第41話「追跡者と再会の雪路」
コウジ、ボルド、ケンタ、リリア、ピピの一行は、クリスタル・ドレイクの革に包まれながら、硬質山脈の急峻な斜面を下っていた。極限の疲労と飢餓、そして寒さが彼らの体力を削り取るが、ドレイク討伐の成功と、互いの命を守るという職人としての連帯感が、彼らを支えていた。
「師匠、もうすぐ山脈の麓です。麓まで降りれば、風翼商会の手配した補給隊と合流できるはず!」ケンタが、コウジを背負いながら、希望の声を上げた。
しかし、その希望は、すぐに冷酷な現実によって打ち砕かれた。
リリアが、鋭いエルフの聴覚で異変を察知し、立ち止まった。「待って!誰か、追ってきています!」
「追跡者だと?まさか、ドレイクの眷属か?」ボルドが、採掘用のタガネを構えた。
「いいえ、人間の足音です。複数、しかも重装備です」リリアは顔色を変えた。「この雪山で、私たちを追ってくる……普通の冒険者ではありません!」
コウジは、ドレイクの革に包まれたまま、意識を集中させた。このタイミングで、自分たちを追ってくる存在。思い当たるのは一つしかない。
「ドワーフギルドだ……」コウジは重い口を開いた。「グラン副長は、我々が追放されたにも関わらず、クリスタル・ドレイクの伝説級の素材を独占することを恐れた。討伐が成功したことを嗅ぎつけ、素材を強奪し、我々をここで始末するつもりだ」
「卑劣な……!」ケンタが怒りに声を震わせた。
足音は急速に接近していた。雪面に、重装備の金属が雪を踏みしだく、鈍い音が響き渡る。
「ボルド、ケンタ!戦闘準備だ!ピピ、リリアは魔力を温存しろ!」コウジが指示した。
しかし、その時、山脈の尾根から、白い雪煙と共に、一団の騎馬が滑り降りてきた。その先頭に立つのは、全身を白い毛皮と革で覆った、屈強な男だった。
「待て!手を出すな!」
その声に、コウジは既視感を覚えた。それは、かつて冷却装備を依頼しに来た、氷原の民、ユキヒョウ族の男の声だった。
「グレイス!」コウジは声を上げた。
ユキヒョウ族のグレイスは、十数名の同族と共に、コウジたちの前に立ちはだかった。彼らの体は、極寒の環境に完全に適応しており、一切の寒さを感じさせない。
「コウジ殿!無事だったか!」グレイスは安堵の声を上げた。
「なぜ、君たちがここに?」
「我々、氷原の民は、あなた方への恩を忘れない。風翼商会から、あなた方が過酷な山脈に入ったと聞き、何か手助けできることがあるかもしれないと、氷原から駆けつけた!」グレイスは即座に状況を把握した。「後ろの追跡者たちは、ドワーフギルドの者たちか?」
「ああ。我々の素材を奪いに来た」
グレイスは、振り返り、雪山を登ってくるドワーフギルドの追跡者たちへと向かって、ユキヒョウ族の言語で、低い咆哮を上げた。
「ユキヒョウ族、戦闘配置!」
ドワーフギルドの追跡者たちは、ユキヒョウ族という予想外の障害に足止めされた。彼らは、戦闘装備に身を包んだ屈強なドワーフたちだったが、極寒の雪山での戦闘は、ユキヒョウ族の独壇場だ。
「貴様ら!ドワーフ職人ギルドの裁定に逆らうか!」追跡者のリーダーが怒鳴った。
グレイスは冷たく言い放った。「ドワーフギルドの裁定が、恩人の命を脅かすなら、我々の裁定がそれを阻止する!この雪山では、我々が絶対の支配者だ。一歩でも進めば、凍傷で手足を失うことになるぞ!」
ユキヒョウ族の戦士たちは、雪を蹴り上げ、冷気の魔力を込めた特殊な弓を構えた。
「コウジ殿、あなた方は急いで山脈を下りたまえ!ここは我々が食い止める!」
「グレイス……感謝する!」コウジは、その連帯の心に、胸を熱くした。
ボルドとケンタは、コウジを背負い、ピピとリリアを連れて、雪山を滑り降りるように、山脈の麓へと急いだ。
硬質山脈の麓に辿り着いた一行は、風翼商会の補給隊と合流した。温かい食事と休息、そして医療品が彼らを待ち受けていた。
一週間後、万族工房へと帰還したコウジたちを迎えたのは、工房に残っていたシルフィ、ギギ、テイルの歓喜の涙だった。
「師匠!皆さん!」シルフィが、コウジの体に抱きついた。
「ただいま、みんな」コウジは疲労困憊ながらも、笑顔を見せた。
しかし、この過酷な旅は、彼らに大きな代償を強いていた。
ボルドは、熱音響変換機構の過負荷と、極度の魔力消耗により、一時的に鍛冶の加護を失っていた。炉に近づいても、彼の心臓を震わせるはずの金属の魂の響きが、聞こえなくなってしまったのだ。
「師匠……炉の音色が聞こえません。私の加護が、失われてしまったようです」ボルドは、その事実を告げるとき、涙をこらえきれなかった。
ケンタも、極限の環境下での肉体的な酷使により、右腕に深刻な後遺症を負っていた。精密な裁断や、繊細な調整作業に必要な、指先の微細な感覚が、極度の凍傷によって麻痺してしまったのだ。
「俺は……もう、裁断ができません。$0.05mm$の誤差も許されない精密作業は……」ケンタは、自分の利き手を見つめ、絶望に打ちひしがれた。
リリアは、師の命を救うために魔力を使い果たし、回復の呪文すら使えなくなっていた。ピピも、声帯を酷使した影響で、しばらく歌うことができない状態だ。
万族工房は、クリスタル・ドレイク討伐という偉業を成し遂げた代償として、二人の主要な職人の才能と、魔力的な能力を一時的に失った。
コウジは、ドレイクの鱗の裏側から剥ぎ取った、究極の防寒革を抱きしめた。この伝説級の素材は、二人の才能と引き換えに得たものだった。
「ケンタ、ボルド、顔を上げろ」コウジは重い口を開いた。「失われたものは、必ず取り戻せる。職人の才能は、肉体や魔力だけにあるのではない。それは、知恵と、諦めない心にある」
コウジは、ボルドを見た。「ボルド。鍛冶の加護が失われたのなら、お前のその工学知識を活かせ。ケンタが設計した熱音響変換機構の原理を、より深く学び、それを指導する側に回れ。お前は、この工房の技術指導者となれ」
そして、ケンタを見た。「ケンタ。指先の感覚が失われたのなら、お前の工学的な頭脳を活かせ。裁断や穴あけの精密さを、魔力や機械の力で補う、新しい裁断機の設計に取り掛かれ。お前は、工房の技術革新の責任者となれ」
「失われた才能は、別の才能で補う。それが、俺たち万族工房の『連帯』だ」コウジは宣言した。
その日から、万族工房は、究極の硬度を誇るクリスタル・ドレイクの鱗の加工と、失われた職人たちの才能の回復という、二重の課題に取り組むことになった。そして、ボルドとケンタは、自らの挫折を乗り越え、技術者として新たな高みを目指すことを誓った。コウジの苦渋の決断は、万族工房を、技術の探求と、職人の絆が試される、新たな試練の時代へと導いたのである。




