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都合のいい姉はやめることにします。〜「姉は妹のために」と言われ続けて十五年。立派な悪役令嬢に成長した双子の妹は見捨てて、私は自由に生きることにした〜 《◆連載版を別に作りました◆》

作者: つきなみ。

 私の名前は、イリア・ヴァレンシュタイン。

 ヴァレンシュタイン子爵家の長女——つまりは『姉』である。



 ……もっとも、この家で『姉』という立場はそんな甘いものではない。

 妹たちが生まれて十五年と少し。


 それは私にとって「姉は妹のために」と言われ続けた年数でもあった。



 決して短くはないその歳月。

『姉』である私は、妹にとって都合のいい存在と成り果てていた。



 私が六歳の時、ヴァレンシュタイン家に双子の妹が誕生した。


 母譲りの金色の髪と、父譲りの宝石のように碧い瞳。

 産声よりも先に家を揺らすほどの歓声が上がったことを、私は今でも鮮明に覚えている。


 両親から綺麗に受け継がれた妹たちの恵まれた容姿は、家族贔屓がなくとも周囲を虜にしていた。


「まぁ……なんて可愛いの……!」

「まるで天使じゃないか!」


 母が震える声で言って、父が珍しく笑った。

 ——それまで私に向けられていた目の温度が、その日を境に少しずつ変わっていった。


 最初のうちは、私もたくさん可愛がった。遊んで、泣いて、眠って、起きたらまた遊ぶ。

 双子のお世話の労力は、単純に考えても二倍だ。楽ではなかったが、その分可愛さも二倍だと思って私は張り切った。


 あの時の私は「三姉妹として仲良く暮らしていける」と、本気で思っていた。


 けれど、妹たちが歩けるようになり、言葉を覚え、意思を持ち始めた頃から妹たちを取り巻く周囲の様子が一気に変わった。


「イリア、あなたがお世話してあげて。お姉ちゃんでしょう?」

「双子は手がかかる。お前がしっかりしないとな」


 おもちゃを取り合って泣いた時も。

 癇癪を起こして皿を割った時も。

 庭の花壇を荒らしながら使用人に嫌な態度を取り始めた時も。


 何故か私が説得され、何故か私が頭を下げた。


「妹たちはまだ小さいもの」

「姉なら分かってあげて」

「姉の責任よ」


 ——可愛い可愛い妹たちのためよ、と。



 妹たちは一卵性の双子だ。

 同じ髪色、同じ瞳、同じ顔なのに性格は少し違う。


 姉妹のうち、先に泣くのは妹のセレナ。

 泣いて人を動かすのが得意で、幼少期から何かある度に泣いて母はすぐにセレナを抱き上げた。

 そのせいで今もその泣き癖が治ることはなく、逆に演技力が甚だしく成長してしまった。


 そして一方、姉のリリス。常に反抗的で、冷たい態度を取る。特に甘やかさないように咎めていた私に対しては昔から反抗的な面が多かった。

 理屈と善悪の線を自分で引くのが得意で、父から「利口だ」と褒められて育った。


 そんな両親の元で育てば、わがままな人間になるのも無理はない。

 そんな二人の成長を傍で十数年見てきた私からすれば、こんな教育で大丈夫なのかと毎日心配していた。


 だが、それでも私は本音は隠して頭を下げ続けた。

 そうして謝り続けて十余年。


 彼女たちが十五歳になった。この国では十五歳になった若者は成人の儀を迎える。

 その頃にはセレナもリリスも立派な『悪役令嬢』に育っていた。


 他責で生きてきた人生に、誰もが振り返るほどに美しく恵まれた容姿。

 逆の立場なら私でも性格が悪くなっていたと思う。



 そんな彼女たちも、成人の儀を終えて社交界デビューを果たした。

 そこから二人はさらに大暴れ。


 私が謝る頻度はさらに増え、貴族が相手も少なくなかった。

「うぅ、貴族なんて知らなかったんです……」

「貴族ならもっと上品な態度で女性と接するべきね。あんなの庶民と一緒だわ」


 言い訳を並べる妹の代わりに、私が謝罪文を書いたり、謝罪相手の屋敷へ私一人で出向くこともあった。


 今まで以上に深々と頭を下げる日々に、私はうんざりしていた。


 笑って人を傷つける。

 許されると学んでいるから、躊躇いを知らない。


 母にそのことを話しても、「妹のために頑張ってね、お姉ちゃん」なんて無責任な返事が返ってくるだけ。



 そんな私の苦労なんて知ることもない二人は、毎週のように共通の趣味でもあった音楽サロンへと通っていた。


 そんな貴族たちが集まる場でも、二人は止まらない。


 セレナは、涙で相手を追い詰めるのが得意だった。

 気に入らない相手を孤立させ、好きな殿方がいれば令嬢相手でも容赦はなかった。


 一方、リリスは言葉で追い詰めるのが得意だった。

 逃げ道を塞ぎ、正論に見せかけた刃で捲し立てる。


 彼女たちが笑いながら放つ言葉の残酷さを、私は何度も見た。


 そして、その尻拭いはいつも当然のように私に回ってきた。


「イリア、お願い。あなたが言えば収まるでしょ?」

「イリア、先方にお詫びの手紙を」

「イリア、今夜も双子から目を離さないでね」


 母は優しく言う。

 父は当然の顔で命じる。

 双子は——私を見ない。


 いつもの流れだった。


 私も従った。

 可愛い妹たちのために。そう自分に言い聞かせた。



 私が頭を下げ、謝り続けた一年の間。

 社交界では二人の悪名は広がり続けていた。



 そんなギリギリな日々も、ある日終わりを告げた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日は屋敷に来客があった。


 応接間の暖炉には火が焚かれ、紅茶の香りが漂っている。

 客は伯爵家の使者——執事長のような年配の男性だった。


 私たち家族は揃って話を聞いた。

 父が上座、母が隣。

 双子は反対側に座って微笑み、私は端に座る。


 その並びだけでも、この家の序列が分かる。


「本日は、我が主より正式なご提案に参りました」


 執事は深々と頭を下げ、封蝋の押された書状を取り出した。


 父が目を輝かせ、母が息を飲む。

 双子の目がきらりと光る。


「縁談ですか」


 父が言うと、執事は頷いた。


「はい。伯爵家嫡男、レオナルド様より——」


 その瞬間、私は胸が少しだけ跳ねた。

 レオナルド様は、噂で聞いたことがある。物腰が柔らかく、堅実で、領地経営に長けた人だと。


 縁談の話はいつも双子たちにきていた。

 けれど伯爵家ほどの家が、悪評がつきまとう双子のどちらかを選ぶだろうか。


 ——あるいは、もしかすれば。


 私の心がそう囁きかけた時、執事は言った。


「——セレナ様へ、正式に婚約のお申し込みでございます」


 応接間が、ぱっと明るくなった。


「まぁ……!」

「ありがたい!」


 母と父の声が重なる。


 セレナは頬を染め、控えめに視線を落とした。

 リリスは落ち着いた笑みでセレナの肩に手を置き、「おめでと」と囁く。


 まぁ私が選ばれるわけなんてあるはずがない。

 一縷の希望に一切の未練なく、私は内心それを切り捨てる。


 ですが、と執事は続けた。


「一つだけ条件がございます」


 父が笑みを整える。


「条件、ですか?」


 執事の視線が、応接間をゆっくり見回し——私のところで止まった。


「……イリア様。申し訳ございませんが、伯爵家は『イリア様が今後一切、社交の場に立たれない』ことを条件と希望しております」


 静かに言われたその言葉に、私は何を言っているのか理解できなかった。


 そして数秒間の空白の思考を終え、ようやく噛み砕いた。


 私が社交の場に立たない?



 父が顔色を変え、母が「え」と小さく声を漏らす。

 双子は——沈黙していた。


 執事は淡々と続ける。


「レオナルド様は子爵家のご長女イリア様に関して、複数の良くない噂を耳にしております。妹君方に対する苛烈な支配、使用人への恫喝、私的な金銭の持ち出し——」


 私は笑いそうになった。

 苦くて、乾いた笑い。


 そんなもの、身に覚えもない。


「誤解です」


 声が自分でも驚くほど落ち着いていた。


「私は、使用人に手を上げたこともありません。妹たちを支配した覚えもありません。もちろん、金銭には全くもって興味もございません」


 執事はゆるやかに首を振った。


「レオナルド様も、真偽の断定はしておりません。ですが婚約とは家同士の結びつき。悪評が一つでもあれば、将来の不安になります。よって……イリア様が表に出ないことが、最も穏当であると」


 父が慌てて咳払いをした。


「さすがにそれはないんじゃないか、イリアは妹たちのために」


 初めて父が私を庇ってくれた。嬉しかった。

 だが、そんな父の言葉に対して、執事は丁寧にしかし冷ややかに答えた。


「こちらとしましても、事実よりも世間がどう見るかが重要でございます」


 その言葉が、胸の奥に沈んだ。

 石みたいに。


 母が私の方を見た。

 助けを求めるように——いや、違う。


「ここで余計なことを言わないで」と、目で言っていた。


 私は、その視線に覚えがあった。

 幼い頃から何度も見てきた「姉なら分かって」の目だ。


 父が言う。


「……分かった。伯爵家の条件は受け入れる。イリア、お前も異論はないな?」


 父はすぐに庇うことを諦めたらしい。

 母は最初から……言う必要も無いだろう。


 セレナは不安そうに唇を噛み、リリスは私を見ない。


 ——ああ。


 私はここで、ようやく気づいた。


 私がしてきたことは、全て妹たちの人生を華やかに手助けするだけの舞台装置でしかなかったらしい。



 私はいつかの夜会を思い出した。


「あなた、妹さんたちに随分きついんですってね」


 向けられた視線の違和感に、今更ながら気付いた。


 廊下で聞こえた、ひそひそ話。

 あれは、偶然じゃなかったらしい。


 私は息を吸った。

 胸の中で何かが、ぷつん、と切れた。


 音はしなかった。

 ただ、肩から荷物が落ちるみたいに、急に軽くなった。


「異論はありません」


 私は言った。


 母がほっと息を吐いた。

 父が満足げに頷いた。


 双子だけが、私を見た。

 セレナは困った顔で。

 リリスは、薄い笑みを浮かべたまま。


 その笑みは、何も言っていなかったけれど。

 私はそこに、はっきりと読めた。


 ——当然でしょ。姉なんだから。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 客が帰った後、私は自室に戻った。


 部屋の窓からは、冬の庭が見えた。

 雪の積もった庭は一面真っ白でとても綺麗だった。


 私は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。


 悲しい、というより——空っぽだった。

 怒りも、涙も、湧かない。


 代わりに、ひとつだけ確かな決意があった。


「もう、終わりにしよう」


 私は立ち上がり、机の引き出しを開けた。

 そこには、私が書いた謝罪状の下書きが山のようにある。

 双子の名義。父の名義。母の名義。家の名義。


 私はその紙束を、静かに持ち上げた。


 重い。

 これが、十余年の重さだ。


 次に、箪笥を開けた。

 服は少ない。どうせ私は目立つ装いを許されなかった。

 必要最低限を鞄に詰める。


 鏡の前で、自分の顔を見た。


 金色の髪でもない。

 宝石みたいな碧眼でもない。


 母の灰色の瞳と、父の茶色みがかかった髪——美しい色が受け継がれた妹たちに比べて、私は中途半端だと幼い頃に言われたことがある。


 でも今は思う。

 中途半端で結構だ。


 私は私だ、と。


 その時、ノックの音がした。


「イリア?」


 母の声だった。


「入っていい?」


「どうぞ」


 母は部屋に入ってくると、扉をそっと閉めた。

 そして、私の鞄を見て目を見開いた。


「……何をしているの」


「家を出ます」


 私は淡々と言った。

 覚悟を理解したのか、母はすぐに顔色を変えた。


「出るって……どこへ? そんな勝手な——」


「勝手、ではありません」


 私は机の上の紙束を指した。


「これまでずっと、私は家のために、妹たちのために動いてきました。私の時間も、私の言葉も、私の未来も。全部、妹たちのために使われてきました」


「それは……あなたが姉だから……」


 母はいつもの言い方をした。

 優しく諭すように。

 正しいことを言うように。


 私は首を横に振った。


「姉だから、ではありません。ただ、私自身が拒めなかっただけです」


「……イリア。今日の件なら——」


「母上」


 私は母の言葉を遮った。

 声は荒げない。

 ただ、はっきり言う。


「私に悪い噂があるなら、誰がそう言いふらしたんですか」


 母の口が、止まった。


「……そんなの……」


「妹たちですか。違いますか?」


 母は視線を逸らした。

 ——それが答えだった。


 私は、笑わなかった。

 泣きもしなかった。

 ただ、心の中で「やっぱり」と確認した。



「私の人生を、勝手に決めないでください」


 そう言い放った瞬間、母の目に涙が浮かんだ。


「……あなたがいないと、妹たちは」


「知らないです」


 私は鞄の持ち手を握った。


「セレナもリリスも立派な成人です。自分のことくらい、自分で責任を取れます」


「そんな言い方……!」


 母の声が震えた。


「私はね、あなたのことも愛しているのよ」


 その言葉に、私は少しだけ考えた。


 愛。

 ——きっと母にとっては、本当なのだろう。


 でも、愛していると言いながら、私を道具にした。

 愛していると言いながら、私の未来を売った。


 私は母を静かに見た。


「母上の愛は、私が我慢することで成立していました。それを愛と呼ぶほど、今の私は優しくありません」


 母が泣き崩れそうになり、壁に手をついた。


「待って……せめて、旦那様に話してから……」


「父上にも話すことはありません」


 私は扉に手をかけた。


「私は、私のために生きます」



 廊下に出ると、双子がいた。

 母と私の会話を聞いて、待ち構えていたのだろう。


 セレナが一歩近づき、泣きそうな顔をした。

 いつもの得意技だった。


「お姉さま……どこへ行くの?」


 リリスは腕を組み、冷静な声で言った。


「大げさね。少し拗ねているだけでしょう?今日の縁談がセレナに来たのが気に入らないの?」


 私は二人を見た。


 幼い頃は、二人の手を引いて歩いた。

 転べば抱き上げ、泣けば背中を撫でた。

 雷の音が怖いと、雷雨の夜はベッドで三人一緒に眠ることもあった。


 ——その記憶が、今は遠い。


「気に入らないからじゃないわ」


 私は言った。


「私は今日、自分の人生を生きることに決めたの。あなたたちの尻拭いにはもう疲れたのよ」


 冷たくあしらった自覚はあった。

 セレナは見たことない私の態度と表情に驚き、次に得意技の涙目を浮かべ始めた。


「そんな……私、そんなつもり……」


 リリスが鼻で笑った。


「お姉様、まるであたしたちのせいで家を出るみたいな態度をしていますね」


 ——この言い方。

 責任を押し返す癖。

 誰かが尻拭いしてくれると思っている顔。


「よくわかったわね、リリス。正解よ」


 私は、そこにもう怒りすら感じなかった。

 ただ、二人に対して興味が消えてしまった。


「それと今日から私はこの家の人間ではないから」


 私の袖を掴もうとしたセレナの手が、空を切った。


「待って! お姉さま、私……私、怖いの……!」


 いつもの嘘泣き。

 これこそがセレナの人生から導き出される現状で最善の回答らしい。


 昔なら、私はこれで立ち止まっていた。

 私が守らなきゃ、と二人を抱きしめたに違いない。


 でも、今は違う。


 私は足を止めずに言う。


「怖いなら、怖いまま生きなさい。それも自分の人生よ」


 リリスが、ようやく表情を崩した。


「……は? お姉様、それ本気で言ってるの?」


 私は振り返らない。


「あなたたちは私がいないと困るものね。

 でも、それは私が困るようにあなたたちを育てただけでもあるの——つまり、こうなったのはお互い自業自得ね」


 リリスが声を荒げた。


「勝手に出ていって、ヴァレンシュタイン家の恥を晒す気!? 子爵家の面目が——」


 私は立ち止まって、廊下の向こうを見た。

 玄関へ続く長い廊下。

 この家で、何度も走った廊下。


 そして、振り返って言った。


「面目のために私の人生を使うのはもう終わりよ。今日で、ヴァレンシュタイン家の名も捨てるのだから」


 こうして私は新たな人生を生きていく。

 姉としてではなく、自分自身の人生を。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

同タイトルで連載版がございます。お読みいただけると嬉しいです。


また、何点でも構いません、評価やリアクションをいただけると次作への参考になります。

よろしくお願いします!

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