第33話「ダイヤモンドの壁と共鳴の歌」
風翼商会からの手紙がもたらした「ダイヤモンドのような鱗」を持つ巨大魔獣、クリスタル・ドレイクの依頼は、万族工房の職人たちにとって、これまでのいかなる挑戦よりも厳しく、そして魅惑的なものだった。コウジは作業台に広げた簡略化されたドレイクの鱗のスケッチを見つめ、静かに思考を巡らせた。
「究極の硬度。これは、単なる物理的な突破だけでは済まない」
コウジは弟子たちを前に、依頼の核心を説いた。「ボルド、お前の鍛冶の加護、ケンタのお前の前世の知識、リリアの古代の叡智、そしてピピの特殊な才能。この総力戦で挑まねば、このダイヤモンドの壁は破れない」
ボルドは、腕を組み、そのドワーフらしい剛健な体躯を微動だにしなかった。「師匠、正直に申し上げます。通常の鋼鉄の加工技術では、ダイヤモンドを相手にすることは不可能です。炉の温度を極限まで上げても、溶融温度が違いすぎる。ノミやタガネが折れるのがオチでしょう」
コウジは頷いた。「その通りだ。だからこそ、発想を転換する。硬いものを、より硬いもので叩き割るのではない。振動、共鳴――硬さの根源を揺るがす」
彼はリリアに視線を向けた。「リリア、君が言っていた古代エルフの『共鳴の歌』について、詳しく聞かせてもらいたい」
リリアは姿勢を正した。「はい。古代エルフは、自然の波動を読み取り、その共鳴を利用して硬質な魔石を削り出していました。全ての物質には固有の振動数があります。その固有振動数と完全に一致する音波をぶつければ、外力なしに、物質は自壊するのです。文献には、その歌を『星の囁き』と記しています」
「星の囁きか。美しい名だ」コウジは感心した。ケンタが図面に手を伸ばした。「師匠、それは物理学でいう『共振』の現象ですね。特定の波長の音波を集中させれば、理論上は硬度に関係なく、対象を破壊できます。問題は、その波長を見つけ出すことと、その音波を正確に、強力に一点に集中させる機構です」
「そうだ、ケンタ。そこが、我々職人の腕の見せ所だ」
コウジは全体の計画を立てた。
計画:ダイヤモンドの鱗を破る「共振加工法」
波長特定班(解析と発声): リリア(古代エルフの知識)とピピ(ハーピー族の特殊な声帯)が担当。クリスタル・ドレイクの鱗の特性を解析し、破壊に必要な固有振動数を特定する。ピピはその波長を再現する「共鳴の歌」を発声する役割を担う。
集束増幅班(機構開発): ボルド(鍛冶の加護と金属加工)とケンタ(前世の工学知識)が担当。ピピの歌声を一点に集中させ、威力を最大化させる「音波共鳴装置」を設計・製作する。
革の特性探求班(柔軟性の確保): シルフィ(裁縫と柔軟な糸)とギギ(精密な装飾と接合)が担当。ドレイクの鱗を破った後、その革をいかに柔軟に、かつ硬度を保って鎧へと昇華させるか、新たな鞣しと裁縫の技法を研究する。
この分業体制は、万族工房の全技能を、硬度という一つの課題に集中させる究極の連携だった。
まず、波長特定班が始動した。コウジは風翼商会から入手したクリスタル・ドレイクの鱗の小さな破片を、リリアとピピに渡した。
「リリア、この破片の振動数を解析してくれ」
リリアは鱗を手に取り、静かに目を閉じた。エルフは、自然の魔力の流れを肌で感じる。「この鱗は……非常に微細な振動をしています。まるで、星の光が結晶化したような……」彼女は歌を口ずさみ始めた。それは、ピピの歌声とは異なる、低く、穏やかなメロディだった。
「ピピ、この歌の波長を、君の声帯で増幅できるか?」
ピピは全神経を集中させた。「はい!私の声帯は、空気の抵抗を極限まで抑えるように進化しています。音波の波長を操作し、リリア先輩の歌と合わせます!」
二人は数時間かけて、古代の歌とハーピーの才能を融合させ、破壊の波長を探り当てた。
一方、集束増幅班では、ボルドとケンタが火花を散らしていた。
「ケンタ、この集音器の形状は、なぜこの円錐でなければならないんだ?」ボルドはケンタの設計図を指さした。
「ボルド先輩、音波を効率よく集束させるには、反射率の高い素材で、音の回折を防ぐ形状が必要です。この円錐は、前世の『パラボラアンテナ』の原理を応用しています。特定の焦点に向けて、エネルギーを集中させる」
「パラボラ……?ふむ。金属加工で、光ではなく音を操るとは。興味深い」ボルドは早速、魔力増幅効果の高い合金を溶かし、巨大な銅製のラッパ状の集音器を製作し始めた。彼のハンマーが放つ正確無比な打音は、金属を均一な厚みに延ばしていく。
ケンタは、集音器の先端に装着する「水晶レンズ」の製作を担当した。音波の波長に合わせて水晶を加工し、光のレンズのように音波を屈折させ、一点に集中させるのだ。彼の前世の光学知識と、ゴブリンのギギの精密な研磨技術が、ここで活かされた。
「ギギ、この水晶を、この設計図通りの曲率で磨いてくれ。コンマ何ミリの誤差も許されない」
「任せてください、ケンタ先輩!僕の指先は、誰よりも精密です!」ギギは目を輝かせながら、小さな工具を使い、透明な水晶を研磨していった。
数日後、音波共鳴装置が完成した。銅製の巨大なラッパの先端には、ギギが磨き上げた、わずかに歪んだ水晶のレンズが取り付けられている。
コウジは工房の外で、その装置を固定した。「まずは実験だ。ボルド、ケンタ、このドレイクの鱗の破片を、装置の前に置け」
鱗片は、陽光を反射してキラキラと輝いていた。コウジはピピとリリアに合図を送る。「ピピ、リリア、目標の波長だ。全開で放て!」
二人は装置の集音部に向けて、声を合わせた。ピピの甲高く伸びる歌声に、リリアの低く響く古代の調べが重なる。音波は銅ラッパの内部を通り、水晶レンズで増幅、そして一点に集中した。
キィィィィィィィン――!!
凄まじい高音波が放たれると同時に、鱗片に命中。
だが、鱗片は砕けなかった。
ただ、その表面に、微かなヒビが入っただけだった。
「くそっ……!威力が足りない!」ボルドが悔しそうに拳を叩いた。
コウジは冷静に鱗片を回収し、ひび割れの状況を観察した。「いや、成功だ。共振波長は合っている。だが、硬度が予想以上だ。破壊するには、さらに出力が必要だ」
ケンタが分析した。「ボルド先輩、ピピ先輩の歌声を、さらに魔力的に増幅させる必要があります。水晶レンズだけでは限界です。炉の熱源を利用して、音波を熱変換し、そのエネルギーを再変換する『熱音響変換機構』が必要です」
「熱音響変換……?炎で音を増幅させるのか!」ボルドの鍛冶師としての探究心に火がついた。
「そうだ。ボルド先輩の炉の熱を、装置の銅ラッパの内部で音波エネルギーに変換する。その増幅された音波を、ケンタ先輩の水晶でさらに集束させる」
ボルドとケンタは、熱音響変換の新たな設計に取り掛かった。炉の熱源と装置を接続するための特殊な耐熱合金製のパイプ、熱エネルギーを音波に変換する膜の材質選定――これらは、ドワーフの伝統と異世界の工学知識の、まさに境界領域の技術だった。
一方、革の特性探求班も黙ってはいなかった。シルフィとギギは、鱗を破った後を想定し、ドレイクの革をいかに加工するかを研究していた。
「硬質な革は、裁断すると断面が鋭利になり、着心地が悪くなるわ」シルフィは革片を縫い合わせながら言った。「縫い目も、硬さゆえに糸が切れやすい」
「それなら、鱗の継ぎ目の部分だけを狙って裁断し、その継ぎ目を活かしたデザインにするのはどうですか?」ギギが提案した。
「継ぎ目を活かす……?ふむ。鱗の形状に合わせて革を裁断すれば、柔軟な継ぎ目と硬い鱗を共存させられる」シルフィは閃いた。彼女はアラクネ糸を使い、継ぎ目の部分に伸縮性を持たせる特殊な縫製技法、「蜘蛛の巣ステッチ」を考案した。
「ギギ、お前の精密な留め具技術で、鱗の継ぎ目に負荷がかからないように、魔力定着型の留め具をデザインしてくれ。革の張力ではなく、魔力で固定する」
「任せてください!僕の新しい留め具は、装着者が意識するだけで固定・解除できる『意思固定式』にします!」ギギは、究極の硬度を前に、デザインの自由度を極限まで高めようとしていた。
コウジは、熱音響変換機構の改良に没頭するボルドとケンタ、そして革の可能性を広げるシルフィとギギの姿を見て、安堵と確信を覚えた。彼らは、コウジが教えた技術を土台に、常にその先へと進化している。
数週間後、熱音響変換機構が完成し、音波共鳴装置に組み付けられた。装置は、炉の熱を直接取り込み、銅ラッパの内部で音波へと変換する。
「ピピ、リリア。今度こそ、全開だ。ボルドの炉の炎を、全て音波エネルギーに変えてくれ!」コウジが叫んだ。
再び、二人の歌声が響き渡る。炉の炎が装置のパイプに吸い込まれ、銅ラッパの内部が赤く発光した。
キィィィィィィィィィィィィン――!!!
先ほどの比ではない、凄まじい轟音が放たれた。音波は空気を震わせ、工房の窓ガラスはわずかに共振し、遠くの街まで届く。
そして、音波がドレイクの鱗片に命中した瞬間――
パキィィィィン!
鱗片は、粉微塵に砕け散った。残ったのは、まるで砂金のような、極めて微細な鱗の粉だけだった。
「やった……!成功だ!」ボルドが歓喜の声を上げた。
ケンタも興奮に顔を紅潮させた。「熱音響変換、見事です!理論通り、熱エネルギーを音波に変換し、ダイヤモンドの硬度を打ち破りました!」
コウジは静かに砕けた鱗の粉を手に取った。その粉からは、微かな火属性の魔力を感じた。
「これで、クリスタル・ドレイクの鱗は加工できる。みんな、最高の仕事をしたぞ」コウジは満足そうに笑った。
だが、この成功は、新たな問題をもたらすことになる。音波共鳴装置の轟音は、当然ながら王都の職人ギルドの耳にも届いていた。ドワーフの伝統的な鍛冶の音とは明らかに違う、異質な破壊音。それは、保守的なギルドの長老たちに、万族工房の「異端性」を再び印象づけることになった。
「革職人が、金属を操り、音波で加工を行うだと?これは、ドワーフの誇りを捨てる行為だ」
職人ギルドの影が、再びコウジの工房に忍び寄ろうとしていた。だが、コウジはまだそのことを知らない。彼の目は、打倒したダイヤモンドの壁の先にある、新しい装備の設計へと向けられていた。




