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部屋の中には

作者: 優雨
掲載日:2026/09/18

いる。


間違いなく何かが、いる。


玄関の前で、私は鍵を差し込んだまま止まっていた。

音がするわけじゃない。


けど、分かる。


虫の知らせってやつかな。

嫌な気配が、ドア一枚向こうから滲み出してくる。

泥棒?いや、虫?


まさか幽――いやいや。

考えるのやめよう。


私は深呼吸を三回して、意を決した。

勢いよく玄関を開ける。


「た・だ・い・まーっ!」


返事はない。

当たり前か。


それなのに、嫌な気配が消えない。

靴のまま上がり込んで、壁の照明スイッチを叩く。


明るくなった廊下の先。

リビングの奥。

やはり何かがいる気がした。


ひどく喉が渇く。


逃げたい。


けど、自分の家だしな。


一歩。


二歩。


心臓だけがやけにうるさい。

私はもう一度だけ息を吸って、勢いよく部屋の扉を開けた。


『オカエリナサイ』


「きゃっ!?」


心臓が飛び出るかと思った。

反射で半歩飛びのき、部屋の中を見回す。


テーブルの脚に、ごつん。

くるりと向きを変える丸い影。

ぴこん、と電子音。


お掃除ロボちゃんだ。


「なんだぁ……びっくりした。……ただいま」


膝から力が抜け、その場にへたり込む。

そういえば、タイマー入れっぱなしだったかも。

「きゃっ」とか言っちゃった。


なんだか笑えてきた。

立ち上がって、リビングの照明をつけた。


「実際こんなもんだよね。さて――」


いる。


背後に……いる。

全身の毛が逆立つ。


油断した。


冷や汗が首筋を伝う。

怖すぎて振り向けない。

背後で、荒い息が鳴った。


やだ、どうしよう。

いや、こういう時は――先手必勝!


「せやっ!」


振り向きざま、芸術的な後ろ回し蹴りを叩き込む。

側頭部に、確かな手応え。


「さあ、どこの――わああああああぁぁぁぁ!?」


そこにいたのは、幽霊だった。

映画でよく見るやつだ。


白装束。


透けてる。


しかも、おっさん。


床で悶絶している。


幽霊って、蹴れんの!?


おっさん幽霊が、よろよろ起き上がる。


「わわっ、うわああっ!」


パニックのまま、中段回し蹴りをねじ込む。

おっさんは情けない声を上げて吹っ飛んだ。


アドレナリン全開。


絶好調。


「どうだこの野郎!この技で私は世界ジュニアを制したんだ!」


私は高らかに勝ちどきを上げた。


「おい、さっきからうるせーぞ!」


壁の向こうから、隣人の怒声が飛んできた。


「あ、すいませんでした……」


一瞬で現実に引き戻された。

とりあえず、意識を取り戻したおっさん幽霊に話を聞く。


「おじさん、マジで幽霊なん?なんでうちにいたのよ?」


『いやぁ、最近暇でしてね。いろんな人を驚かせてるんですよ』


「……最悪」


話してみれば、妙に人間くさい。

というか、もうただのおっさんだった。

なぜか十分後には、今度飲む約束までしていた。

幽霊って酒飲めるんだ。

おっさんを見送って、私はようやく一息つく。


さて。

なんか気分もいいし、日本酒でも出すか――


ガサッ。


止まる。


いる。


視線だけで部屋を探る。


いた。


視界の端。

天井の角で、ぬらりと黒く光る小さな影。


あれは……。

あ、あれはぁぁぁ!


G――


そいつは羽を広げた。

まるで大空へ飛び立つ雛鳥のように、漆黒の軌跡を描いて飛んでくる。


「いやあああああああぁぁぁぁ!!」


私は失神した。


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