第22話 奇襲
第一次攻撃隊が機動部隊の空母から発艦している頃、ハトー泊地の入り口を睨む十の瞳があった。
甲標的と呼称される特殊潜行艇五隻が、互いに連絡を取ることもなくハトー泊地の入り口付近の砂中に潜んでいる。
全長二三.九メートル、全幅一.八五メートル、排砂量四六トンの小さな船体を、潜砂艦としては破格の最高砂中速力一九ノットで走らせる蓄電池を搭載している。電池を使い切ってしまえば自力での充電は不可能だが、この速力は平均的な潜砂艦の二倍以上の高速性能だった。乗員は二名で、操舵とトリム調整を艇付が、索敵と運行指揮を艇長が担当する。武装は、四五センチ砂雷発射管二基に、それぞれ一本ずつ計二本の砂雷をしていた。
安全潜航深度は一〇〇メートルで、ソルの潜砂艦の中でも優秀な潜航能力だ。
五隻の甲標的は、第六艦隊のイ一六、一八、二〇、二二、二四番潜砂艦を母艦として、それぞれの後甲板に一隻ずつ搭載され、一七日間の航海を経てソル本土から運ばれてきた。
航空機による奇襲で混乱するハトー泊地に突入し、討ち漏らした敵主力艦に必殺の雷撃を敢行する計画だ。
機動部隊によるハトー攻撃案同様、甲標的の出撃にも紆余曲折があった。連合艦隊司令長官ゴトム大将の機動部隊の攻撃案には軍令部が反対したが、甲標的によるハトー攻撃案にはゴトムが大反対した。
ゴトムから見た甲標的は、欠陥兵器でしかないからだった。
小型の船体は敵から発見されないためだったが、それゆえ航続力が決定的に短い。
魔鉱石を使った内燃機関を、置くスペースがないからだ。そして内燃機関は大きな騒音が発声するため、待ち伏せや泊地突入という静粛性が求められる作戦には不向きであり、最初から搭載する予定がなかった。砂中最高速力一九ノットは破格の高速だが、全力航行をしてしまえば僅か数十分で電池は切れてしまう。通常の潜砂艦は内燃機関が充電器の役割を果たすが、甲標的にはそれがない。活動時間が電池の消費を抑えても艦内の空気の限界もあり、いいところ四日間では、ハトーからの生還は望めない。
十死零生の作戦を採用しない伝統を持つ砂海軍実戦部隊の長が、甲標的によるハトー攻撃案に反対することは、当たり前のことだった。
だが、新兵器に情熱を燃やす大尉クラスを中心とした若手将校たちは、甲標的によるハトー攻撃を諦めなかった。
甲標的母艦となる潜砂艦が所属する第六艦隊司令部も、彼ら若手将校を後押しした。そこには主役となり得ない潜砂艦部隊に大きな戦功を挙げさせ、以後の発言力を強めたいという打算があったことは否定できない。しかし、それ以上に若手将校たちの至誠の忠心を、無碍にしたくないという親心のような心境が強かった。
母艦潜砂艦がハトー周辺砂海域に四日間留まり、甲標的を回収すると確約することで、ようやくゴトムは首を縦に振ったのだった。
「ハトーのオリザニア砂海軍は、まるで気付いてないみたいだな。
太平楽に安息日を過ごすつもりらしいぞ」
潜望鏡を覗き、周囲を探っている艇長が、レンズ越しに遠望されるハトー市街の灯りを見て言った。
ハトーの人口や街の規模は、ソルの帝都には遙かに及ばす、せいぜい地方の中規模オアシスと同程度だ。だが、ハトーの夜を照らす人工照明はソルの帝都以上に明るく、そして一晩中途切れることもない。
国民全体にストイックな生活を強いる皇国とは、根本的に何かが違って見えた。
「贅沢に慣れた、怠惰な国民性……か。
聞きしに勝る物量だな。
それをこんな本土から離れたオアシスまで……
皇国では考えられん……」
潜望鏡から目を離さないまま、艇長の口からは感嘆とも自嘲とも取れる言葉が漏れていた。
前夜、母艦であるイ一六番潜砂艦から切り離される直前、潜砂艦長から受けた激励の言葉を艇長は反芻している。
母艦には九五名の人間が乗り組んでいる。
僅か二名の甲標的乗組員を救出するため、四日間はこの砂海域に留まるという。雷撃敢行後は、敵もこちらを沈めるために全力を挙げてくるだろう。自分たちふたりを含む一〇人のために、母艦乗組員合計三八〇人が命の危険に晒されるのだった。大の虫を生かすため、我々を捨てて帰還してくれと五人の艇長は申し出ていたが、五人の潜砂艦長でその言葉に首を縦に振った者はただのひとりもいなかった。
必ず還って来い。かならず母艦は指定海域で待つ。
その言葉を胸に、五隻の甲標的は砂海へと滑り出したのだった。
「艇長、ハトーの様子はいかがですか?
噂では、安息日を前にして皆眠りこけているとか、既に街に繰り出しているとか。
いずれにせよ、精強を以ってなる我がソル皇国軍とはえらい違いだとか」
外界の様子がまったく判らない艇付が、出撃前に仕入れた噂を口にする。
「確かにハトーの街は既に賑わっている。
灯が消えることもなく、一晩過ぎているからな。
だが、それを以って彼らが贅沢に慣れた弱敵と決め付けるのは、早計だと思うぞ。
本土からこんなに離れた辺境のオアシスに、これほどの町や泊地を作り上げた実力は、とても弱敵とは思えない。
侮ってかかると、手荒くしっぺ返しを喰うことにな――」
艇長の言葉は、そこで唐突に途切れた。
甲標的の周囲に巨大な爆発が巻き起こり、小さな船体を激しく揺らした。
艇長が潜望鏡に額を打ち付け、反動を堪えきれずに狭い艇内をのたうち回る。艇付は不意の振動に弾き飛ばされ、操縦桿に身体を打ち付けられて、図らずも甲標的を浮上させてしまった。甲標的が回避行動もままならず、砂海上にその姿を現したとき、多数の砲弾が殺到し、そのうちの一発が司令塔を直撃する。
これまでの生涯で感じたことのない激しい衝撃と痛みが艇長と艇付を襲い、視界が真っ赤に染まったと思った瞬間、ふたりの意識は暗転した。
ハトー泊地周辺の哨戒任務に付いていた旧式駆逐艦が、砂海から泊地を窺う潜望鏡を発見した。
デル文書がソルに提示されて以来、砂海軍省からそれぞれの部隊に警戒警報が発令されていた。ソル本土に近いネグリット植民地軍などはそれなりの厳戒態勢を強いていたが、はるかにソルから遠いハトー泊地に展開する大東境艦隊司令部は、旧式駆逐艦の何隻かに周辺砂海域に警戒を命じただけだった。そのうちの一隻が交代のため泊地に戻る際に、甲標的の潜望鏡を発見したのだった。
「艦長、不審な潜望鏡を発見しました」
見張りから報告を受けた甲板士官が、艦長に報告をリレーした。
「右砲戦準備。
測的完了後、適宜砲撃開始!」
「いいのですか、まずは警告の威嚇射撃を実施して、浮上を命じるべきでは?」
砲術長が艦長に対して疑義を呈する。
ソルと緊張状態にあることは理解しているが、こちらが最初に引き金を引いて良いものか、それを咎められることを恐れている様子だった。
「構わん。 ハトー泊地に対して堂々と親善訪問をするならば、最初から浮上航行するはずだ。
また、危機的状況に陥り、ハトーに救助を求めているならば、救難信号が発せられていなければならない。
該当の国籍不明潜砂艦から、そのような状況にあるという証拠は認められない。
従って、この時間にハトー泊地に対し、潜望鏡で偵察を行うことは明確な敵対行為だ。
射撃開始はこちらが先になるかもしれないが、敵対行動を起こしたのはあちらが先である以上、我々が非難を受ける要素はひとつもない」
艦長が明確に言い切る間にも、潜望鏡に対する測的は完了した。
既に測的完了後射撃開始の命令が下されているため、オリザニア砂海軍旧式駆逐艦の標準的な主砲が火を噴き、四インチ砲弾が甲標的に殺到する。
「通信士に下命。
泊地周辺に展開する哨戒部隊および司令部に緊急信。
『潜砂艦による襲撃あり。直ちに厳戒態勢を取れ○六四○』
急げ!」
「通信士に下命。
『潜砂艦による襲撃あり。直ちに厳戒態勢を取れ○六四○』
哨戒部隊および司令部に緊急信送ります」
艦橋要員から魔道通信室に伝声管を通じて艦長の命令が伝えられ、直ちに哨戒部隊各艦が戦闘行動に入った。
「どうだ、砲術長、沈めたか?」
「無茶言わんでください。
初弾命中なんぞ、どんな奇跡ですか」 砲術長は軽口を叩くが、それを果たせなかった悔しさが口調ににじみ出ている。
目標はハトー泊地の偵察に意識を集中させており、駆逐艦の接近には無警戒だった。さらに移動速度もそれほどではなく、初弾必中を期しての砲撃開始だった。
「目標、急速浮上!」
見張りからの報告に、艦長と砲術長に緊張が走る。
取り逃がしては、今後どのような災厄をハトー泊地にもたらすか判らない。
どうあっても、沈めなければならなかった
「砲術長、遊びは終わりだ。
早く仕事を完遂しろ」
「了解です、艦長!
逃げずに浮上するなんて、自殺する気か、あの潜砂艦は……」
数秒の後、甲標的の船体に閃光が走り、やや遅れて炎が吹き上がる。
ハトー泊地入り口を窺っていた甲標的は僅かな反撃すら行うことなく、司令塔に四インチ砲弾の直撃を受け、砂中に沈んでいった。
ソル・オリザニア戦争戦死者第一号は、ソル航空部隊の奇襲攻撃ではなく、不本意な奇襲を許してしまった奇襲兵器の乗組員だった。
「○六四五、国籍不明の潜砂艦撃沈確認!」
「司令部に緊急信。
○六四五、我ハトー泊地口にて国籍不明潜砂艦と交戦。
我が砲撃に浮上することなく遁走を図ったため、明確なオリザニアに対する戦争行為と断定。
砲撃を続行し、これを撃沈。
通信士、急げ!」
この緊急信と相前後して、計四隻の駆逐艦から国籍不明潜砂艦撃沈の報告信が、ハトー泊地に置かれた大東砂海司令部に届けられた。
しかし、これを受けた通信士官は、ちょうど仮眠中だった当直将校を起こさなかった。
そして、緊急事態として司令部首脳に直接報告することなく、当直将校の起床を待っていた。
甲標的が撃沈される約四五分前、機動部隊の六空母は喧騒の渦に包まれていた。
旗艦『コッヴ』の飛行甲板を零型艦戦が滑走し、軽い身のこなしでまだ明けやらぬ空に舞い上がる。
零型艦戦がすべて舞い上がると、次は胴体の下に二五〇キロ爆弾を抱えた九型艦爆が滑走を始める。一機、また一機と離艦した機体が高度を取り、機動部隊上空で梯団を組み始めた。
二航戦旗艦空母『デットン』艦上で、七型艦攻に乗り込んだエルミは発艦の順番を待っていた。
何度も訓練で繰り返し、身体に染み着いた動作がこのときばかりはぎこちない。気持ちを鎮めようと努力はするが、やはり初陣の高揚は抑えられない。死に向かって突進する恐怖、死を振りまく恐怖と葛藤に、エルミの心は乱れたままだ。普段であれば心地良いエンジンの響きが、魔力を上手く伝えられないせいか魔鉱石の反応が悪く、時折咳込むような不協和音が混じっている。
焦れば焦るほど、エルミの機体はエンジンの出力が下がっていった。
正面を見つめ、操縦桿を握りしめて精神を統一しようとするが、迫り来る発艦の順番に焦りが生じ、どうしても心が乱れる。
エンジンのうなりが不規則になり、今にも止まりそうだ。後部座席に座る機長のエンザや、魔信と機銃員を勤める兵は、エルミを焦らせまいとして一切声をかけることはしない。その静寂がエルミを焦らせ、悪循環に陥っていた。
そのとき、エルミの脳裏に声が響いた。
「あ、通じた!
エルミ、しっかりしなよ。
いつもどおりにやれば大丈夫。
ボクだって怖いけど、もうやるしかないんだよ」
第二次攻撃隊に参加するファルの声だった。
だが、それは耳に届く音声ではなく、頭の中に直接響いている。
「ファル?
なんで?
どうやって?」
ついさっきまでの焦りを忘れ、エルミは声に出して叫んだ。
「怒鳴らなくても平気だよ、エルミ。
そんなに大きな声出したらエンザ中尉が驚くから。
エルミだけみたいだよ、通じたのは。
エルミ並みの魔力がないとダメなのかな。
指輪を見てごらん」
ファルに促され、エルミは右手を見る。
魔力を行使する職業にある者は、政府の公認を受けた魔力増大の指輪の着用が認められている。
以前魔法の修練のためにつけていた指輪とは、魔力の増大幅の桁が違う。特に、兵士は火と風の指輪が必需だった。
火の指輪は、言うまでもなく火の魔鉱石と反応し、その魔力を取り出す上で欠かせないものだ。風の指輪には治癒魔法の能力が秘められており、戦場を駆け回る兵士にとってなくてはならないものだった。もちろん、風の魔法が使えるようになるため、空戦時の急激な起動を行う飛行士にとっても欠かせない。この他に飛行士は、脱水症状を防ぎ、万が一の被弾時に消化の助けとなるように水の指輪をつけている者が多い。
その風の指輪が鈍く光っている。
「風?
これを通して?」
エルミが落ち着きを取り戻し、意識の中でファルに問いかける。
「そうみたいなんだ。
魔道通信みたいに遠距離だと無理だけど、今ボクとエルミの距離くらいなら聞こえるみたいだよ」
「ありがとう、ファル。
ところで、ルックゥとか、他の人には?」
自身の不甲斐なさをルックゥに知られたのではと、エルミは赤面した。
「大丈夫だよ、エルミ。
聞こえてるのは、間違いなくキミだけさ。
残念だけど、ね。
それより、ほら、順番が回ってくるよ。
ボクは後から行くから、敵は取っておいてね」
唐突にファルの声が途切れる。
現実に意識を引き戻されたエルミが、コクピットの前に視線を送ると、そこには機体は残されていなかった。
「中尉、行きます」
伝声管を通し、落ち着き払ったエルミの声がエンザの耳に届く。
「落ち着いたようだな、少尉。
大丈夫だ、いつもどおりやればいい。
さっさと行かないと、後続機にケツを蹴り飛ばされるぞ」
およそ女性にかける言葉とは縁遠いセリフをエンザは返す。
「もう、そんなことばかり言ってるから、中尉はモテないんですっ!」
行きます」
車輪止めが引かれ、機体がゆっくりと滑り出す。
エンザはもう何も言わず、エルミがいつも通り機体を操るのを後部座席から見守っていた。
エルミが駆る七型艦攻は、『デットン』の飛行甲板を一気に駆け抜けると、一度大きく沈んでからまだ明けやらぬ蒼穹へと駆け上がっていった。
この時点で帝都経由のハトーの情報は、飛び立ったすべての将兵の頭に叩き込まれている。
五日には戦艦『アルテア』と『ガデア』が入港し、入れ替わるように空母『プラボカ』と重巡五隻が出航していた。
七日早朝現在、ハトーに在泊の艦艇は、『アルテア』級戦艦の『アルテア』と『ガデア』の他に、『パルム』級戦艦『パルム』『バフスク』、『ポフト』級戦艦『ポフト』『サラマンド』、『ディスト』級戦艦『フィン』『ミシディア』の計八隻。この他に重巡二隻と多数の補助艦艇だ。
艦攻隊の誰もが八隻の戦艦に必殺の雷撃を、『アーストロン』級戦艦の主砲弾を改造した八〇〇キロ爆弾を叩き付けてやると誓っていた。
第一次攻撃隊一八三機が飛び立つまでの所要時間は、僅かに一五分。
ハトー時間の午前六時一五分、ソル時間で深夜一時四五分、がっちりと梯団を組んだ編隊は、一路ハトーを目指して機動部隊の上空を離れていった。
北緯二六度一分、西経一五七度一分、ハトーオアシス北方二三〇浬。
気温は二二度。
日の出の二六分前。
月齢一九日。
下弦の月。
東北東一三メートルの風が吹いていた。
残された六隻の空母では攻撃隊発艦の余韻に浸る余裕もなく、エレベーターが鐘の音を鳴らしながら上下し、第二次攻撃隊の機体が飛行甲板に曳き出されはじめていた。
第一次攻撃隊が機動部隊上空から去って三〇分後の午前七時一五分、機動部隊は南進し、ハトー北方二〇〇浬の地点で第二次攻撃隊を発進させた。
ハトー時間の七時三〇分、『ケロニア』機が『ハトー在泊艦艇を、戦艦一〇、重巡一、軽巡一〇、ハトー上空、雲高一七〇〇メートル、雲量七』と魔通で報せてきた。
その五分後リンが駆る『ドラコ』機が『ハイナ泊地に敵艦隊を見ず』と魔報を送ってくる。
「情報と食い違いがありますな。
事前情報では戦艦八、重巡二でしたが」
ジッツーが誰とはなしに呟いた。
航空機に搭載された魔道通信機は、音声による会話は無理だが、長短の魔通を利用して意味のある文章を送ることはできた。
「航空甲参謀、航空機による偵察に誤差は付き物だ。
高空からの目視で、すべてを正確に確認することが難しいことくらい、君も充分知っているだろう」
カリュウ参謀長が窘めるというわけでもなく答えた。
「はい、おそらく、ですが。
重巡や輸鉱石船あたりを誤認しているものと考えられます。
そうしますと、戦艦と重巡の数が合いますな」
航空乙参謀が補足するように口を挟んだ。
「戦艦が十隻いるというなら好都合です。
きれいさっぱり砂葬にしてやりましょう。
しかし、空母が一隻もいないというのはどういうことだ……
たしか、五日までは『プラボカ』がいたはずだ。
どこへ行きやがった?」
ジッツーは、再度呟き、腕組みをした。
だが、機動部隊は厳重な魔通封止下にあり、偵察機に詳報を送るように命じることはできなかった。
機動部隊司令部は、現時点で送られてきた情報のみを基に、作戦を進めていかなければならない。
ハトー時間午前七時四五分。
第一次攻撃隊総隊長ミッツ中佐は、眼下に広がるハトー泊地の心を躍らせていた。
一機の迎撃機も、一発の対空砲火も上がってこない。完全に奇襲は成功したと判断してよい。
キャノピーを開け、右腕を蒼穹に伸ばして信号弾を一発打ち上げた。
攻撃に移る前にミッツの判断で、奇襲か強襲かが決定されることになっていた。
信号弾が一発であれば奇襲。二発上がれば強襲だ。
奇襲、つまり敵の攻撃がないときは、雷撃隊が高度一〇メートルまで降下し、砂雷攻撃をしかける。
強襲、運悪く発見され、敵と交戦に入ったときは、降下爆撃隊が先陣を切って対空砲火を制圧し、残りの隊が行動に入る。ただし、強襲の場合は、爆煙が他の攻撃を阻害する危険がある。
ジュージ率いる雷撃隊は高度を下げ、雷撃態勢に入る。
同時に降下爆撃隊は上昇し、急降下の態勢に入った。
ミッツは、信号弾を撃った後、制空隊の零型艦戦がまったく行動を起こさないことに気付いた。
制空隊は、ミッツの信号弾を見落としていた。
零型艦戦の速度は艦爆や艦攻よりはるかに速く、編隊速度一二五ノットで飛ぶのが苦しいので、機位を調整するため左右に流れたり、前後に回り込んだりしていた。そのため、たまたまこの時高度五〇〇メートル、水平距離で数千メートル離れてしまっていたのだった。
だが、今すぐ信号弾を撃ち直してしまうと、他の機体が強襲と勘違いしかねない。とろ火で炙られるような焦りの中、ミッツはかろうじて二分の間を取り信号弾を再度撃ち上げた。
今度ははっきりと信号弾を確認した制空隊が、所定の隊形に展開を開始する。
ところが、急降下爆撃隊の指揮官は信号弾二発と判断してしまった。降爆隊指揮官は強襲命令と思い込み、所定の高度四〇〇〇メートルに達する前に急降下態勢に入ってしまう。この行動を見た雷撃隊を率いるジュージ少佐は、降爆隊の爆撃による爆煙で目標の視認が困難になる前にと、急いで魚雷攻撃を仕掛けにいった。
ミッツはやむなく予定より五分早く、攻撃命令を下した。
「ト連送!」
全軍突撃せよを意味する魔通がミッツ機から発せられ、すべての機体がハトー泊地に殺到する。
「大丈夫だ。
まだ敵は迎撃態勢を取れてない。
よし!
我奇襲に成功せり、トラ連送!」
ミッツ機から再度魔通が発せられ、それを受信した機動部隊機関『コッヴ』の艦橋は、歓喜の嵐に包まれた。
七時五五分、高爆撃隊が第一飛行場に投じた二五〇キロ爆弾で、奇襲攻撃は開始された。
次々に投げ落とされる二五〇キロ爆弾が、滑走路や兵舎、駐機中の機体を爆破する。追いかけるように滑り込んできた艦戦は、爆弾が討ち漏らした機体に機銃掃射をかけていく。かろうじて破壊を免れていた機体が、ジュラルミン製の胴体を袈裟懸けに撃ち抜かれ、着陸脚をへし折られその場にへたり込むように擱座する。魔鉱石タンクを射抜かれた機体が大音響と共に爆発し、辺りに破片を撒き散らし、パイロットや整備兵をなぎ倒した。一矢を報いるために機体にすがり付こうとするパイロットを艦戦の機銃が打ち倒し、退避途中の整備兵を艦爆が叩き付けた二五〇キロ爆弾がなぎ倒す。元は人だった肉の破片と航空機だった金属の破片が、土砂と共に盛大に空へ舞い上がった。
第二、第三飛行場でも同じような光景が展開され、それらの飛行場から飛び立つ機体は一機もなく、ハトー上空の制空権はソル軍が握りつつあった。
その頃、ハトー泊地を一望できる高台に設置されたオリザニア大東砂海艦隊司令部は、まさに混乱の極致にあった。
小型潜砂艦撃沈の報告文は、午前七時三〇分頃になってようやく当直将校の目に触れた。
事務机の上に無造作に放り出された魔通分の綴りは、通信士官が当直将校の起床を待って報告しようとしていたものだった。
「なんだ、これは?」
内容の緊急性をひと目で見抜いた当直将校が、まったく緊張感のない通信士官を叱りつける。
大至急大東砂海艦隊司令部に送られた敵潜砂艦撃沈破の報告文は、ここでも余計な気を利かせた司令部スタッフの下でしばらく留まることになる。既に撃沈され脅威とならない潜砂艦など、あとで知らせればよいことだ。
ようやく、報告文が司令長官メルイィ大将の元に届いたとき、大空から巨大な破壊が降ってきた。
第一飛行場の格納庫に最初の二五〇キロ爆弾が命中し、不運な整備班の新兵ごと周囲の機体や工具、治具や鋼材を吹き飛ばしたとき、騎兵軍ハトー派遣航空隊参謀長は、宿舎で髭を剃っていた。
突然の大音響に、参謀長は正に飛び上がり、頬を深く傷付けてしまったが、聞こえてきた音が意味することはひとつしかない。瞬時に何が起きたか参謀長は宿舎を飛び出すと、格納庫がもうもうと爆煙を噴き上げている。このとき、参謀長は何らかの事故が発生し、格納庫内で航空機が爆発したと思った。
だが、上空からは、次々とソル砂海軍機が機体を翻し、降爆を敢行している。
「たった今、第一飛行場が爆撃された!
ソルだ!
やつらが来たんだ!」
参謀長は宿舎のオフィスに飛び込んで、騎兵軍ハトー管区司令部に魔通を繋ぎ、大声で怒鳴る。
「何を言ってるんだ、航空参謀長。
さては、安息日ってことで朝から飲んでるのかい?
司令部魔通を使っての悪ふざけは、感心できることじゃないぞ。
出たのが俺だから良いような――」
「莫迦野郎!
悪ふざけなんぞで、こんな魔通をするか!
これを聞いてみやがれ、このあんぽんたん!」
当初、突然の魔通に出た管区参謀長は、安息日の朝に航空参謀長が酔っ払って悪ふざけをしていると思い、緊急信を信じようとはしなかった。
だが、その態度に業を煮やした航空参謀は、魔通の受話器を窓の外に突き出し、連続して炸裂する爆発音を実況した。
「どうだ!
これでもまだ信じないか!?」
航空参謀は、受話器に怒鳴り込み、そのまま魔通機に叩き付けた。
そして、対策を講じるためにオフィスを飛び出すが、彼自身どこに行ってどうすれば良いか、まるで解っていなかった。
ハトー泊地から東へ約一〇キロ離れた砂海軍魔報局では、第三飛行場基地が暗号に組み替えることなく平文で発した、長短二音のトンツー魔報を傍受した。
『我爆撃ト掃射ヲ受ケツツアリ、敵襲と判断ス』
魔報の内容に衝撃を受けた魔報局の通信士は、第三飛行場の通信士が錯乱したと考えた。
『血迷ウナ』と送り返した魔通に、第三飛行場からは『演習デハナイ、実戦ナリ』と何度も返信されてくる。あまりにも切迫した返信に、通信士はその魔通を文字に落とした紙片を上官のところへ持っていった。
だが、通信士がオフィスのドアを開けたとき、上官たちは窓の下に広がるハトー泊地を食い入るように見詰めていた。
航空機の降爆音が響いたとき、オフィスの誰もが騎兵軍機の演習だと信じ込んでいた。
砂海軍のスケジュールに、この日の演習は予定されていなかったからだ。
だが、対空砲火の白煙が上がり始め、やや遅れて砲の発射音がオフィスに届く。その直後、格納庫から爆炎が噴き上がり、遅れて轟音がオフィスの窓を叩いたとき、そこにいる誰もが顔面を蒼白に染めていた。
「首都に緊急信だ!
平文で構わん!
大至急、打て!
メルイィ司令長官に、大至急報告!」
通信士から魔報文を受け取った上官は、顔面を蒼白にしたまま叫んだ。
ハトー時間午前七時五八分、ソル時間午前三時二八分、オリザニア時間午後一時二八分に、ハトー砂海軍魔報局から打たれた魔道通報は、全世界を震撼させた。
『ハトー泊地空襲ヲ受ケル。コレハ演習ニアラズ』
「中尉、行きます!」
爆炎がたちこめる中、エルミは超低空に舞い降りていた。
まだ敵艦は対空砲火を撃ってこない。奇襲は完全に成功していた。
艦上をこけつまろびつ駆け回り、一刻も早く対空機銃に取り付こうとする兵や、おそらくは喉を嗄らして指示を送っている士官の姿が、コクピットの風防ガラスをとおしてエルミの目に飛び込んできた。
初めて敵と向き合ったエルミに、初陣にありがちな躊躇いは一切ない。
皇国にあだなす敵を討ち倒し、大東砂海に平和をもたらす。この一心で七型艦攻を超低空で飛ばせていた。いや、躊躇いを感じる余裕すらなかったのかもしれない。僅かでも操縦桿の動きを間違えば、機体は砂海に突っ込み、敵艦に叩き込むはずだった砂雷の誘爆で、エルミの身体は跡形も残らないだろう。
人として人を殺すことに躊躇いを感じる余裕など、欠片もなかった。
エルミの機体は砂を巻き上げ、一本の矢のように敵艦に突進して行った。
エルミたちの正面に、『アルテア』級戦艦の二番艦『ガデア』の巨体が迫っていた。
全長一七七.七メートル、基準排砂量二万九〇〇〇トンの巨体が、姉妹艦『アルテア』と並んで係留されている。
『アルテア』からは対空砲火が少ないながらも撃ち出されているが、『ガデア』は沈黙を守ったままだ。僅かな初動態勢の差が、この二艦の運命を分けた。対空砲火を避けるように『ガデア』に七型艦攻がしたい寄る。砂海上を高速で走る戦艦に砂雷を叩き込むために、殉職者を出すほどの訓練を重ねてきたソル砂海軍雷撃隊にとって、静止目標など目を瞑っていても命中させられる置物でしかない。
「用意……
撃てっ!」
裂帛の気合を込めてエルミは砂雷の投下索を力一杯引いた。
砂煙を巻き上げて、九型航空魚雷改が『ガデア』の艦腹めがけて突進する。
エルミは急に軽くなった機体が必要以上に浮き上がらないように、操縦桿を前に押し込んだ。対空砲火に捉えられないための、艦攻乗り必須の飛行技術だ。そのまま『ガデア』の第一主砲塔の真上を飛び越え、その奥に停泊する『ポフト』級戦艦の艦橋をかすめて急上昇した。行きがけの駄賃とばかりに通信士が後部旋回機銃で『ポフト』級戦艦の艦橋に掃射をかける。
エルミが高度を取ったとき、背後から大音響が連続して響く。
「命中!
砂柱、五本!
『アルテア』級戦艦に、砂雷命中五を確認!」
見張り員を兼ねる通信士から、歓喜の叫びがこだました。
『アルテア』級戦艦二番艦『ガデア』は、艦齢三〇年に達しようという老嬢だった。
一発目の砂雷は左舷艦首を抉り、ここの大量の侵砂を発生させた。
二発目の砂雷が艦尾を襲い、スクリューと舵をまとめて吹き飛ばす。艦尾からも大量の侵砂が発生し、あっという間に舵機室を砂が満たしていく。これで人力操舵すら不可能になった『ガデア』は、自力で動くことがまったくできなくなってしまった。
続いて三発目の砂雷が土手っ腹を抉り、バルジに巨大な破口を穿つ。左舷に集中して被雷した『ガデア』は、ゆっくりとその傾斜を大きくしていった。
ダメコンチームが副長の命令に従い被雷箇所に走るが、爆発するような勢いで流れ込む砂圧に対し、人力はあまりにも無力だった。
隔壁を閉ざそうとする前に大量の砂が奔流となって雪崩込み、ダメコンチームを飲み込んでいく。
『ガデア』の災厄はこれで終わらなかった。
四発目と五発目の砂雷が相次いで左舷中央部に命中する。
かろうじてバイタルパートは撃ち抜かれることには耐えたが、大量の砂を左舷に飲み込んだ艦隊は傾斜を深め、大音響と共に転覆した。
既に退艦命令は出されていたが、半数近い将兵は艦内に閉じ込められたままだった。
攻撃開始から僅か五分後の午前八時、戦艦『ガデア』は主砲弾庫の誘爆を起こすこともなく、砂深の浅いハトー泊地にその艦腹を晒していた。
ほぼ同時刻、老朽化が進み戦艦から標的艦へと艦種変更していた『セミテ』は、水兵たちが艦尾に軍艦旗を掲揚し始めた直後、艦の前方に砂雷二本の直撃を受け左舷に傾き始めた。
決戦距離から自艦と同じ主砲で撃たれてもそれを受け止めるはずだった装甲も、三二年の長い月日に劣化が進んでいる。息つく暇もなく、続けざまに三本の砂雷が命中し、『セミテ』の艦腹を引き裂いた。それぞれが弾頭に持つ二五〇キロ近い魔鉱石炸薬の爆発力は舷側装甲を容易く引き裂き、瞬く間にこの旧式艦を転覆させていた。
戦艦『サラマンド』は左舷第二砲塔直下に砂雷一発を受け、弾薬庫を誘爆させ、大量の侵砂が発生してハトー泊地に大破着底していた。
だが、艦の心臓部である缶室や主機に被害はほとんどなく、迫り来る急降下爆撃機や雷撃機に対し盛んに対空砲火を打ち上げている。不意を衝かれたオリザニア軍だが、現場の迅速な判断で急速に迎撃態勢を整えつつあった。
ジュージは他の雷撃隊が突進した『ガデア』には目もくれず、ハトーに在泊する中で最も新しい戦艦『ミシディア』に雷撃を敢行した。
『ミシディア』はまだ係留ブイから離れることは適わないが、苛烈な対空砲火を撃ち出す。不意打ちにも拘らず、オリザニア軍の立ち直りはソル軍の想像以上のものだった。
機銃の一撃が、『ブリッツ・ブロッツ』雷撃隊の七型艦攻を、正面から撃ち抜いた。
一瞬にして猛火に包まれた艦攻が、原型をとどめぬほどに破壊され、砂の上に破片をばら撒く。直後もう一機の艦攻がパイロットを射殺され、こちらは火に包まれることも機体を破壊されることもなく砂に突っ込んだ。
「『ブリッツ・ブロッツ』第二小隊長機被弾!
続いて、『ブリッツ・ブロッツ』第三小隊二番機被弾!」
後部座席から見張りを兼ねる航法士の絶叫が、コクピットに響いた。
『コッヴ』第三小隊二番機の航法士が、覚悟を決めた表情で自分に敬礼する姿が見えてしまった。
背中合わせに座っているため状況を把握できない通信士の表情が、絶望の色に染め上げられ、口が絶叫の形に開かれているのも見てしまった。
正面から迫り来る橙色の火箭は、すべて自分を狙っているように見えてくる。
航法士は、自分も一秒後にはあの後を追うのではという恐怖に捕らわれるが、その瞬間まで決して目を閉じまいと心に決め、ジュージの操縦にすべてを託し正面を見詰めた。
超低空飛行を続けるジュージの機体に命中する砲弾や機銃弾はなく、すべてが頭上を通り過ぎていく。
「了解!」
ジュージは視線を『ミシディア』から逸らすことなく、操縦桿を握り締めている。
列機を失ったことは痛いが、今はそれに心を痛めている場合ではない。僅かでも高度を上げてしまえば、自分もその後を追うことになる。
部下の死を悼む気持ちを振り払い、ジュージは『ミシディア』への射点に急いだ。
訓練では決して飛んでくることのない熾烈な対空砲火は、雷撃隊のパイロットすべてに目標への距離を大きく引き離したような錯覚を抱かせた。
だが、そのような錯覚も一瞬で過ぎ去り、数秒で射点に辿り着いた雷撃隊は、次々に腹に抱えた砂雷を投下し機体を翻す。しかし、この一瞬の間にさらに二機の機体がハトー泊地の砂に沈んでいた。恐怖のあまり操縦を誤り、一機は自ら砂海に突っ込み、一機は不用意に高度を上げてしまい機銃弾に捉えられた。
「さらに二機、撃墜!」
「了解!」
航法士の報告を妙に醒めた頭で聞いたジュージは、射点に取り付いたことを確認した。
「用意……
撃てっ!」
四機の無念を乗せた裂帛の気合とともに、ジュージは砂雷の投下索を力一杯引いた。
ここまで来れば、もう外しようがない。
そんな思いとともにジュージは操縦桿を一旦前に押し込み、次いで『ミシディア』の巨体を避けてから力一杯引き付けた。
後から追い縋る対空機銃の火箭を振りほどき、上空へと機体を駆けさせる。
大きな爆発音に、航法士と通信士の歓喜と驚愕の絶叫が重なる。
「砂雷命中!」
「『ブリッツ・ブロッツ』第一小隊三番機被弾!」
ジュージの放った砂雷は『ミシディア』左舷中央部を深く抉り、大火災を発生させた。
砂雷投下後、退避行動中に不運な一撃を背後から喰らった機体が、瞬きするまもなく爆発し、破片を砂上に撒き散らす。
永遠とも感じられる数秒の後、ジュージは遥かな高みからハトー泊地を見下ろしていた。
そこには盛大に火災炎を噴き上げ、幾つもの巨艦が苦痛にのたうつ姿を晒す地獄が展開されている。
ジュージは周囲に集まってくる配下の艦攻隊の数を数え、『ミシディア』を狙った部隊以外の彼我がないことを確認した。しばらくハトー上空を旋回し、戦果をカメラに収めるとジュージは機体を翻し、残存機体を纏めて母艦への帰投を開始した。
『ガデア』が轟音と共に転覆し、『サラマンド』がハトー泊地に着底すると同時に、戦艦『ポフト』が爆弾二発の直撃を受け、盛大に炎を噴き上げた。
ジュージの雷撃を受けた『ミシディア』が大火災を起こす横で、航行中の戦艦『アルテア』に砂雷と爆弾が一発ずつ命中する。
ほぼ同時に、『ミシディア』に連続して八〇〇キロ爆弾が命中し、この戦艦を見る間にスクラップへと変えていく。僅かな時間の間に『ミシディア』の被害は、被雷七、被弾二を数えた。八〇〇キロ爆弾の一発が不発弾だったことなど、全体の被害から見ればどうでもいいことでしかない。この場で最も新しいとはいえ既に進砂から二〇年を経過していた老嬢に、この打撃に耐える力はなかった。
大量の砂を腹に飲まされた『ミシディア』は、砂深の浅さが幸いし転覆こそ免れたが、その場に着底し動かなくなってしまった。
手順が狂ったミッツは焦っていた。
このままでは爆煙がハトーを満たし、ただでさえ高いとはいえない水平爆撃の精度を大きく低下かさせてしまう。雷撃隊から無理を言って転向させた部下たちに、無駄に爆弾を捨てさせるようなことは、何があってもしたくなかった。
整然と隊列を組み、ハトー上空を進撃するミッツの目に、ドックにいる戦艦『パルム』とまだ動く気配のない戦艦『バフスク』が飛び込んできた。
瞬時に状況を把握し、ミッツは自身が率いる『コッヴ』、『ブリッツ・ブロッツ』、『デットン』の水平爆撃隊に目標を指さし、『バフスク』に爆弾を投下する進路を取る。
ドッグにいる『パルム』は、第二次攻撃隊に任せばよい。それよりも、いつ動き出すか分からない『バフスク』を沈める方が先だ。
攻撃開始から一〇分が経過したハトー時間の午前八時、戦艦に誤認された標的艦『セミテ』が転覆したとき、戦艦『バフスク』の周囲にいくつもの砂柱が林立した。
ほとんどは外れ弾となって砂柱を上げるだけに留まったが、『ブリッツ・ブロッツ』艦攻隊が投下した八〇〇キロ爆弾が四番砲塔側面に当たり小火災が発生した。
その直後、『ブリッツ・ブロッツ』水平爆撃隊と行動を共にしていた『デットン』水平爆撃隊も八〇〇キロ爆弾の投下を開始する。
ルックゥ機が投下した八〇〇キロ徹甲爆弾が、『バフスク』の一番砲塔と二番砲塔間の右舷にめり込んだ。一瞬の間を置いて『バフスク』の全身がぶれて見えたかと思うと、破口から巨大な火柱が沖天高く噴き上げられる。
ルックゥが投下した爆弾は、七六ミリしかない『バフスク』の薄い水平装甲を易々と突き破り、弾薬庫に突入したところで信管を作動させ炸裂した。火と鉄の暴風が、第二砲塔の弾薬庫にあった主砲弾と装薬のすべてを誘爆させた。
艦の中でも最強の防御力を誇る主砲塔に命中したなら、『バフスク』には何の痛痒もなかったかもしれない。だが、ルックゥの投下した爆弾は、もともと四〇センチ砲搭載戦艦の三〇〇ミリ装甲板を貫くためのものだった。七六ミリしかない『バフスク』の装甲板が、この一撃に耐えられる道理がなかった。
弾薬庫が誘爆し、一発でも戦艦に大きな被害をもたらす主砲弾百発分の破壊が巻き起こり、『バフスク』の艦体前部はひとたまりもなく引きちぎられた。
その爆発の破壊力は、艦の残骸を泊地対岸の小オアシスに大量に振りまく。既にこの艦が、どんな優秀なダメコンチームを以てしても救えないことは、誰の目にも明らかだった。
土手っ腹に砂雷を受け、着底していた戦艦『サラマンド』が、突然五インチ砲を急降下爆撃機に発砲した。
だが、着底したまま対空放火を打ち上げる戦艦『サラマンド』は、苛烈な訓練を潜り抜けてきた艦攻隊にとってはただの静止目標でしかない。傾斜により正確な照準など望むべくもない『サラマンド』に砂雷がしたい寄り、左舷艦腹に命中する。轟音とともに爆炎が噴き上がり、艦腹を大きく抉り取るが、『サラマンド』は砂雷命中にへこたれることなく対空砲火を撃ち続け、ついに爆撃機を一機撃墜した。
だが、それは既に投弾を終え、退避行動に移った機体であり、オリザニア大東砂海艦隊の被害を食い止める意味を持たなかった。
ほぼ同時に、猛炎に包まれた戦艦『バフスク』に砂雷が命中し、これが苦痛にのたうつ戦艦にとっての介錯となった。
第一撃で妹『ガデア』を失い、自らも被雷被弾し泊地をのた打ち回っていた『アルテア』に、追い討ちをかけるように八〇〇キロ爆弾が命中する。
この一撃を以て第一攻撃隊の戦闘行動は終了した。
ハトー泊地で生き残ったオリザニア将兵たちは、怒りに満ちた目で飛び去っていくソルの国旗を両翼に染め抜いた機体を見送っている。
もし視線が熱を持つのなら、すべての機体が炎に包まれるのではないかと思うほど、将兵たちの目からは怒りが溢れ出していた。