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第18話 決意

 一航艦の主要な幹部に、ハトー攻撃が発表された半月ほど前のことだった。

 一〇月中旬に、軍令部はハトーを攻撃するならば、『コッヴ』とオーキキの二航戦が保有するすべての飛行機を、五航戦と『ブリッツ・ブロッツ』の三隻に移して作戦を行う案をナンクウに提示していた。

 巡洋戦艦として計画された『コッヴ』と、二航戦の二空母は航続距離が短い。

 補給の問題が、争点となっていたのだった。隠密行動が作戦の要諦であり、大規模な補給部隊を引き連れての移動は、艦隊が事前に発見される危険を伴ってしまう。

 軍令部は『コッヴ』、『デットン』、『テレスドン』といった足の短い三空母を、作戦から外す案を提示してきたのだった。



 その数日後に、戦艦『ゴーストロン』を会場として、ハトー攻撃の図上演習が行われた。

 その席で連合艦隊の航空参謀が、軍令部の意向と前置きしてその提示案を説明した。


「南方作戦のために、航続距離の短い『コッヴ』、『デットン』、『テレスドン』はネグリット制圧作戦に使い、ハトーは足の長い『ブリッツ・ブロッツ』、『アパテー』、『アルギュロス』でやっていただきたいのです。

 そのかわりパイロットは、ハトーに行ってもらう。

 とにかく、あっちも足りない、こっちも足りないという状態です。

 それで戦争をしろというんだから、無茶な話です」

 半ば笑いながら航空参謀は言った。

 呆れ果てたような、自身も納得できないという口調であり、表情だった。


「絶対にだめだ!

 三隻では一度にとばせる飛行が少なすぎだ」

 第一航空艦隊航空甲参謀に異動していたジッツー中佐が即答する。

 あまりの暴論に公式の場での言葉遣いは、どこかに飛んでいってしまっている。


「何だと?

 それは誰の考えだ!?

 艦は南方に行け、可愛い搭乗員はハトーに行けだと!?

 莫迦なことを言うな!

 この俺に自決せよ、そう言うんだな?

 ああ、いいだろう、望み通り死んでやろう。

 だがな、死ぬならハトーを叩いてから死んでやる!

 なにがあろうと、他では死んでやらん!

 誰がなんと言おうと、他のところでは俺は死なん!

 俺は、絶対に行くぞ!

 たとえ、魔鉱石が尽き果て、帰路に漂流しようともだ!」

 オーキキは激怒し、血相を変えて航空参謀に詰め寄った。

 冷静に考えれば航空参謀は言われたことを伝えただけだったのだが、頭に血が上っていたオーキキには配慮などする余裕はない。軍令部の言いなりになりやがって、といった視線で航空参謀を睨みつけている。


 ナンクウ司令長官は、砂海軍士官学校三六期でゴトム連合艦隊司令長官より四期下、オーキキより四期上だった。

 この長官人事は、適材適所の前に年功序列によって決められていた。

 しかしオーキキは長く航空部隊の司令官を勤め、航空戦の指揮には自信を持っていた。さらに、ドラゴリー諸国やオリザニアでの勤務も長く、他国の軍を間近に見ていたため近代戦の指揮にも精通している自負していた。だが、既に書き上げられた図上演習要項を、この場で一から書き直すことは不可能だ。

 憤懣やるかたないという表情で、オーキキは図上演習の間中、無言で過ごしていた。



「二航戦の飛行機を五航戦に移すなど、俺は金輪際認めんぞ!」

 戦艦『ゴーストロン』の長官公室に、オーキキの怒声が轟いた。


 二航戦の二空母が航続距離に問題があることは、司令官のオーキキは充分すぎるほど承知していた。

 しかし、それがもとでハトー作戦から外されるとなると話は別だ。熱血漢のオーキキは、逆上に近い状態になっていた。

 オーキキは、いきなりナンクウの胸ぐらを量の掌で掴むなり言った。


「ナンクウ、貴様、この二航戦をおいてけぼりにしようというのか!?」

 逆上したオーキキに、上官も部下もなかった。


「おい、何をするか!?

 何も、おいてゆくとは言っておらん。

 話は最後まで聞け!」

 武道の嗜みもあるナンクウは、オーキキの勢いに飲まれながらも、両の掌をしっかり握りながら一呼吸した。

 だが、オーキキの剣幕が治まる気配はない。ちょうどナンクウに書類を提出するために長官室を訪れたジッツーが、そのまま扉を閉めてしまったほどだ。

 決してジッツーが臆病なわけではない。砂海軍を見渡しても、彼に比肩し得る闘志を持つ佐官はそう多くない。そのジッツーが逃げ出してしまった。


 いかに参加したい熱情があるとはいえ、このオーキキの振る舞いは常識の範疇を超えていた。

 少将が中将に対して無礼な口をきくだけでも懲罰の対象になるというのに、あろうことかその胸ぐらを掴んで決定を覆させようとしている。もし公になれば、軍法会議にかけられるべき事態だ。従兵を呼ぶだけで片は付くが、反りが合わないとはいえ、闘志溢れる提督を未曾有の国難を前に軍から放逐する気など、ナンクウにはなかった。

 それは決して善意からだけではなく、航空の専門家であるオーキキに対して、自分は飛行機の素人だという引け目があったことも確かだった。


 結局、常識の範疇をはるかに超えたオーキキの直談判は功を奏し、二航戦もハトー攻撃に参加する方法を検討することになった。

 だが、燃料庫を増設することも、補給部隊の増員も不可能だ。軍令部では二航戦の参加方法検討と、オーキキの説得をどうするかを平行して考えていた。そこへオーキキの『帰路は漂流しても』という発言を聞きつけた連合艦隊先任参謀と、当のオーキキからほぼ同時に、全く同じ案が提示されてきた。

 その案は間違いなく効果絶大ではあるが、反面大きな危険を伴うものだった。

 しかし、オーキキを説得する方法もなく、もし作戦から外してオーキキに軍を飛び出されても困る軍令部は、渋々ではあるがその提案を受け入れることにした。

 一一月三日に見せたナンクゥに対するオーキキのふてくされたような態度は、この一連の流れに起因していた。




 士官次室の扉を通して、廊下の喧噪が聞こえ、エルミは作り付けのベッドから身を起こした。

 夕食を済ませ士官次室に戻った後、入浴の順番待ちの間に眠ってしまっていたようだった。いつでも風呂に行けるように、ガウンのような厚手の浴衣に着替えていたエルミは、タオルや着替えなどの支度を始めた。


「エルミ、エルミー!」

 士官次室の扉の向こうから、鳴り止まない喧噪に混じって、ルックゥの声が響いてきた。


「なぁに?

 入ってきて大丈夫よ、ルックゥ」

 基本的に男性の出入りが禁じられたエリアだ。

 一緒に風呂に入っている女性士官たちに、扉の隙間から浴衣姿を垣間見られたところでどうと言うようなことはない。


「あのね、今いろいろあって、男の人もここにいるのよ。

 大丈夫だったらエルミが開けて」

 そう言うルックゥの後ろからは、エルミたちに対して謝る下士官や兵の声が聞こえている。


 何やら作業が行われているようで、ルックゥがエルミを呼んだのもその関連のようだ。

 エルミは、あまり待たせてはと思い、作業着に着替えることなく、長い防砂コートを羽織っていくことにした。


「今開けるからね。

 ルックゥ、どうし――きゃんっ!」

「あ、開けるときは、いつもよりゆっ――きゃあっ!」

 ふたりの言葉が同時に食いちぎられる。

 次いで短い悲鳴が同時に湧き、何か固いもの同士がぶつかる音に続いた破壊音に、ルックゥの悲鳴が重なった。


「エルミ!

 しっかりして!

 誰か、誰かぁっ!

 来ちゃだめぇっ!」

 慌てて部屋に飛び込んだルックゥは、大の字に伸びたエルミを見て、医務室に運ぶため人を呼ぼうとした。

 だが、浴衣の上に防砂コートを羽織っただけのエルミは、太腿どころかパンツまで丸見えのあられもない姿で伸びている。さらに慌てたルックゥは、なにごとかと様子を窺おうとした若い兵を、なんとか押し留めていた。



「いったい、なんだったのよ。

 痛かったぁ」

 五分も経たずにエルミは息を吹き返したが、しばらくの間は取り乱したルックゥから状況を聞き出すことは不可能だった。


「ごめんね、エルミ。

 扉の外に魔鉱石の梱包を積んだから、勢いよく扉を開けないようにしてって言おうとしたの。

 そしたら、その前に……」

 申し訳なさそうにルックゥが言った。


 普段であれば、一八〇度近くまで開く扉が、魔鉱石の梱包を通路に積み上げていたため、扉が八〇度程度しか開けられなくなっていた。

 夕食後にエルミが士官次室に戻った後、魔鉱石搬入のため男性の下士官兵が女性士官のエリアに立ち入ると、ガンルームに通達があったのだった。ルックゥが酒保から戻り、事情を把握してエルミに伝える前に、既に魔鉱石の梱包が所狭しと積まれていたのだった。


 これがオーキキと連合艦隊主席参謀が出した、二航戦の二空母をハトー作戦に参加させるための苦肉の策だった。

 燃料庫を魔鉱石で満たすことはもちろんだが、艦内の空所は僅かな隙間であっても梱包した魔鉱石を詰め込むことで航続距離を稼ぐ。この案が両者から提出されたとき、軍令部は猛反対した。

 艦内全てを可燃物というよりは爆発物で満たすなど、正気の沙汰とは思えない。爆弾の一発どころか、当たりどころによっては機銃弾一発で大爆発を起こしかねない。そのようなことで貴重な空母を失うわけにはいかないとする軍令部の反対は、至極真当な意見だった。

 だが、ここでもゴトムをだしにした先任参謀のごり押しに、軍令部は折れざるを得ず、二航戦と『コッヴ』のハトー作戦参加が強引に決められたのだった。




 一一月四日未明、機動部隊特別訓練が開始された。

 エルミが息を吹き返した後の三日夜半過ぎ発令され、四日払暁、日の出三〇分前に母艦群から第一陣の航空機が発進した。

 飛び立った者たちは、飛行長が作った搭乗割りに従っているだけだと思っていたが、実際にはハトー攻撃作戦における第一次攻撃隊の搭乗割りになっている。そして、時間も。

 水平爆撃隊、降下爆撃隊、雷撃隊、制空隊の四隊に分かれてキンコー湾に飛び、それぞれが定められた訓練行動開始した。

 第一陣がそれぞれの母艦を発艦した直後から、飛行甲板は途轍もない喧騒に包まれる。

 号令、復唱、金属が擦れあう不協和音、機器の動作を告げる金属的な警告音、台車や滑車、航空機の車輪が甲板を噛む音で周囲が満たされ、第二陣が発艦準備を急速に整えていく。第一陣が飛び立ってから一時間一五分後、六隻の空母から第二陣の航空機が発艦を開始した。

 こちらも第一陣同様にキンコー湾において訓練行動を行い、事故機を出すことなく母艦に帰投した。


 暫時休息の後、同様の訓練が再開され、日没までに三度の飛行訓練が繰り返された。

 エンジンや搭乗員の不調により発艦できなかったり、途中で引き返す機が出たりもしたが、水平爆撃隊のルックゥも雷撃隊のエルミも無事三度の飛行をこなしていた。



「砂海上を低空飛行するのはさすがに慣れたけど、まさか民家の上をあんな高度で飛ぶなんて。

 まだ手が震えてるわよ。

 いいよね、ルックゥは水平爆撃の方で」

 湯船でエルミはひたすら手を揉み解している。

 僅かでも操縦を誤れば、即民家に突っ込んでしまう。

 自身が事故で死ぬなら己の技量未熟を呪うだけで済む。同乗する偵察員と魔信兼機銃員には申し訳ないが、軍人として殉職する危険性は常に隣り合わせであり、その覚悟なしに訓練などしてはいない。だが、民間人はそうではない。ましてや、何の予告もなく自宅に航空機が突っ込んでくるなど、性質の悪い冗談にもならない。

 それでも一〇月の少尉任官以来続けてきた低空雷撃訓練の成果は確実に上がっており、民家の屋根を掠る事故すら一機も起こしていない。また、高度を取りすぎて訓練後に飛行隊長から油を絞られたものも、まだ今のところ出ていない。


「そうでもないのよ、エルミ。

 こっちはこっちで風に流されたりするのをどう修正するか、もう神経と魔力があっという間に磨り減るわ。

 教典では知っていたけどさぁ、急に変えられちゃったからとまどうよ」

 湯船で大きく伸びながらルックゥはぼやいた。

 もともと水平爆撃隊は雷撃隊に比べ小規模な編制だったが、キンコー湾での訓練からその機数が増やされていた。



 この訓練に先立ち、連合艦隊は軍令部の許可を受ける前からハトーの攻撃法についての研究を行っていた。

 ハトーの泊地には、岸壁と平行に艦が二列で係留されているという情報がある。

 この場合、外側の艦に対しては雷撃は可能だが、内側の艦にはそれができない。しかし、急降下爆撃機である九型艦爆は二五〇キロ爆弾が最大の攻撃手段であり、これでは対艦攻撃の手段としてはせいぜい対空砲火を潰す程度の威力だけしかない。急降下爆撃隊には『急降下爆撃の神様』と呼ばれる『デットン』艦爆隊長コウモ少佐という優秀な指揮官がいるため命中率に不安はなが、それだけで戦艦を撃沈するのはどう考えても無理だった。ハトーの砂深が一〇〇メートルもあれば、外列の戦艦を撃沈した後に内列に雷撃を敢行することも可能だが、僅か一二メートル砂深ではかえって防雷壁になってしまうだけだ。当初は命中率の低さから攻撃手段としては省みられていなかった水平爆撃が、ここにきて必要だと判明したのだった。

 どうしても七型艦爆隊に八〇〇キロ爆弾を積んでの水平爆撃が必要だった。


 このとき、ソル砂海軍には、オリザニアが導入していたような優秀な照準器がなかった。

 ソルの技術力では、オリザニアが使用しているほどの高性能照準器を開発することは、この時点では無理だと判断されていた。

 この問題を解決するため、一航戦旗艦『コッヴ』の飛行長として異動したミッツ中佐は、それまで第三航空戦隊の航空参謀を務めていた。しかし、親友でもある一航艦航空甲参謀ジッツーのたっての願いで降格人事を快諾し、意気揚々と『コッヴ』に乗り込んできた。『コッヴ』にはコウモ同様にソル砂海軍の至宝とも呼ばれる『雷撃の神様』ジュージ少佐がいたが、既に困難な浅海面砂雷攻撃という重大な問題を抱えていたため、彼ひとりに水平爆撃の問題まで押し付けるわけにはいかなかったからだ。

 ミッツは雷撃隊をジュージに預け、自身は徹底的に水平爆撃隊の練度を上げる訓練に没頭した。


 水平爆撃の命中率は、訓練によって向上させるしかない。

 猛訓練の行なわれたキンコー湾周辺の農家から、あまりに激しい毎日の爆音のせいで鶏が卵を生まなくなったという苦情が出るほどだった。

 しかし、その甲斐あってかエルミたちが少尉ら任官する頃には、標的艦を走らせての動的目標に対しての爆撃でも命中率は五〇パーセントまで向上した。この動的目標での五〇パーセントという命中率は、ハトーのような静的目標に対してなら八十パーセントの命中率が得られると期待できる。そして、それまでの三機小隊三個小隊九機編隊の代わりに、五機編隊で攻撃するという案が出された。

 ルックゥは、その水平爆撃隊に引き抜かれていた。



「わざわざ陸地を飛んで訓練するなんて、どこを叩く気なんだろうねぇ。

 いよいよ戦争しなきゃいけないのかなぁ。

 まあ、キミたちが突っ込む前に、ボクたちが対空砲火なんて全部潰してあげるから」

 艦爆隊のパイロットであるファルが、洗い場から湯船に振り向いた。


 急降下爆撃はコウモ少佐の指揮の下、順調に命中率が向上していた。

 急降下爆撃は四〇〇〇メートルから降下を開始し、六〇〇メートルで投弾するというのがソル砂海軍の教典に記された方法だった。

 艦爆隊は、この投弾高度を四五〇メートルに下げ、さらに命中率を上げようとしていた。四五〇メートルで投弾ということは、もとはといえばジッツーがカリュウ一航艦参謀長の許可なく『コッヴ』艦爆隊に勝手に命じたことだった。確かに命中率の向上は見込めるのだが、機首の引き起こしが間に合わず、そのまま砂面に艦爆が突っ込む事故が起きたときには大問題に発展しかけた。しかし、コウモはこの投弾高度が有効と考え、訓練によって事故を減らそうと努力した結果、現在では事故も起こらず、命中率も動的目標に対し四〇パーセントという驚異的な数値を記録していた。



「お願いね、ファル。

 私たちも、頑張るから」

 エルミが湯船から出ながら言った。


 急降下、水平の両爆撃法に対し、雷撃には問題が山積していた。

 砂深一二メートルしかないハトー泊地では、通常の雷撃では砂雷が砂底に突っ込んでしまい、艦まで疾走できない。

 この浅海面魚雷攻撃を成功させるためには、二つの問題を解決する必要がある。

 ひとつは雷撃機が砂雷投下する際の最適な高度、速度および機首角度を掴まなければならなかった。そしてもうひとつは航空砂雷そのものの構造改善だ。どちらが欠けても浅海面魚雷攻撃は不可能だった。


 ゴトムのハトー攻撃とはまったく別の視点で、砂海軍航空本部の雷撃兵器担当の第四部は、二年ほど前から主要な軍港のなどの砂深を調べていた。

 多くの軍港の砂深が水深一二メートルから二〇メートルまでと判明したことで、ハトーを含むこれらの軍港に対して使用できる浅海面魚雷の研究をはじめ、第四部はひとつの回答に辿り着いていた。

 投雷の瞬間に発効させられる水平ジャイロを砂雷に取り付け、ジャイロによって砂雷の両側に取り付けられた木製の安定舵を効かせ、砂雷が安定した姿勢で海面に投下されるようにするものだった。この機構にしたところ横舵の効きが良く沈降深度は浅く安定し、砂雷の落下点から調定深度へ行くまでの定深距離も短くなり、砂雷の疾走が良好になった。


 この改良型航空砂雷はジュージ率いる艦攻隊に送られ、そのテストが実施された。

 改良された砂雷の性能は、それまで全世界で使用されていた砂雷すべてを、一夜にして旧式にしてしまうほどのものだった。それまでいかに低空低速で安定した空中姿勢で投雷するかに心を砕いてきた苦労は一体なんだったのかと、ジュージ自身が呆気に取られるほどだった。今までは一〇〇ノットという低速で投雷しなければならなかったが、改良型航空砂雷は一六〇ノットでの投雷を可能にしていた。低空飛行は対空砲火をかわす上で絶対必要な技術であり、今後もこの訓練は必要だったが、低速で安定姿勢を保つ訓練からは解放されたのだった。

 それでも低空飛行訓練は、パイロットたちの神経と体力、そして魔力をすり減らすには充分に過酷なものだった。


 「でもさぁ、通路に積み上げられた魔鉱石って、あんなに燃料積み込んでどうするんだろ」

 ルックゥの何気ない問いの答えは、誰もがなんとなく思いつくことはあった。

 だが、それを口にしてしまうと、それが現実になってしまいそうで、誰も口に出すことはなかった。




 一一月一三日、ハトー攻撃に関する連合艦隊司令部と機動部隊司令部の最後の打ち合わせの会議が、キンコー湾からほど近いオアシスの航空隊司令室で行われた。

 ゴトム連合艦隊司令長官とナンクウ機動部隊司令長官の他、連合艦隊司令部と機動部隊司令部の幕僚たち、艦隊司令長官、基地航空艦隊司令長官といった、実戦部隊を率いる提督たちが顔をそろえた。

 会議の初めに、ゴトムが訓示を行うために立ち上がり、そのあと会議に移った。

 会議はつつがなく終わり、ナンクウが立ち上がる。各艦隊の協力に謝意を示し、攻撃は迅速果敢、徹底的に行うとの決意を述べた。

 これで会議は終わりと思われたとき、ゴトムが立ち上がった。


 「大切な事を一つ付け加えておく。それは攻撃中止についてだ。

 機動部隊は間もなくタンカン湾に向けて発進するのであるが、まだ戦争は始ったわけではない」

 ゴトムがナンクウを激励し、先勝を祈念して会議を締めくくると誰もが思っていた。

 しかし、攻撃中止などと言い出したゴトムに、誰もが言葉を失った。


「オリザニアの首都では、駐オリザニア大使とデル国務長官の間で、ソル・オリザニア交渉が続行されている。

 これが成立した場合には、機動部隊は攻撃中止。

 即時引き揚げの命令を打電するから、おとなしく内地に帰ってきてもらいたい」

 そう言うとゴトムは会議の終了を宣することなく、機動部隊司令部の反応を待った。


「長官、もし、母艦から攻撃機が発進後であったときは、どうしますか」

 機動部隊参謀長カリュウ少将が質問した。

 機動部隊は第一航空艦隊を基幹戦力としているため、司令部は兼任になっていた。


「同じだ。飛行機が母艦を離れて攻撃の途中であっても、交渉が成立次第、帰ってきてもらう」

 平然とゴトムは言い放つ。


「長官、それは無理ですぞ。

 長官が平和を願う気持ちは分かります。

 ですが、一旦母艦を離れたら、搭乗員には攻撃するか死ぬかの二つしか、道は残されていない。

 発艦した魚雷を海に捨てて、もう一回着艦しろとは、指揮官としては口がさけても言えません。

 そりゃあ、士気に関係しますからな」

 ナンクウがたまらず言った。


「艦攻や艦爆は通信員が乗っているから、引き返しの魔導通信を受信できます。

 ですが、戦闘機は無理だと思いますな。

 艦攻と同行しているときは戦闘機にも手信号で伝えられますが、問題は天候不良などの原因で分散した時です」

 カリュウも同調する。

 妥結したソル・オリザニア交渉をぶちこわしたいとは、ふたりとも考えてはいない。戦闘機には魔導通信機を積むことはできないため、発艦後には連絡を取る術がない。単純に無理だと言っているだけだ。


「しかけたしょんべんは、やめられませんぞ」

 ナンクウが言った。

 言い得て妙の喩えに、数人の提督がくすりと笑う。

 同時に、謹厳実直という言葉を受肉化させたような、ナルミの顔が怒りに膨れた。


「いいか、ナンクウもカリュウ君もよく聞いておけ。

 『百年兵を養うは、一日の用に当てるためだ』という言葉を、君たちは知っているだろう。

 肝心のご奉公の時に大切な命令が実行できないと思うようなら、出すわけにはいかん。

 今すぐ辞表を出せ」

 ゴトムは怒気に体を震わせつつ声を押し出した。

 ナンクウはゴトムの気迫に押され、言葉を失っていた。




 ユーメイ湾に集結していた第八戦隊は、連日艦隊行動の訓練に勤しんでいた。

 今まで一度も行動をともにしたことのない艦同士が、一糸乱れぬ艦隊行動を行うことは困難だ。スクリューの回転整合から、各戦速の調整、息を合わせなければできないことは山ほどある。単縦陣で突き進むだけが、艦隊行動ではないからだ。警戒序列や輪形陣といった様々な陣形を、短い時間で組み上げなければならない。

 艦長だけではなく、航海科の人員は、寝る間を惜しんで各陣形における自艦と他の艦の位置関係、そして移動順序を頭に叩き込んでいた。


 航海科が目の回るような忙しさの中、砲術科は半ば手持ち無沙汰だ。

 艦隊行動訓練に時間を割いているため、まともな砲撃訓練も、雷撃訓練も行っていない。もっとも戦艦二隻で編制された第三戦隊はともかく、第八戦隊と一砂戦は統制の取れた艦隊行動ができなければ、砲撃も雷撃もあったものではない。

 単艦で戦闘行動を取るなど、あり得ないことだった。


 ユーメイ湾に集結してから十日が過ぎ、ようやく統制の取れた艦隊行動ができるようになっていた。

 一二日から第三戦隊と、第八戦隊、一砂戦に分かれ、襲撃訓練が始まった。第三戦隊は第八戦隊と一砂戦の雷撃から身を守り、第八戦隊と一砂戦は第三戦隊の撃沈に挑む。一通りの襲撃行動を終えると、組み合わせを変えて違う状況の襲撃訓練が行われた。

 そして、ひと通りの訓練を消化したところで、戦隊司令官と艦長がキンコー湾基地に呼び出されたのだった。



「ランツ、輪形陣の配置だが、何を守るんだろうな。

 第三戦隊を中心に組むのかと思っていたんだが」

 レグルは輪形陣の中心に空いた、不自然な空間のことを考えていた。


「そうですね、輸送船か、空母か。

 そんなところでしょうけど……」

 ランツが首を傾げつつ答えた。


「おいおい、わざわざ第三第八戦隊に一砂戦まで付けて、船団護衛だって?

 それは勘弁して欲しいな。

 やっぱり艦隊決戦が砂海戦の華だからな。

 せめて空母といきたいものだな」

 空間の広さから、それほど大きな船団ではないとレグルは判断している。

 船団護衛を軽視する気はないが、小規模な船団が行くようなところは、それほど重要な地域とは思えない。それでは有力な敵艦隊と戦う機会は得られないと思っていた。


 既に実戦に即した訓練を行っている以上、近く戦地へ行くことは確実に思われた。

 ソル・オリザニア交渉が続けられている現状で、ハトーやネグリットに攻撃を仕掛けるとは考えられない。せいぜいメディエータ派遣艦隊の補強か、ゴール植民地派遣艦隊として行動するかのどちらかだろうと、レグルは漠然と想像していた。

 しかし、翌日戦隊司令官と艦長が帰着し、夕食前に行った訓示で各員はさらに混乱することになる。



「ザン大尉、何か詳細な情報はないんですか?」

 夕食後の自由時間に、ガンルームにいたザンにレグルが聞いた。


「俺が聞きたいくらいだ、少尉。

 なんでまた、今度は北の果てか。

 いったい、連合艦隊は何を考えてるんだ。

 まさか、ロス共和国に宣戦するとか」

 ザン自身、まるで予測がつかなかった。


「てっきり、ゴール植民地だと思っていたんだけどな、俺は」

 酒保から買ってきたラムネを飲みながら、アルデが答える。

 ソル砂海軍の艦艇は、火災消火のために炭酸ガス発生装置を備えており、これを使って艦内でラムネを製造していた。


「それはないと思うぞ、アルデ。

 今これだけの艦隊がゴール植民地に行ってみろ。

 その瞬間にソル・オリザニア交渉がおしまいになっちまう。

 そこまで莫迦じゃなかろうよ、ウチの総長も。

 もっとも、首相に押し切られたのかもしれんがな」

 ザンが窘めるように言い、そして危惧を口にした。


 レグルは黙って上官のやりとりを聞いている。

 聞きながら、解らないなりに今回の命令について考えた。

 ゴール植民地へ行くかもしれないということはレグルも考えていたが、ザンの言うとおり今の時点ではないだろう。もし行くならば、わさわざ最北のタンカン湾などに移動する必要はない。もし韜晦を意図しているのであれば、一度母港に戻れば良いだけのことだ。

 ロスへの宣戦は、ザンが相手にもしなかったことから、まずないとみてよい。そもそも内陸国家のロスに対して、砂海軍ができることはせいぜい船団護衛だけであり、それであれば航路の安全が確保されているフェクタム帝国内のコー半島ルートで充分だ。

 メディエータへの派遣も、今以上に艦艇を増やしたところで、効果があるとは思えない。メディエータも長大な砂海岸線を持っているが、ロス同様内陸国家だからだ。

 考えれば考えるほど、レグルは不穏な予測が沸き上がってきた。


 だが、理性と常識がその予測を、必死に打ち消そうとしている。

 北へ行けば行くほど、砂嵐の頻度や規模は高く、大きくなる。タンカン湾から東進する航路は、危険度が高くほとんど通る船がない。たいていのオリザニア行き航路は、一度南下してから砂嵐の強い砂海域を避けてから北上し、ハトーを経由してからオリザニア本土へと向かう。東進航路なら、発見されることなく、ハトーに攻撃を仕掛けられるかもしれない。

 そこまで考えて、レグルは危険な妄想を振り払った。


「どうした、少尉、急に黙り込んで?」

 難しい顔をして黙り込んだレグルに、ザンが声をかけた。


「何でもありません、大尉。

 自分なりにどんな目的があるか考えましたが、やはり解りません。

 ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 レグルは曖昧に話を合わせた。

 とてもじゃないが、口に出せることではなかった。


「疲れてるなら、明日も早いんだ、さっさと寝ちまえ。

 だが、言っておくが、ルカ中尉を独り占めなんかしたらただじゃおかないからな。

 冗談は冗談として、ルカ中尉の仕事を邪魔するなよ」

 笑いながらアルデが言う。


「何言ってんだ、アルデ。

 素直にルカ中尉を抱きたいって言え。

 もっとも、貴様は追い回しすぎで嫌われてるからな。

 少し放っておくことを覚えた方がいいぞ。

 レグル、くれぐれもルカの仕事は邪魔するなよ。

 最近、貴様のところに入り浸りだそうじゃないか。

 知らんぞ、許嫁から毎晩女を引っ張り込んでるって誤解されても」

「それで修羅場か。

 私の許嫁に手を出して、この薄汚い雌ネコって、中尉が言われるわけだ」

 ザンの言葉にアルデが混ぜっ返し、ふたりは大笑いする。


「何ひとつ、間違っちゃいませんね。

 中尉のお仕事を邪魔する気など欠片もないのですが、いらっしゃるものを無碍にもできませんし。

 なるべく気を付けます。

 それでは、下がります。

 大尉からも意見してください。」

 レグルは三〇度の敬礼をし、ふたりの答礼後ガンルームを出た。



 レグルは、脳裏にこびりついた妄想を引き剥がそうとしたが、意識すればするほどハトー攻撃の現実味が増えていく。

 士官次室に戻りドアを開けたとき目の前に飛び出してきた影に、その直後足下にまとわりつく獣の感触がなければ、叫び出してしまいそうな衝動を抑えられなかったかもしれなかった。レグルは愛おしそうな表情でルカを抱き上げると、その柔らかい腹の毛皮に顔を埋めた。ひとしきりルカの感触を楽しんで、レグルはドアを閉めるとルカをベッドに降ろす。

着替えたレグルがベッドに腰を下ろすまで、ルカは寝転んで待っていた。

 ベッドに腰を下ろしたレグルの両足に飛び乗ったルカは、仰向けになって小さく鳴いた。


「中尉、みんなから怒られましたよ、独占するなって。

 しかし、驚かさないでください。

 思わず叫びそうになってしまったじゃないですか」

 レグルの言葉をルカが理解するはずもなく、撫でられるままに喉を鳴らしている。 レグルもネコ相手に相談事ができるとは思うはずもなく、ただ無心にルカを撫でていた。


「あ……

 やっぱり、妄想は妄想か」

 ついレグルは言葉を持らした。


 どう頑張っても、ハトーまで魔鉱石の補給なしに行けるはずもない。

 魔鉱石を満載した給石船を随伴させるにも、一回分では足りない。ソルが保有する大型給石船すべてを投入すれば二回の補給は可能だが、そうなると南方資源地帯からの輸送が滞る。もし洗いざらいつぎ込んだとしても、砂嵐が吹き荒れ、激しく荒れる砂海面での給石は、困難どころの騒ぎではない。下手をすればうねる砂海面に翻弄され、衝突事故を起こしかねない。いくら燃料用に加工され、砲の装薬より爆発性が低くなっているとはいえ、強い衝撃を与えれば魔鉱石は爆発しかねないものだった。


「無理だよ、無理。

 やりっこない。

 だいたい、皇国はオリザニアとの戦争は望んでない。

 ハトーをやるなんて、あるはずないって」

 レグルはそう言うと、足の上でだれきっているルカを抱え上げる。

 そのままルカを飛行機に擬すように振り回し、しばらく士官次室を練り歩いた。


「中尉、そろそろ巡検です。

 中尉はお仕事ではないのですか?」

 されるがままのルカを床に降ろし、レグルはドアを開けた。

 しかし、ルカは部屋を出ることなく、レグルのベッドに戻ってしまった。


「しょうがないですね、中尉は。

 一緒に巡検を受けますか?」

 レグルは微笑むと、やがてくる巡検を待つために椅子に座り直した。

 もちろん、ルカがレグルの言葉を理解できるはずもなく、ベッドの上で丸くなっているだけだった。




「ガル、お前の幼馴染みの、なんていったっけ、隣のオアシスで料理人の修行にきてた……?」

 実験の合間にフィズが声を潜めて聞いてきた。


「チェルがどうかしたか?」

 周囲は普通の声量で話している中、いきなり声を潜めてきたフィズにつられ、ガルも小声になる。


「いや、どうしてるかなぁって思っただけだ。

 あの店、たたんじまって修行先がなくなっちまってさ」

 フィズの口から思いも寄らない言葉がこぼれた。

 大衆向けのソル料理を出す店に鞍替えしたことは、ガルも知っていた。しかし、チェルがいない店に、それもわざわざ浮遊車に乗ってまで行く気はなかった。チェルに暇が出された後は、すっかり足が遠のいている。


「えっ?

 確か、大衆ソル料理屋になってたんじゃないのか?

 店閉めちゃったって?」

 思わずガルは聞き返した。


「なんでもな、店主が引っ張られたらしい。

 なんだかんだいって、あの店はメディエータに縁があるそうじゃないか。

 看板をかけ直した後も、在ソルメディエータ人だの、怪しげなやつらだのが出入りしてたみたいだな」

 何に引っ張られたかフィズは言わなかったが、間違いなく特高だろう。

 若い頃にメディエータ各地で修行してきたという店主の顔を、ガルは思い出していた。


「あの親父さんが、反ソルの……?

 そんなことするとは……思えないんだが」

 生粋のソル人であり、修行には厳しいが善人を絵に描いたような店主がいったい何をしたというのか、ガルには想像もつかなかった。


「俺も詳しくは分からないんだが。

 知り合いがあの近くに住んでてな、昨日行ってきたんだけど、そのときに聞いたんだ。

 あの辺りには砂海軍御用達の料亭があるだろ、それに絡んでるんじゃないか」

 フィズはこれで解るだろ、という顔で言った。


 以前ガルたちが泊まった料亭とは別に、砂海軍の提督たちが利用する高級料亭が、あのオアシスには何件かある。

 チェルが修行していた店は、その料亭とは違う通りにあるが、それほど離れているわけではない。その店の者にとって料亭の敷居は高かったが、芸者たちや料亭の従業員が昼食を取りによく出入りしていた。

 料亭でどのような話がされたかを、芸者や従業員が口に出すことはない。だが、誰がよく来る、誰が来なくなった、誰の壮行会が行われたといった程度のことは、顔見知り同士の会話に出ることがあった。


 チェルが修行していた店のある辺りは、もともとメディエータ人が寄り集まって暮らしていた場所でもある。

 この時局で料亭の関係者がメディエータ人にそのようなことを話すことはないが、どこから漏れ伝わるか予測がつかない。何気ない昼食時の会話を聞きつけた者から、人伝に話が広がれば、情報に関する知識を持つ者であればある程度砂海軍の動きを知ることができる。

 予てより情報局や特高は、メディエータ人街と呼ばれた隣のオアシスを危険視していた。


 特高の上層部からスパイの内偵と、情報を漏れさせてしまいそうなソル人が経営する店舗に対して注意を喚起するように命じられた現場の特高警官は、怪しげな人物を片っ端から連行し、厳しく取り調べていた。

 上層部は、決して犯罪者を作ろうとしていたのではない。スパイの逮捕は当然しなければならないが、悪意を持たずに情報を漏らしてしまいそうな店舗の従業員や店主に対しては、注意を喚起するだけで充分と考えていた。

 しかし、現場の特高警察官からしてみれば、見るものすべてが疑わしく見えてしまう。日常的に恐れられ、嫌われた者たちが街をうろついていれば、それを不安に思う者たちは目を伏せ、つい怪しげな行動を取ってしまうのだった。そのような目を逸らしたり、行き会ったときに道を変えてしまったような人々を特高警察官たちはすべてスパイと決め付け、過酷な取調べを行っていた。

 チェルの修行先の店主は、店に入ってきた特高警察官から僅かに目を逸らしただけで連行されたのだった。


 スパイ容疑は晴れたが、過酷な取り調べは連日深夜まで及び、店主はすっかり体調を崩していた。

 さらには拷問が加えられたために、利き腕に一生残る障害を受けてしまったのだった。かろうじて日常生活に支障をきたさない程度ではあったが、それでも人様に出す料理は無理だと考えた店主は、店をたたむ決心をしたのだった。

 店主不在の間に店に居座るようになった特高警察官が、客だけでなく出入りの業者にまで恫喝するような事情徴収を行い、それを恐れて客足が途絶えたことも廃業を決心した大きな理由だった。


「それとチェルがどういう――?」

「お前、鈍いな。

 下手すりゃ、そのチェルちゃんとやらが特高に引っ張られかねないぞ」

 ガルを遮ったフィズの言葉は、ガルに脳天を打ち抜くような衝撃を与えていた。




「姉ちゃん、これってどういうこと?」

 アレイが差し出した新聞のに、『反国家書籍を完全追放』という文字が踊っている。

 二週間ほど前に、オリザニアとサピエント国人の著作が発禁になっていた。それ以前から共産主義の思想書や反戦を謳う書物が小説から雑誌までことごとく発禁になっている。


「持ってる本も捨てろってことだよ」 呆れたようにチェルが答えた。

 近く、村の小学校の校庭で、そううった蔵書を持ち寄り燃やそうと新聞は煽っている。 古代メディエータであったという焚書の愚行が、現代に蘇ろうとしていた。


 政府は反ソル的立場の書物を片っ端から発禁にしていたが、蔵書の廃棄まではまだ強制していなかった。

 段階的に新聞や魔導放送を利用して自主的に捨てさせ、捨てにきた者を特高にマークさせ、反ソル勢力の炙り出しに利用しようと考えていた。後になればなるほど、隠していようとした悪質な反ソル思想の持ち主という判断材料になる。

 そして、熱しやすいソル気質は、右へ倣えの徹底した悪魔狩りに発展していった。


「これもダメ、なのかぁ」

 アレイが手にしていた本は、ここ数年で一気に人気が爆発した作家の著作で、少年向け空想戦記だった。

 ストーリーや登場人物は、この時代にありきたりなもので、オリザニアの侵略に立ち向かう砂海軍パイロットの活躍が描かれたものだ。



 貧しい農村に生まれた少年が、立身出世を目指して予科練に入る。 厳しい訓練を経て一人前のパイロットとして成長していく姿と、オリザニアが世界征服を目指して着々と準備を進めていることが平行して物語の中で進行していく。


 突如としてソルの南方信託統治領にオリザニア大東砂海艦隊が進行し、不意を衝かれたソルは守勢一方になり、亡国の危機に追い込まれしまう。

 連合艦隊は奮戦するが物量の前に押し切られ、『アーストロン』を始めとした一〇隻の戦艦は次々と大東砂海に沈められ、オリザニア大東砂海艦隊からソルを守る盾が全滅する。

 皇国国民すべてが絶望の淵に叩き落とされたとき、巨大な爆撃機の編隊を主人公が引き連れて現れ、オリザニア艦隊に新型爆弾を雨霰と叩き付け、文字通り粉砕して皇国を救うという話だ。


 この『空中戦艦』という少年向け読本は、緻密な取材と豊富な科学技術の知識に裏打ちされた、一般読者の目にも堪えられる小説だった。

 作者は、オリザニアとソルの国力を冷静に比較し、普通に戦っては亡国しかないと結論づけていた。その結論をひっくり返すには、現代の技術ではまだ実現不可能な巨大爆撃機と、理論だけは確立されつつあった新型爆弾を登場させることで解決させていた。

 クライマックスこそ荒唐無稽な戦闘場面が描かれていたが、そこに至る経過や実在の艦隊同士の戦いは、まるで見てきたかのようなリアリティに溢れていた。


 少年たちの間で、どの本を捨てなければならないか、この日の小学校はその話題で持ちきりになっていた。

 ほとんどすべての少年向け読本や漫画は、ソルが絶対的な正義であり、一方的な勝利を収めている。そのような本は捨てる必要はないのだが、問題はこの『空中戦艦』だった。

 最終決戦ではソルの一方的な勝利だが、その直前までは連戦連敗であり、連合艦隊は全滅させられている。これが問題だった。『無敵艦隊』と謳い上げ、皇国の誇りとまでいわれた『アーストロン』がなす術もなく撃沈され、連合艦隊司令長官が戦死するなど、あってはならないことだ。教師はその点を考慮し、教え子たちに捨てた方が良いと言っていた。

 国が狂気に染まり始めていた。

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