、それに引きずられて士気を下げてしまっては陸上基地機能まで奪われてしまわれかねなかった。

 激しい駆け引きが展開され、母艦航空隊への配属は、技量判『甲』判定を受けた者に限ると決められたのだった。


 それでももともとの素質から、ほとんどの女性飛行士官の技量は『甲』をつけざるを得ない。

 やむなく、女性飛行士官の技量判定は厳しくなり、男性パイロットであれは充分『甲』判定を受けられる者が『乙』判定に留められ、陸上勤務となっていた。その結果、基地航空隊には『甲』判定を受けた男性パイロットより、飛行技術に長けた『乙』判定の女性パイロットが配属されるという、歪な状態になっている。

 基地に配属された女性飛行士官たちには、これが気に入らなかった。

 

 

 もちろん、飛行技術の優劣が、即空戦技術の優劣に繋がるわけではない。

 長い経験に研ぎ澄まされた危険を察知する能力は、一朝一夕に身に付けられるものではなかった。

 それを理解できている女性飛行士官たちは、豊富な経験を積んだ男性パイロットたちに対して、飛行技能判定を盾に横柄な態度を取るようなことはしなかった。

 ソル国民にとって当たり前の礼儀である幼長の序を弁えるといったことも、歳若い女性飛行士官たちの振る舞いを常識あるものに抑制している。経験と年齢に対して敬意を持って接してくる若い娘たちを、多くの男性パイロットたちは娘や姉、妹に対する態度で返していた。

 だが、中には予科練出身の同世代や、メディエータで熾烈な戦場を潜り抜けてきた者の中には、女性士官に対する嫌悪感を隠さない者たちもいる。

 その者たちにとって決定的だったのは、基地航空隊に配属された女性飛行士官たちが基地航空隊を母艦航空隊の下に見ていることだった。女性飛行士官たちが口には出さないものの、功績を挙げて母艦航空隊に配置転換を望んでいることを見透かしていた。

 嫉妬ややっかみがあることは否定しないが、誇りを持って基地航空隊に所属している自分を否定される気がしてしまったのだった。




「ここまで上がっていれば、砂嵐の影響はありませんね。

 とは言っても、日没まで時間もないし。

 この辺りにいること、充分予測できるんだけど……」

 六型陸上攻撃機九機で構成された第二二航空戦隊第一航空隊第二中隊の第二小隊三番機を操縦するアズファが、操縦桿を握り締めたまま言った。


「アズファ少尉、あまり気負わないほうがいいですよ。

 この辺りにいるのは判っていますし、この機の航続距離ならまだまだ探せます。

 気持ちは解かりますが、ね」

 副操縦士を務めるシューン一等航空兵曹が嗜めるように答える。


「確かに、そうですけど……

 砂嵐の影響がないとはいっても、下は何も見えませんし。

 日が沈んで砂嵐が止んでも、サピエント艦隊を見つけるのは難しいんじゃないですか。

 こんなんじゃ……」

 階級が下とはいえ、一回り以上歳の離れたベテランパイロットに対して、アズファは丁寧な口調で言うが焦りは隠せない。

 眼下では相変わらず砂嵐は吹き荒れ、たとえそこにサピエント艦隊がいたとしても攻撃は無理だ。

 解ってはいるが、アズファは戦功が欲しかった。

 同期で多少莫迦にしていたエルミが『デットン』航空隊に配属されたことで、自身のプライドを粉々打ち砕かれていた。確かに飛行術では一歩先を行くエルミだったが、筆記試験ではアズファの方が上位だった。当然、母艦航空隊に配属されると思っていたが、下された技能判定は『乙』。

 多少の裏事情は理解していたアズファは、ならば戦功で認めさせてやろうと焦っていたのだった。



「司令、やはり砂嵐が酷すぎます。

 ここは、残念ではありますが、一旦兵を退きましょう」

 第二二航空戦隊参謀長が、司令に進言した。

 魔鉱石障壁の外側では砂嵐が治まる気配を見せていない。

 その報告を受けた参謀は、夜間攻撃の効果の少なさを懸念し、攻撃隊の撤退を進言したのだった。


「いや、日が沈めば砂嵐も治まる。

 それに、六型陸攻は三座の七型艦攻と違って偵察員の数も多い。

 夜間攻撃となっても効果は挙げられよう。

 敵も夜間攻撃を受けるとは予想もしまい」

 司令は窓の外を見つめたまま、参謀の進言を却下した。


「だが、ニニ〇〇(ふたふたまるまる)までに発見できなければ、今夜は諦めよう」

 航続距離がいくら長かろうと、五時間以上の緊張に耐えることは困難だ。

 今夜一晩で全てが決するというのであれば、搭乗員たちにいくらでも無理をさせなければならないが、戦争はまだ始まったばかりだ。 司令は断を下した。




「アズファ少尉、右前方、艦影!」

 コクピットに、偵察員の叫びが響いた。

 日没後、砂嵐はようやく治まってきたが、砂海上は巻き上げられた細かい砂の粒子が漂い、視界は決してよくはなかった。

 だが、月明かりの中、おぼろげに見えた艦影を、偵察員は見逃さなかった。


「進路は!?」

 アズファは大声で問い返す。

 頭の中では、サピエント艦隊と南遣艦隊の位置関係を描いている。


「北へ向かっています!」

 偵察員の声に焦燥が含まれた。

 輸送船団は現在北にいる。

 南遣艦隊は北上してくるサピエント艦隊撃滅のため、南下しているはずだ。


「基地、中隊長機に魔通!

 『我、航行中ノ艦ヲ発見セリ』

 平文で構わないわ!」

 アズファは魔通員に叫び、両翼をバンクさせて降下を始める。

 北上を続ける艦影はこちらに気付いた様子もなく、攻撃を避けるため変針することもない。

 アズファは撃沈を確信した。



 日が沈み、吹き荒れていた砂嵐はやっと治まる気配を見せている。

 それでも砂海上には細かい砂が吹き上げられ、視界はそれほど回復していない。全てがかすんで見えるような中、一旦北方に退避させた輸送船団と合流するため、南遣艦隊は北上を続けていた。それでも全身砂まみれになることを厭わず、見張り員たちは敵艦を見逃すまいと持ち場に付いていた。

 砂平線に視線を向け、すべての神経を集中している見張り員の耳に、航空機のエンジン音が飛び込んできた。


「味方の護衛か?」

 『チャンドラー』の防空指揮所で双眼鏡から目を離すことなく、隣にいる戦友に声をかけた見張り員の予想を、上空からのエンジン音は完全に裏切った。


「ありがたいじゃないか。

 手を振っても見えないだろうけど、せめて」

 上空を仰ぎ見て、六型陸攻の編隊を確認した見張り員は、感謝の意を込めて帽子を手に持ち力一杯振り回した。

 

 突如、吊光弾が炸裂し、辺りをおぼろな光が照らす。

 一機が編隊から離れ、『チャンドラー』を跨ぐように飛び越える。編隊に『チャンドラー』の姿が浮き上がるように落とされた吊光弾には、明確な攻撃意図が見えていた。


「莫迦野郎!

 偵察員は素人か!」

「上空の六型陸攻に発光信号!

 我『チャンドラー』!

 あの莫迦が気付くまで繰り返せ!」

 艦橋に詰めていた司令部の参謀から罵声が上がり、『チャンドラー』艦長からの命令が飛ぶ。

 だが、薄く舞い上がる砂の微粒子が光を遮ったのか、編隊が攻撃態勢を解除することはなかった。


「探照灯用意!

 敵に先に見つけられるかも知れんが仕方ない!」

「第一航空隊の司令部を呼び出せ!

 まずいぞ、奴ら、やる気だ!」 こちらの進路を塞ぐように低空に舞い降り始めた編隊を見て、ハルミと艦長の叫びが重なった。

 探照灯を点ければその光芒を敵に発見される可能性が高い。

 お互いを捜し求めているサピエント艦隊だけでなく、どこ潜んでいるか解らない敵潜砂艦に格好の雷撃目標を与えることにもなってしまう。


 だが、『チャンドラー』艦長は、迷うことなく探照灯によるトンツー通信に切り替えることにした。

 発光信号用の小型探照灯ではなく、一一〇センチ探照灯が舞い降りてきた六型陸攻の編隊に向けられる。

『我『チャンドラー』 繰り返す 我『チャンドラー』なり』

 太く触れることすらできそうな光が闇を切り裂くが、編隊が攻撃態勢を崩す気配はない。


「あいつら、私たちを見くびってるの?

 避けようともしないで……

 それとも何か重篤な故障でもしてるのかな?

 吊光弾落とされて気付いてないわけない!」

 雷撃コースに機体を乗せながら、アズファが怒りを含んだ声で叫ぶ。


「少尉、そんなことはどうでもいいです!

 避けようともしないなら好都合!

 それより発光信号を繰り返してます!

 戦艦が来る前に沈めちまいましょう!」

 シューン一等航空兵曹が呼応する。

 メディエータ戦線を潜り抜けてきたベテランパイロットも、世界初という快挙を前に冷静な判断力を失っていた。

 このとき、第二中隊の全機が、『チャンドラー』を『ビュエルヴァ』と誤認していた。

 太陽光ほどでなくとも、月明かりに照らされているならば砲の配置から見分けが付くが、今は月がでているとはいえ、全体を霞ませるような薄い砂塵が舞い上がっている。乱反射する光源が、艦影の識別をことさら困難なものにしてしまっていた。



 『チャンドラー』内部は、艦橋だけに留まらずパニックに陥りかけている。

 戦場に身を投じた以上、死を恐れるものではない。

 だが、敵艦との決戦で死ぬことは許容できるが、味方の攻撃で死ぬなどどう考えても受け入れられるはずもない。だからといって、友軍と判っていて、撃墜することもできない相談だ。なんとか六型陸攻に友軍であることを知らせなければ、開戦初頭に味方撃ちで沈められるた不名誉な艦という汚名を被ることになる。

 南遣艦隊司令部や『チャンドラー』首脳陣が迎撃すべきかどうか判断に迷っている間に、編隊はついに攻撃コースへと入ってしまった。


「艦長、変針!

 進路、○度!

 それから第二二航空戦隊司令部に緊急信だ!」

 『チャンドラー』の夜戦艦橋に、ハルミの切迫した叫びが響いた。



 二一時三〇分、第二二航空戦隊司令部は、いきなり飛び込んできた魔通に仰天した。

 南遣艦隊司令部、つまり彼らの所属する司令長官名で発信された魔通は、二通。

『中攻三機上空ニ有リ』

『吊光弾下ニアルハ『チャンドラー』ナリ』

 どう考えても、味方撃ちだ。

 それも自身が所属する方面艦隊の司令部に対する。

 万が一のことがあれば、軍法会議で死刑どころの騒ぎではない。

 

 魔通を傍受した第一航空部隊司令部は、文字通り飛び上がった。

 大慌てで『第二中隊ハ味方上空ニ有リ、索敵ヲ中止シ引キ返セ』と魔通を発信した。

 暗号魔通など組んでいる暇はない。平文の慌てふためいた魔通が、夜の闇に飛んでいった。



「行くわよ!」

 射点を確保したアズファ機は、機体を直進に固定する。もし対空砲火が殺到し、砲弾が命中しても、墜落しないことにアズファは決めた。

 眦を決し、息を止め、砂雷投下のタイミングを計る。


「用意……」

 それに続く『撃て』の形に口が開いた瞬間、普段は雑音ばかりで役に立った試しのない魔通受信機が鳴り響く。

『攻撃待てっ!

 目標は友軍艦!

 繰り返す攻撃中止!』


「――っ!?」

 声にならない叫びを発し、アズファは操縦桿を力一杯引き寄せた。

 強烈なGが身体を締め付け、腕は鉛のように重くなる。

 正面に見えていた艦影が一瞬で眼下に流れ、視界に月が飛び込んできた。



「何?

 何が……あった……の?」

「あれは『チャンドラー』です!」

 呆然とするアズファの呟きに、偵察員から報告が重なった。


 肝を冷やした『チャンドラー』乗組員たちの頭上を、六型陸攻の編隊が通過して行く。

 リムの耳には、『チャンドラー』乗組員の罵声が聞こえた気がした。



「莫迦野郎!」

「次は撃ち落とすぞ!」

「後で覚えとけ!」

「戻ってこい、この莫迦野郎!

 撃ち落としてやる!」

 リムの気のせいではなかった。

 『チャンドラー』艦上に、ありとあらゆる罵声が飛び交う。

 そればかりではなく、手近にあった工具や補修材を空に投げつける者もいる。


 陸攻隊の間抜けさ加減には呆れかえるばかりだが、問題はそれだけではない。

 吊光弾の光や、緊急とはいえ発してしまった探照灯の光と魔通は、敵潜砂艦を呼び寄せかねない。

 ハルミは索敵を諦め、船団護衛を優先するため、このまま北上する決断を下さなければならなかった。




「今の光は!?」

 『ラバナスタ』の夜戦艦橋に緊張が走った。


「発見されたのでしょうか」

 司令部参謀の不安げな問いは、そこにいる全員の思いを代弁している。


「案ずるな。

 我々が発見されたわけではない。

 大方、自軍の艦艇か輸送船団を、我々と誤認したんだろう

 あの光は、おそらく吊光弾だ。

 つまり――」

「敵艦隊、もしくは輸送船団は近くにいる。

 そういうことですな?」

 落ち着き払ったマスフィの言葉に、リッチ艦長が言葉を被せた。


「敵魔通を傍受しました!

 『我、航行中ノ艦ヲ発見セリ』!

 平文です!」

 通信士が艦橋に飛び込んでくる。

 通常であれば艦長なりの発言許可を取ってから報告を上げるが、今は戦闘行動中だ。

 必要な情報は、一刻も早く上げなければ、という通信士の焦りが見て取れた。


「あの方向に我が軍の艦艇は存在しない。

 間違いなく、あの光はソルの艦艇を我々と誤認したものと断じてよいだろう」

 薄笑いを浮かべ、マスフィは言った。

 その薄笑いには、発見されたのが自分たちではないと言う安堵と、味方艦艇を識別できなかったソル砂海軍の未熟さに対する嘲りが含まれている。


「そのまま同士討ちでもしてくれれば、我々の仕事も楽になりますな」

「いくらなんでも、そこまで間抜けではありますまい」

 参謀たちが会話を始めたところに、別の通信士が飛び込んでくる。


「敵魔通を傍受しました!

『中攻三機上空ニ有リ』

『吊光弾下ニアルハ『チャンドラー』ナリ』

 続いて『第二中隊ハ味方上空ニ有リ、索敵ヲ中止シ引キ返セ』

 すべて平文です!」

 サピエント艦隊司令部に、嘲りの空気が流れる。


「そうか、ハルミ提督の旗艦か。

 惜しいところだったな。

 『チャンドラー』の位置は判るか?」

 マスフィは、ここでソル砂海軍切っての智将と言われるハルミを、討ち取ることが可能かどうかを検討することにした。


「正確な位置は少々お待ちください。

 ですが、追撃するには少しばかり離れすぎていると思われます」

 航海参謀が答えた。


「下手をするとこちらが見つかる可能性もあります。

 『チャンドラー』につっかけた一群以外にも、このあたりを捜索している中攻隊がいると見て間違いありません。

 既に夕刻より、幾度か敵砂偵の触接はありました。

 先程の吊光弾は、敵中攻に夜間攻撃能力有りを示すものだと考えます。

 ここは一旦マーレイヤ軍港へ引き返し、態勢を整えるべきでしょう」

 リッチ艦長が意見を述べる。


「そうだな。

 敵機は夜間攻撃も可能と見ていいだろう。

 間違いなく、輸送船団は北にいるのだろうが、闇の中を当てずっぽうに探し回っても魔鉱石の無駄だ。

 一旦、マーレイヤへ戻ろう」

 マスフィは断を下し、艦隊に変針を命じた。

 航空機による攻撃で『ラバナスタ』や『ビュエルヴァ』が沈められるとは、マスフィは考えていない。

 ただでさえ高速で砂海上を疾走する戦艦に爆撃や雷撃を成功させる確率は、限りなく低いとこの時点では考えられている。だが、まぐれ当たりということもあるし、軽巡や駆逐艦に取って航空機が脅威であることには変わりはない。いざ敵輸送船団を襲撃のときになって、『ラバナスタ』や『ビュエルヴァ』が傷ついていたり、艦艇の損耗があっては十全な戦果は挙げられない。

 マスフィは、僅かの間にそれを考え断を下していた。


 サピエント艦隊が南に転進し、一五分が経過した二二時ちょうど。

 マーレイヤ軍港基地から、シアム王国国境とマーレイヤ軍港との中間地点にある商業港に、ソル騎兵軍が大挙して上陸を開始したとの緊急信が『ラバナスタ』に飛び込んだ。


「駆逐艦一隻を偵察に向かわせよう。

 我々は、その情報次第でマーレイヤに戻るか、上陸兵力を叩くか決定する」

 マスフィの命令が、発光信号をリレーして一隻の駆逐艦に伝えられる。

 やがて、マストにはためく信号旗を翻し、一隻の駆逐艦が目的地へと進路を変えていった。



 基地へと戻る飛行中、アズファは落ち込んでいた。

 味方の艦艇をを攻撃という最悪の事態こそ免れたものの、味方を敵と誤認するなど軍人としてあるまじき行いだ。

 この失敗で母艦航空隊への道は、閉ざされたと見て間違いない。

 それ以前に、今後飛行士官としてやっていけるか、それすら危うい状況だ。自分が上官なら、間違いなく飛行機から引き摺り下ろす。敵味方の区別もつつかないパイロットなど、危なっかしくて攻撃機に載せてなど置けるはずがない。

 今回の失態は、それほど重大なものだった。


 やがて、基地の滑走路が見えてくる。

 通常、滑走路に待機する誘導員や整備員以外の人影が、滑走路を照らす照明に長い影を落としていた。

 おそらく、司令か参謀が叱責のために待ち構えているに違いない。

 軍法会議という言葉が脳裏をよぎり、アズファは操縦桿を思い切り押し倒したい衝動に駆られてしまった。だが、いくらなんでも自身の失態のために、副操縦士や偵察員、魔信員や整備搭乗員の合わせて七人を道連れにするわけにはいかない。

 暗澹たる面持ちで、アズファは乗機を着陸コースに乗せていった。

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