蛇姫の笑顔
翌朝、コウジは工房に戻った。
指には包帯が巻かれている。
「よし、今日こそやるぞ」
作業台には、百枚のプレートが並んでいる。
「まずは、一枚ずつ穴を開けて……」
目打ちで、各プレートに穴を開けていく。
縫い合わせるための穴だ。
一枚に四つの穴。百枚で四百個。
「地味な作業だな……」
だが、手を抜くわけにはいかない。
一つ一つ、丁寧に。
数時間後――
「……できた」
全てのプレートに穴が開いた。
「次は、縫製だ」
コウジは針と糸を手に取った。
プレート同士を縫い合わせていく。
一枚、二枚――
「よし、調子いいぞ」
三枚、四枚――
だが、十枚目で問題が起きた。
「あれ……糸が足りない……」
用意していた糸が、予想より早くなくなった。
「計算ミスか……」
コウジは溜息をついた。
「買いに行かないと……」
工房を出て、素材屋に向かう。
だが――
「すまないね、今日は糸の在庫がないんだ」
「マジですか……」
「明日には入荷するから、また来てくれ」
「わかりました……」
コウジは手ぶらで工房に戻った。
「一日無駄にした……」
期限まで、あと六日。
「焦るな……焦っても仕方ない……」
コウジは他の作業をすることにした。
プレートの配置を再確認し、設計図を見直す。
「この部分、もう少し補強した方がいいかな……」
細かい調整を続けた。
そして、翌日――
糸を買い、再び縫製を開始した。
十枚、二十枚、三十枚――
順調に進む。
だが、五十枚目で――
「……っ!」
縫い目がほつれた。
「なんで……」
よく見ると、針の動かし方が悪かった。
「やり直しだ……」
ほつれた部分を解いて、もう一度縫う。
時間がかかる。
だが、手を抜くわけにはいかない。
六十枚、七十枚、八十枚――
「もうすぐだ……」
九十枚、九十五枚――
「あと少し……」
九十九枚――
「最後の一枚……」
コウジは慎重に、最後のプレートを縫い付けた。
「……できた」
百枚のプレートが、全て縫い合わされた。
蛇の体を覆う、分割式の腹部プロテクター。
「よし、あとは仕上げだ」
コウジは端の部分を補強し、固定用の紐を取り付けた。
そして――
「完成だ」
コウジは完成した装備を作業台に広げた。
森狼の革で作られた、ラミア用の腹部プロテクター。百枚のプレートが鱗のように重なり合い、柔軟に動く。
『森狼の革・ラミア用腹部プロテクター(品質:良)』 『効果: 敏捷性+3、防御力+5』
「品質『良』……!」
前回は『普通』だった。だが、今回は『良』だ。
「成長してる……」
コウジは嬉しかった。
だが、同時に不安もあった。
「本当に、メディアに合うだろうか……」
実際に装着してもらわないと、わからない。
「まあ、明日わかるか」
コウジは完成品を丁寧に布で包んだ。
明日が、約束の日だった。
翌日の午後、メディアが工房を訪れた。
「できた?」
「はい、できました」
コウジは布を取り除いた。
メディアは完成した装備を見て、目を見開いた。
「これ……すごいわね」
「どうですか?」
「綺麗。それに、軽そう」
メディアは装備を手に取った。
「鱗みたいになってる……これなら、動きやすそうね」
「試着してもらえますか?」
「ここで?」
「あ、いや……外で……」
「冗談よ」
メディアは笑って、工房を出た。
数分後、装備を身につけて戻ってきた。
「……どうですか?」
「ぴったり」
メディアは体をくねらせた。
装備は、彼女の動きに完璧に追従している。
「すごい……全然邪魔にならない」
メディアは何度も体を動かして確認した。
「それに、防御力もある。これ、本当にいいわ」
「良かった……」
コウジは安堵した。
「で、いくら?」
「素材費だけで大丈夫です。銀貨五枚で」
「安すぎるわよ。これ、少なくとも金貨一枚の価値はあるわ」
「いえ、まだ試作品ですし……」
「試作品でこの出来なら、完成品はどうなるのよ」
メディアは呆れたように笑った。
「いい?あんた、もっと自信持ちなさい。この装備、本当に素晴らしいわ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「あたしの知り合いにも、異種族の冒険者が何人かいるの。きっと、あんたの腕を必要としてる人がいるわ」
メディアはコウジの肩を軽く叩いた。
「期待してるわよ、革職人さん」
「ありがとうございます」
メディアは銀貨五枚を置いて、工房を出ていった。
新しい装備を身につけた彼女の動きは、以前より軽やかに見えた。
コウジは一人、工房に残された。
「……やった」
成功だ。
初めて、異種族向けの装備を完成させた。
「これが、俺の道なのかな……」
コウジは窓の外を見た。
夕日が、山の向こうに沈もうとしている。
「異種族専門の革職人……悪くないな」
コウジは笑顔になった。
新しい道が、見えてきた気がした。
その夜、コウジは一人で祝杯を上げた。
といっても、安い麦酒を一杯飲んだだけだが。
「うまい」
疲れた体に、麦酒が染み渡る。
「でも、まだまだだな」
今回は成功した。だが、完璧ではない。
もっと上手く作れたはずだ。
「次はもっといいものを作ろう」
コウジは決意を新たにした。
その時、工房の扉がノックされた。
「こんな時間に?」
扉を開けると、そこには――
羽の生えた少女が立っていた。
ハーピーだ。
「あ、あの……コウジさんですか……?」
「はい、そうですが……」
「メディアさんから聞いて……その……」
少女は恥ずかしそうに言った。
「弟子にしてもらえませんか……?」
「え?」
コウジは驚いた。
「あ、いえ!装備を作ってもらいたいんです!」
「ああ、装備ですか」
「はい!私、ハーピーで……翼があるから、普通の鎧が着られなくて……」
「なるほど……」
コウジはハーピーの少女を見た。
確かに、翼があると、人間用の鎧は着られない。
「わかりました。作りましょう」
「本当ですか!?」
「ええ。ただ、時間はかかりますが」
「大丈夫です!待ちます!」
少女は嬉しそうに翼を羽ばたかせた。
「じゃあ、明日また来てください。詳しく話を聞きますから」
「はい!ありがとうございます!」
少女は去っていった。
コウジは工房に戻った。
「また、新しい依頼か……」
忙しくなりそうだ。
だが、悪い気はしなかった。
むしろ、ワクワクしていた。
「異種族専門の革職人、か……」
コウジは笑った。
新しい道が、確実に開けていた




