第30話「千の山」
みんなは馬車の方へ全速力で走っていた。
森を抜けキメラの脅威からどうにか逃れようと必死で、コウジの体力の限界はとうに超えていた。
体が地面に転がり落ちる鈍い音と共にコウジはその場に倒れこみ白目をむいた。
キメラの攻撃にやられたわけでもあるまい、これまでキメラは遠距離攻撃は一切してこなかった。
タツミはコウジに寄り添い、サトに助けを求めた。
「サト、援護してくれ」
サトのハンターボウが速射でキメラへ向かって矢を放った。
風を切る音と共にいくつかの矢がキメラに当たったが威力がいまいち足りず決定打に欠けていた。
弓を放ちつつ、コウジの方へ寄り添っていた。
「タツミ、いま、コウジさんに回復薬飲ませるから場をしのいで」
覇気の籠った声だ。きっぱくした声だ。
「コウジさん、これはバリアントさんや他のみんなが協力して作った回復薬です。どうか口に含んでください」
サトはコウジを仰向けに寝かし、コウジの頭を持ち上げて回復薬を口元へそそぐ、ゆっくりと口内に流れる回復薬をどうにか飲み込むことができた。
「ゲッホッッ」コウジは起き上がりながら咳き込んだが、徐々に体力が回復したのを実感した。
「回復薬はあと何本ある?」
「2本だよ」
「じゃあ、俺とサトで1本ずつだな」
タツミとサトが連携したような気迫で会話すると、タツミはコウジに言った。
「コウジさん、あんたはほかの連中同様逃げてくれ、さすがに援護できる道具もないだろう」
コウジは一緒に戦いたい気持ちを押し殺し、自分では足手まといになることを悟っていた。
「わかった、必ず後を追ってきてくれ」コウジは2人に背を向けて走り出した。
キメラはコウジの背を見ると、タツミとサトにこれっぽちも興味を向けず、コウジの背にじゃれるように追いかけだした。
「やばい、あいつ、逃げるやつを狙うんだ」タツミが気が付いた時には手遅れのように思えた。
タツミとコウジが森の中で逃げている時は2人とも背を向けていたから気が付かなかったが、あいつは恐らく背を向けた相手を優先的に狙う。おそらく、弱いと思い込んだ相手を獲物にする。弱肉強食の世界では強い奴に戦いを挑むのは死を意味するからだ。
だが、いまコウジさんに正面を向いて応戦しろと言っても、キメラはそのままコウジさんに獰猛な牙や爪で攻撃するに違いない。あいつは狩をしてる、そしてコウジさんを獲物認定してしまった。
「サト!!!」
タツミがサトを呼びながら、走り出す。コウジさんとの距離はそうそう離れていないが、キメラの跳躍に比べれば断然遅い。
「くそ、間に合わない」
その時、上空から、一本の剣が降ってきた。
その剣はキメラとコウジの間に突き刺さると、キメラの動きを一瞬止めた。
「見て、あれは、リーダーの両手剣じゃない?」サトは歓喜するように話すとタツミは目を丸くして頷いていた。
「全く遅いっすよ、リーダー、みんな」
タツミの目線の向こうには3人の冒険者がキメラを抑制していた。
両手剣のリーダーのシン。大盾持ち&直剣を持ったタンクのガイ。魔術師のミイナ。
この3人は冒険者ギルド千の山のメンバーだ。ランクはシルバー。そこそこに名が知れたパーティだ。
シンは、赤毛短髪で毛先が立っている。血気盛んなリーダーのように見える。革と金属の防具を身に着け、白いインナーを着ているから、負傷すればすぐに傷が分かり対処しやすそうであった。
革と金属の防具は中装備で、重くもなければ軽くもない、それなりの防御力を維持しつつ動く安さに重点を置いているようだ。それも両手剣を扱いやすくするために思えた。
重装備では、身に着ける重量が体の限度をを超えるのだろう。
ガイは大盾持ちだ。その大きな体格はリーダーのシンよりはるかに大きく重装備の銀色の鎧に身を包み、頭部も甲冑で隠れているが、コウジを見ると、目元付近を開閉し、会釈した。日に焼けた肌に黒い短髪だった。コウジには体格のわりに優しそうな人に思えた。
ミイナは、軽装備だ。紺色のローブと魔女帽子の恰好。1メートルくらいの丈の杖を持ち。身長は女性だけあってあまり高くない。ドワーフのコウジよりは高いが人間の子供に間違われても仕方ない見た目だ。
その見た目から、成人しているのか怪しく、胸や尻も控えめだ。
髪はウェーブがかかった黒髪ロングで透き通るような艶が美しく思えた。
リーダーのシンが皆に号令を出す。
「タツミ、サト、動けるか?」
2人はどちらも頷き、まだまだ余裕と強がった。
「タツミとサトは左右から援護しながら、コウジさんをミイナと共に守ってくれ」
「ガイは俺とキメラを叩くぞ」
「ミイナは状況に応じてコウジさんお周りに魔法障壁を、機会を伺いキメラに攻撃を仕掛けてくれ」
皆に号令を出すと、即座に行動に移す。迅速な行動だ。うろうろしながら、コウジは千の山の戦いぶりを眺めていた。
リーダーの剣技は重そうな両手持ちの剣を遠心力を使いながら振り回し、キメラの皮膚を抉り取る。
攻撃を仕掛けたらタンクのガイとスイッチしキメラの攻撃を受け流す。大盾だからと真正面から攻撃を受けるのではなく、相手の攻撃の角度によって盾を左右に揺らし、うまく流していた。
魔術師のミイナは度々呪文を唱え、シンの剣に炎のエンチャントをして威力を高めたり、ガイの耐久力を高めたり適度な回復魔法で援護していた。
キメラは、千の山の連携攻撃によって確実にダメージが蓄積されていた。
腹部や背には剣の切跡。度々尻尾の蛇で大盾の隙間をついた攻撃を試みるが弓と魔法の援護で通りはしない。
キメラの動きが徐々に鈍くなったのを感知したシンは畳みかけることを決意。
「ミイナ、耐久魔法とエンチャントと回復のリジェネを俺とガイに掛けてくれ」
シンが叫ぶと、剣を上段に大きく構え、ガイの後ろに潜みながらキメラめがけて突き進んだ。
キメラは大盾の後ろで攻撃するタイミングを伺ってるシンを警戒するが、大盾が邪魔でシンに攻撃を入れられない。尻尾で応戦するが矢で遮られてしまう。
仕方なく、大盾に爪で攻撃する。ガイは大盾を受け流そうとはせず、今回は真正面から攻撃を受けた。キメラといえど、正面から受けた攻撃に反動を食らった。シールドバッシュやパリィをされたような衝撃がキメラの爪先から痺れさせ、身動きを鈍らせた。
その時、シンの上段の構えた両手剣がキメラの頭部に振り下ろされた。
鈍器で頭蓋骨を割るような鈍い音と共に、キメラは出血し、その場に倒れこみ絶命した。
「終わった」コウジはその一部始終を見届けると、安堵したように眠り込んだ。
合同合宿。この一件は死傷者ゼロ。負傷者は居るが、命に別状はなく、入院すら必要ないほど軽い症状だった。
冒険者の千の山のメンバーにはお礼と報奨金を上乗せし、感謝しきれないほどお礼を言った。
そして、3日が経過した。
万族工房は臨時休業を取り、店はお休みをしていた。コウジと弟子たちも休暇を取るという方針で三日間の休みが明けて、今日は皆が集まる日であった。
「みんな、この間は、本当にすまなかった、そして、助かりました」
コウジは弟子たちに危険で怖い思いをさせてしまったことを最大限の謝罪の念で謝った。
弟子たちはあれほどのキメラに遭遇したにもかかわらず、コウジを責めることはしなかった。
「師匠が開いた合宿の意図は私たちみんな分かってますから」
蜘蛛族のシルフィがコウジの目を見て言った。
「それに続いて、ギギも」キメラに遭遇した時はどうなるかと思いましたが、師匠は工房で日々扱ってる革は命をいただいて作ってるもので、感謝の念を忘れずに、この仕事について、倫理観について考える機会を貰えました」
そうだそうだと他の弟子も頷いていた。
テイルやピピらも回復薬を作るという滅多にない機会に立ち会えて学びになったという。
コウジは最高の弟子たちを持ったと涙がこぼれ落ちていた。
ドワーフでも、年取って涙もろいのは一緒なんだな・・・。
師弟の絆がさらに深まる合同合宿であった。それは、ドリノやバリアントも同じであった。




