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ずるいよ、律くん

作者: 夏永一叶
掲載日:2025/12/22

ずっと、ずっと憧れていた。


煌々と輝くクリスマスツリーを、大好きな人の隣で見る。そんな素敵なクリスマスを。


だから、本当なら今頃『来年も来ような』と甘く囁かれて、うっとりしながら語尾にハートなんか付けて返事をして。重なった瞳のままに優しい口づけを……っていう、ロマン溢れるデートのはずだったのに。




「木に電気巻いただけで、なんでそんな浮かれられるの?尊敬するよ、むしろ」




通常を遥かに上回る現実主義者な彼の隣で過ごす以上、そんな甘い時間は到底訪れそうにない。


5メートルはありそうな大きな木をカラフルな電飾で着飾った、いわば駅前やらデパートやらでよくありそうな普通のクリスマスツリーだけど、ていうか実際に駅前のツリーなんだけど、それでも私の目を輝かせるには充分だった。


それなのに隣の(りつ)くんは、私と同じ分量のライトアップを受けているにも関わらず微塵も瞳を輝かさない。



一体なぜだ。彼の目には遮光フィルムでもかかっているのだろうか。



重ねてその一刀両断な物言いだ。なんだか私の密かな夢を一気に砕かれた気もするけど、もうすぐ交際開始から1年が経とうとしている私には多少の耐性がある。これくらいのことで挫折したりしないのさ。




「……で、でもさほら!このツリーを一緒に見たカップルは永遠に結ばれるってジンクス、ちょっと素敵だと思わない?!」


「思わない」


「くっ……」


「ていうか、木と人工ライトに頼らないと続かないような関係って必要性あるの?」


「考え方が陰気……!!」




真っ向から立ち向かって説き伏せられるとは思っていなかったにしろ、ここまで屈強な価値観を覆すのはどうにもこうにもハードルが高すぎる。


さっきまでの強気さはすっかり吹き付ける北風に飛ばされてしまい、私はがくんと頭を垂れた。



「これいつまでいるの?いい加減寒いんだけど」


「…そんな言い方、しなくても」



マフラーに口元をうずめて、つまらなそうな顔をして。…なんだかこれじゃ、私の浮足立ったテンションに無理やり律くんを巻き込んでいるみたいじゃないか。


ああ、間違ってないのか。本当に、そうなんだ。



「…律くんは、そうまでしても繋ぎ止めたいと思った関係って、ないの?」


「ないよ、そんなの」


「っ…」



悲しいとか、寂しいとか、そんな溢れ出てくるような切実な感情じゃない。…ただ、虚しかった。ぽっかり穴が空いたとか、そんな表現がよく似合う。


すっかり冷えた指先を横切る北風が、もう全然冷たく感じられない。そんなに、冷え切ってしまっていたのか。



「じゃあ律くんは、私との関係に、必要性を感じてないってこと…?」


「…志乃、」


「律くんは、冷静だよね。いつもどんな時も、絶対感情的にならない。」


「…」


「……私が相手じゃ、律くんの感情は動かないのかな」


「……」


「なんで何も、言ってくれないの?……律くんが何考えてるのか、全然分かんないっ…」


「…1回落ち着いて。帰ろう」


「っ、ごめん…私は一緒に、帰れない」



このままじゃ、もっと汚い部分を見せてしまう。…もっと、彼に不必要だと思われてしまう。

目を伏せたままの律くんの横を、北風に逆らって通り抜け、駆け出した。


---律くんは、この冷え切った腕を、掴もうとすらしてくれなかった。





近付いては遠ざかる街の灯りが、どんどん滲んでいく。元々運動があまり得意ではない私はすぐに息切れしてペースダウンしたけれど、それでも止まりたくはなかった。


……もっと、もっと遠ざかることができれば、私は彼から離れられるだろうか。もっとフラットな想いでいられるだろうか。こんなに、感情を動かされずに済むだろうか。



『…律くんは、そうまでしても繋ぎ止めたいと思った関係って、ないの?』


『ないよ、そんなの』



---頭ではもう、分かっていたんだ。


私が欲張りすぎていることも、私ばかりが律くんを好きで、そんな半ば片思いのような現状で彼からの愛情を欲しがるなんて、図々しいにもほどがあるということも。


それでも。一年もそばにいたのに、私はちっとも、彼の心を動かせていないだなんて。




「バカみたい……っ」




吐く息も、濁らない。そこに存在しているのか、この目では確認できない。

……私も、そんな存在なのかもしれないな。


そこにいようがいまいが、律くんにとっては大差なくて、どうでもいいことで。その存在のためにわざわざ必死になんてなる必要がないから、彼はあんなに突き放したことばかり言うのかもしれない。


それも気付かずに舞い上がって、なんて痛々しいんだ、自分。



それからしばらく進んで、途中すれ違う恋人たちのしっかり結ばれた手が目に映っては、切なくなった。


その時だ。ふと、少し上げた視線の先で、グレーのマフラーをぐちゃぐちゃに巻いた女の子がやけに大泣きしていて。私は、思わず立ち止まってその様子を観察する。



……女の子は高校生ぐらいだろうか。彼氏さんらしき人は、大学生かな。2~3歳ほど上に見える。



「だってそうちゃん、あの女の人と抱き合ってたっ…」


「だからあれは不可抗力で……、ごめん。俺はゆずが好きだし、他の人のことは何とも思ってないから」


「……うそ」


「ほんと。だから泣くなって、な?」



"そうちゃん"という男の子は、困った顔を浮かべながら"ゆず"さんの頭をぽんと撫でて、そうして乱れたマフラーを巻きなおしてあげている。


あのマフラーはもしかしたら、"そうちゃん"の物なのかもしれないと、なんとなく思った。



「…懐かしい」



私の進行方向とは逆へ向かって進んでいく二人の背中を見送る。途中、ぽつりと零れた言葉を境に、律くんの表情や言葉が、どんどん溢れ出てきた。


……律くんも、一度だけ、困り顔を浮かべたことがあった。彼に告白して、付き合おうって言ってもらった私が大号泣した時。


あのときの彼も、さっきの彼氏さんみたいに、困った顔をして。『……泣かないでよ』って、わしゃわしゃと私の頭を撫でてくれた。


ひどく不慣れな手つきで、だけどそれがたまらなく温かかくて。


……ああ、なんだかやけに、律くんが恋しい。




「…もう、いっか」




ずっと、ずっと憧れていた。

煌々と輝くクリスマスツリーを、大好きな人の隣で見る。そんな素敵なクリスマスを。


『来年も来ような』と甘く囁かれて、うっとりしながら語尾にハートなんか付けて返事をして。重なった瞳のままに優しい口づけを・・・っていう、ロマン溢れるデートを。



でも、もう、いいや。


分かっていたことじゃないか。

通常を遥かに上回る現実主義者な彼の隣で過ごす以上、そんな甘い時間は到底訪れることはないのだと。


そして私は、そんなところも分かった上で、彼のことが好きなんだと。


ならもう、それだけで、いいじゃないか。




「…帰ろう」




恐らく律くんも、今頃家だろう。

とりあえず連絡だけでも入れておいた方がいいかな、と軽い気持ちで取り出したスマホの画面に、私は思わず『えっ』と声を漏らした。




「な、なにこれ…」




21:05という時間表示の下に、一度スクロールしただけじゃ追いきれない通知の量。


メッセージだけでなく、電話も20件近く入っている。相手は、全部、全部、




「律くん…っ」




うそみたいだ。これは幻なんじゃないだろうか。

だって、あの律くんが、勝手に怒って勝手に逃げ出した私のことを、こんなに気に掛けてくれるだなんて。


口元を手で覆い、声にならない言葉を抑え込む。

鼻の奥がツンとして、瞳に込み上げる熱を、なんとか我慢した、瞬間。




「……志乃っ」




背中から伝わるその声に、鼓膜が震えた。


振り向いた先で、膝に手をついて肩で息をする彼は、息苦しそうな表情を浮かべながら私に歩み寄り、迷わず私の腕を引いて抱き締める。




「律くん、なんで…」


「…なんて言っていいのか、分からなかった」


「え…」


「俺は言葉選びが下手だから、志乃を喜ばせられるような甘い台詞なんて知らない。一瞬で慰められるような巧みな言い回しもできない。…そんな俺が何を言っても、逆効果な気がした」


「っ」


「…けど、どのみち傷付けるんなら、ちゃんと話せばよかったんだ」




ふわりと腕を緩めた彼が、普段びくともしない眉をハの字に下げる。


ごめん、とだけ告げる彼の白い吐息がやけに綺麗で、胸がぎゅうっと締め付けられた。




「謝るのは私の方だよ。…ツリーに付き合わせてごめんなさい。怒って、逃げ出して、ごめんなさい」


「…」


「クリスマスに一緒にいられるだけでも奇跡なのに、ジンクスに執着したり、感情的になってくれないとか文句言ったりして、ごめんなさいっ…」


「……違うよ」


「…え?」


「志乃は、何も分かってない」




律くんの言葉の意味が分からなくて、私はきょとんとした顔で首を傾げた。


すると彼は何やら呆れたように小さくため息をついてから、『言わなかった俺も悪いか』なんて一人つぶやいた。




「志乃は、もう少し俺に愛されてる自覚を持った方がいい」


「…?!」




突然のドストレートな彼の言動に、私は言葉を失った。


巧みな言い回しなんかできないとは言っていたけれど、ここまで真っ直ぐだとかえって心臓に悪い。


冷え切った指先を当てて、火照った頬をなんとか冷ます。




「で、でも、何かに頼ってまで繋ぎ止めたいと思える関係性なんてないって言ったじゃんか」


「…何かに頼るくらいなら、自分の力で繋ぎ止めるよ。だから特別ジンクスだとか、そういうものに縋る必要ない」


「そ、そういう意味だったの…?」


「そう。…他は?」




…他は、の三文字が、ふわりと私の心を軽くした。


こうやって、一つ一つのすれ違いを紐解いていこうとしてくれているのが痛いほど伝わる。これがきっと、彼なりの向き合い方なんだ。




「寒いからって、すぐ帰りたがったのは?」


「ツリーを見る必要がないと思ったから」


「……そんなに面倒だったの」


「…もう一回聞くけど」


「うん…?」


「木と人工ライトに頼らないと続かないような関係って必要性あるの?」




いくらか前に、彼が確かに言った言葉だ。そして私が、非リアの考え方だと嘆いた言葉。




「そんな脆い関係だなんて、俺は思いたくないんだけど」


「…え」


「俺と志乃の関係が、そんな不確定なジンクスに左右されるようなものだなんて、俺は思ったことない」


「っ」


「志乃は違うの?」




---ああ、そうか、そうだったんだ。


ツリーのジンクスに永遠を願うってことは、律くんとの関係性に自信がないということだ。

彼がずっとそばにいてくれることを、信用してないと宣言するのと同じようなものだったんだ。


私がジンクスを頼りたがるたびに、彼のことを傷つけてしまっていたんだ。



……通常を遥かに上回る彼の隣で過ごす以上、甘くとろけて胸が締め付けられるような時間なんて到底訪れないと思っていた。


当然、私の愛情の方が彼より何倍も重くて、でもそれは私が勝手に抱いた感情だから、押し付けちゃいけないって。それに何より、同じ分量だけ愛されることを望んじゃいけないって。でも、そうじゃなかったんだ。




「…聞いてる?」


「聞いてる、…違わない、めっちゃ脆くないっ…」


「ふ、何それ」




---なんで、気付かなかったんだろう。


イルミネーションの光を受けたって一向に輝かないのは、彼の瞳は光の差し込む隙がないくらい、私で埋まっていたからだ。


私が、ジンクスだとかイルミネーションだとか、他のものに縋ってよそ見をしている間も、彼はずっと私を見ていてくれたんだ。




「っ、律くん、ごめんね…」


「…は、ちょ、なんで泣きそうになってんの」


「律くん、私が泣きそうになったらいつも、似合わない焦り顔してくれたよねっ…」


「……泣きながら喧嘩売らないでよ、買いにくいから」


「だ、だって、だってええ」




律くんが、あーもう、なんて言いながら今にも零れ落ちそうな両目の水たまりを親指ですくってくれる。現実主義でクールな彼だけど、その指は誰よりも温かい。


触れる度にその先から伝わってくる陽だまりのような温もりを、私はずっと近くで感じていられるのだと思うと、余計に止まらなくなってしまう。




「…そんなにツリーが好きなんて知らなかった、ごめん」


「えっ」


「え?」


「…ツリー?」


「…が、好きなのに、木と電気とか貶されたから、今泣いたんじゃないの?」


「……」


「……」


「…あはっ」




我慢しきれず盛大に吹き出してから、鈍いなあなんて馬鹿にする。そしたら律くんは、それはそれは鋭い睨みをきかせて『今ならいくらでも喧嘩買うけど』と言うので、私は間髪入れずに謝った。



それでも一度ツボに入ると止まらなくなってしまう性分なので、どうにもコントロールできず、歩き始めた夜道の途中で再び笑いだしてしまったけれど、彼は妥協したのかもう何も言ってこなかった。


そうしてなんとか落ち着いてきた頃、笑いすぎたせいで滲んだ涙をさっきの涙と勘違いしたらしい律くんは、またミスマッチな困り顔を浮かべてそっと拭ってくれたんだ。




「律くん、案外私のこと好きなんだね」


「…なに急に調子のってんの」


「あはは、本当だ」


「……まあ、でも」




ふと、瞼を撫でる親指が頬へ移り、次第に口元へと運ばれる。


視界を覆いつくされてしまうほどすぐ近くまで迫っている彼の瞳が、私でいっぱいになっていた。



身体中の脈が動揺しているのが自分でも分かり、なんとか気を紛らわそうと目を逸らす。けれど、まるで『こっちを見ろ』とでも囁くように彼の親指が私の唇を撫でるので、私の頭の中はあっけなく彼の熱に埋め尽くされてしまった。


中学生じゃあるまいしキスごときで余裕をなくすなんて情けないけれど、通常を遥かに上回る彼に夢中になってしまった以上、きっと世間の常識は通用しない。



一度目の重なりを終えた唇が、私との間にほんのわずかな隙間を作る。そこからほんのり漏れる真っ白な息は、一体彼と私のどちらのものなんだろう。


そんなことを考え始めて数秒も経たないうちに、その吐息ごと、再び彼によって飲み込まれてしまう。



二度目のキスは、少し長かった。それでもまだ触れていたくなるほどに、私は彼の熱に浸食されているのかもしれない。




「まあ、でも……」



息の上がった私とは正反対の、涼しい顔をしている律くんが、再びさっきの言葉を繰り返す。


なんでそんなに余裕なんだ、って言ってやりたい気持ちがぼんやり浮かぶけど、すぐにどうでもよくなったから、私は黙って彼の言葉を待った。


腕の中でぐったりしている私を一瞥すると、クールで淡白な彼は少しだけ馬鹿にしたように笑ってから、やけに優しく目を細めて、



「……これだけじゃ足りないと思っちゃうぐらいには、愛されてるんじゃない?」




なんて、それはそれは甘いセリフを囁いたんだ。




「…ずるいよ、律くんは」


「そんな俺と、ずっといっしょにいたいんでしょ?ツリーに頼ってでも」


「っ、そ、そうだけど…」


「ふ、そうなんだ」


「…はっ、しまった」




うっかり素直に白状してしまった私に、『じゃあとりあえず今夜はずっと一緒にいてみる?』なんて卑怯な誘い方をする彼からは、きっと到底離れられないんだろう。



・・・それでも。他のものに頼るくらいなら、私は彼を頼りたい。ずっと一緒にいたいと思ったら、ツリーじゃなく、律くんに直接伝えたい。


ジンクスの力じゃなくて、私たちの力で、ずっとずっと隣にられるように。


でも、もし死ぬまで一緒にいることができたら、その時はまた一緒にツリーを見よう。そして、報告しよう。私たちの努力と、もしかしたらあなたのおかげもあって、ここまでずっとそばにいられたよって。



きっと、その時のツリーは、今日とは比べ物にならないくらいに煌々と輝いているはずだから。



fin.




((でも、木と人工ライトなんて呼び方は、さすがにちょっとどうかと思うよ))

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