幕間① 名簿
東京、霞が関。合同庁舎六号館B棟。
地下二階の蛍光灯は、一本だけ明滅していた。安定器の劣化。交換すれば済む話だが、総務に言っても三週間は動かない。柏木真帆はその明滅に慣れていた。
公安調査庁、第二部国際テロリズム対策課。中東情報分析担当。
午前十時。デスクに缶コーヒーと、外務省領事局から回付された在外邦人動静リストが積まれている。月次の定例業務。各国の在留邦人リストを確認し、変動があれば記録する。危機が起きたとき、在外邦人の所在を把握しておくのが公安調査庁の役割の一つだ。
イラン・イスラム共和国。在留邦人四十七名。
柏木はリストをスクロールした。大使館員、JICA関係者、商社駐在員、技術者。見慣れた名前がほとんどだ。前月との差分は二名の帰国と一名の新規赴任。
指が画面の上を滑る。
——遠山 悟。プラント・エンジニア。ブーシェフル原発耐震コンサル。備考欄に記載なし。
核関連施設に常駐する日本人技術者。頭の隅に引っかかった。次のファイルを開いたとき、もう消えていた。
リストの最後まで目を通した。異常なし。
ファイルを閉じた。
隣のデスクから上司の山岸が顔を出した。「柏木、ブリーフィング資料できたか。イランの核施設復興動向」
「午後には出せます」
「急いでくれ。局長が気にしてる。衛星画像でナタンツの建設活動が活発化してるって、アメリカ側から入ってきてる」
「了解です」
柏木はモニターに向き直った。CIAのカウンターパートから非公式に共有された衛星画像のファイルを開く。ナタンツ核施設の上空写真。解像度は民間衛星より数段上。建屋の増設工事が進んでいるのが見える。
柏木は缶コーヒーを一口飲んだ。冷めている。蛍光灯が明滅した。画面の衛星画像を拡大する。コンクリートの打設痕。これは通常の補修ではない。
今のところは。
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