第42話「究極の硬度を操る機械と鍛冶の魂」
コウジの苦渋の決断と、それに続く弟子たちの自己犠牲的な行動は、万族工房に二つの新たな課題をもたらした。一つは、クリスタル・ドレイクの鱗という究極の硬度を持つ素材の加工。もう一つは、ボルドの失われた鍛冶の加護と、ケンタの麻痺した指先の感覚という、職人の根幹に関わる才能の回復だった。
工房は、一時的に活気を失っていたが、コウジの「失われた才能は、別の才能で補う」という宣言のもと、新たな体制で動き出していた。この課題こそが、ドワーフギルドの伝統から解き放たれた万族工房が、真に「万能」へと進化するための試練であった。
ケンタは、自らの挫折を乗り越えるため、工房の技術革新の責任者として、まず裁断の精密さを機械で補う「自動精密裁断機」の設計に取り掛かった。彼の右腕の麻痺は、彼を純粋な理論と計算へと駆り立てた。
「手作業で$0.05mm$の誤差を出すのは不可能になった。ならば、魔力と工学の力で、それを実現するしかない」ケンタは作業台に座り込み、設計図と数式を書き連ねた。彼は、前世の工学知識とこの世界の魔力工学を融合させる必要があった。
裁断機の設計思想は、ドワーフの伝統的な魔力駆動炉を動力源とし、リリアの魔力増幅呪文を組み込んだ精密制御アームを核とするものだ。このアームは、裁断刃の角度を魔力的に制御するための、極めて複雑な機構を持つ。さらに、裁断刃の制御には、ピピの『共鳴の歌』の波長を利用し、特定の波長で振動させることで、刃の硬度を瞬間的に高め、かつ摩擦抵抗を極限まで低減させるという、音波加工の応用技術が組み込まれる。
この裁断機は、単なる機械ではなく、万族工房の全ての技術が詰まった、複合魔導装置であり、ケンタは、この装置の核となる精密制御アームの製作を、ボルドに依頼した。彼の失った指先の感覚は、彼の頭脳を、誰も到達しえなかった技術の高みへと押し上げていた。
ボルドは、失った鍛冶の加護を取り戻すための道ではなく、コウジの言葉通り、技術指導者として、そして技術者として新たな道を選んだ。彼の役割は、ケンタの設計した精密制御アームを具現化するための、極めて高度な金属加工を担うことだった。
「加護がない今、頼れるのは、長年培った知識と、このドワーフの肉体だけだ」ボルドはそう心に決め、工房の炉の前に立った。彼は、ケンタから依頼された「精密制御アーム」の製作に取り掛かる。これは、魔力の流れを正確に受け止め、裁断刃の角度を制御するための、極めて複雑な機構を持つ部品である。
彼は、ケンタが設計した魔力回路の配置図を炉の熱で焼き、特殊合金の表面に焼き付けた。そして、自身が持つ最高のノミとタガネを使い、一打一打、魂を込めるように金属を削り始めた。
彼には、金属の「魂の響き」はもう聞こえない。だが、彼は代わりに、ケンタの設計図に込められた工学の論理と、裁断の誤差を許さないという職人の執念を、ハンマーの一打一打に乗せた。彼の動きは、以前の加護に頼った直感的なものではなく、計算され尽くした、論理的な精密さに満ちていた。
その作業は、かつての彼が行っていた「鍛冶」ではなく、まさに魔導精密機械工学の領域だった。ボルドは、加護を失うという挫折を経験することで、ドワーフの伝統的な枠組みから解き放たれ、より広範な技術者へと進化し始めていた。彼の鍛冶の魂は、金属の響きを失っても、技術を追求する情熱という、新しい形で燃え続けていた。
自動精密裁断機がボルドとケンタの連携により完成に近づく一方で、コウジは、クリスタル・ドレイクの鱗の粉末をどう革に定着させるかという、素材加工の本質的な課題に集中していた。
「この鱗の粉末を、ただの接着剤で革に定着させても、強度は一時的なものに終わる」コウジはリリアとシルフィに相談した。
リリアは、古代の文献を読み解き、答えを見つけた。「鱗の粉末を革に定着させるには、単なる接着剤では無理です。極度の熱と振動で分子結合が破壊されたこの粉末を、再度、魔力的に結合させるには、古代の接着魔術が必要です」
そして、接着剤となる素材として、最も柔軟で、かつ魔力親和性の高いシルフィのアラクネ糸の樹脂化が選ばれた。
シルフィは、特殊な薬草をアラクネ糸に浸し、それを煮詰めて、クリスタル・ドレイクの鱗の粉末を練り込むための魔力樹脂を生成した。この「クリスタル・レジン」は、究極の硬度を持つ鱗の粉末を内包しつつ、シルフィの糸の柔軟性を受け継ぐ、革新的な補強材となった。
「師匠、この樹脂を、究極の防寒革の内側に塗り込み、さらに裁断機で正確に切り出せば、これまでにない強度と断熱性を持つ、極北探査用の装備ができます!」ケンタが興奮気味に言った。
コウジは力強く頷いた。「ああ。クリスタル・ドレイクの鱗は、我々の挫折と、そこからの帰還の証だ。この素材に、失った技術と、取り戻すための決意を込める」
ボルドが製作した制御アームが、ケンタの設計した筐体に組み込まれる。そのアームの先端には、ピピの歌声の波長で振動する特殊な裁断刃が装着される。
自動精密裁断機――それは、失われた職人の才能を、科学と魔術、そして師弟の絆で補うための、万族工房の逆転の象徴だった。
コウジは、工房全体を見回した。ボルドは技術指導者として、ケンタは技術革新の責任者として、彼らは職人としての道を、より深く、そして広大な領域へと進み始めていた。彼らの挫折は、万族工房を破壊するどころか、かつてのドワーフギルドの伝統から完全に解き放ち、誰も到達し得なかった技術の高みへと押し上げていたのである。




