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「病弱な妹の代わりに嫁げ」と言われたので、冷血辺境伯に嫁ぎました

作者: 歩人
掲載日:2026/10/13

「お姉ちゃん、窓」

 母の呼び声に、わたくしは薬の盆を片手へ持ち替えた。

 この家でわたくしの名前を呼ぶ声を、もう十年も聞いていない。


 窓を細く開けると、朝の風が薬草の苦い匂いをさらった。寝台のアデーレは掛け布を顎まで引き上げる。

「お姉ちゃん、寒い。閉めて」

「空気を入れ替えたらすぐに閉めるわ」

「すぐって今よ。喉が痛くなったらどうするの」

「お姉ちゃん。アデーレは弱いのですから」

 母に言われて窓を閉めた。手を離す前に、もう一度外を見る。庭の木には枯れ葉が残っていた。遠くで馬車の車輪が鳴っている。

 あの音を、自分を迎えに来た馬車の音だと思ってみたかった。


 妹が幼い頃、夜中の咳に眠れず、わたくしも隣で起きていた。

 元気になった日は一緒に喜んだ。庭を歩けるようになると、手を引いて花を見に行った。

 けれどアデーレが夜会へ出かけるようになっても、わたくしの朝は変わらなかった。

 煎じ薬を運び、着替えを選び、母の望むように窓を開けて閉める。

「昨日のお薬は残っているわ。今朝の分は医師に確かめてからにしましょう」

「お姉ちゃんは本当に細かいのね。あの先生、少し歩いてもいいって言ったじゃない」

「お薬を増やしていいとはおっしゃっていないわ」

「アデーレを不安にしないでちょうだい」

 母は妹の額に手を当てた。わたくしの言葉には返事をせず、妹の髪だけを撫でた。


 父が書状を持って入ってきたのは、盆を下げようとしたときだった。

「アデーレ。北の辺境伯から縁談が来た」

「北の? あの冷血辺境伯?」

 妹が身を起こした。昨夜の舞踏会で聞いた噂を、わたくしも着替えを手伝いながら聞かされていた。

 亡き妻の葬儀でも涙を見せず、国境の砦へ戻った男。

 近づいてきた令嬢に娘の母親は不要だと言った男。

「先方には幼い娘がいる。再婚相手を探しているそうだ」

「嫌よ。わたしは寒いところで子守なんかできないわ。ねえ、お母様」

「もちろんよ。あなたの体に障るわ」

 母の返事は早かった。

 父は書状を折り直し、ようやくわたくしを見た。

「病弱な妹の代わりに嫁げ」


 盆の上で、薬の匙が小さく鳴った。

「わたくしが、ですか」

「伯爵家の娘であれば先方の面目も立つ。お前には縁談も来ないし、世話をするのは慣れているだろう」

「向こうのお嬢様には母親が必要でしょう。わたくしでいいのでしょうか」

「お前が心配することではない。話はこちらでつける」

 父は妹に向き直り、夜会の誘いを受けるか尋ねた。アデーレの頬が明るくなる。

「侯爵家の次男様でしょう? 行くわ。今度こそ青いドレスを着たいの」

「北は寒いのに、夜会へは行けるのね」

 言ってしまってから唇を噛んだ。

 妹は首を傾げた。

「夜会には暖炉があるもの。お姉ちゃん、何を怒っているの?」

「お姉ちゃんはしっかりしているでしょう。アデーレとは違うのよ」

 母がたしなめる声はいつも優しかった。

 わたくしが何も欲しがらなければ、優しいままでいてくれた。


 北へ行くと答えたのは、その日の夕方だった。

 冷血と呼ばれる人の妻になるのは怖かった。それでも、ここに残って次の朝も盆を持つほうが怖かった。

 自分の部屋へ戻り、箪笥の底から細い紐を取り出した。幼い頃、乳母が髪を結んでくれた紐だった。

「リュディア。今日はどちらの色にする?」

 乳母の声だけは、まだ思い出せる。

 わたくしは桃色を選び、アデーレは黄色を選んだ。同じ長さに切ってもらって、同じ椅子に順番に座った。

 乳母が里へ帰ったとき、わたくしは十三だった。妹の世話はお姉ちゃんに任せましょうと母は言った。

 そのまま、わたくしは名前の代わりに役目をもらった。


 紐を小箱に入れて荷をまとめる。

 父が持たせた縁談の書状には、妹の名を二重線で消し、わたくしの名をその横に書いた跡があった。

「先方には変更を知らせてある。ごねるなよ」

「ごねません」

「ならいい。花嫁衣装は、アデーレの白いものを使え」

 妹が舞踏会で一度着て、袖が重いと嫌がったドレスだった。

 肩の幅だけはよく合った。裾は自分でほどいて縫い直した。


 出立の朝、母は箱を抱えて玄関へ来た。

 胸が小さく跳ねた。餞別だろうか。

「向こうでよい毛皮が手に入るそうね。アデーレに送ってちょうだい。寸法を入れておいたわ」

 箱の中は妹の手袋だった。

 わたくしは蓋を閉じて返した。

「着いてからのことは、まだわかりません」

「そんな言い方をして。夫に頼めばいいでしょう」

「まずはご挨拶をしないと」

 それだけ言うにも勇気が要った。


「お姉ちゃん、わたしの飾り針は?」

 階段の上からアデーレが呼ぶ。

「鏡の右側の引き出しよ」

「あと青い靴も出しておいて」

 御者が扉を開けた。

 わたくしは荷物を抱え、足をかけた。

「靴は自分で出してね」

 妹の返事を聞く前に、馬車の扉が閉まった。




 北の館の門で、馬の蹄が止まった。

 石造りの館は灰色で、屋根には薄く雪が残っている。門の旗は黒く見えたけれど、近づけば濃い緑だった。

 父から三年も着た外套を渡され、北へ送られた花嫁には、立派すぎる館だった。


 玄関でわたくしを迎えたのは、黒髪の背の高い男性だった。

「ラザールです。長旅をさせた」

「リュディアと申します。妹の代わりに——」

「変更は承知している。本人の名で書類を用意した」

 言い終わる前に、彼は手を差し出した。

 馬車から下りて以来、震えていた手を添える。その手のひらは、手袋を通しても温かかった。

「冷えたな。話は中で」


 小さな客間に暖炉が燃えていた。侍女が湯気の立つ茶を置き、分厚い敷物に靴の踵が沈む。

 机には白い紙と筆が用意されていた。

 今度は、消された名前がない。

 ラザール様の隣に、リュディア・ヴェルネと書かれている。


「婚礼の前に確認したい。こちらを読んでほしい」

 彼が渡したのは婚姻証書とは別の紙だった。

「三年後、あなたが離縁を望むなら私は同意する。その後の住まいと当座の暮らしは保障する」

「三年の妻ということですか」

「あなたをここへ縛るつもりはない。家の都合で来たと聞いた」

 目が合った。

 父の指図に逆らえずここへ来たと、彼には知られている。

 茶に手を伸ばしたが、器を持ち上げられなかった。

「では、それまでに果たす仕事を教えてください」

「仕事?」

「お嬢様のお世話や、館のことを。お嫁に来たのですから」

「娘には近づかなくていい」

 声が硬くなった。

「あなたを母親にしようとは考えていない。私の娘は、新しい人を迎えるのが難しい」

 来る前に聞いた噂と同じ言葉だった。

 わたくしは茶の縁を見る。

「役目がなければ、わたくしは何をすれば」

「まず、休んでほしい」


 返事ができなかった。

 馬車で疲れた者には休めと言うのだろう。なのに、その先に命令が続かないと落ち着かなかった。

「今日中に署名する必要はない。嫌なら断っていい」

「断ったら、父の家へ戻されますか」

「戻りたくなければ戻らなくていい。別の行き先を一緒に考える」

 彼は机から手を離した。

 急がせないためにそうしたのだと、わたくしにもわかった。


「リュディア殿。結婚したくないのか」

 名前を呼ばれ、遅れて顔を上げた。

「……申し訳ありません。聞き逃したのではないのです」

「私の言い方が悪かったか」

「久しぶりだったので」

「何が」

「名前で呼んでいただくのが」

 彼の指が机の上で止まった。

 わたくしはまた、余計なことを言ったと思った。


 けれど、ラザール様は聞き直さなかった。

「では、リュディア殿。ここを見て決めてほしい」

 今度はゆっくり呼んでくれた。

 わたくしは紙を読み、離縁の選択がわたくしにあると確かめた。

「わたくしは、ここで暮らしてみたいです」

 それから立会人を呼び、小さな婚礼を挙げた。

 自分の名前を署名する筆が震えた。妹の袖が手首を覆い、先が汚れないよう折り返す。

 ラザール様はそれを見ていた。




 部屋の扉を開けると、薪が爆ぜた。

 侍女はわたくしの荷を置き、きちんと整えた寝台を指した。

「お休みになる前に湯を使われますか、奥様」

「わたくしの部屋は、ここですか」

「お気に召しませんでしたか」

「広いので、間違いかと」

 侍女長のマルタさんは、真っ白な眉を上げた。

「なら、ゆっくり慣れていただかないと。こちらの広さを縮めるのは大工に悪うございます」

 冗談かと思って顔を見ると、彼女は澄ましたまま敷物の端を直していた。

 笑っていいのか迷い、少しだけ笑った。


 湯のあとで運ばれた夕食には、わたくしのための焼き菓子がついていた。

「残ったら下げますので、ご無理はなさらず」

「甘いものをいただいていいのですか」

「奥様が召し上がらなければ、誰がいただくんです」

 妹のお菓子を半分もらうのとは違った。

 全部食べても、誰の分もなくならない。

 匙の先の蜜が舌へ広がる。飲み込むと、張りつめていた喉までほどけた。


 夜、廊下へ出たのは、洗った食器を返そうとしたからだった。

 奥の扉が細く開いていた。

 隙間に、小さな女の子が立っている。栗色の髪を肩へ落とし、布の兎を胸に抱いていた。

「こんばんは」

 言った途端、扉が閉まった。

 皿を持つ手を引き、戻ろうとすると、後ろからマルタさんが来た。

「お嬢様にお会いになりましたか」

「驚かせてしまいました」

「ネル様は五歳です。人の気配には敏いのですが、まだ慣れないでしょう」

「ネル様」

 名前を口の中で確かめる。

 マルタさんの視線が扉へ向いた。

「お母様が亡くなられてから二年、言葉をお話しになりません。医師も様子を見ております」

「耳は聞こえていらっしゃるのですね」

「呼べば振り向かれます。望むものを指して教えてもくださいます。声が出ないだけで、わからないわけではありません」

「ご返事を待ってしまいました」

「それは、お嬢様もよくわかってしまうんです」


 母親の代わりが来たと、ネルは聞かされているのだろうか。

 何も知らずに来たわたくしが、たった今、返事を要求してしまった。

「ここへご挨拶に来てもよいか、明日お尋ねしていただけますか。嫌でしたら来ません」

「旦那様にまず伺います」

「お願いいたします」

 わたくしは廊下の奥へ向けて会釈した。

「おやすみなさい、ネル。ご返事はしなくていいのよ」

 扉の向こうで、布が擦れた。




 翌日、マルタさんはわたくしの部屋に小さな絵を持ってきた。

 黒い線で扉が描かれ、その隣に丸い顔がある。

「ここに座ってもよいそうです。ただし、部屋へはお入りにならないように」

「ありがとうございます。絵もお返ししますね」

「それは奥様へ差し上げるそうですよ」

 受け取った紙を撫でた。自分のための贈り物を、荷物の箱に入れるのがもったいなかった。

 寝台のそばに立てかけた。


 夕方、ネルの扉の前へ座った。

「リュディアです。夕食までここにいるわね」

 何を話せばよいのか迷った。母を失った子に、妹の話はしたくなかった。

 小さい頃、乳母が手を取って教えてくれた遊びを思い出す。

 指を一本ずつ開いて、膝を叩く。とん、とん。

「ひとつ、ふたつ、ここにいる。みっつ、よっつ、どこにいる」

 でたらめな節で歌ったら、最後の音が裏返った。

「間違えちゃった。次は少し上手に歌うわ」

 その日は返事がなかった。

 帰るときも、名前を呼んで挨拶だけした。


 次の日は、扉の下から兎が顔を出した。

 入っていい合図かと思いかけ、待つ。小さな手が兎を引っ込めた。

「兎さんも聞いてくれたのね。ありがとう」

 扉には触れず、自分の膝を叩いた。

 また、その次の日は、兎が扉に押しつけられたまま歌を聞いていた。


 七日目。わたくしが膝を叩くと、木の向こうからとんと返ってきた。

 胸に飛び込んできた音を、大事にしまうように手を止めた。

 開きかけた口を閉じ、もう一度だけ膝を叩く。

 とん。

 返ってきた。

 声はなくても、ネルはここにいると教えてくれた。


「床は冷えますよ」

 マルタさんが厚い毛布を持ってきた。

「もう少ししたら戻ります」

「それは昨日もおっしゃいました。旦那様が通られるまで座っておいででしたね」

「覚えていらしたのですか」

「廊下に奥様が座り込んでいれば、忘れたくとも忘れられません」

 そう言いながら、彼女は毛布を二つ折りにして床へ敷いた。

「お嬢様の小さな敷物も出しておきます」


 やがて扉が開き、ネルが敷物の上に座った。

 わたくしの膝ではなく、兎の腹を叩く。とん、とん。

 同じようにしたら、わたくしの指をじっと見た。

 わざとひとつ多く叩いてみる。

 ネルの眉がきゅっと寄った。

「今のは多かった?」

 小さな頭が頷いた。

「そうよね。兎さん、もう一度お願いします」

 ネルは兎の手を持ち上げて、わたくしの指へ触れさせた。


 角を曲がってきたラザール様が、足を止めた。

 ネルは兎を抱き直す。わたくしも立ちかけた。

「続けていい」

 彼はわたくしの隣ではなく、廊下の反対側に腰を下ろした。

 わたくしが歌うと、ネルが膝を叩く。

 ラザール様が同じようにしたら、今度は拍子が早すぎた。

 ネルは父を見て、もう一度眉を寄せた。

「……これは難しいな」

「砦の皆様と歩調を合わせるよりですか」

「砦では私が合わせてもらう」

 わたくしが笑ったら、ネルの口元も丸くなった。


 夕食の前、ラザール様は廊下に残った。

「最初の日の言い方を謝りたい」

「お嬢様に近づかないように、というお話ですか」

「前の縁談の相手は、娘のことを話すたびに泣いた。新しい母を呼べば治ると言う者もいた。私はそのたびに止めた」

 彼は閉まった扉に視線を置いた。

「あなたにも同じことを言ってしまった」

「心配だったのですね」

「あなたを確かめる前に遠ざけた。すまない」

 謝ってくれる人に、何と返せばよいのだろう。

「わたくしも、ご挨拶をするのにご返事を待ってしまいました」

「マルタから聞いた。娘に聞いてくれたそうだな」

「嫌なときはわかるように伝えてもらえると、助かります」

「私にもそうしてほしい」

 その言葉を聞いて、彼を見上げた。

「あなたが嫌なことも、私に教えてほしい」




 冬に入る頃、ネルはわたくしの部屋にも来るようになった。

 マルタさんと一緒に来て、絵を描いたり、縫い物を眺めたりする。

 母の形見だという兎は、左袖が破れていた。

「直してもいい?」

 尋ねると、ネルは兎を背中へ隠した。

「では、そのままにしましょう」

 ネルはしばらくわたくしの手を見たあと、針山を指した。

「他のものを縫うところが見たいの?」

 頷いたので、自分の花嫁衣装の袖を直した。

 着る機会は少ないが、折ったままだった袖を自分の長さにしたかった。


 ネルが帰ったあとで、ラザール様が小さな縫い物を持ってきた。

「これを見てくれるか」

 布の隅に、糸が固まっている。

「何をお作りに」

「兎の着替えだ。娘が欲しがっているらしい」

「お針子さんに頼まれなかったのですか」

「娘に頼まれたのは私だから」

 ラザール様は真顔だった。

 口元を押さえたが、笑い声が漏れた。

「これをほどくところからですね」

「そんなに悪いか」

「兎さんが、両腕を上げたままになってしまいます」

「戦う兎にはしたくない」

 今度は声を出して笑ってしまった。

 彼も短く笑った。眉間に刻まれていた皺が、笑うと浅くなる。


「色を選んでくれないか。あなたはどれが好きだ」

「ネルなら、黄色がお好きだと」

「娘の好みはあとで尋ねる。今はあなたに聞いている」

 紐の入った小箱に、思わず視線をやった。

「桃色が好きでした」

「今は嫌いなのか」

「嫌いではありません。似合うものを考えるようになって、自分では選ばなくなってしまいました」

「なら、あなたのための布も頼もう」

「わたくしはこれを直せば」

「足りるかどうかではない。あなたが着たいかどうかだ」

 わたくしは妹の白い袖を見る。

 もう一度、彼に向き直った。

「桃色の襟なら、つけてみたいです」

「そうか」

 ラザール様の口元が上がった。

 彼が嬉しそうなとき、わたくしはまた何か言ってみたくなる。




 その夜、ネルの咳で目が覚めた。

 廊下へ出るとマルタさんが医師を呼びに行くところで、ラザール様はネルを寝台に座らせていた。

 わたくしが入口に立つと、ネルの手がこちらへ伸びる。

 初めて、兎を持っていない手だった。


 医師の診察が終わるまで、わたくしはその手を握っていた。

 薬を飲ませるのはマルタさんが手伝った。わたくしは指示されたように、水を少しずつ口へ運ぶ。

 急がせず、首を振られたらやめた。

 ラザール様は枕を直し、次の指示があれば聞き逃すまいと医師を見ていた。


 医師が隣室で休むことになると、マルタさんが言った。

「旦那様、奥様。交代でお休みください。お嬢様が落ち着かれたら、まず奥様に眠っていただきます」

「わたくしなら起きていられます」

「起きていられることと、起きてよいことは違います」

 小言を置いて、彼女は湯を取りに行った。


 ネルは目を閉じた。けれどわたくしが手を緩めると、指が追いかけてきた。

「ここにいるわ。離すときは先に教えるから」

 わたくしが歌の節を小さく口ずさむと、指が一度だけ動いた。

 ラザール様が寝台の向こうで額に手を当てる。

「二年前も、急な熱だった」

 わたくしは彼を見た。

「妻から使いが来たとき、私は砦にいた。戻って、娘を抱いた。娘は私に、母が寝ていると教えた」

 暖炉の薪が崩れた。

「それから娘の声を聞いていない。最初は、この子まで連れていかれた気がしていた」

 彼の手が寝台の端を掴んでいる。

「ネルは、ここにいますね」

 ネルが眠りながらわたくしの指を握り直した。

「これで、嫌なときは教えてくださいます。声がなくても」

「そうだな。あなたが来て、娘の合図が私にも少しわかるようになった」

 彼は兎を枕のそばへ置いた。

「話すようになるかは、わからない。私もそこばかり見てしまうことがある」

「わたくしも間違えたら、おっしゃってください。ネルのことは、まだ教わっているところです」

「私もだ」


 窓の雨戸に雪が擦れる。家の灯りが消えたあとも、誰かと一緒に起きている。

 妹を看病した夜には、母を起こしてはならなかった。父は明日の仕事があるからと、部屋の隅へわたくしを座らせた。

 眠ってしまうと、母は翌朝悲しそうに言った。お姉ちゃんに任せたのに、と。


「何を考えている」

 ラザール様に尋ねられ、首を振りかけた。

 嫌なことも教えてほしいと言われたのを思い出した。

「妹は、本当に体が弱かったのです」

 誰に言い訳をしているのか、自分でもわからなかった。

「でも、わたくしは疲れていました。もう元気でしょうって、ひどいことを思っていました」

「世話をやめたかったのか」

「世話だけをする人になるのが嫌だったのだと思います」

 言葉にすると、胸を押していたものの形がわかった。

「笑えば、自分だけ楽しんでいる。寝れば、薄情な姉。妹の薬が苦い日には、なぜ甘くしなかったのかと。いつも何か、わたくしの間違いがあるのです」

 ネルの手を強く握らないよう、肩の力を抜いた。

「向こうでは、あまり眠れませんでした」


 ラザール様が立った。

 何か失望させたのかと顔を上げると、彼はわたくしの肩へ毛布をかけた。

「ここで働きすぎないでほしい理由ができた」

「お役に立てないと、わたくしは」

「あなたは妻だ」

 毛布の端を整える手が止まる。

「言い方が足りないな。家のために世話を続けないといけないとは、思わないでほしい」

「妻が何もしなくてもですか」

「何かしたいならしていい。休みたいなら、そう言っていい。私に頼むことも覚えてほしい」

 彼はネルの手を見た。

「この子が離したら交代しよう。その間、あなたには寝ていてほしい」


 朝が雨戸の隙間を白くした頃、ネルは指を開いた。

 わたくしが立つと、ラザール様は隣の椅子を引き寄せる。

「よく寝てくれ、リュディア」

 初めて、殿をつけずに呼ばれた。

 わたくしは何も言えず、自分の部屋へ帰った。

 寝台に横になると、掛け布はとっくに温められていた。マルタさんが湯を入れた袋を取り出しに来た。

「眠ったらお嬢様の様子を見られません」

「起きられたらお伝えします」

「ラザール様のお茶も」

「わたしにお任せになって」

 目を閉じても、誰も咎めなかった。




 ネルがまた兎を持って歩けるようになった日、桃色の襟が届いた。

 縫い物の礼だと言われたので、つけてみた。鏡の中で、見慣れた白いドレスがわたくしの服になった。

 午後のお茶に着ていくと、ラザール様はしばらく何も言わなかった。

「おかしいですか」

「よく似合う」

 わたくしが椅子を引く前に、彼が後ろへ回った。

「座ってほしい。今日は娘の見舞いではない」

 食卓には二人分の茶がある。ネルはマルタさんと庭へ雪を見に行っていた。


「これは、何のお話のためでしょうか」

「あなたと茶を飲みたいと思っただけだ」

「わたくしと」

「ここに来て好きになったものはあるか」

 領地の感想を聞かれるのだと思った。豊かな倉、頑丈な門、よく働く人たち。

 答えようとして、やめた。

「干した林檎の入ったパンが好きです」

「料理長が喜ぶ」

「蜜より、少し酸っぱいところが。あと廊下の敷物は滑らないので、急いでも怖くありません」

「あなたが急いでいるところは、よく見る」

「呼ばれた気がしてしまって」

 少しだけ笑うと、彼は笑わなかった。

「急がずに来ていい。私なら待つ」


 冷めないうちに茶をいただいた。

 林檎のパンは半分に割り、彼にも差し出す。

「どうぞ。わたくしが好きなほうです」

「大きいほうを渡してくれたな」

「半分にできなかったのです」

「なら、次はあなたに大きいほうを渡す」

 ラザール様はパンを受け取った。

 こういう話をする間、わたくしは何の役にも立っていなかった。ただ、お茶を飲んでいた。

 それを望んでくれる人が、向かいにいた。


 翌週、父から手紙が届いた。

 侯爵家の次男とアデーレの縁談がなくなった、と書いてある。

 続いて北の毛皮の取り引きが盛んだと聞いたこと、辺境伯家は十分豊かで、妹の体にも快適な暮らしがあること。

 最後に、冬至の前に迎えに行くから準備しておくようにとあった。

 アデーレを正式な花嫁にする。

 お前はもう、戻ってよい。


 手紙を折る音が、部屋でやけに大きかった。

 以前なら、荷物をまとめていただろう。大丈夫だとネルの頭を撫で、どうして大丈夫なのか説明できないまま帰っただろう。

 今は、戻りたくない。

 その望みを持ってしまった自分が、怖かった。


 扉を叩く音に振り向くと、ネルが兎を抱いて立っていた。

 わたくしの手紙を指し、次に棚の小箱を指す。

 あれは、ここへ持ってきた荷物だった。

「まだ、何も決めていないわ」

 安心させたいのに、声がうまく出ない。

 ネルをマルタさんに託して、わたくしは夫の書斎へ行った。


「読んでいただけますか」

 手紙を渡すと、ラザール様は机を離れた。

 読み終えて、わたくしを見る。

「あなたは帰りたいか」

「帰りたくありません」

 今度はすぐ言えた。

「なら、そのように返事を書こう」

「でも、最初にお望みだったのは妹です。妹のほうが若くてきれいです。お話も上手です」

「あなたと話すとき、私はそれを比べたことがない」

 彼は手紙を机へ置いた。

「娘があなたを慕うから留まってほしい、という話でもない。リュディア。私はあなたがここにいてくれると嬉しい」

「わたくしが、ネルのお世話をしなくても?」

「私の手から針を取り上げて笑うあなたも好きだ。自分の好物を教えるのに迷って、パンを食べるとほっとするところも」

 逃げたいほど顔が熱くなった。

「そんなところをご覧になっていたのですか」

「見ていた。あなたが私の隣で笑う時間を、増やしたい」

 彼は手を伸ばし、届く前に止めた。

「手を取っていいか」

 わたくしから、その手に指を重ねた。


「わたくしも、ラザール様とお茶を飲むのが好きです」

 夫の指がわたくしの指の間へ入った。

「役に立ったお礼をもらう時間ではなかったから」

「それなら、これからもそうしよう」

 彼の手を握っていると、返事を待つ父の顔が遠くなった。

 ネルに大丈夫と言う前に、自分の望みを伝えに来てよかった。




 冬至の前日、伯爵家の馬車が門に着いた。

 すでに返事を送ったのに、両親とアデーレは荷物を持って現れた。

 玄関で父が言った。

「お姉ちゃん。まだ支度をしていないのか」

 わたくしの隣にはラザール様がいた。彼を見れば庇ってくれるとわかっていたけれど、先に口を開いた。

「わたくしは帰りません。ここにいたいのです」

「家へ帰らないということか」

「そうです」

「辺境伯殿。娘は慣れない土地で張り切りすぎている。妹に任せて休ませようと思っていまして」

「私は妻の話を聞いている。伯爵もそうしてくれ」

 父の笑顔が固まった。


 母がわたくしに近づいた。

「お姉ちゃん。アデーレが嫁ぐのだから、あなたは助かるでしょう」

「お母様、わたくしはもう嫁いでいます」

「もとはあの子の話だったのよ。そこを取り戻すだけでしょう」

 わたくしの袖に母が手を伸ばした。

 桃色の襟を留めた、白いドレス。

「そのお召し物だって、アデーレので」

「この服は、もらったものです」

 わたくしは一歩下がった。

「返したほうがよければ返します。でも、わたくしまで妹のものにはなりません」


 背中へ小さな手が触れた。

 マルタさんといたネルが、わたくしの後ろに立っている。

 アデーレの視線が下へ向いた。

「まあ、可愛い子。わたしが新しいお母様よ」

 妹は膝を折り、両手を出した。

 ネルはわたくしの服を握る。兎を抱く腕が胸に上がった。

「こちらへいらっしゃい。お姉ちゃんのお仕事は終わりよ」

「ネルは、こちらにいたいそうです」

 わたくしは妹の前へ手を添えた。

「触れないでください」

「お姉ちゃんが離れないからでしょう。ねえ、辺境伯様。わたしならちゃんと母親に」

「娘の母はセシルだ。リュディアは私の妻だ」

 ラザール様がネルのそばへしゃがんだ。

「マルタと奥へ行くか。ここにいるか」

 ネルはわたくしの袖を握り続けた。

「では、ここにいよう」


 父が縁談の書状を出した。

 妹の名の横にわたくしの名が書かれた、あの紙だった。

「正式な縁談は妹のほうに来ています。ここを見ていただければ」

「変更を申し出たのは伯爵だ。私はリュディア本人と婚礼を挙げた」

「こちらの事情を汲んでくださったのは承知しております。今度はこちらが事情を」

「妻は帰らないと言った。それが私の返事でもある」

 夫は書状へ手を伸ばさなかった。

 父が差し出した紙の端が揺れる。


「お姉ちゃん、アデーレに恥をかかせるの」

 母の声が低くなった。

 昔、妹の菓子を先に食べてしまったときと同じ声だった。

 自分の居場所を欲しがると、誰かのものを盗んだように責められる。

 わたくしはネルの手に、そっと手を添えた。

「わたくしの名前は、リュディアです」

 母は口を閉じた。

「妹のために戻る約束はしていません。ラザール様の妻として、ここで暮らしたいのです」


 ラザール様が立ち上がり、わたくしと手を繋いだ。

「伯爵。近くの宿へ案内する。今日は日が暮れる前に休まれたほうがいい」

「館に部屋もないと?」

「妻と娘が落ち着いて過ごす日だ。ここへは泊められない」

 アデーレが父の袖を引いた。母はわたくしを見たまま動かなかった。

 父が先に踵を返し、母と妹が後に続いた。

 門が閉まるまで、わたくしは夫と手を繋いでいた。


 馬車の音が遠ざかる。

 膝が緩み、夫の腕を掴んだ。

「怖かった」

 それだけが口から出た。

「よく言ってくれた」

 ラザール様が支えてくれた。

「夫でなくても、味方でいていただけましたか」

「あなたが選ぶためなら」

 わたくしは彼の胸に額を預けた。

 ネルは服の裾を引き、その下で兎の耳をこちらへ伸ばしていた。

 泣いているわたくしに、貸してくれようとしていた。




 冬至の大広間には、樅の枝が飾られた。

 蜜蝋の火が温かい匂いを連れてきて、長い卓では焼いた肉が切り分けられていく。

 歌いたい人が歌い、騎士が昔の失敗を話し、厨房の者たちが笑った。

 わたくしの席はラザール様の隣で、ネルの小さな椅子も横に置いてあった。


 ネルは入口で足を止めた。

 いつもより人が多く、椅子の脚が床を擦る音も大きい。

「部屋で食べてもいいのよ」

 わたくしがしゃがむと、ネルは卓を見た。

 それからわたくしの襟に触れた。

「わたくしと一緒?」

 頷くのを待って手を差し出す。

 ネルは兎をマルタさんに預け、わたくしの手を取った。


 卓に着くと、マルタさんが兎用の敷物を椅子へかけた。

 新しい服を着た兎も隣に座る。

「ラザール様、袖が上がっています」

「縫ったのはマルタだ」

「わたしが直したのは片方だけでございます。もう片方は旦那様がどうしても、と」

「娘に見せる前に、やり直せばよかった」

 ネルが父を見て、兎の袖を引っ張った。

 ラザール様はおとなしく針仕事の失敗を認め、ネルの前へ小さなパンを置いた。

 わたくしは笑いながら、温かい汁をいただく。


 食事が進むと、マルタさんがわたくしの耳元へ言った。

「林檎のパンを出しました。あちらにございます」

 卓の端の籠に、丸いパンが重なっている。

 ひとつ取って、ネルとラザール様と分けよう。

 そう思って立ちかけたとき、裾を掴んでいたネルの手が離れた。


「……リュディア」


 椅子から浮かせた腰を、わたくしは下ろした。

 騎士の笑い声がまだ向こうにあり、卓のそばで皿が重なった。

 その間に届いた、小さくかすれた呼び声だった。

 見下ろすとネルがわたくしを見ていた。

 唇が開いたまま、息をしている。


 返事をしなくては。

 なのに、喉の奥に熱いものが詰まった。

「ここにいるわ」

 わたくしは椅子を降り、ネルの隣に膝をついた。

「パンを取りに行こうと思ったの。黙って立ってしまったわね」

 ネルの指が、わたくしの手のひらを叩く。

 とん、とん。

 いつもの合図を返すと、小さな腕が上がった。

「抱いてもいい?」

 ネルは自分から、わたくしの首へしがみついた。


 名前を呼んでくれた子を、わたくしは抱きしめた。

 栗色の髪から、いつもの石鹸の匂いが上がった。涙がそこへ落ちないよう顔を上げる。

 何が起きたのか確かめたいのに、もう一度言ってと頼みたくなかった。

 今の声を、言えたかどうかの試しにしたくなかった。


 ラザール様は、椅子の横に手をついたままこちらを見ていた。

 口を開いても何も言わず、眉間を押さえた。

 マルタさんが背を向けて、卓へ器を置いた。肩が一度揺れたが、いつもの口調で厨房の者を呼ぶ。

「パンをこちらへお願いします」

 誰もネルを囲まなかった。

 わたくしたちのそばだけ、食事の流れがゆっくりになった。


 夫がわたくしの隣へ膝をついた。

 ネルの背へ手を置き、わたくしの肩にも手を添える。

「リュディア」

 彼もわたくしを呼んだ。

「聞こえましたか」

「聞こえた」

 それから、夫は何度か息を継いだ。

「私には、言えないことがたくさんある。今も、うまく言えない」

「急がなくていいです」

 ネルに言ってきた言葉が、そのまま口から出た。

 夫の手が、わたくしの背でしっかり止まった。

「あなたと娘と、明日も同じ卓で食べたい」

 涙が頬を滑った。

 ラザール様を見て、頷いた。


 母の呼び声には、いつも用事がついていた。

 窓を開けて。薬を持ってきて。妹の靴を出して。

 この子は、わたくしが少し席を離れようとしただけで呼んだ。

 してほしいことより先に、ここにいてほしいと、小さな手が伝えてくれた。

「呼びたいときに呼んで。わたくしはここにいるから」

 ネルは頬へ手を当てて、涙を拭こうとした。

 指が、とん、と触れた。


 パンが届くと、わたくしはネルを膝に乗せたままひとつ割った。

 今日は上手に半分にできた。

 ラザール様にも渡そうとすると、彼は首を振り、もうひとつ取った。

「それはあなたの分だ」

 ネルは父のパンを指した。

 夫は自分の分をちぎって、娘の小さな皿へ置いた。

 兎の袖を誰が直すか、マルタさんを交えて相談しながら、林檎の酸っぱいパンを食べた。

 その夜の食卓に、誰かの代わりの席はなかった。




 春になっても、ネルが話す日は多くなかった。

 言いたいことは相変わらず、わたくしの手に指で叩いて教える。

 ときどき名前を呼ぶと、次の言葉を探すように口を動かす。わたくしたちは返事をして、その先は待った。


 雪が解けた庭で、ネルと花の種をまいた。

 母親が好きだった花の場所はそのまま残し、別の土を柔らかくする。

「これは、わたくしの好きな桃色の花よ」

 ネルは種の袋を見て、兎の服を指した。

「お揃いね。ネルは何色を選ぶ?」

 子は黄色を指した。

 乳母の手の中にあった紐を、ふと思い出した。

 同じものを順番に選ぶだけで、こんなに楽しかった。


 王都の知人から届いた手紙には、父たちのことがあった。

 先の縁談がなくなったあと、姉の夫へ妹を嫁がせようとした話を、父は新たな縁談先にもしたらしい。

 結婚した娘の意向を聞かずに進める家だと警戒され、話はまとまらないという。

 最後に、わたくしは北で元気に暮らしているかと尋ねてあった。

 わたくしは便箋を用意し、庭のことと家族のことを書いた。王都へ戻らないと答えたあと、夫とお茶を飲んだ。


 そのとき、ラザール様は机に別紙の契約を置いた。

「これを、まだ必要としているか聞きたい」

 初日に渡された、三年後の暮らしを保障する紙だった。

「なくしたら、わたくしの部屋もなくなりますか」

 冗談のつもりだったのに、彼は真面目に首を振った。

「部屋を与えたからいてほしいとは思っていない。あなたが、ここを自分の家にしてくれると嬉しい」

 わたくしは紙へ手を置いた。

「わたくしは、ここで暮らしたいです。三年後の行き先を考えるより、来年の春に何を植えるかラザール様と考えたい」

 彼はわたくしの手を取り、指先へ唇を触れさせた。

「あなたに改めて、妻でいてほしいと頼みたい」

「もう妻ですよ」

「家の都合でなく。私から、あなたへ」

 向かいの顔を見て、笑った。

「それなら、わたくしからも。わたくしの夫でいてください」


 三年の生活契約を、二人で解消した。

 婚姻証書はそのまま残した。あの日の署名も、今なら少し違って見える。

 初めて自分のために北へ来たわたくしの名前だった。


 ラザール様は新しい紙を取り出した。

「何を書けばいいのでしょう」

「さっきの言葉を書いて残したい。誰にも見せなくていい」

 紙の上に、互いを選ぶと書いた。

 ラザール様が先に名を書き、次にわたくしが筆を持つ。

 ネルは椅子を引き寄せて見ていた。わたくしが書き終えると、手のひらを二度叩く。

「ネルも描きたい?」

 頷いたので、空いたところに線を引いてもらった。

 背の高い人と、裾の広がった人。その間に小さな子がいて、兎までいる。

 わたくしは子の下へネルと書き、夫は兎の下に丸い耳を描き足した。


「リュディア」

 今度はネルが、夫のほうを指した。

 お父様も呼んで、と言っているのだろうか。

 ラザール様はわたくしを見て、もう一度呼んだ。

「リュディア」

 用事のついていない呼び声に、わたくしは顔を上げた。

「ここにいます」

 今日の返事は、すぐにできた。


 わたくしの署名の両側で、ネルが描いた手が家族の手に繋がっていた。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


書き始める前、冬至の食卓をもう少し賑やかにしようかと迷っていました。結局、パンを取ろうとして立つくらいの夜です。兎の袖を直す相談まで書けたところで、ようやくわたしも落ち着きました。


兎の服は、ラザールが諦めずに直していると思います。マルタなら全部縫い直してしまえそうですが、きっと今度も片袖だけ手伝うのでしょう。ネルはそのうち、もう一着ほしいと布を持ってくるかもしれません。


リュディアの桃色の襟を書いていると、子どもの頃に選んだ好きな色を思い出しました。しばらく着ていなかった色を、また選んでみるのもよさそうです。


◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇

それぞれの場所で、自分の暮らしを選び直す令嬢たちの短編です。


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「お前は道具だった」と笑った婚約者が、5年後に物乞いになって戻ってきた件

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 貴族って要は中間管理職だから、自分を客観視出来なくなった時点で使い物にならんのよな。いや平民だって同じことか。  トチ狂ったことを言い出せば怪訝な顔をされるし、押し通そうとしたら村八分だ。
既に既婚の姉の夫を妹へってどう聞いても歪んでるのに長女の失態のように外に愚痴るあたり、地は家庭の歪みに染まりきって客観視をなくしてるからそりゃ他家から縁談は警戒されますね。
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